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追放令嬢は美味しいものを食べて静かに暮らしたかった  作者: 秋月 もみじ


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第5話 魔王の農園、勇者の苦難


「収穫の秋……いえ、ダンジョン内は『常春設定』だから、いつでも収穫期ね」


私は地下二階層、通称『農園エリア』にいた。

ここは元々、毒草が生い茂る死のエリアだったらしい。

しかし今の私は、ダンジョンコアの権限で天井に『人工太陽ソーラー・ライト』を点灯させている。

燦々と降り注ぐ光のおかげで、ここは見事な畑に生まれ変わっていた。


目の前の土から、奇妙な形の葉っぱが突き出している。

マンドラゴラだ。

引き抜くと絶叫を上げ、聞いた者を即死させるという恐ろしい魔物植物。


けれど、私の食材特化の鑑定眼にはこう見えている。


【名前:マンドラゴラ】

【味覚:大根とカブの中間。加熱すると甘みが出る】

【注意:引っこ抜く際は耳栓推奨】


「さて、今日の夕食はおでんにしましょうか」


私は耳に魔力で『防音(ミュート)』の膜を張り、無造作に葉っぱを掴んだ。

そして、勢いよく引き抜く。


スポォォォン!


土の中から、ブサイクな人面を持つ根っこが飛び出した。

口を大きく開けて、何かを絶叫している。

顔を真っ赤にして、血管が浮き出るほど震えている。


(……うるさそう)


音は聞こえないけれど、空気の振動でわかる。

普通なら鼓膜が破れて即死するレベルの音圧らしい。

でも私にとっては、近所迷惑な騒音でしかない。


「はいはい、静かにね」


私は暴れるマンドラゴラに向け、人差し指を振った。

生活魔法――本来は不眠症の父のために開発した安眠魔法だ。


「『強制睡眠(スリープ)』」


マンドラゴラは「ハッ」とした顔をして、コテッと白目を剥いて気絶した。

野菜は静かな方がいい。

カゴに放り込むと、それは大人しくただの白い根菜になった。


「シェリル……君は本当に、生物としての格が違いすぎる」


後ろで見ていたレイヴンさんが、呆れと恐怖が入り混じった顔をしている。

彼は最高級の耳栓をしていても、冷や汗をかいている。

どうやらマンドラゴラの断末魔は、Sランク冒険者の精神すら削るらしい。


「慣れれば可愛いものですわ。レイヴンさんも、一本抜いてみる?」

「遠慮しておく。……それより、シェリル」


レイヴンさんが、急に真剣な表情になった。

畑作業の手を止め、彼に向き直る。

黄金色の瞳が、揺るぎない光を宿して私を見つめている。


「大事な話がある。ずっと隠していたが……俺の正体についてだ」


ドキリとした。

正体?

もしかして、実は指名手配犯だとか?

それとも、食費が払えないから出て行くとでも?(それは困る!)


レイヴンさんは一つ深呼吸をして、重々しく口を開いた。


「俺は、ただの冒険者ではない。北の軍事大国、グレンデル帝国の皇帝――レイヴンハルト・フォン・グレンデルだ」


あたりに静寂が流れた。

皇帝。

大陸の北半分を支配する、あの冷徹で恐ろしいと噂の覇王。

彼が、その皇帝だと言うのだ。


私は彼の顔をじっと見つめ、そして――昨晩の夕食の光景を思い出した。

骨付き肉を手掴みで貪り、「おかわり!」と茶碗を突き出していた、あの姿を。


(……ないわね)


私は心の中で即断した。

あんなに美味しそうに、口の周りをソースで汚して食べる皇帝陛下がいるはずがない。

きっと彼は、自分を大きく見せたいのだ。

「ただの食いしん坊」だと思われているのが恥ずかしくて、「実は高貴な身分」という設定を作ったに違いない。

男の子って、そういう可愛いところがあるものね。


私は優しく微笑み、採れたてのマンドラゴラを彼の手に握らせた。


「なるほど! そういう『設定』なんですのね!」

「……は?」

「わかりますわ。冒険者の方って、カッコいい二つ名を持ったり、高貴な生まれを自称するのが嗜みですものね。『我は皇帝なり』……ふふ、レイヴンさんの威厳あるお顔立ちなら、誰でも信じてしまいそうですわ」

「い、いや、設定ではなく事実で……」

「ええ、ええ。そういうことにしておきますわ。私も『魔王』なんて呼ばれるのは不本意ですし、お互い『仮面』を被って生きるのも一興ですわね」


私は彼の肩をポンと叩いた。


皇帝陛下・・・、その大根をお屋敷ダンジョンまで運んでくださる? 今夜は貴方様の好物の煮込みにしますから」


レイヴンさんは口をパクパクさせた後、天を仰いでガックリと項垂れた。


「……信じていないな。まあいい、煮込みと聞いては逆らえん」

「ふふ、頼りにしていますわ」


やはり、彼はノリがいい。

私の料理のために、皇帝ごっこまでしてくれるなんて。

本当にいい同居人を持ったものだ。


   ◇


リビングに戻った私は、お夕飯の下拵えをしながら『遠見(モニター)』をチェックすることにした。

先日の「元気になった害虫さんたち」――もとい、勇者一行の様子が気になったからだ。


「あら」


映像を見て、私は眉をひそめた。

彼らは順調にダンジョンを進攻し、中層エリアに到達していた。

そこは、私の「放牧エリア」だ。


食用に適した『キラーラビット』を放し飼いにしている場所。

見た目は可愛い白ウサギだが、首狩りの特技を持つBランク魔物だ。


「死ねぇぇッ! 魔王の手先め!」

「はぁ……はぁ……! 速いぞコイツら!」


金髪の男が剣を振り回し、ウサギたちと死闘を繰り広げている。

私の生姜焼きバフのおかげで、なんとか互角に戦えているようだ。

やがて、彼らは傷だらけになりながらも、数匹のウサギを倒すことに成功した。


「ふう……やったか……」


彼らは肩で息をしている。

しかし、問題はその次だ。

彼らは倒したウサギを放置して、先へ進もうとしている。


「ちょっと! 狩ったら食べる、それが命への礼儀でしょう!?」


私はモニターに向かって抗議した。

あんなに新鮮なお肉(鶏肉に近い味)を捨てていくなんて、フードロスにも程がある。

このままでは肉が腐って、ダンジョンの環境が悪化してしまう。


「仕方ないわね……お掃除しましょう」


私はコアを操作し、ダンジョンの便利機能『自動回収(オート・ルンバ)』を起動した。

対象エリアの床を液状化させ、有機物(魔物の死体)のみを地下の貯蔵庫へ吸い込むシステムだ。


   ◇


モニターの中で、異変が起きた。


勇者たちが勝ち誇ってポーズを決めている背後で、地面に転がっていたウサギの死体が、ズブズブと床に沈み始めたのだ。


ジュルリ……ゴキュッ。


嫌な水音がした。

まるで、床全体が巨大な「口」になったかのように。


「……ひっ!?」


最後尾にいた神官の少女が悲鳴を上げた。

男たちが振り返る。

その目の前で、最後の一匹が床に吸い込まれ、跡形もなく消滅した。

後に残ったのは、何事もなかったかのように綺麗な石の床だけ。


『き、消えた……!?』

『死体が……ダンジョンに食われたぞ!』


彼らの顔が、恐怖で青ざめていくのが見えた。

金髪の男が震える声で叫ぶ。


『こ、これは魔王の仕業だ! 生け贄を……俺たちの倒した獲物を、魔王が啜っているんだ!』

『なんておぞましい……! ここは生きているのか!? 俺たちも、死んだらあの中に……!』


(……おぞましいって失礼ね。ただの全自動・生ゴミ処理システムよ)


彼らは背中合わせになり、ガタガタと震えながら周囲を警戒している。

見えない恐怖に怯えるその姿は、なんとも滑稽だった。


けれど、私としては感謝しかない。

彼らは魔物を倒す手間を省いてくれる、ボランティアの狩人なのだから。


「ありがとう、名もなき冒険者さんたち。あなたたちが倒してくれたお肉は、私が責任を持って美味しくいただきますわ」


私は彼らに向かって、画面越しに感謝の投げキッスを送った。


モニターの向こうで、金髪の男が「寒気がする……! 悪寒だ、呪いだ!」と叫んでいるのが見えた。

あら、中層は空調が効きすぎているかしら?


「風邪を引かないようにね。……もっと働いてもらわないといけないもの」


私は収穫されたばかりのウサギ肉が『貯蔵庫』リストに追加されたのを確認し、満足してモニターを閉じた。


ちょうどそこへ、泥だらけのマンドラゴラを洗ってくれたレイヴンさんが戻ってきた。

彼は皇帝の風格(設定)をかなぐり捨て、エプロン姿でキッチンに立ってくれる。


「シェリル、大根の下茹ではどうする? 米のとぎ汁を使うか?」

「ええ、お願い。……ふふ、やっぱりレイヴンさんは、皇帝よりも『私の専属シェフ』がお似合いよ」

「……君がそう言うなら、それが一番の称号かもしれないな」


彼は苦笑しつつも、まんざらでもなさそうに包丁を握った。


外では勇者たちが「人を喰らうダンジョンの恐怖」に怯えながら進んでいるというのに、魔王城ここでは今夜も、平和で温かい――湯気の中に人面根菜が浮かぶ、絶品おでんの準備が進んでいた。

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