第34話 密談
「で、気づいたらベッドの上でしたってわけか…。もう少しで僕は兄上に捻り殺されるところだったぞ。」
「誰かさんが王都とこちらのお使いでこき使いまくってくれてるおかげで、身も心も疲れてるからなぁ。労働条件の改善を要求する〜。」
絶対謝らないのがほんとに腹ただしいのだが、今に始まったことでもないのでスルーするスキルを身に着けているエルフィールだった。しかし、
「それについては考えてもいい。いいよ。この件が解決したらしばらく兄上のところに戻ってこい。」
偉そうに言うエルフィールに、リィンザエルはにやりと悪い笑みを浮かべる。
「…忘れるなよ…。ちゃんと交渉してくれよな。短期間はだめだ。1年ぐらいはおそばに置いてもらいたい。サヴァリ様、長くおそばに置いてくれないからな。精霊の手は間に合ってるって。こんなに有能で美しくいじらしい子なのに…。」
ちょっといじけ始めたリィンザエルだが、エルフィールは200も過ぎた男が何がいじらしい子だ、ざまぁ、としか思わなかった。
「兄上は、いじらしいおじいちゃんにあれこれ小言言われるのが耐えられないんじゃないかな。」
「おじいちゃんって誰かな。申し訳ないが本気でわからんな。…で、何を望まれているんだ。今度は。お使いか、それともあの怪しい男にがっつり迫ってみるか?」
「怪しい…?サナニエル公?やっぱり怪しいと思うか?」
エルフィールは目を丸くする。驚いた顔をすると年相応のぼっちゃんなのだ。普段偉ぶって虚勢ばかり張っているため、時々化けの皮をはがすことに無情の喜びを感じるリィンザエルのなのだった。
「ああ。あの貯め込んだ財宝の量、異常だぞ。公爵家の事情を鑑みても、一財産の域を超えてる。それになぜか王都の骨とう品店でも見かけないような一級品のみ。」
「…だよなぁ。交易記録も曖昧だし。なんだこのエリベ国:書籍10点、エリベ国:宝石20点…この年は全部エリベ国、次のとしラグーン領:書籍10点、茶器:5点…この年は全部ラグーン領…。どう見ても、書けと言われたので適当に書きました、って感じじゃないか。」
「そうだよなぁ。これで「人民禄や交易記録なんかの記録の整備が進んでます」なんて、王都の記録管が胸張って言うんだもんな。政権交代のプロパガンダだな。」
実際、リィンザエルはここ数日で何度か王都の記録調査のために出向いたが、まず記録自体が管理がずさん、一等地に豪邸を構えて記録所とした割には中はすかすか、各地から伝聞で集めた風評をちょいとまとめて展示していますよ、ぐらいのていでしかなく拍子抜けしたのだ。
「なにが「メディナ国のすべてを記録する庫」だ。」
「まぁ。実際事業が始まったばかりなんだろう。今までの記録がずさんすぎたのでこれからに期待ではあるが。」
そう、新しい王朝が人民や交易などの金銭の管理を厳重にしようとしているところは確かにあるのだろうが、なにぶん急ごしらえ感が否めない。…とはいえ、一応、ダナン領についての記録をありったけ取ってきてもらってよかった。
交易記録がでたらめだということがひとまずわかった。意図的かどうかはわからないが。
「変と言えば奥方様だって変だな。」
エルフィールが思い出したように付け加える。
「…サナニエル公の奥方は東方のスーフィニア山岳地帯の伯爵領の娘だったはずだよな。あの人東方の山岳地帯の出身に見えるか?」
容貌やたたずまいというわけではない。どこがと言われると言葉に詰まるのだが、褐色の肌に灰色の瞳の山岳地帯の民には見えないような気がしているのはエルフィールだけであろうか。リィンは首を傾げている。
「気のせいかなぁ。年も…24だと聞いてたんだけど、もっと若いような気も。あと去年だけじゃなくて一昨年もその前も、一切王都には出向いてないみたいなのも気になる。まるで隠されているみたいに…。」
…とはいえ、別にいいか。彼女の何かを暴く必要などないのだ。
「ああ。そういえば。」
リィンザエルが気軽な様子で口を開く。
「王都に出向いたときに、こちらに近々調査官をよこすと言ってたぞ。奥方様の出産も近いからな。」
言われてエルフィールはなんだっけ、と首をかしげる。
「…ああ、古神教の洗礼が必要なのか。」
リィンザエルは眉を顰める。
「なんだ古神教?」
古新教はここ数年でにわかに勢力を強めてきた宗教だ。もともとオリアルラの神話に登場する神をあがめる経典を持つ古い宗教である。
「ああ。今度はあれが国教なのか。一神教であるが故に振興の王国と相性がいいのだな。」
本当に、リィンザエルは世情に疎い。精霊に自らを宿すことにできる天の民であるリィンザエルの本体はとても長寿だ。精霊に自らを宿す。簡単に言うが天の民ならばだれでもかなうわけではない。身と心を切り離すことができる、特別な血を持った一部族の特性なのだ。精霊と交わると体の老いが止まりなん百年も生きることができるという恩恵もある。
だがいい事ばかりでもない。
リィンザエルの一族のものはみな厭世的だ。長寿になればなるほど、だんだんと世の中への興味は薄れていくものらしい。そのほかのものに会ったことがあるが、もう精霊そのもの、と言った透き通った、我のない瞳が印象的だった。してみると、リィンザエルは我が強く欲望が激しいだけに、変わり者なのだろう。
「そう。洗礼のための派遣か。口実としては。この状況に口を挟まれたら…面倒だな…。」




