第4話 勇者一行、迷子になる
ダンジョンでの生活が始まって数日。
私の生活は、驚くほど快適なものになっていた。
「『室温調整』よし。『換気』よし。今日のダンジョン天気は『晴れ』に設定」
私はリビング(元・廃墟のホール)の中央に浮かぶ虹色の水晶――ダンジョンコアに向かって指示を出す。
コアは私の言葉に従い、天井に青空の映像を投影し、爽やかなそよ風を送り出してくる。
「本当に優秀なスマート家電ね」
私が撫でてあげると、コアは「ピカーッ!」と嬉しそうに明滅した。
ちなみに、レイヴンさんは日課の「狩り(食材調達)」に出かけている。
平和な午後のティータイムだ。
私は暇つぶしに、コアのもう一つの機能を使ってみることにした。
「『遠見』モード、起動」
空中に巨大なスクリーンが現れ、ダンジョン周辺の映像が映し出される。
防犯カメラのようなものだ。
森の景色が次々と切り替わっていく。
「あら?」
森の入り口付近、ダンジョンの第一階層手前で、映像が止まった。
そこに、ゾロゾロと動く集団がいたからだ。
「……何かしら、あの薄汚い人たちは」
五、六人の男女だろうか。
全員、泥と煤で真っ黒だ。
鎧はへこみ、服はボロボロ。髪は鳥の巣のようで、足取りは亡霊のように重い。
特筆すべきは、先頭を歩く金髪の男だ。
顔がパンパンに腫れ上がり、目が細い線になっている。
おそらく、この森に生息する「キラービー(殺人蜂)」にでも襲われたのだろう。
(……オークの亜種? いいえ、装備をつけているから人間ね)
一人が、木の根に躓いて派手に転んだ。
誰も助け起こそうとせず、仲間割れのような怒鳴り合いをしている。
男が何か叫んでいる。
唇の動きを読んでみる。
『……こ、の……役立たず……! 聖女なら……治せ……!』
『……無理ですぅ……マナが……』
(ああ、典型的な「連携の取れていないパーティ」ね)
見ているだけで気の毒になってくる。
それに、家の敷地内(ダンジョン入り口)で餓死されても困る。
死体が腐敗すれば衛生環境が悪化するし、害虫も湧くかもしれない。
ここは私の庭なのだから、清潔に保ちたい。
ふと、私はテーブルの上を見た。
そこには、今朝の試作品が山積みになっていた。
【オーク肉の生姜焼き(山盛り)】
森で狩ったオークのバラ肉を、特製生姜醤油ダレに漬け込んで焼いたものだ。
オーク肉は独特の獣臭さがあるため、一般的には捨てられる部位らしい。
けれど、たっぷりの生姜と果実酒でマリネすれば、その臭みは濃厚な旨味に変わる。
ただ、張り切って作りすぎた。
レイヴンさんも「白米が欲しい」と言って十人前くらい食べたけれど、まだ五人前ほど残っている。
「これをあげましょう。残飯処理……いいえ、フードロス削減よ」
私はコアを操作し、『廃棄』機能を選択した。
これは本来、ダンジョン内のゴミを外部へ転送して捨てるための機能だ。
座標指定、あの一団の頭上。
「食べて元気になったら、さっさと帰ってちょうだいね」
◇
モニターの中で、事態が動いた。
彼らの頭上の空間がパカリと開き、茶色い肉の塊がドサドサと降り注いだ。
男たちが腰を抜かして驚いている。
「敵襲か!?」と警戒しているようだが、漂ってくる「生姜醤油の焦げた香り」の誘惑には勝てなかったらしい。
先ほどの顔が腫れた金髪の男が、泥の上に落ちた肉を震える手で掴んだ。
そして、迷わず口に放り込んだ。
その瞬間。
カッ! と男の目が光った(ように見えた)。
(……あら、泥がついているのによく食べるわね。まあ、3秒ルールかしら)
男は狂ったように肉を貪り始めた。
周囲の仲間たちも、獣のように群がり、奪い合うように食べている。
相当お腹が空いていたのね。
私の料理を残さず食べてくれるのは嬉しいけれど、マナーが悪すぎるわ。
と、異変が起きた。
ボワァァァァッ!
食べた人たちの全身から、赤いオーラのような湯気が噴き出したのだ。
痩せこけていた体に筋肉が戻り、顔色が土気色からバラ色へ劇的に変化していく。
転んで怪我をしていた足も、蜂に刺されて腫れ上がっていた顔も、見る見るうちに治っていく。
「……?」
私は首を傾げた。
ただの生姜焼きよね?
スタミナはつくと思うけれど、あんな風に発光するなんてレシピには書いてなかったはず。
(ああ、そういえば。オークのお肉って魔素の塊だから、丁寧に下処理するとポーション代わりになるんだったかしら)
私の「洗浄魔法」で不純物を取り除き、「魔力調理」で栄養素を凝縮した結果、滋養強壮効果がバグってしまったのかもしれない。
まあ、毒ではないからいいだろう。
彼らは食べ終わると、天に向かって何かを叫び、涙を流して拝み始めた。
『おお……女神アリアよ! これぞ天の恵み!』
『勇者様に試練を与え、最後に救ってくださったのですね!』
(……ゴミ捨て場に向かって拝まれても困るのだけど)
まあ、感謝してくれているなら何よりだ。
これで元気になったし、里へ下りてくれるだろう。
そう期待して見ていたのだが。
彼らは逆だった。
顔の腫れが引いて(それでも人相は悪いが)美形に戻った金髪の男が、剣を掲げ、私のいるダンジョンの方角をビシッと指差したのだ。
その顔には、先ほどまでの悲壮感はない。
代わりに、謎の自信と殺気が漲っている。
『行くぞ! 女神は我らを見放していない! この力で魔王を討つのだ!』
彼らは恐ろしい速度で――遭難前よりも遥かに機敏な動きで、ダンジョンへの侵入を再開した。
さっきまで足を引きずっていたのが嘘のように、トラップの穴を飛び越え、雑魚モンスターを蹴散らし、一直線にこちらへ向かってくる。
「……どうやら、野生動物に餌付けをしてはいけないというルールを、うっかり破ってしまったみたい」
私はため息をついた。
元気になりすぎて、不法侵入への意欲が増してしまったらしい。
というか、「魔王」って誰のことよ。ここには私と、食いしん坊の同居人しかいないのに。
「面倒なお客様ね」
まあいいわ。
ここ(中層のリビング)に辿り着くには、まだいくつかのエリアを越えなければならない。
それに、私には最強の警備員がいる。
ちょうどその時、入り口からレイヴンさんが帰ってきた。
背中には、巨大なコカトリス(鶏肉)を担いでいる。
「ただいま、シェリル。今日はいい鶏肉が手に入ったぞ」
「お帰りなさい、レイヴンさん。ちょうどよかったわ」
私はニッコリと微笑んで出迎えた。
モニターの電源をプチッと切る。
「今夜は唐揚げにしましょう。……それと、ちょっと家の前に元気すぎる害虫が増えたみたいだから、後でお掃除をお願いしてもよくって?」
「害虫? ……ああ、任せておけ。君の安眠を妨げるものは全て排除する」
レイヴンさんは深く追求せず、頼もしく頷いてくれた。
私は今夜の献立に思考を切り替える。
コカトリスの唐揚げには、レモンをかけるか、特製マヨネーズにするか。
そちらの方が、私にとっては国家の一大事なのだから。
(あの金髪の男、どこかで見た気もするけれど……まあ、どうでもいいわね)
私は生姜焼きの空になった皿を洗い場へ運んだ。




