第15話 探し物、増える
小雨が窓を濡らしている。悠がこちらに来てからどのぐらいたったろうか、少なくともその日はこの世界で悠の経験する始めての雨だった。
地方としてそうなのかこの世界全体がそうなのかはわからないが、どちらかというと毎日乾燥しがちな気候だと悠は思った。朝起きると肌はぱりぱりに乾燥しているし朝の散歩と洒落こんで中庭から続く見事な庭園を歩くと、朝露に濡れた草花には出会えないし、メルセデスの毛並みはいつも乾いた触り心地を保っていた。
なので、この世界にも雨はあるのかと、いささかほっとした気持ちとともに、自分のいた、いるべき世界への思いが少々感傷的な気持ちも湧き上がってくる。
あれから、あの左目の騒ぎがあって以降、悠は自分の書類の捜索をしながら、バリュバルの宝石の解呪を手伝っていた。
バリュバルは最初非常に渋い顔をしていたが、悠だって自分に降ってわいてきた変な能力に興味があること、実験してみたいということを強固に主張してあの石たちをよこすように粘り強く何度も主張したら否とは言わなくなったが、あまり根詰めないようにと言われ、1時間に1回ぐらいバリュバルが様子を見に来るようになってしまった。
あの日の感覚を思い出しながら、ゆっくり一つずつ石を見つめ同じように「解呪」ができるかを試す。当面はあの黒い靄を見えるようになること、次にそれを対象のものから引きはがすことができるかである。最初の1日目は眩暈がして終わっただけで成果ゼロだった。それ以降も成果は不安定で、左目だけの方がよく見えるときもあれば、両目の方がよいときも、またどれだけ目を凝らしても輝く赤以外何も見えない日もある。
それ以降
バリュバルは自分にやれることがなくなってしまい、代わりに悠の学園への紹介状を探している。つまり探し物の対象をすっかり交換した形になっている。
そんな小雨ふる日の朝。
「ユーさん、バリュバル殿。お尋ねしたいことが。」
書庫の連なる2階の一角にエルフィールが駆け込んできた。
エルフィールは水晶に映ったあの事象の調査のためにリィンザエルとともに森を歩き回っていたはずである。
「あれ、エルフィールさん久しぶりじゃないです。」
悠はのんびり言った。
「すいません。この書庫には水晶の原石、もしくは水晶球ってありました?」
「水晶か。見かけなかったな。あったのは…ルビー、エメラルド、あとはやたら翡翠の原石が…。残りは濁った河原の石みたいなやつばっかりだったよ。」
何事かと飛んで来たバリュバルが言う。
「…そう…ですか。では、なんか多面体になるような置物とか、あ、この際サイコロでもいいです。何かそういう形になる細工品ってなかったですかね。」
「多面体…。ためんたい…。角柱とか四面体とか五面体とかのあれです?」
悠が首をかしげる。
「そうです!おとといからリィンザエルがいなくなってしまいまして。大規模捜索の占いを行いたいのですが、水晶球はあの通り映像を固定しているので使えなくてですね…。」
「占いの媒介物質か。…まてよ、うーん。いやー。龍とか虎とかよくわからん生物とか変な置物はたくさんあったんだが、幾何学的な面体とかそういうのは、なかったと思うね…。」
「そうですか。ですよねぇ。サナニエル公にも聞いたんですけど書庫にないならないかもって。仕方ないなぁ。箱とかでもいいかぁ。。黄金でできた箱とかないですかね。」
エルフィールはぶつぶつつぶやきながら部屋をぐるぐる回っていた。
「多面体…。多面体か。…あ。」
悠は思い立って隣の、紙を詰め込んだ部屋へ入って、しばらくして両手にとあるものを抱え込んで帰ってきた。
「これ。どうです。暇だったのでいっぱい作ったんです。」
それは色とりどりの折り紙だった。動物や鶴、紙風船、中には六角柱や正八面体の色鮮やかな形のものもあった。
エルフィールは驚いて手渡されたそれをつまみ上げて観察する。
「な…なんと、美しい紙細工ですね。なんだこれ、こんな綺麗で正確な辺の正面体みたことないです・・。」
「えっへん。暇つぶしで作った折り紙細工たちです。正二十面体までいけます。」
どや、と悠は鼻息荒くつぶやいた。
「20…面体ってそんなにいけましたっけ…?…い、いえ。これで十分ですっ!これもう少し小さく作れますっ?!」
使われることになったのは鮮やかな赤と青の色紙で作った八面体だった。
※※
占いについて、見学しても構わないかと聞く悠にエルフィールは快くOKと答えた。
2階の開いている部屋に悠の作った8面体のサイコロモドキと森の地図、宝飾品の部屋から形と色のよい翡翠を1つ取り上げ、作られた即席の占い場でエルフィールは精神を集中し決められた呪文をとなえた。
ちなみに2度目の試みである。1度目は、地図の上にエルフィールがサイコロモドキを置き、悠宇が椅子に着席してじぃっとその様子を見ていると面体が豆腐のようにぷるぷると動き、次の瞬間くちゃりとつぶれてしまった。
「悠さん…。魔眼発動してますたぶん…。」
かくして悠は左目を眼帯で隠して、面体の折り紙を作り直し、2度目の挑戦を行うことになった。
文言は、唱えても唱えなくてもよいが、精神を集中したり気持ちを入れ込むのには便利なのでエルフィールは省略せずに唱える。
手のひらに翡翠の塊をのせて精神を整えると集中して念じていく。
5分ほどもそうしていただろうか。ふいに翡翠から緑の光が漏れた。エルフィールはその光が地図の上に置いた八面体に当たるように翡翠をつまんで手の中でくるっと回した。
光の当たった形の八面体のサイコロモドキは1,2度プルプルっと震えたが、やがて二人の見ている前でゆっくり転がり始める。
ころころと2,30秒ほど転がるとある地点まで転がったところで、ぐしゃっとひしゃげてつぶれてしまった。
「つぶれちゃった。」
悠は眼帯を確かめる。左目は露出してないことを確かめた。
「…ここまでですかね。」
この方法は失せ物(特に人間)を探すにはもってこいなのだが、通常専用の水晶を転がして使うものなので、紙では途中で耐えられなくなってあれぐらいが限界なのだとエルフィールが説明する。
「それでも、すごく助かりました。占術カードぐらいしか持ってきてなかったんですが、リィンの光は強すぎて占術カードだと探せないんです。」
ものすごく綺麗な面体ですね。ぜひ作り方を教えてほしいです、とエルフィールはため息をつく。ころころと転がる滑らかさといったら、二十面体だとどこまで強力な呪具になるやら…と複雑な気持ちになってその面体を見つめた。




