2 美女同士の近接訓練
研修者受け入れから3日が過ぎた。
ハイマン教授がその日の夕方一旦帰国すると、それを待っていたようにジーナが博に近づいてゆく。
小夜子はそこで初めて、彼女に博と空の関係を教えるのを忘れていたと気付いた。けれど一応、彼を信用してこの場は静観しようと思う。
「博、プライベートなお話があるんですけど、良いでしょうか?」
ジーナは真面目な口調で、普段の自然に放っているコケティッシュな雰囲気も抑えて、ソファーに座る博に問いかけた。彼の方は、楽しかったけれどやはりかなり疲れた3日間が終わって、寛いだ雰囲気でコーヒーを飲んでいた。
「はい、何でしょうか?何か、相談事でも?」
いつもの穏やかで優しい笑みを湛えて、博は居住まいを正した。
「いえ、そうではなくて・・・愛の告白ですわ。ワタシは貴方を愛しています。博はまだ独身だという事ですが、ワタシを結婚相手として考えてみてはくれません?」
ストレートな、愛の告白だった。
真と豪は、あっちだったか!と眉を顰めた。ジーナに惚れられたら、大変なことが起きそうな気がしていたからだ。自分たちがその対象になると思うほど自惚れてはいないし、もしそうなるとしたら可能性が1番高いのは博だろうと思っていた。しかし、それが本当になるとは考えてもいなかったのだ。
小夜子と春は、額に手を当てて天井を見る。ああやっぱり、という気分だった。
そして、告白された当の博はと言うと、返事をする前にチラッと空の様子を窺う。少しでも、焦ったり不安そうな表情を浮かべてはくれないだろうか、と期待していた。
けれど、その空は周囲の状況を知るのに忙しかった。何しろ、こんな場面に遭遇したのは初めての事で、周りの人間はどういう対応をするのか、失礼の無い行動とはこの場合どういうのが相応しいのか、その知識を得る事が大事だったのだ。
博は諦めて、ジーナに答える事にした。
「申し訳ありませんが、僕にはもう、心に決めた女性がいるので」
そう言って、彼は左胸に手を当てる。誓うような姿の彼に、ジーナは残念そうな声で、それでも更に言い募る。
「何時、決めちゃったのかしら。ワタシは2年くらい前から、ずっと貴方を見ていたんだけど」
「そうですね、1年半前くらいでしょうか」
博は、空と出会ってまだそれだけしか経っていなかったのか、と今更のように思った。けれど、今にして思えば、初めて会った時から自分の心は決まっていたのだと思う。
「・・・遅かったって事なのね。2年前に貴方を本部で見かけて、それからずっと見ていたのよ。いつかあなたのチームで働きたくて、でもそれは叶わないと解ったのだけれど」
当時、博は本部でチームリーダーをしていた。視覚障碍者ではあったが、的確な指示と洞察力で様々な任務を達成して高い評価を受けていた。けれど彼は、ハニートラップ要員を必要としなかったのだ。
「それでも、いつかは、と思って日本語を勉強したわ。愛の言葉は、日本語で囁きたかったの」
いじらしい言葉は、果たして本心なのだろうか。けれども、それを聞いていたメンバーたちは、嘘や手管では無いような気もしていた。
そしてジーナは、最後にきっぱりと告げる。
「でも、人の心は変わるものでしょう。折角ここまで来たんですもの、ここに居る間は貴方を想い続けようと思うわ。もしかしたら、振り向いて貰えるかもしれないでしょう?ワタシ、諦めが悪いの」
そう言って、ジーナは何事も無かったかのように部屋を出て行った。
メインルームに沈黙が漂う。皆同じように、この先何事も無ければ良いが・・・と、考えていた。
けれど、空は彼女の言葉を胸の内で反芻していた。
(人の心は変わる物・・・)
彼の心が変わる、と思った時、何故か呼吸がしづらくなる感覚を覚える。それは何という感情なのか、彼女はそれに名前を付けることが出来なかった。
メンバーたちがそっと嘆息する音を聞き取って、博は彼らが今の光景に軽く疲れを感じてることを察すると、謝罪の言葉の後に業務の終了を告げる。
全員がホッとしたように返事をすると、彼は空を伴って真っ先にメインルームを出て行った。先ずは、彼女に色々と話しておきたい事があったのだろう。そんな彼らを見送ると、小夜子が口を開く。
「これからどうする?」
「・・・どうするって・・・なぁ?」
真が仲間たちを見回して、困惑した表情を浮かべた。
「ジーナさん、博さんの心に決めた相手については聞きませんでしたよね。博さんも言わなかったし」
春の発言に、豪が頷いた。
「つまりジーナは、相手が誰であっても自分がすることは変わらないって宣言したんですね」
「そうそう、それで私が言いたいのは、それが空だって言うことをジーナに教えた方が良いのかどうかってことよ」
小夜子の言葉に、真が少し考えてから答える。
「・・・言わない方が良いんじゃないか?妙な逆恨みで嫌がらせされても、空が可哀そうなだけだろ。ジーナがそんな事をするとも思えないけど、人間思い詰めると何するか解らないものだしな。それに、言わなくてもいずれ気が付くと思うぜ」
確かに彼の言うことは尤もだ、と全員が思った。自分たちはもう慣れてしまったが、客観的に見れば、どこにいても博が空を溺愛していて、片時も傍から離したくない様子は明白なのだ。
結局一同は、このまましばらく様子を見るという結論に達して解散した。
翌朝、ミーティングスペースに全員が集まると、ジーナが昨日の出来事をいつもの明るい雰囲気で謝罪する。
「驚かせちゃって、ごめんなさいね。でも気にしないで欲しいわ。フラれちゃったけど、まだ可能性が無いわけじゃないし、ワタシは希望を捨ててないから。今まで通りで、よろしくね」
よろしく、と言われても、何をよろしくすれば良いのだろう。けれど取り敢えず全員が、笑顔で頷いて見せた。そして、いつも通りに仕事が始まる。
博もいささか思うところがあって、ジーナについてはこのままにしておこうと思っていた。彼女が自分に何かを仕掛けて来たとしても、こちらがしっかりと対応すれば良い。寧ろその方が、色々と安心だろう、と。
ジーナは空の傍で彼女から普段の業務について教わったり、時には春や小夜子の傍で、その仕事を見ながら色々と学んでいた。
ここ数日研修者がいたので、ビートはずっと大人しく止まり木にいて、ただのペットか置物のようにしていたのだが、ジーナは客では無いと判断したのか、その傍に来て色々と話しかけるようになってた。
《 ボク ビート ヨロシクネ~ 》
「あら、素敵。ヨウムね。賢くて長生きなのよね~」
《 アリガト~ オネェサン ビジンダネ~ 》
「あらぁ、ありがとう~。素直な良い子ね。ワタシはジーナよ。覚えてね」
《 ジーナ オッケー ビートスナオ イイコ~ 》
「素直って、良い事よね~」
充分会話になっている。お互い、どうやら気に入ったようだ。
そして、昼前頃になると、ジーナがふいに空を誘った。
「ねぇ、空。近接対人訓練に付き合ってくれないかしら?この前の仕事で久しぶりに肉弾戦みたいになっちゃったけど、やっぱり訓練不足だなって思ったのよ」
空は気軽に立ち上がって誘いを受け、2人はトレーニングルームに向かった。当然、他の捜査官たちも観戦に向かう。鑑賞の意味合いも強かったけれど。
空とジーナは、近接対人訓練用の部屋で向かい合う。2人とも、上下黒の体にフィットしたトレーニングウエアを着用しているが、ジーナはタンクトップで、空はホルターネックで肩と背中を出している。エアコンの効いたトレーニングルームでも動けば暑いので、季節柄それを選んだのだろうが、鑑賞する側から見ればどちらも露出度が高くて素敵な光景だ。
2人は軽く礼をして、5分間の訓練が始まった。
空はいつも通り、極めて自然体で立っている。ジーナの方も、肩を少し前方に出しただけで、力むことも無く立っていた。
空は自然に集中力を高めてゆく。けれどそれが、いつもの訓練と少し違うことに自分でも気づいていた。普段彼女は、こういった訓練時では無意識にコントロールして疲労を残さないようにしている。いつ緊急出動があるか解らないからだ。手抜きと言うわけでは無く、真剣に相手をしているのではあるが。
(・・・負けたくないですね)
そんな微かな気持ちが、空の心の中に生まれていた。それは、ジーナに対する畏敬があったからなのかもしれない。彼女の精神的な強さに対して。
ジーナも、それに呼応するように、集中力を高めてゆく。
2人の周囲に、眼に見えないオーラのようなものが沸き上がるように思えた。もし見えたなら、空のそれは白で、ジーナのそれは赤だっただろう。
先に仕掛けたのは、ジーナの方だった。
スイっと空に近づき、右手を伸ばす。けれど空は、彼女に完全に勝る速度でそれをかわしジーナの斜め後ろに回る。そんな動きが何度か繰り返された後、軽いステップで半歩後ろに下がった空が、ジーナに足払いを掛けた。ジーナは足を引いてそれをかわすが、それがフェイントとしての行動だった空は一瞬で身体を沈め、肩から相手に飛び込んだ。
咄嗟に身を引いたジーナに、空はそのまま体重をかけて押し倒した。背中からマットに落ちたジーナの腕を掴むと、渾身の力でその身体を裏返す。うつ伏せになったジーナの腕を捩じるように拘束し、背中に膝を乗せた空は、もう片方の手で彼女の首元を抑えた。
空のあまりの速さに対応しきれなかったジーナは、そこであっさりと諦めて敗北宣言を出す。
「負け・・・」
対峙してから、僅か2分間の応酬だった。
空はジーナの背中からパッと飛び退くと、汗の浮いた額もそのままに笑顔で声を掛ける。
「お疲れ様でした。ありがとうございます」
ジーナは、むくりと起き上がりそのまま床に胡坐を搔いて座った。
「あ~~、やっぱりとんでもなく速いわ。身体があったまる前に、終わっちゃったって感じ」
息が上がっている様子もなく、まだまだ訓練は物足りない様子だ。
「ねぇ、もう1回、お願い。次は、もう少し良い感じで動けると思うの」
空の方はまだ息が整っていなかったが、彼女の素直なお願いを断ることは出来なかった。
2回目、という事でギャラリーたちも盛り上がる。今までの彼女たちの訓練の様子は、美女同士の本気のバトルのようで見応えがあった。けれど2分はあまりに短い。しかも、互いを窺っていた時間を除けば、僅か数秒で決着がついてしまったのだから。
もう1度、同じように対峙した2人だが、今度はジーナの方が最初から激しく動いた。彼女の本気度が格段に上がっている。速度としては空には敵わないが、それでも一般人よりは相当速い。かわす空の方にも余裕は無いようで、無表情だった顔が僅かに眉を顰めたものに変わる。
何度かジーナの体当たりをかわし距離を取ろうとする空だが、ジーナはそれを許さず波状攻撃を仕掛けてくる。少しずつ空の速度と動きが低下してきた。それを見て取ったジーナは、精一杯の速さで彼女の手首を捉えると力任せに放り投げた。
ジーナの集中と気迫が、MAXを越えたように見えた。
空の身体が一瞬宙に浮き、そのままマットに投げ落とされる。
(・・・・っ!・・・パワーが・・)
女性とは思えないようなその力に、空は圧倒されるような気がした。それでも何とかマットの上を転がり、飛び起きようと体勢を変えた瞬間、ジーナの身体が圧し掛かって来た。
左膝で下半身を、右膝で左腕を封じられ、ジーナの左手が空の右肩を抑えると、もう動くことが出来なかった。
(これはもう・・・負けでしょうか)
空の脳裏にそんな考えが浮かぶと同時に、ジーナの右手が喉元にかかる。
5秒待たなくても、これはもう負けだと判断した空は、敗北宣言の言葉を告げようとした。
「負けま・・・」
けれど、その言葉は最後まで続かなかった。
(・・・えっ!・・・何故?)
ジーナの指先に力が籠る。通常、訓練では指先を添えるだけの筈なのに、という考えが浮かんだのは一瞬で、空は昏倒させられたしまった。
一気に力が抜けた空の身体に、ジーナはハッと気づいてその身体から飛び退く。
「あっ!ご、ごめんっ!・・だ、大丈夫っ?ねぇ、空っ!しっかりしてっ!」
ジーナは本気で狼狽して、彼女の頬を叩きその肩を揺さぶる。
ギャラリーたちも驚いて固まるが、博だけは素早く動いて空の傍に駆け寄った。
「ご、ごめんなさい・・・つい、うっかり・・・じゃなくて、気が付いたらやってて・・・」
あまりに真剣に立ち会っていた上に、訓練が久しぶりだったこともあって、制御が効かなかったのだろう。無我夢中でやっているうちに、本気での制圧行動を行ってしまった。
おろおろと泣きそうな顔で空を揺さぶるジーナの手をどけて、博は気絶した彼女の呼吸と鼓動を確認する。まだ息も心音も、激しい行動のせいで治まってはいないが、特に問題はなさそうだ。
博は黙って彼女を抱き上げると、トレーニングルームから出て行こうとした。そんな彼の背中に、ジーナが立ち上がって声を掛ける。
「医務室に行くの?ワタシも行くわ!」
博はゆっくりと振り返り、腕の中のぐったりした空の頭にキスを落としてから彼女に告げた。
「部屋に連れて行きます。寝かせておけば大丈夫ですから」
そして真に、今日は自分と空は早退扱いにしてくれるよう頼むと、足早に出て行った。
その様子を見て、少しの間呆然としていたジーナは、そこでやっと気づいた。
「・・・解ったか?」
そんな彼女に、真が声を掛ける。
「・・・解っちゃったわ・・・困ったわ、ワタシどっちも好きなのよ」
ジーナはそれだけを呟き、2人が消えたドアをジッと見つめていた。
博は空を抱いて部屋に入りベッドにそっと寝かせると、その様子を窺って眉を顰めた。
(シャワーかバスを使わせたいところですが・・・)
空の来ている衣服は汗を吸ってぐっしょりと重くなっているし、濡れた肌はそろそろ冷えてきている。呼吸は大分落ち着いてきているが、このまま寝かせても風邪を引きそうだ。
博は、キッチンスペースでホットタオルを数枚作ると、急いでベッドに戻る。そして彼女の衣服を全て脱がせると、丁寧にその身体を拭い始めた。
(そう言えば、以前にもこんな風に拭いたことがありましたね・・・)
彼女が怪我をしたりして動けない時に清拭したことは何度もあったが、思い出したのはもっと昔の事だ。A国での真の研修の時の事件で、気を失う様に深く眠ってしまった空の服を脱がせて身体を拭いたことがあった。
あの時は、まだこんな関係になっていなかったし、アイカメラも使っていなかった。目が見えない自分だから、そんな事をしてもギリギリオッケーかな、と思ったのだった。
ちょっと懐かしい気分になりながら、彼女の身体を拭き終わると、ついその姿をアイカメラで捉えてしまう。今ではすっかり馴染み、博の精魂込めた育成のお陰で、AIは彼がその目で見たような表現を選べるようになっている。
無防備に投げ出された一糸纏わぬ姿は、神々しいようでもあり、この上なく煽情的でもあった。
(・・・この誘惑に抗うのは、無理でしょう)
博はそっとその手を、意識の無い彼女の頬に当てる。
綺麗に拭われた肌はサラリとして、けれどひんやりとしていた。
(風邪を引く前に、ちゃんと温めないとね)
背徳的な事だという自覚はあったが、それを上回る愛しさと熱情に博は負けた。
数時間後、漸く空は目を覚ました。ベッドの中で、まだはっきりしない頭に手を当て、小さく溜息をつく。そんな彼女に、ベッドサイドで付き添っていた博が声を掛けた。
「目が覚めましたか?喉が渇いているでしょう?」
そう言って、グラスに冷たい水を注ぎ始める。
「・・・ええと・・制圧されちゃったんですよね?」
漸く思考が再開したらしい空が、確認するように呟いた。そしてゆっくりと起き上がり、何も着ていない事に気づく。そして汗を掻いていたはずの肌も、綺麗になっていると解った。
「すみません、お手数おかけしました」
彼が世話してくれたのだと思い、お礼を言って差し出された水を受け取る。そしてそれを飲み干した時、下半身の違和感に気が付いた。
「・・・?」
腰から下が、妙に怠い。そして、今では慣れてしまったあの後の感覚。
彼女のそんな様子に気づいた博は、素直に謝る。
「ごめんなさい・・・意識が無い君を抱いてしまいました」
空は小さくハイと呟くと、身体を騙し騙しベッドから降りる。怒っているわけでもなく、ただ全てを受け入れるいつもの彼女だ。
「シャワーを浴びてきます・・・私はダッチワイフだったんですね」
その台詞に、博はガンッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
彼女に他意は無い。自分を卑下しているわけでもない。ただ、そういう方面の用語的知識だけは無駄にある。ダッチワイフだろうがラブドールだろうが、空にとっては鍋や釜と大差ない生(性?)活用品なのだ。つまりは単なる比喩でしかなかったのだが、聞いた博の方はそれを知っていてもショックだった。
(・・・確かに、そう言われても仕方がないとは思いますが)
自分で言うのは良いが、人に言われると腹が立つ、という感じに近いのだろうか。自分が自分の事をブスだというのは良いが、人に言われると腹が立つ、というような。
いや、ちょっと違うな、と博は思う。そもそも自分は、彼女をダッチワイフのつもりで抱いたのではないのだから。けれど、少しばかりムッとしたのは事実なので、つい悪戯心が芽生えた。
「では、汚してしまったダッチワイフは、自分で洗わないといけませんね」
(・・・え?・・・また、洗われるんですか)
今更隠しても意味が無いので裸のままだった空は、そのまま彼に腕を引かれて浴室へと連行された。
結局最後は、ベッドに前後不覚で眠る空である。浴室での記憶も、途中で途切れていた。
昼食も摂っていなかった2人なので、博は食堂のおばちゃん、花さんにテイクアウトの食事を作ってもらい、彼女が眠る部屋まで運ぶ。
そんな彼を待っていたように、廊下でジーナが声を掛けた。
「あの・・・本当にごめんなさい。空は、大丈夫?・・・ワタシ、さっき知ったの。空が貴方の心に決めた女性だっていうこと。訓練中は知らなかったのよ。信じてください」
真剣な表情で謝るジーナに、嘘はなかった。空が博の想い人だから、あんな真似をしたのではないし、もし知っていたとしても、そんな事はしない、と。
「本気になりすぎた、って言うか・・・頭に血が上ってたっていうか。あんなミスをした事は初めてだから、自分でもよく解らないんだけど」
ハニートラップの任務中だって、いつも冷静に事を運んでいた。行為に溺れているように見せていても、頭のどこかで冷静な自分がいた。
ジーナはそんな自分に戸惑いながら、けれど彼女が心配で、誤解があるなら解いておきたくて彼を待っていたのだ。滞在中は想い続けると宣言した博に対して、言い訳したかった気持ちもあったのだが。
博は、そんなジーナの気持ちをちゃんと理解していた。
「空は、ちゃんと目を覚ましましたよ。今は寝てますけど・・・そっちは僕の責任なので、君が気に掛ける必要はありません。今の言葉は、後で空にちゃんと伝えておきますから、安心してください」
彼はそう言って優しく微笑むと、トレイに乗せた2人分のおむすびを持って部屋に入って行った。
後に残されたジーナは、その後ろ姿に頭を下げたが、心の中は酷く複雑だった。
(好きな2人が幸せになるなら身を引く、っていうのがセオリーな気もするけど・・・)
ジーナは考えながらゆっくりと踵を返した。