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3 Drone beatle はカナブン

 平穏のようでいて、どこかに微妙な不安さを感じる数日が過ぎた。

 ジーナは今まで通り、陽気で楽しそうに様々な日常業務を学んでいる。訓練でついうっかり昏倒させてしまった空からも、暖かい笑顔で謝罪を受け取って貰えて安心したのだろう。今まで以上に熱心に、空の傍で仕事を教わっていた。ランチやティータイムの時も、空の隣に腰を下ろし楽しそうにしゃべっている。空の方は、いつも通り聞き役になっているのだけれど。そんなジーナを、メンバーは暖かく見守っていた。博が心に決めた相手である空の事を知って、それでも近くで親しくするのは、空から何かを学びたいと思っているのだろう、と好意的に見ていたのだ。


 尤も、ジーナは3日おきくらいに夜外出して朝帰りするようになっている。支局は自由時間に捜査官や研修者がどこで何をしていても、連絡さえつくなら本人の自由に任せている。ジーナがどこで何をしているかは、推して知るべしなのだが、それが本人にとってリフレッシュになるのなら、誰も何も言わない。例え彼女が、博を諦めていなくても、だ。


 そんな平穏な日々は、お定まりの緊急出動で終止符を打たれる。

 今度も警視庁からの応援要請で、現場は大規模火災が起きている住宅街だった。それだけなら、FOI支局に要請が来ることは無さそうだが、どうやら火事の原因が特殊らしいという事でお呼びが掛かったのだ。

 今回は、豪が出張で1日支局を出ているため、空・真・小夜子・ジーナが現場に派遣された。


 指示された場所に到着すると、そこにはお馴染みの橋本警部補が待っていた。彼は空とジーナを見つけると、状況にそぐわない笑顔を一瞬だけ浮かべる。けれど、直ぐに真顔に戻りタブレットで地図を示して、状況を説明し始めた。

「最初の火災現場がここだ。火元はこの辺りで、直ぐに消防が駆け付け一旦は鎮火しかけたんだが、その途端に隣接するこっちでまた出火した」

 警部補は、地図を指し示しながら話し続ける。

「で、そこが鎮火しかけると、また別の場所で火災が起きるんだな。それが今までに4回続いているんだ。こうなると放火に間違いないだろう。そんな訳で、かなりの人数を割いて周囲を警戒しているんだが、避難する人たちの誘導やら手伝いやらで人手不足になったわけだ」

 要するに、捜査官たちは放火犯の発見や避難の手伝いをすれば良いという事なのだろうか。

「・・・ただ、何か嫌なかんじがするんだ。普通の放火方法じゃ無いような気がする。なのでFOIに応援を頼んだんだ。それも含めて捜査も行って欲しい」

 そういう事か、と真たちは納得した。確かにかなりの長時間警戒を続け、それでも4回出火し、未だに不審者の情報も無いというのは妙な話だ。日本の警察は勤勉で優秀なのだ。

 4人の捜査官はもう1度地図を確認し、次の出火場所を推測すると二手に分かれて任務を開始した。


 空とジーナは、出火予想区域の一角にある保育園の前に来ていた。

 2階建ての建物は年季が入っているようだが、避難は終わっているようで誰もいない。2人は園庭を見て回り内部に入った。

「あら、可愛い。何、これ・・・タヌキ?」

 ジーナが壁に貼られた沢山の絵や折り紙細工を見ながら、楽しそうな声を上げる。こんな任務中でも、彼女は一貫して明るく朗らかだ。けれど、充分集中して警戒に当たっているところは、流石に経験を積んだ捜査官だと言える。

 建物は万が一火が出た時に、消火活動が円滑に行われるように全てのドアが開錠してある。2人は可愛らしい飾り付けがしてある建物の中をひと通りチェックすると、屋上に上がってみた。


 梅雨時の曇天だが、雨が降っていないだけマシである。屋上のドアを開けて出てみれば、晴れていれば洗濯物や昼寝用の布団を干すのであろう物干し台が、広いスペースの半分くらいを占めて置いてある。

 空とジーナは、手すりに添って屋上を一周してみた。

(・・・あれは?)

 ふと空は立ちどまり、住宅街の屋根が並ぶ遠くを見つめる。小さな飛行物体が、見え隠れしながらこちらに近づいてくるようだった。

「・・・ん?どうしたの、空?」

 ジーナが隣に来て、空が見つめる方角を眺めた。

「鳥ではないですね。動きが・・・相当速いですし、かなり低空飛行で飛んできています」

 空は補聴器のモードを、屋外用に切り替えて答えた。飛行物体は複数で、時折家々の屋根に隠れるようにして飛んでくる。


 そして保育園に隣接する狭い空き地に1機が姿を見せると、直ぐに上空へ飛ぶ。

「ドローンです!」

 次の瞬間、空き地から爆発音が響き、同時に火の手が上がった。火は空き地に積み上げられていた木材に次々と引火し火柱となる。もうもうと煙が上がり、2人のいる屋上へと流れてきた。

 咄嗟に身体を低くして、ジーナはインカムで報告をする。

 その間に、ドローンが保育園の屋上に集まって来た。数は3機で、大きさは大中小の3種類。そのうちの1機、先ほど空き地に火を放ったものだと思われる小型ドローンが、屋上の出入り口に近づく。そしてその辺りには、小さな爆発音と共に直ぐに火の手が上がった。

 その火は先ほど空き地に上がったのもより小規模だったが、空とジーナが屋上から逃れる道が塞がれたことになる。

「ジーナ!立ち止まらず、動いて下さい!」

 中型ドローンが2人を狙う様に、上空を機敏に飛んでいる。空はウィップを準備したが、僅かに高さが届かない。しかも動きが変則的で、銃で狙うのは難しそうだ。それに気づいたジーナは、空に駆け寄る。

「行くわよっ!」

 その声と同時に、彼女は空の傍らに立膝でしゃがむ。それに気づいた空がその太腿に片足を掛けると、ジーナは彼女の腰を掴み立ち上がる勢いを利用して、彼女を上空に放り上げた。

 先日の近接対人訓練で、空が軽いことは知っているジーナだ。けれど、そのパワーはやはり物凄い。空の身体は、自身の跳ぶ距離をはるかに超えて上空に舞い上がった。

 ウィップの射程範囲だ。

 空はドローンのブレードを支えるアームの1本にウィップを巻き付けると、身体が落下する勢いを利用して中型ドローンを引き落とした。

 落ちたドローンは、飛行能力を失い物干し台の真ん中で藻掻くように振動していたが、次の瞬間、爆発を起こす。規模はかなり大きく、周囲の物干し台がコンクリート台ごと吹き飛ばされた。


 爆風の煽りを受けたが空中で体勢を立て直し、ジーナの傍に着地した空は、そのまま彼女の身体を押し倒した。その時が、爆発の瞬間だった。

 幾つものコンクリート片が飛んできたが、そのうちの1つが空の頭部を掠める。

「ーーーっ‼」

 右のこめかみ辺りを掠めたコンクリート片は、直撃では無かったが相当の衝撃を与えた。空の右耳に装着してあった補聴器が、吹き飛ばされて破壊された。

「空ッ!」

 急いで起き上がったジーナが、覆いかぶさった空を見ると、頭の右側辺りから血が噴き出ている。

 けれど、中型ドローンの爆発に煽られて遠ざかった残る2台が、また戻ってきていた。

「何よ、目撃者は消せってこと⁉」

 ジーナは気絶している空を抱えて走り、手すりの傍まで来る。振り返ると、大型ドローンは待機し小型ドローンの方がこちらに向かって来るところだった。

 その時、空は意識が戻り、ジーナの腕から離れ手すりを乗り越えて叫ぶ。

「しっかり、しがみついて下さいっ!」

 空に続き、ジーナは自分も手すりを跨ぎ越すと、言われた通りに彼女の首にしがみつく。嫌な予感が頭を掠めたが、既に小型ドローンは高速で直ぐ近くまで来ている。ジーナが目を見張った瞬間、身体がふわっと浮いた。


 園庭の中に植えられていた欅の大樹が、屋上の直ぐ傍まで枝を伸ばしている。

 空は屋上から跳ぶと、その枝にウィップを飛ばした。

 落下していた2つの身体は、地上に落ちる前にガクンと強い衝撃を受けた。

「ーーーーッウ!」

 空の喉が、くぐもった音を漏らす。けれど2人の身体はそのまま振り子運動に変わり、それに気づいたジーナはしがみ付いていた腕を話して地上に飛び降りた。高さは1m程度だったので難なく出来たが、空の身体はウィップにぶら下がったまま、まだ揺れている。けれどその時、いいタイミングで欅の枝が折れた。

 ジーナは彼女を受け止め、地面にそっと下ろした。

 屋上を見上げると、突っ込んできた小型ドローンは自爆したようで、大型ドローンのほうは逃げ去ったようだ。ジーナはホッとして空に目を移すが、彼女は妙に不自然な動きで上体を起こそうとしていた。

「ちょ、ちょっと・・・大丈夫?」

 右腕が変な方向に下がり、頭の左側は血まみれだ。

「・・・肩・・・外してしまいました」

 上半身だけならゾンビのような見た目で、それなのに穏やかな笑顔で平然と告げる彼女の痛覚はいったいどうなっているんだろう、とジーナは真面目に考えてしまった。


 そこに、連絡を受けた真と小夜子が到着する。空の様子を見て直ぐに車を取りに戻った真だが、後に残った小夜子は彼女の傍に膝をついた。

「私がやるわ・・・」

 自分で整復しようとしていた空の左手をそっと退けると、小夜子は両手で脱臼した彼女の肩を元に戻す。この1年、応急手当の勉強をずっと続けていたのだ。

「・・・ぁうっ!・・・っ」

 頭部の怪我に加えて、整復の痛みには流石に堪えられず、そのままふぅっと意識を失う空の身体を支え、ジーナは少しだけ安心する。

(・・・ちゃんと痛覚あるんじゃないのよ)

 そして、ぐったりする彼女の身体を軽々と抱き上げると、近づいてきた真の車に向かって歩き出した。


 頭部の怪我という事で、大事を取ってFOI病棟の方に運ばれた空は、検査結果がすべて出るまでそこに入院と言うことになった。

 連絡を受けた博が駆けつけてくるのを、空の病室の前で待っていたジーナは、彼が来るなり早口でまくし立てる。

「彼女って、何なの!そりゃ、捜査官なんだから痛いの何のって喚かないのは当然だとしても、あんなに平然としていられるもの?おまけに頭に怪我してるくせに、ワタシを抱えて屋上から飛び降りたりして、怪我のせいで頭オカシクなってたって言うの?2人分の体重なのよ!肩、脱臼するのは当たり前じゃない。そんな事も解らないの?」

 博は驚いて一瞬立ちすくむが、彼女の肩をポンポンと叩くと、その話は後でゆっくり、と言い残して病室に入った。


 空は彼が入ってくると、仰臥したまま申し訳なさそうな笑顔を向ける。頭の怪我と肩の脱臼で、きつく安静を言い渡されていた。

「ごめんなさい、またやってしまいました」

 自分がこんな風に怪我をすると、彼が辛い思いをすると解っている。

 博はこんな風に彼女が謝ることにさえ、胸が苦しいほど愛しく思えてならない。

 空の頭には厚く包帯が巻かれ、肩には固定用装具がつけられていた。

「大丈夫ですか?痛みは?」

「じっとしていれば、大丈夫です。先に、報告をしておきたいのですが」

 ジーナから連絡は行っている筈だが、自分が気付いた事は伝えておきたいと思う空だ。博は、解りましたと答えて椅子をベッドサイドに引き寄せ、彼女が見やすいように顔の位置を定めた。

「補聴器は、当分使えないと聞きましたから、ここで見えますか?」

 空のこめかみを掠めたコンクリート片は、補聴器を壊し、周辺の裂傷も酷いが頭蓋骨にヒビも入れていた。よく耳が千切れて落ちなかったものだと思う。予備の補聴器はあるが、ガーゼと包帯で装着できそうもないし、耳全体が厚く覆われているので僅かに聴力がある右耳も使用不可だ。現在彼女は、完全に耳が聞こえない状況だった。その場合、相手の唇を読んで意思疎通をすることになる。

「はい、見やすいです。・・・先ず、ドローンの形状ですが、一般的に販売されている物を改造したものだと思われます。そして機体に、文字がありました・・・」

 彼女は自分の頭の中の記憶映像を確認するように、時折目を瞑りながら詳しく説明した。


 そして報告が終わると、少し疲れたように息をつく。

「ありがとう、辛かったんじゃないですか?」

 気遣う博に、空は微かに苦笑を浮かべて答えた。

「寝返り打てないのが、1番辛いです。でも脱臼が肩だけで済んで良かったです。肘の方は痛めた程度で済みましたから。腕がすっぽ抜けないで良かった」

 想像するとゾッとする。マネキンじゃあるまいし、そう言うことはあまり言って欲しくない。

 博は苦笑を返して、けれど優しく彼女の頬にキスをすると、ジーナと話をしてきますと言って席を立った。いささか心配な事があるのだが、空にそれを話すのはまだ先で良いと思う。

「はい、それでしたらジーナに、私が謝っていたと伝えてください。何だか、怒らせてしまったようなので。何を怒っているのかは、よく解らないのですが・・・」

 博が来る前、ジーナは病室で付き添ってくれていたのだが、最後は何故か怒ったような態度で出て行ってしまったのだ。

「解りました。何故怒ったのかは、解るような気がしますけどね」

 博はそう言って病室を出て行った。



 翌日、検査の結果が出て、無事に支局の医務室に移動出来た空だが、出来るだけ動かないからと言い張って、ミーティングスペースで捜査会議に出席している。他のメンバーは一様に眉を顰めたが、博は諦めたようで少しでも早くミーティングを終わらせようと考えていた。


「以前、空と春が宝石店の強盗事件に巻き込まれたことがありましたが、あの時のドローンについては警視庁でずっと捜査が進められていました。その結果が先日送られてきましたが、その内容と今回の事件に共通点があります」

 博が報告を始めた。

「先ず、ドローンは市販の物を改造したもので、かなり完成度が高いキメラタイプの物のようです。かろうじて残っていた監視カメラの映像を解析して、何とか2機の外観と構造、そしてある程度の性能が解ったそうです」


 今回、ジーナと空が遭遇したドローンとの共通点は、見かけもそうだが性能の点でも似ていた。

 宝石強盗の方では、2機がデータリンクして動いていたようだし、今回は特にそうであったと確信できる動きだった。

 屋上でのドローンたちの動きは、スウォーム戦術と言われるようなものだったのだ。いわゆる自律戦闘型ドローンと呼ばれるもので、個体同士でデータリンクして一連の行動が出来る。おそらく最後まで残っていた大型ドローンが、中枢となっていたのではないか。高度に進化させたAIを搭載したそれは、目撃者を消すことができないまま逃げ去ったのだけれど。


「それを裏付けるような報告がありまして、宝石店のドローン2機には、機体に文字が入っていたことを何とか確認できたそうです。最初に出て行った1機には『Ladybug』、爆発した方には『Hornet』とね」

「・・・テントウムシとスズメバチ?」

 ジーナが呟く。日本語の知識はまだまだだと自覚しているが、この程度は解る。けれど少しばかり自信が無いので、語尾に疑問符がついた。

「そうです。そして昨日のドローンの方は、空が見ています」

 先ほどからずっと、博の口元をジッと見ていた空は、そこで一同を見回してから口を開いた。

「小型ドローンが『Ladybug』、中型ドローンが『Hornet』、そして大型のが『Cockroach』でした」


「ええぇ!Cockroachって、ゴキブリじゃないのっ!」

 小夜子がゾッとしたような声で叫んだ。実際、鳥肌が立っているようだ。

「はい、そうです。コックローチ、すなわちゴキブリは、昆虫の中でも一番知能が高いと言われてます。作戦の中枢ドローンとして名付けるなら、割と妥当なのではないかと」

 そもそもドローンに、虫の名前を付ける神経が解らない、とブツブツ言う小夜子は虫が大の苦手だ。

「でも、そもそもドローンという名称は『Drone beatle』、カナブンから付けられていますからねぇ」

 そんな博の台詞に、全てのドローンに対する見方が変わった小夜子だった。


「そんな事を総合的に考えると、ドローンに執着する人間が、個人的にそれを改造しているような気もします。そしてその成果を、実際に試したくなった、と言うような・・・」

 そんな人間がいたら、迷惑極まりない存在だと思う。けれど、確かに納得できる説明だ。

 ドローンを愛し、名前まで付けて改造や性能向上をしてゆく人間。何やら、普通に居そうな気がしてくるではないか。

「今のところは、その程度しか推察できませんし、警察の捜査も行き詰っている感じです。ただ、これだけ大きな騒ぎになると、情報がどこかから漏れて、そのドローン技術を欲しがる奴らも出てきそうです。なので、引き続きこちらでも、出来る限りの捜査をしていきましょう」

 博は最後にそう言って、会議を締めくくった。

 後は速やかに、空を医務室のベッドに運ぶだけである。


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