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5 怖いもの知らず

 捜査官たちが出先から戻り、全員が揃ったところでミーティングが始まった。

 特にこれと言って新しい情報があったわけでは無いが、今までの推測を裏付ける証拠も幾つか集まり、それぞれが報告を終えると、博が今後の方針について口を開いた。

「これらの情報から、また推論を組み立てていこうと思います。まだ五里霧中な感じですので、何か気づいたことがあったら発言してください」

 捜査官たちは、眉を顰め難しい顔になって考える。

「今回、何故ここが狙われたのか、って事も知りたいところだよな・・・」

 真が小さく呟いた。

「そうよ、ここは支局とは言えれっきとしたFOIなのよ。何でここを、しかもピンポイントで狙う様にドローンが来たのか、その理由はなんなの?」

 小夜子の疑問に、豪が答える。

「それは、やっぱり火災現場で空さんとジーナさんが、ドローンを見たからではないでしょうか」

 そこで博が、頷きながら話し出した。

「目撃者を消せ、という事で間違いないとは思いますが・・・何故、空とジーナがFOI捜査官であると解ったのか、という事が問題になりますね。僕は、火災から今回の襲撃の間に1週間と言う時間があったことに、推測の余地が出来たような気がします」


 宝石店強盗で1機、先日の火災現場で2機、合計3機のドローンは爆発して犯人の手元から失われた。現在、犯人が所有しているドローンはかなり少なくなっているだろうと推測される。一連の事件が個人によるものだとしたら、資金繰りなども苦しくなっているだろう。

 そして、あの火災はニュースでも報道され話題にもなっていた。そのドローン技術を反社会的な組織が欲しいと思う事は充分考えられる。そこで何らかの方法でその個人が特定出来たら、当然取り込もうとするのではないだろうか。


「そこで気になるのが、日本を拠点とする犯罪集団『シラヌイ』の存在です。さっきの報告にもありましたが、近頃その動きが活発化していて、武器や兵器関連に手を伸ばしています」


 もし『シラヌイ』が今までのドローン犯罪を行った人物を引き入れようとして接触したなら、先ずはどの程度の技術なのか知りたいと思うだろう。そこで、テストとして襲撃をさせ、ついでにドローンの目撃者を消そうとその人物に持ち掛けたらどうだろう。

 現在の『シラヌイ』なら、FOIに関する情報も持っているはずだ。その情報網で、目撃者を特定しどこにいるかを知ることもできるだろう。今回ジーナではなく空の方が狙われたのは、ジーナがA国からの研修者で情報が得られなかったからだ。1週間という間が開いたのは、それらを行っていたからではないだろうか。


 まだ推測ではありますが、と言って話を終えた博に、確かにそれは有りうると思う捜査官たちだ。

 そこに春が、ちょっと話から外れますが、と前置きして報告した。

「今回のドローンは、このビルの外部監視カメラの間隙を突いた形で飛来しました。襲撃後、ケトルと相談してその辺りは既に修正しています」

 おそらく飛来ルートも、ビルの周囲を調べて決めていたのだろう。襲撃を計画した人物は、綿密な計画を立てて実行するタイプなのかもしれない。或いは、それが得意な人物が傍に着いた可能性もある。


 今後は、『シラヌイ』を主軸として、犯罪集団の捜査をしていくという方針に決まった。


 捜査の方向性が決まったと言っても、今の空には何もできない。あと数日でこんな苦行は終わるのだと思っても、ただ座って時間が過ぎるのを待つだけの身には、秒針でさえわざとゆっくり動いているような気さえする。

 ビートも大好きな空の現状を解っているようで、肩には乗りに来ない。包帯の意味を解っていて、翼が当たったらいけないと思っているようだ。そんなビートの気晴らしのために、ジーナに頼んで屋上で彼を遊ばせてもらっている。

(・・・今日の天気さえ解らないです)

 空は静かに立ち上がって、リビングスペースの窓際に寄った。

 見えるわけでも音が聞こえるわけでもないが、何となく外の空気が吸いたくて、少しだけ窓を開ける。

「どうしたの、空?」

 そんな彼女に気づいた小夜子が、仕事の手を止め傍に寄って来た。言葉は解らないが、小夜子が隣に来たことは気配で解る。

「・・・小夜子?」

「あら、今日はソフトクリーム屋が来てる」

 小夜子はビルの前の広場に、いつも来るスイーツ屋の移動販売車を見つけると、空の掌に文字を書いて告げた。

(したに、ソフトクリームのくるまがきてる。たべたくない?)

 空の口元がパッと明るくなった。

「はい、行きたいです」

 小夜子は少し考えたが、買って持ってくるのは難しいし、玄関前の直ぐ近くなら彼女を連れて行っても問題ないだろうと判断した。

 空にも何か、気晴らしになるような事をしてあげたかった小夜子は、彼女の手を引いて部屋を出た。


 ついさっきまで降っていた雨が上がり、雲の間から薄日が差している。いずれまた降り出しそうな空模様だが、雨で洗われた空気が清々しい。頬を撫でてゆく風の心地よさに、空は思わず深呼吸をする。

「・・・あ、あそこが良いわ」

 小夜子はソフトクリーム屋の車から少し離れた、ユリノキの下にあるベンチに彼女を連れてゆく。緑の葉を広げた大樹のお陰で、そこのベンチだけが濡れていなかった。

(ここで、まっていてね)

 小夜子は空の掌に書くと、小走りにソフトクリームを買いに行く。空はハイと答えて、周囲の気配を窺った。近くの公園で、何かイベントでも行われているのだろうか。風に乗って、様々な匂いが流れてくるが、周囲に人の気配はないようだ。

(気持ちが良いですね・・・)

 そんな感覚も、今は自然に感じるようになっている。空はそんな感覚を味わう様に、リラックスして座っていた。


「あ~~、何かムシャクシャすんぜ。ここはダメダメだ~」

 イベント会場から流れて来たらしい男2人が、ブツクサ言いながら足を投げ出すような歩き方で近寄ってくる。ナンパに失敗したらしい彼らは、別の場所で再チャレンジしようかと話し合っていた。

「今、アイツが車をこっちに回して来っからサ、もっと繁華街の方に行きゃイイのがいるって」

「・・・ん?・・・あれ、良くね?」

 そんな1人が、警戒心の欠片も無くベンチに座る空の姿を見つける。

「・・・あれか?・・・怪我人じゃねぇか」

「目と耳に包帯してるってことは、車に連れ込むのも楽だろ?」

 辺りには人影も殆どない。離れた場所に停まっている移動販売車の周囲には人だかりができているが、皆購入するのに夢中でこちらに注意を払っている人間はいそうもない。ソフトクリームを買った人たちは、辺りのベンチが濡れているので食べながら足早にその場を離れて行く。

 彼らにとっては、この上なくラッキーな状況だった。


「ねぇ、何してんの?俺らと遊ばない~~?」

 風下から近づいてきて声を掛ける彼らに、空は全く気付かない。

「・・・あ、やっぱ聞こえてねぇみたいジャン」

 男たちは頷き合うと、いきなり空の腕を掴んで引っ張り上げ、2人がかりでその身体を引きずるように歩かせる。

「・・・えっ!・・・あの、何?・・・むぐっ」

 驚いた空が声を上げかけるが、直ぐにその口は塞がれた。せめて近づいてくる気配が解っていれば、それなりに抵抗できたはずだが、体勢が整っていない今、彼らに足払いを掛ける事さえできない。そこにタイミングよく停車した車の中に、空はなす術もなく連れ込まれてしまった。


 小夜子が空から目を離したのは、僅か数分だった。

 ソフトクリームを両手に持って振り返ると、ベンチに座っていたはずの彼女の姿が無い。忽然と消えたような光景に、小夜子はベンチに走り寄り慌てて周囲を見回す。見える範囲にいないと解ると、持っていたソフトクリームを放り出し、周囲を走り回って探す。けれど見つからず、まさかとは思ったがメインルームに戻ってみた。

 しかし、そこにも空の姿はなく、小夜子はメンバーに急いで召集を掛けた。


「私がいけなかった。空を連れ出さなければ・・・せめて、ビートを一緒に連れて行けば・・・」

 小夜子は半泣きで、独り言のように繰り返す。

「ンな事を言ってても、仕方ねぇだろうが。そう言うのは、後でもできるんだ」

 しっかりしやがれ、と乱暴な口調で彼女を叱咤する真だが、その瞳は労わるように優しかった。

「取り敢えず、周辺の聞き込みと警察への協力依頼です。よろしく!」

 1番動揺している筈の博が、それを無理やり押さえつけるかのように全員に檄を飛ばした。

 全員がきっぱりと頷き、それぞれが出来る限りの速さで動き出した。


「なぁ、ココらでイイんじゃね?」

 人気のない駐車場の中で、放置されているような古い大型トラックの間に車を停めた男が、仲間に向かって声を掛けた。

「だな、ココなら外からは見えねぇし、でも一応1人は外で見張りナ」

 後部座席で男2人に挟まれ、身動きも取れなかった空だが、ここまで来る間もジッと動かずにいた。今の自分の状態はよく解っている。喚いても暴れてもどうにもならないのなら、せめてこれ以上怪我をしないようにするのが得策だ。

 当然、この後に続くことも予想は付いていた。

(・・・無駄な抵抗はせずに、感覚を出来るだけ遮断しておけば・・・)

 生命だけは死守する方向で、時間が過ぎるのを待つしかないと覚悟していた。



 再び降り出した雨は豪雨のような勢いで、夕方の空を深夜のような色に変えた。

 捜査官たちは何の手掛かりも無いまま、眉を顰めてメインルームに戻ってくる。そんな時、警視庁の橋本警部補から連絡が入った。

「見つかりました。路上で倒れているところを通行人が発見して通報してくれました。所轄の警官が駆けつけて、こっちに連絡をくれましたが、菊知捜査官に間違いないです。近くの病院に搬送しました」

 空は身分証(アイ・デイー)を所持していなかったが、包帯の特徴で直ぐに解ったのだろう。警部補は病院の場所を告げると、最後にひと言付け加えた。

「命に別状は無いようですが・・・お大事にと伝えてください」

 何か言いにくそうな声音だったのは、彼女が受けた暴行の内容を知っていたからだろう。

 博は、真の運転する車でその病院に向かい、彼女を支局の医務室に移した。


 空は搬送先の病院で手当てを受け、意識も取り戻していたが、ふみ先生は念のため暴行の処置を確認し、頭部の包帯も外して様子を見た。

「眼の方は、もう包帯無しでも大丈夫そうね。強く目を擦ったりしないようにね」

 晴れて視覚が解禁となった空だが、路上で豪雨に打たれていたせいで熱を出している。そのまま病室のベッドに移され、熱が下がるまで安静を言い渡された。

 博はベッドに入った空を見て安心し、けれど話は聞いておかねばと腰を下ろす。

「解る範囲で構いませんから、一通りの事を教えてください」

「・・・任務中ではないのですが、話さないといけませんか?」

 心配や迷惑を掛けたことは本当に申し訳ないと思うが、プライベートな時間の事だから捜査官としての報告義務はないと思う空だ。

 博は悲しそうな顔になって、けれど更に言葉を続ける。

「君は、怪我は無いから騒ぎ立てる必要は無いと考えているのだろうけど、犯人たちを野放しにしておいては、彼らのためにもなりません。味を占めてまた同じようなことをしたら、被害者も増えます」

 彼女本人が気にしていなくても、博の方は犯人を許せない気持ちが強かった。

 空は納得して、解る限りの詳細を話す。

 彼女の話が終わると、博は労わるようにその頭を優しく撫で、警察に被害届を出してきますと言って病室を出て行った。


 それを待っていたかのように、入れ違いにジーナが入ってきた。

「空、大丈夫?」

 そう言って、彼女はさっきまで博が座っていた椅子に腰を下ろす。

「はい、怪我はありませんでしたし、眼の包帯が取れましたから嬉しいです」

 空は穏やかな笑顔で答えるが、流石に怠いとみえて、起き上がろうとはしない。けれど枕の上から、熱で潤んで、濡れた黒曜石のような瞳が真っすぐにジーナに向けられている。

「そうじゃなくて・・・レイプ・・されたんでしょ?」

 怪我が無ければ良いってもんじゃないわよ、とジーナは自分の事のように怒って言う。

「はぁ・・・そうですが?」

 彼女の怒りの理由が解らない空は、呆けたような返事をした。ジーナは大きなため息をつくしかない。

「随分前だけど、本部に居た時噂を聞いたわ。向こうでもレイプされたんでしょ、任務中に」

「はい、新人だった頃ですね。2回ありましたが」

 さらりと答える彼女と話していると、何だか怒るのが馬鹿々々しくなってくる。

「今度で3回目?多くない?」

「いいえ、今回で6回目です。うち1回は未遂ですが・・・流石に多いですよね。こうなると運が悪いという事ではないと思いますが、何が悪くてこうなるのかが解りません。ジーナ、解るなら教えてもらえませんか?」

 6回・・・ジーナは開いた口が塞がらない。レイプされ癖と言うのがあるのなら、その通りかもしれないが、それは多分に被害に遭う方の性癖や行動に問題がありそうだ。

 ジーナは暫く考えていたが、ふいに何かを思いついたかのように口を開いた。

「確かに空は、美人だし身体もイイし人目を引くから、不埒な奴が目をつけやすい部分はあるとおもうけど・・・私が思うに、無防備な時が危ないんじゃない?特に今回なんかは」

「無防備・・・ですか・・・」

 確かに今までの場合は、6回とも無防備な状況になっていたかもしれない。自分の責任では無かった時の方が多い気はするが、確かに今回はその通りだ。

「何だかそう言う時って、空は精神的にも無防備なような気がする。・・・って言うか、そもそも空って怖いって思う時、あるの?」

 人間1人抱えて高いところから飛び降りようとする時とかもそうだが、こんな仕事だ、任務中は危険なことがめじろ押しだ。彼女はそんな時、怖いと感じているのだろか。

「いいえ、怖いという感覚はありません。『怖いもの知らず』だと何度も言われました」

 空は、笑顔でそう答えた。


『怖い』という感覚は、過剰であれば任務に差し障るが、適度には必要な物だ。怖いからこそ人はそれを避けたり、身を守ったりするものなのだから。けれどとりあえず、任務中の事は置いておいて・・・

 と、ジーナは今回のレイプについて単刀直入に聞いてみることにした。

「知らない男のアソコが自分の中に入ってくるのって、怖くないの?」

「・・・不快ですが、特に怖いとは・・・私の場合は、女性が与えられる危険の一部は該当しないので・・・」

「・・・?私の頭でも解るように言ってくれない?」

「妊娠はしないという事です。昔のギャングレイプで、機能を失いましたから」

 成程、と少しは納得したが、レイプの怖さはそれだけではないだろうとジーナは思う。

「それに、嫌な感覚は痛みと同じように制御することができますので」

 感覚制御は、完全にコントロールできれば全く感じずにいることが出来る、と空は言う。


 以前、博と話をした時に、彼はそんな事も言っていた。

 空は、色々な感覚に蓋をすることができるのだ、と。

 長い事そんな風に生きて来たので、たまに不器用で妙な言動があるが、それでも今では随分マシになってきているのだ、と。


 ジーナは漸く納得した気分になった。

 けれど、やはり性交渉に関する本能的な怖さは、彼女に必要なのではないかと思う。心を許した唯一の相手以外とのそれに対して、怖いと感じて本能的に避ける事や自分を守る事ができるようになるべきだ。自分の事は棚に上げてそう考えるジーナだが、自分の場合は少し違うとも思っている。

 彼女が全ての事に対して恐怖を感じるように仕向けるのは難しいが、sexに関してなら、自分なら何か出来るんじゃないだろうか。

 もう直ぐ、研修期間は終わる。

 その前に、彼女に自分が出来ることをしてあげたい。

 ジーナはそんな事を考えるが、では何をどうすればよいかは全く頭に浮かんでこなかった。


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