第6話 心の内
次の朝、村人達が、この小さな古い家に雪崩のように押し寄せてきた。
「英雄さんたち!昨日はありがとうさん!朝ご飯のお裾分けさ!」
頭巾にエプロンを窮屈そうにつけたでっぷり太った女が両手に籠を担いで入ってきた。人の良さそうな笑みには何の裏表もないような優しさと思いやりがあった。
魔物を退けた小さな英雄達を隠そうともしない好奇心で探り出し、ノワティエ公の屋敷へ向かう一行だと言うと、ちょうどいい用事があるものがいるからと小間使いを2人付けてくれることになった。エルフィールが前ノワティエ公の従兄弟だと名乗ったため、みなの態度は柔らかく尊敬に満ちたものだった。
「ラウールとルナです。ラウールはこの村指折りの腕利きですのでお役に立つと思います。ルナはお屋敷に届け物があるので同行させてやってください。」
それ以外にも村の人何くれと世話を願い出てくれ、結局村を発ったのは翌日の早朝だった。
旅には人が集まる。
※※
―ねえねえメルセデス。あの紹介状ってほんとに私のだったのかな
悠は火の番の交代で焚き火にあたりながら、メルセデスに語りかけていた。
―うーん。私にもわからないわ。荷物はかかさまから預かってきたんだけど、あれが紹介状だったのか、それともそう見えた他の何かだったのか。ただ。
メルセデスはゆったり悠に頭を撫でられている。
―王都に行け、というのはその通りなのよね。次の門がどこにいつ開くのか、私にはまだあまり感じ取れないんだけど、門は、「賑わう場所の静かなところ」に開く。簡単に言えば大都会のすこし離れた郊外などね。なぜそうなのかは聞かないで。知らないの。
いつどこに開くのかわからない、か。数カ月後かもしれないしあるいは数年後…。今のところ、息つく暇もないほどさまざまなことが起こり、旅の仲間もでき、孤独を感じる暇もないほどである。
しかし、本質的にはどこともしれないところへ迷い込んでしまった迷子である。生まれて育った場所より根っこから引き剥がされて風に流されて大海原を、渡ってしまった。
所詮、異邦人だ、という意識が根底にあるため、どこか夢の世界のように現実感がなく…。
―ねえメルセデス、私ね。小さい頃、左目だけ弱視で病院に通ってたの。
くつろいだ様子のメルセデスが無邪気に尋ねる。
―ジャグシ、ってなぁに?
―うん。簡単に言うと右目は見えるけど、左目は見えなかったの。実際、左右でかなり不均等だけど、見えない、とまでは言えないかな。ぼんやり、何かあるかなーぐらいは見えてた。
―へえ。
―指摘されて診断がつくまではそんなもんだと思ってて気にも留めて無かったんだけど、何か変だなって思った母親が病院に連れて行ってくれて5歳で発覚した。結局治療を受けて治ったんだけどさ。完治するまでの5年間、結構大変だったし自尊心も大分削られたわ。人の半分しか見えないのだから、治らなければ将来仕事もかなり狭まるし日常生活も困難が伴う。結婚なんかも影響するかもしれないし。母親がとにかく心配して自分を責めててそれもつらかった。でもね。
―ある時病院で出会ったおばあさんと、何とは無しにおしゃべりしてて、私の目が弱視だって言う話を、したらね。
ふふふ、と悠は笑う。
―そのおばあちゃん、ひっくり返らんばかりに驚いて、「あんたそりゃ特別な目を持って生まれてきたんだよ」って。知ってる?目の見えない人間は、見えない目に普通の人には見えない世界を映すことができるという言い伝えがあるって。
ーよくわからないわ。「見えない」のに「見える」の?
ーそうだよね。迷信だよ。ハンディはハンディ。でも、そのときは私にも、いえ「私だからこそ」見えるものがある、できることもあるって思えた。うれしかった。
ーでもさ、でもさ。小学校高学年ぐらいのときかな。弱視用の眼鏡を買ってもらってね。そしたらもうすごいの。なんでも見える!私それまで球技とかすごく下手で運動音痴なんだと思ってたの。でも、そうじゃなかった。眼鏡かけたら、そりゃもう、見える見える。世界の解像度が一段階あがった。バレーだって、バドミントンだって、ちゃんと球をとらえられて打ち返せるようになったの。感動だったなぁ。
ー文明の利器の勝利ね。
ーでしょ。まぁこの話をまとめると。
「いつでもどんなときでも「自分にやれることを探す。」こと。あとやっぱり「世界の解像度を上げること。」
話はそれからだ。
次の日、悠は旅の暇を持て余していたエルフィールに「この地域の歴史について教えてくれ。」と頼んでみた。自分は諸島の端の小さな村で育ったためあまり本なども読めずに詳しく勉強したことがないから、と。
エルフィールはやや怪訝な顔をしたものの、快くうなずいてくれた。




