第50話 繋がる糸
羽ペンがくるくると彼女の手の中で回る。
悠はじっとそれを見つめる。
「どうしたの?」
は、と悠は我に返る。
「なんでも。続きをしましょう」
目をつぶるともう続きが見えてくる。
暗い狭い部屋の中央で何かを必死に書いているのはサナニエルだ。
悠は侍女になったことを想像する。サナニエルの作業を邪魔しないように静かに見守り、お茶を出したりインクを継いだりするのだ。時々サナニエルの言いつけを聞いて入用の本を取ってきたりするかもしれない。
は、とする。ここからだと、サナニエルの書いている文章の内容が見えないかもしれない。
しかし心配は不要だった。
悠が見ようと思えば視点はどこへでも自由に移動する。
ノートには不思議な図形がびっしり書かれていた。サナニエルの手のひらにはじんわりと汗がにじんでいて時折柔らかな布で拭いている。
暗い部屋を照らすランタンは、じじじ、と不思議な音を立てる。そのたびにサナニエルは手を止めてじっっとランタンの揺れる火を眺める。
作業が進んでいくにしたがって、その割合は増えていく。最後の線を書き終えたとき、彼は隣の本棚から、小さな本を取り出した。
ページをパラパラとめくる合間にかろうじて奥付に書いてある名前が見える。ダナンの名前が記してある。
迷いなくしおりの挟んであるページを開き、自分の図形の隣に置く。
ダナンの日記のそれと彼の書いたものはほとんど同じだ。細部が多少異なるが、下に記載されている文字は全く同じ。
イリグリの根、オークリの葉、鶏の眼球。
その文字をじっとみているサナニエル。しかししばらく考えこむと、一つ付け足した。
「そして魔の民の心臓一つ」
『そして』、から『魔』までの間、たっぷり1分は沈黙している。
彼の眉間にはしわが寄っている。
ふう、とため息をつくサナニエル。
「やはり、外せんか……」
そのあとはもう一遍の迷いなく、次の言葉を記載していく。
ーー天の民の指1本
そこまで書いて彼はランタンの根元にある調節ねじを回し、火を小さくした。部屋の中はすでに薄暗いのに。どんどん火を小さくして、わずかなオレンジが見えるか見えないかまで小さくしてしまうと、それを一気に消した。
部屋は真っ暗だ。
「もう後戻りはできないな。誕生祭だ、そのときに……」
地の底でうごめく怪異のような声でサナニエルが呻く。
すっと立ち上がると優雅な所作で出口を出ると階段の途中でぴた、と止まる。
階段の手すりには龍のモチーフが描かれている。サナニエルはそのまま階段から降りながら1つ、2つとモチーフを数え4つ目のモチーフまでくる。
そして、左手でモチーフを触りながら、反対の手で手すりについた丸いこぶのような意匠を手前に引いた。
音もなく反対側の壁に穴が開く。
何かうごめくものをその中に見た気がして悠は思わず目を逸らす。
景色がゆがみ、ゆっくり遠ざかっていく色彩、悠は眩暈がしそうなほどの疲労で机につっぷした。
「大丈夫?」
エルフィールが心配そうに声をかける。
彼もどのタイミングで引き戻したらよいのか分からずに心配を募らせていたので、意識の戻った悠にほっとしながらタオルケットを肩にかけてやる。
「私……分かってきた」
エルフィールの方を見もせずに悠は言う。
ひとまずジャイルーンを探すべきだ。
何か起こる前に。
しばらく痛ましげに彼女の瞳を覗き込んでいたエルフィールは彼女の髪の毛に絡みついた羽根を丁寧に取ってやりながら言った。
「どこに向かってるのかは分からない。けど、ただ、出来れば、そばにいさせてほしい」
羽ペンは手の中で握りこまれてじっとり汗ばんでいた。
羽ペンをまた回してみる。くるくる、くるくる、と。
まるで、見えざる手で翻弄される私のようだ。と悠は思う。けれど、これとは違う、回しているものなんて存在しない。ただただ、運命という歯車にぐるぐると棒切れのように回されていきつく先もなく味わわされる無力。
そんなのは嫌だ。
自分で見る、自分で触る、自分で確かめる。




