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追放令嬢は美味しいものを食べて静かに暮らしたかった  作者: 秋月 もみじ


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3/10

第3話 気づけば魔王になっていた


チュン、チュン。


小鳥のさえずり……ではなく、ダンジョン内の蝙蝠の鳴き声で私は目を覚ました。


「ん……よく寝たわ」


体を起こすと、スライム・マットレスが「ぽよん」と私の形に合わせて戻る。

背中側には、フェンリル(名前は『ポチ』にした)が温かい毛布のように丸まっている。

最高の寝心地だった。公爵家の天蓋付きベッドより快適かもしれない。


「おはよう、シェリル」


入り口の方から、低い声がかかる。

レイヴンが入り口で剣の手入れをしていたようだ。

目の下に少しクマがある。

どうやら、私の護衛(とポチの監視)で一睡もしていないらしい。


「おはよう、レイヴンさん。朝ごはんにしましょうか」

「ああ。昨日の猪肉がまだ残っているが」

「朝からステーキは重いわ。もっと優しい……そう、スープが飲みたいの」


私は贅沢な悩みをつぶやいた。

肉はある。水も魔法で出せる。

足りないのは、味に深みを出す「出汁」と、彩りの「野菜」だ。


「この奥、少し湿気があったからキノコが生えていると思うの。探しに行きませんこと?」


私が提案すると、レイヴンは剣を背負い、真剣な表情で頷いた。


「……いいだろう。だが、俺の後ろを歩け。この魔力濃度だ、何が起きるかわからない」


   ◇


私たちは地下へと続く階段を降りた。

奇妙なことが起きたのは、地下二階へ足を踏み入れた瞬間だった。


グニャリ。


空間が歪む感覚。

階段が勝手に動き、通路が組み変わり、私たちを「奥へ、奥へ」と吸い込んでいく。


「なっ、空間転移の罠か!?」


レイヴンが私を抱き寄せようとするが、景色は一瞬で変わった。

冷たい石の通路ではない。

そこは、灼熱の空間だった。


壁面をマグマが流れ、熱気が肌を刺す。

本来なら地下50階層以下にあるはずの「深層」へ、私たちは招かれたのだ。


「熱い……! シェリル、下がれ!」


レイヴンが汗を拭いながら警告する。

でも、私の目は輝いていた。


「見て、レイヴンさん! あれ!」


私が指差したのは、岩陰に群生している赤いキノコ。


【名前:マグマタケ】

【味覚:激辛だが、加熱すると極上の海老の風味がする】

【用途:スープの出汁に最適】


「海老の味……!」


海のないこの国では、海老は宝石より高価な食材だ。

それがこんなに取り放題なんて。

私は夢中でキノコを採取しようと駆け出した。


「待てシェリル! 前方から来るぞ!」


レイヴンの切迫した声。

直後、ドンッ、と大地が揺れた。


前方の溶岩湖が割れ、巨大な影が姿を現す。

全長二十メートルはあるだろうか。

燃え盛る紅蓮の鱗。剣山のような背びれ。

そして、王冠のようにねじれた黄金の角。


「グルルルルォオオオオオッ!!」


咆哮だけで、鼓膜が破れそうになる。

古代竜エンシェント・ドラゴン

絵本の中でしか見たことがない、伝説の怪物だ。


「古代竜……だと!? なぜこんな場所に!」


レイヴンが瞬時に踏み込み、漆黒の剣を一閃させる。

並の魔物なら両断するはずの鋭い斬撃。

しかし、ドラゴンの鱗に当たった瞬間、「ガギィン!」と高い音がして弾かれた。


「硬い……! 魔法障壁か!」

「グルァッ!」


ドラゴンが煩わしそうにレイヴンを一瞥し、大きく息を吸い込んだ。

喉の奥が赤熱し、圧倒的な熱量が凝縮されていく。

ブレスだ。

これを浴びれば、Sランク冒険者のレイヴンといえど骨も残らない。


「伏せろシェリルッ!!」


彼は叫びながら、私を庇うように前に立った。

けれど、私はその横をすり抜け、一歩前に出た。


「火加減が強すぎますわ」


私は右手をかざす。

発動するのは、お風呂の温度を調節するための生活魔法。


「『適温調整(サーモ・コントロール)』」


ゴォオオオオオオオッ!


放たれた灼熱のブレスが、私に届く直前で――シュン、と勢いを失った。

数千度の炎が、心地よい42度のお湯程度の温風に変わり、私たちを優しく撫でる。


「な……ッ!?」


レイヴンとドラゴン、一人と一匹が同時に目を見開いた。

本来、ドラゴンの魔法抵抗を破るなんて不可能だ。

けれど、私には「食材を美味しく調理する」という明確なイメージがある。

強すぎる火は、料理を焦がす。だから調整する。

その理屈の前では、伝説の竜の魔力障壁など、焦げ付き防止の油膜ほどの意味もなさない。


「その立派な尻尾、頂きますね」


私は呆然としているドラゴンの側面に回り込む。

狙うは、コラーゲンたっぷりの尻尾の付け根。

硬い鱗の隙間にある、わずかな関節の継ぎ目。鑑定スキルがそこを赤く光らせている。


「『解体(カット)』」


スパァンッ!


乾いた音が響いた。

普段、魚を三枚におろす時に使う魔法。

レイヴンの剣を弾いた鱗の隙間を、魔力の刃が滑るように通り抜け、関節を切断した。


「ギャオオオオオッ!?」


ドラゴンが悲鳴を上げ、バランスを崩して溶岩の中に沈んでいく。

私は切り落とした巨大な尻尾(数トンはある)を、魔法でふわりと受け止めた。


「よし、確保」


メイン食材ゲットだ。

本体の方は……まあ、溶岩に落ちてしまったし、回収が大変そうだから今回は見逃してあげよう。尻尾だけで十分すぎる量だ。


「シェリル……君は、一体……」


レイヴンが腰を抜かしそうな顔で私を見ている。

あら、はしたなかったかしら。

その時だった。


溶岩の中から、キラキラと輝く虹色の水晶が浮き上がってきた。

それは私の目の前まで飛んでくると、プルプルと震えながらホバリングした。


「あら、綺麗な石」


甘い匂いがする。

私はそれを手に取り、まじまじと観察した。


「これ、ドロップアイテムの飴玉かしら? 食後のデザートにいいかも」

「ま、待てシェリル! それはダンジョンコ――」


私が口を開け、「あーん」と水晶を噛み砕こうとした、その瞬間。


《た、食べないでくださぁぁぁい!!》


頭の中に、必死な声が響いた。

水晶が激しく点滅している。


《降参! 降参です! 貴女様をマスターとして認めます! だから食べないで!》

《管理者権限を譲渡します! 何でもしますからぁ!》


どうやら飴玉ではないらしい。

残念だが、意思があるものを食べる趣味はない。


「……食べられないの?」

《食べられません! その代わり、このダンジョンの全機能をお使いいただけます!》


次の瞬間、私の脳内にメニュー画面のようなものが浮かんだ。

『照明設定』『気温管理』『防衛システム』『お掃除ロボット(ゴーレム)起動』……。


(まあ。これは……)


「古代の魔導具かしら? お屋敷にあった魔導コンロの操作パネルに似ているわ」


試しに『気温管理:快適』を念じてみる。

すると、あれほど暑かったマグマの熱気がすっと引き、高原のような涼しさに変わった。

さらに『照明:朝モード』を選ぶと、天井が青空のように明るく輝き出す。


「すごーい! 全自動のスマートホーム機能付きなのね!」


私は手を叩いて喜んだ。

さすが古代遺跡。生活水準が高い。

これなら、夏場でも食材が腐らないし、冬も暖かく過ごせる。


「レイヴンさん、見て! ここ、すごく便利な機能がついてますわ! リモコン拾っちゃいました!」

「……リモコン?」


レイヴンは虹色の水晶――国家予算数百年分の価値がある『ダンジョンコア』と、それを飴玉扱いした私の笑顔を交互に見て、深く深いため息をついた。


「……そうか。ダンジョン自体が、君に食われるのを恐れて屈服したのか」

「? よくわかりませんが、快適な住環境が整ったのは事実ですわ」


   ◇


一時間後。

快適な室温になったダンジョンの入りリビングで、私たちは朝食を囲んでいた。


巨大な鍋の中では、ドラゴンのテールスープが黄金色に輝いている。

普通なら数日煮込まないと柔らかくならない竜の肉だが、生活魔法『加圧(プレッシャー)』――いわゆる圧力鍋効果で、短時間でトロトロに仕上げてある。


「……美味い」


レイヴンが一口飲み、天を仰いだ。

マグマタケから出た濃厚な海老の風味と、箸で崩れるほど柔らかいテールの脂が溶け合っている。

ピリッとした辛さが、眠った体を覚醒させる。


「お肌にも良さそうですわ」


私もスープを口に運び、ほぅ、と息を吐く。

コラーゲンが染み渡る。

昨日までの、冷めたスープとは違う。

心も体も満たされる、最高の朝食。


「シェリル」


食べ終えたレイヴンが、真剣な眼差しで私を見た。


「君は、気づいていないかもしれないが……君が手に入れた力は、国一つを揺るがすものだ」

「あら、大げさですわ。ただの家事魔法と、便利な家電ダンジョンよ」

「……まあいい。君がそのつもりなら、俺が守る」


彼は何かを決意したように、私の手を取った。


「君の作る飯を、ずっと食わせてくれ。その代わり、俺の剣と命を君に捧げる」


それはまるで、騎士の誓い。あるいはプロポーズのようにも聞こえた。

けれど、食後の幸福感でぼんやりしていた私は、笑顔でこう返した。


「ええ、もちろん。食材調達係として期待していますわ、レイヴンさん」


彼は少しだけガクッとなったが、すぐに優しく微笑んだ。


こうして私は、美味しいご飯と、便利なスマートホーム(ダンジョン)、そして頼れる同居人(皇帝)を手に入れた。

もう王都に未練なんてこれっぽっちもない。


――はずだったのだが。


(くそっ、なんだこの森は! 魔物が強すぎるぞ!)

(アリステア様ぁ、もう歩けませぇん……)


私の知らないところで、元婚約者たちが「魔王討伐」を掲げ、この森で遭難しかけていることなど、知るよしもなかった。


「さて、お昼は何にしましょうか」


私は平和に、今日のランチのことだけを考えていた。

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