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6 Flower Paradise

 ジーナが深く考え込んでいると、博が被害届の提出を終えて空の病室に戻って来た。そこに彼女がいることに少し驚いたようだったが、彼女は直ぐに席を立って帰ってゆく。

 博は心配そうに、空の様子を窺った。

 彼女は目を瞑っていたが、博の気配に気づくと瞼を半分ほど持ち上げて彼の顔を見る。

「ごめんなさい、起こしてしまいましたね」

 彼の言葉に、空はぼんやりした様子で答えた。

「・・・ウトウトして・・しまいました。起きていようと思ったのですが・・・戻ってくると思いましたから」

「眠って良いですよ。ここにいますから」

「・・・顔が見たくて・・・見えなかったのは1週間だけなのに、何だか懐かしい気がします」

 空は眠そうな顔をしながら、それでもふんわりと笑って彼を見ている。

(そんなに、可愛い顔で可愛いことを言わないでください)

 博は愛し気な微笑みで彼女の頬に触れると、唇にそっと掠めるようなキスを贈って囁く。

「・・・傍にいますから」

 もっと見ていたいけど、と言う言葉は口の中で消え、空はすぅっと穏やかな眠りの中に入った。



 やがて空の頭の怪我も完治し、体調もすっかり元通りになった頃には、ジーナの研修期間終了もあと3日となっていた。ドローンに関する事件は、その後は何も起こらず、支局はギャング集団『シラヌイ』の調査を続けている。そして、幾つかの事が解って来た。


「今のところ解っていることは、『シラヌイ』の平均年齢が他国のギャングたちと比べると低いらしいということ、つまり構成員たちは若いものが多いという事くらいでしょうか。それでも、幾つか彼らが良く通う店なども解ったので、次はそこに潜入調査をしようと思います」

 博が定例会議でそう告げると、早速メンバーは計画を練る。


 先ずは、3つある店のどこに誰が行くのかと、男性捜査官3名が何やら妙に嬉しそうに話し始める。それを見て、小夜子がフンと鼻を鳴らして言った。

「まったく、鼻の下伸ばしちゃってもう・・・博まであれじゃ・・空、複雑な心境にならない?」

「・・・?・・・何が複雑なのでしょうか?」

 空に聞いたのが間違いだったかな、と思いつつ小夜子は丁寧に説明をした。

「だから、ちゃんと相手がいるのにって事よ。そりゃ仕事ですから、変なコトにはならないと思うしそのくらいは信用してるけど、ああ嬉しそうにしてると、こっちに何かご不満でも?って思いたくもなるじゃないの」

 彼女の説明に、それなりに納得した空だったが、それでも複雑な心境にはなれそうもない。

「人間に限らず、全ての♂に共通のものでしょう。性的サービスをする♀に惹かれるのは」

 身も蓋もない発言だが、多分それを聞いて最も傷つくのは博ではないだろうか。


「ねぇ、ワタシも行くわよ!」

 そこにジーナが、イキイキとした様子で名乗りを上げた。

「・・・は?客として行くの?」

「まさか。アルバイトしに行くの。その方が、裏方たちの話も聞けるじゃないの。ワタシはその道のプロよ。来る客に軽く仕掛ければ、話も直接色々と聞けるじゃない。心配なら、空と一緒に行くわ。ね、良いでしょ空。そう言う任務に就いたこと、ある?」

「いいえ、ガサ入れで飛び込んだことはありますが、潜入調査はありません」

 真面目に答える空だが、それどころではないのは他の捜査員たちだ。こんな、痴漢に遭遇体質でレイプされ癖がある危険人物を、そんな場所に行かせるなんてとんでもない。

「別に接客しなくても、カウンターレディとか裏方とかなら、初心者でも全然大丈夫よ」

「そうですね、皿洗いとか掃除なら出来ると思います」

 久しぶりの外勤任務なので、トイレ掃除だって何だって喜んでやる勢いの空と、強引なジーナの態度に反論を遮られ、結局は渋々ながら許可を出した博である。

「空、くれぐれも、充分に・・・いや、絶体に男性に近づかないように」

 暖簾に腕押し、糠に釘、だとは解っていても一応念を押す博だが、空の方はそれはかなり難しいのではないかと思う。

(・・・近づく、というのは具体的にどの程度の距離でしょうか?)

 とりあえず、ハイと返事をしておくが、距離については聞かない方が良いだろうと判断した空だった。


 キャバクラ『花園』は、隣の県との境にある港湾都市の一角にあった。

 ジーナは慣れた様子で裏口に回る。A国でのハニートラップ時の服装と化粧なのか、コケティッシュな魅力をムンムンに撒き散らすような姿だ。空の方は、裏方スタッフ希望なのでチープなおとなしめの服装である。ただ身元がバレないよう、ウッドビーズは束ねた髪の中に隠し、補聴器も外している。

 裏口のドアをノックして中に入ったジーナは、そこにいた従業員風の男に甘ったるい声を掛けた。

「こんにちは、アルバイト希望なんだけど、責任者の方はいらっしゃるぅ?」

 男は一瞬目を奪われたが、慌てて奥に入り30代くらいの若い男を連れてきた。一応スーツは着ているが、明らかに堅気ではない雰囲気がある。

「バイト希望だって?」

 ドアを開けるなり濁った声で問いかけた男だが、ジーナの姿を見るとホウと呟いて、しげしげとその全身を舐めるように見た。

「・・・ふぅん・・志望理由は?」

「旅行で来てたんだけど、パスポートとカードを盗まれちゃったのよねぇ。なので短期で良いから働かせて欲しいなぁって。向こうでもこういう仕事だったから、経験はあるの」

 そんな彼女の言葉に、これは悪くないなと思う。何しろ典型的な金髪碧眼のナイスバディで、しかも経験者なら直ぐにでも店に出せる。短期と言うなら、それをウリにして特別ゲストとして紹介すれば価値も上がりそうだ。

「そりゃ災難だったな。オッケーだけど・・・そっちは?」

 オーナーらしい男は、ジーナの斜め後ろで黙って立つ空を指さして聞いた。

「ああ、この子はワタシの友人だけど、耳が聞こえないのよ。だから接客は無理だけど、皿洗いでも何でもいいからついでに雇ってもらえないかしらぁ」

 オーナーは気の無い様子で空の全身を眺めるが、女の容姿を値踏みする眼力はあるようで、やがてニヤリと笑うときっぱり言った。

「いや、需要がありそうだ。フロアに出て貰おうか。初心者で耳が聞こえないなら、アンタがサポートすればイイだろ。とりあえず、今晩から入ってもらおうか」

(・・・予定と違ってしまいますが)

 困ったような表情を頬に浮かべた空だったが、ジーナの方は「まぁ何とかなるでしょ」と余裕の笑みを浮かべていた。


 衣装は貸してやるからと言われ、ロッカールームか倉庫か解らないような場所で着替えをする2人だが、ジーナは文句たらたらだ。

「何よ、このチープなドレスは・・・」

 素材も安っぽくて、デザインは露出度の高さだけを追求しているものばかりで品が無い。ブツクサ言いながらジーナが着たのは黒の総レースの物だが、肝心の部分以外は全て透けて見える。空の方は、青のチャイナドレス風だが、腋のスリットが腰のあたりまである。

「・・・ジーナ・・・この場合、下着は?」

「ナシ」

 空の問いにあっさりと答えたジーナは、一応しっかりと命令した。

「感覚のコントロールはMAXにしなさいね。完全防御で、不感症レベルにしておくこと」

 空はハイと答えて、胸元に手を当て深呼吸をした。


 結局、お仕事はジーナの独壇場だった。水を得た魚のように生き生きと、自由かつ勝手にフロアを移動しては、様々なお客の相手をし着実に情報を集めている。そんな態度が許されるのも、ジーナの価値をオーナーが認めたせいだろう。空はそんなジーナにくっ付いて、お付きの侍女のように大人しく従っていた。コバンザメに徹しようという考えだ。

 目的も達してそろそろ終業時刻も近くなった頃、『シラヌイ』の中堅どころらしい中年男がオーナーに耳打ちする。オーナーは少し渋っていたようだが、やがてバーテンに何かを囁いた。

 直ぐに、ジーナと空の前に美しい色のカクテルが運ばれてくる。君たちの美しさに敬意を表して、などと本人だけはキめたと思っている台詞と共にそれらを2人に勧めた。

(・・・ふぅん、ゲスな事するじゃないの)

 ジーナはカクテルグラスにパールレッドのルージュを引いた唇を近づけながら、チラッと空の方を窺った。その視線に気づいたのか、空もジーナの方に視線を投げてよこす。

 そして彼女も、そのカクテルに口を付けると、微かに口角を上げて目を細め、舌先で上唇をペロリと舐めた。こっそりとカクテルの中に入れらえた薬に、2人は気づいていた。


 要するに『お持ち帰り』という事だったのだろう。帰る客を見送りに出た2人は、そのまま車に乗せられそうになるが、そこまでお付き合いする義理は無いジーナと空は、あられもないドレス姿で大立ち回りをを披露し、全員を行動不能状態にしてしまう。

「どう?大丈夫、空。あれ、催淫剤みたいだったけど」

 先ほどカクテルグラスに入れられた薬物を、全て飲み干している2人である。

「はい、あの程度なら・・・催淫剤の他にも、少量の睡眠導入剤が入っていたようです」

 落ち着いてそう分析した空だが、僅かに目が潤んで頬が薄桃色に染まっている。

「・・・薬物耐性訓練、受けてたのよね。最後に受けたのはいつ?」

「2年前です。それ以後は、本部でも希望者を募集しなくなりましたし。ジーナは?」

「ワタシは、自主的にやってるわよ。一応医局の管理下でね」

 本部では危険度が高いという事で、薬物耐性訓練を公には実施しなくなっているが、自主的に行う場合に関しては黙認している。

 ジーナはその仕事内容から、催淫剤などの薬物耐性を高めておく必要があるのだろう。

「2年前か・・・そろそろ耐性が落ちてくるわね」

「そのようです。少しですが、効いているようですし」

 かと言って、自主的に訓練をしたら博が激怒しそうだと思う。耐性値を上げるのは難しそうだ、と諦める空だ。


「・・さて、それじゃ帰ろっか」

 手を軽くパンパンと叩きながらジーナが言うと、空もニッコリ笑って頷き、2人は借りたドレスのままさっさとその場を逃げ去ったのだった。


 帰局したのは当然真夜中だったので、空は真っすぐに部屋に向かう。静かに開けたドアの向こうには、案の定、博が待っていた。

「ただいま戻りました。報告は、明朝・・・」

 言いかけた空の元へつかつかと歩み寄った博は、彼女のドレス姿をしげしげと観察する。

「・・・お帰りなさい・・・そのドレスは?」

「お店で借りたものです。何故か成り行きでフロアに出ることになってしまって・・・」

 一瞬眉を顰めた博だったが、手を伸ばしてグイっと彼女の身体を引き寄せ、右手を腰のスリットの辺りに置いた。

「最後にちょっとあって・・・そのまま・・・あ、あの・・・っ」

 説明をしようとする空の息が詰まる。彼の手がスリットを割って中に入り腰のあたりから下に向かって撫でおろされた。

「それで?」

 さわさわと感触を楽しむように柔らかなヒップを撫でながら、意地悪気に耳に吐息を吹き込んでで囁く。

「・・・ん・・・ジーナが・・・このまま‥帰ろうと・・・ん・・・着て行った服を置いていくから・・・ぁん・・・それで・・」

「・・・下着も置いてきた、と?」

「こ、このドレスだと・・・ヒッ・・・ぁん」

 空の身体が強張る。

 彼の指が、遠慮なく割れ目に侵入し隠された部分を嬲り始める。

「呼気の匂いが違います。ここも随分、濡れていますし。何か、飲まされましたか?」

「あっ・・・ん・・・催淫剤と・・っ・・睡眠・・導入・・・あぁっ」

 そのまま内部に指を挿入され、言葉が続かなくなる。博は何も言わず、彼女の耳たぶを舌で弄びながら、早急に行為を進めるのだった。


 くたりと全身を預けて博の腕の中で眠る空を、そっと抱きしめながら、博はベッドの中で考える。

(まったく・・・嫌な予感はしていたんですがね・・・)

 まさかあんな格好でフロアに出て、どんな接客をさせられたのやら。想像すると腹が立つやら悲しくなるやらで、何とも気持ちが落ち着かない。さほど影響はなかったようだが、薬まで飲まされているわけだし。やはり、こういう任務に行かせるべきじゃなかったと反省する。

 そんな予感もあって自分の方の聞き込みは、成果を得ると直ぐに帰宅した博なのだ。折角のキャバ嬢たちのサービスも、楽しむどころでは無かったのである。

 そして彼女の帰りを待っていれば案の定の状態で、しかも初めて知る煽情的な姿なのだから、理性のタガが吹っ飛ぶのは仕方がないだろう。

 結局、立ったまま行い、更にカーペットの上でもそのまま2回目をして、最後はベッドに運んで濃厚な時間を過ごしてしまった。心の中に半分くらい責任転嫁する気持ちがあるのは否定できないが、それでもやはり最後は愛しさが勝る。

 博はもう一度彼女の頭にキスをして、その香りを胸いっぱいに吸い込むと、安心したように自分も眠りについた。


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