16 Drone劇の終幕
翌朝、博と空はいつものように食堂で朝食を一緒に摂ったが、空の機嫌はあまり良くなかった。機嫌が悪いと言っても、無表情な時間が長いという程度なのだが、それは仕方がないことだっただろう。
2人が捜査から帰った時はまだ帰局しないメンバーもいたので、ミーティングは明朝と言う連絡を捜査官たちに送った後、博は張り切って空を寝室に連れ込んだ。
そして今朝、空は寝不足で腰が痛いという状態になっている。機嫌よく過ごすのは、かなり難しいくらいに。しかもそのせいで食欲も無いらしく、皿の上のベーコンエッグは半分以上が残り、持て余しているように見える。
そんな彼女の様子に、反省することしきりではあるのだが、彼としては随分長い間我慢していたのだから、情状酌量が欲しいところだ。
そこに、会話も少ない2人のところへ花さんがやって来て、空の前に料理が乗った皿を置く。
「これ、食べてみないかい?フレンチトーストだけど、昨晩から仕込んでおいたんだわ」
輝くような黄色とほかほか上がる湯気、綺麗な焦げ目にバターとシロップの甘い香り。
空は誘われるようにナイフをフォークを持ち、一切れを口の中に入れる。
「ーーーー‼」
パアッと顔が明るくなり、目が輝いた。
「どうだい?美味しいかい?」
花さんの言葉に、口いっぱいにフレンチトーストを頬張った空が、いかにも美味しそうにコクコクと頷く。
そんな彼女を暖かく見下ろした後、花さんは博に向かってウインクをした。博は片手拝みに、黙って感謝を伝える。その間も、空は美味しそうに食べ続け、綺麗に完食したのだった。
朝のミーティングスペースで、捜査官たちは報告を行う。
先ずは、警視庁に詰めていた小夜子からだ。
国外逃亡を企てていたリーダーとブレーンが、先に空港に送っていた荷物は、差し押さえられて署内に運ばれていた。その中にブレーンの物と見られるノートパソコンがあり、『シラヌイ』の資金の流れが解った。その中で、『シラヌイ』が虫辺を取り込んだ時期に、多額の資金が使われていた。
「虫辺のドローン作製用の資金だと思うけど、かなり纏まった額なのよ」
製作材料とは思えないほどなので、もしかしたら作業場とテスト用の空間を兼ねて建物丸ごと1つ購入したのではないか、と小夜子は言った。
次は、真とジーナのコンビからの報告だ。
聞き込み捜査に当たって、真はジーナの能力を再確認していた。そこはそれ、やはり本部で経験を積んだ捜査官だと言う事なのだろう。妙な色仕掛けをしなくても、彼女の話術は見事のひと言で、相手はいつの間にか様々なことを話してしまっているような有様だった。
「ブレーンからの指示だったらしいが、やはり虫辺を組織にいれた時期に、№4のセールスがある企業と接触していたようだ。どうやらその企業が、不況のあおりを食って持っていた体育館を売却したがっていたので、それを買い取ったらしい」
小夜子が言っていた資金の流出は、おそらくその費用に充てられたのだろうと思われる。
虫辺のドローン製作と、その性能テストのために。
豪とエディのコンビからも、報告があった。
やはりエディも、流石は本部の捜査官だけあって、聞き込みは順調だった。特に女性に関しては、見かけがいかつくて少々威圧感がある豪よりも、笑顔が似合う明るいキャラのエディの方がうってつけのようだった。
「幹部たちが通っていた店の女性たちと、『シラヌイ』の構成員たちから聞きましたが、逮捕されている幹部たちは、そう簡単に口を割るような性格では無いようです。実際、ドローンという確たる証拠が出ないうちは、黙秘を貫くだろうと言ってました。それと、デカい買い物についての話も聞きだせました。国際空港に近い建物だ、という程度でしたが」
最後に博が、考察したことを述べた。
「現在『シラヌイ』は、トップ達がごっそりと逮捕され、資金繰りも難しい状況だと考えられます。12機のドローンだけなら軽トラ1台でも運べると思いますが、それぞれの充電用ドックも一緒だと全部移動させるのは大変でしょう」
そうでなくても、今は警察などの眼も光っている。目立つような行動は控えたいし、新たな保管場所を見つけるような資金も乏しい。
「おそらくドローンなどは、まだそのまま体育館にあると思います。そしておそらく、ウェルフェアもそこにいるのではないでしょうか。捜査の手も、まだそこまで伸びている気配も無いことですし」
そして博は、昨日自分と空が入手した情報も加えて報告をまとめる。
「ウェルフェアを見かけたという場所は、国際空港があるN市内です。そこに近い、売却された体育館を探し出します」
春は早速作業を始め、直ぐに結論を出した。
「解りました。N市にあるU株式会社の、練習用体育館です。今のところ、他には該当するものはありません。使われた資金の額からみても、妥当だと思われます」
FOI日本支局は、ドローンの押収とウェルフェアの逮捕、そしてそれに繋がる『シラヌイ』の壊滅に向けて行動を開始した。
捜査官たちは各々の装備を整えると、ドローン対策として携帯用のネットを各自3つずつ持つ。役割としては車内待機に春、屋外待機が小夜子、突入班が残り6人だ。博は内部に入るが、己の感覚とアイカメラ、そして次々と入るメンバーからの情報をまとめ、的確に指示を出す司令塔になる。
そして、豪はずっと準備していた対ドローン用自律型ネット搭載の支局製ドローンを4機、車に積み込んだ。実際、もう少し多く用意しておきたいところだったが、時間的にも4機が限界だった。あとは捜査官たちで何とかするしかない。
小夜子もふみ先生と協力して、救急用医療品を多めに用意して車に積み込む。
準備が整うと、ケトルとビートを留守番にして、捜査官たちは車3台に分乗して体育館を目指した。
到着した体育館はかなり大きなものだったが、観客席などは無い練習用のもので、国際空港の近くにある。離着陸する旅客機の姿が時折見られ、その度に轟音が響いていた。周囲には民家も無く、特にその点への配慮は必要ない。
捜査官たちは体育館の周囲を確認し、出入り口が1つと非常口が2つあること、そして排気口などの場所なども見ておく。排気口の下で博がその鋭敏な臭覚を生かして、内部に人間が居ることを察知する。おそらく、ウェルフェアであろう。豪は電力メーター等を調べ、内部で空調がなされていることや、ドローンたちが充電されているらしいことを全員に伝えた。
そして捜査官たちは正面のドア前に集まると、飛行場から響く轟音に合わせて豪が電子錠を解除する。豪・真・エディ・ジーナがそれぞれ支局製ドローンを1機ずつ抱え、視線で送られた合図と共に開放されたドアから内部に飛び込んだ。
その瞬間、体育館内部に煌々と明かりが灯った。ドアオープンと同時にそうなるシステムだったようだ。最後に中に入った博が急いでドアを閉め、捜査官たちがドローンを床に置いた時、突如館内に大音量の鳴き声のような物が響き渡る。
「ーーーっ!」
「ぅわっ!」
聴覚が鋭い博は大きなダメージを被ったようで、その場で両耳を抑えて蹲る。他の捜査官たちも、何とか立ってはいたが、同じように両耳を抑えて動けない。おそらく、対侵入者用の防御システムだったのだろう。
けれど、聴覚障碍者の空にとっては、全く効果が無い攻撃だった。カスタマイズされている補聴器は、一定の音量を受け取るとオートでそれを遮断する。空は素早く周囲を見て音源を確認すると、ネットを2つ取り出し、近くの壁に虫がとまるようにしがみついているドローンに向かってそれを投げた。
大音量の源であるドローン2機は、ネットに絡み取られて床に落ちる。空はそれらに、左手で構えていた銃を撃ち込んだ。
大音量は消えたが、新たなドローンの飛翔音が聞こえている。
「・・・『cicada』2機停止。『mantis』が接近!」
空の鋭い声に、耳を塞いでいた手を離した捜査官たちは即座に動き始めた。床に置かれた支局製ドローン4機も、ふわりと機体を浮かべて働き始める。
(・・・『cicade』セミですか。成程)
相応しいネーミングだな、と思いながら、博は手筈通りに動いた。アイカメラには、体育館の片隅に転がる1つの寝袋を捉えている。昼寝でもしていたのか、中にいた男は急いでそこから出ようと藻掻いていた。博と、そして真が、ウェルフェアの身柄確保に向かって行動した。
その間、豪は壁に取り付けられている筈の、館内のシステムコントロールパネルを探す。空・ジーナ・エディは、『mantis』の鋭い刃の攻撃から博・真・豪たちの背後を守るために、そのドローンの注意を引き付けていた。支局製ドローン4機も、捕獲体制を整えている。
ふと気づけば、体育館の天井近くを縦横に走る骨組みを背景に、1機の黒いドローンが浮かんでいた。
空はウィップを使い、壁際に積んである荷物を足掛かりにして、天井の骨組みにぶら下がり、黒い中枢ドローンに近づこうとする。
「上に『cockroach』がいます。奥の壁際、ドックに8機のドローン!」
空が全員に注意喚起をし、その優れた視覚能力でドックで充電中のドローンの名前を告げた。
『beetle』・『longhorn beetle』・『stag beetle』・『moth』
(カブトムシ・カミキリムシ・クワガタムシ・蛾・・・ですか)
何か、共通点がありそうな気がする。博は頭の中でそんな事を考えた。
それらが、まだ待機状態で2機ずつある。空いているドック3つは、今活動中の『mantis』と既に停止させられた『cicada』2機のものだろう。そして天井付近で浮上している『cockroroach』の近くの骨組みには、それ用のドックが取り付けてあった。中枢である『cockroach』はそこで充電もしながら、24時間体制で稼働しているようだ。けれど今は、あまり動かずにいる。
博と真は、先ず寝袋からウェルフェアを引っ張り出す。中に何を隠し持っているか解らないので、その確認もしなければならない。
けれどその時、引きずり出されながらも、男は手に持ったリモコンを操作する。
すると突然、体育館内の灯りが消えた。
非常灯の灯りもあるので、館内が暗闇に包まれたわけでは無いが、それでも捜査官たちの視界は一瞬暗くなる。
次の瞬間、複数のドローンの飛翔音が響いた。
「夜行性の昆虫です!」
博の声が、館内に響く。先ほど空が伝えた昆虫の名は、全てが夜行性だった。カミキリムシだけは、昼行性のものも少しいるが、虫辺は夜行性の方に編成したのだろう。
そう言う事か、と捜査官たちは理解した。
カマキリの『mantis』とセミの『cicada』は昼行性の昆虫だ。明るい場所で活動するドローンとして、虫辺が拘りを持ってプログラミングしたのだと思われた。
豪はまだ、館内のシステムパネルを把握できずにいる。そして空中にいた『cockroach』が急に活発な動きを見せ始めた。ゴキブリも、基本的には夜行性なのだ。
他のメンバーよりも早く視覚の暗順応を終えた空は、それらを見て取ると豪に向かって叫んだ。
「豪!避けて下さいっ!」
その声に、丁度システムパネルを開けたところだった豪は、咄嗟に横っ飛びで背後からの攻撃をかわす。間一髪で避けた相手は、真っすぐに突っ込んできた『beetle』だった。先端にカブトムシの角のような突起を装備したそのドローンは、鈍い音をたててシステムパネルに突き刺さる。豪は咄嗟に持っていたネットを被せるが、パネルの方は酷く破損してしまった。そう簡単に、館内を明るくすることは出来そうもない。
その間も、夜行性ドローンの攻撃は続いている。『mantis』はドック内に戻ったが、そちらには待ち構えていたジーナがネットを被せ銃で撃ちぬいた。
ウェルフェアを拘束しようとしていた博と真だが、一瞬の隙を突かれ、彼は持っていたリモコンを渾身の力で2つ折りにして壊してしまう。何とか彼を拘束することは出来たが、これで館内は夜行性ドローンたちの格好の舞台になってしまった。
カミキリムシ・クワガタ・カブトムシ、計5機のドローンが捜査官たちを狙って飛び交う中、蛾の名前が付いた『moth』2機が、中空でホバリングしながら、機体下部から黄色い粉を吐き出し始めた。
「粉を吸わないでください!農薬系の毒物です!」
比較的『moth』に近い場所にいた空が、人より優れた臭覚と分析力で察知して叫ぶ。その瞬間、少量の粉を吸い込んだが、それに構ってなどいられない。
既に捜査官たちは、皆手傷を負っていた。カミキリムシの鋭い顎状の突起や、クワガタムシの顎のように大きく棘が付いた2本の突起や、システムパネルさえ突き破るカブトムシの角に、致命傷こそ負わないものの、衣服や皮膚を破られている。ウェルフェアを拘束して、危険が無いよう再び寝袋に彼を包み込んだ博と真も同様だ。何とかシステムパネルを応急修理で復旧させるためにそこに張り付いている豪も、背中から血を流していた。
支局製ドローンは相手の2機にネットを被せることに成功したが、助けに来た他のドローンの攻撃で破壊されている。まだ2機が残っているが、そちらは攻撃をかわすのに精一杯と言う感じだ。おまけに、ネットを被せられたのがカミキリムシだったので、いつの間にかネットは破られて戦線復帰を遂げてしまっていた。
薄暗い中で、高速で飛び回るドローンに狙いをつけることも出来ないため、銃で撃ち落とすこともできず、農薬の黄色い粉が舞う中で捜査官たちは手をこまねいていた。
「館内の排気システムだけ、復旧しました!」
そこに、豪の声が飛んだ。
明らかに支局側が不利になっている状況で、ふと空はあることに気づいた。
(夜行性の昆虫・・・それなら・・・)
彼女は軽快に宙を移動して、体育館の隅に纏めてあるドローンのテスト飛行用の沢山の機材の中から、1台のサーチライトを引っ張り出す。それに気づいたエディが素早く近づいてきて、バッテリーを探し出して手伝った。
2人は体育館の排気口の真下にサーチライトを据えると、バッテーリーを繋いで点灯する。『moth』2機は周囲に黄色い粉を纏わせて、サーチライトに導かれて飛んで行った。
「正の走光性か!」
黄色い粉は排気ダクトの中に吸い込まれてゆき、残る『beetle』『longhrn beetle』『stag beetle』たちもサーチライトの方に集まってくる。捜査官たちは銃を構え、狙いがつけやすくなったドローンたちを一斉に撃ち落とした。
残りはあと1機、中枢である『cockroach』のみである。
けれどゴキブリの名を持つドローンは、天井高く飛び上がったままホバリングを始めている。
「・・・ゴキブリは、通常負の走行性を示しましたね」
光が当たると逃げてゆくことが多い、家庭内害虫だ。博は車内待機する春に連絡を入れた。
「何か、新しい情報は入っていませんか?」
すると、戦闘中なので伝えるのを控えていたと前置きしながら、春が答える。
「警察の取り調べで、虫辺に関する情報が入っています。彼は一番最初に作った『cockroach』を1番大切にしていたようです。中枢になるよう賢く作ったけど、知能が高いという理由で命名したゴキブリという名前は、可哀そうだったと言っているそうです」
春の報告は、捜査官全員に共有されたが、真などはつい吐き捨てるように呟いてしまう。
「・・・だから何なんだよ。俺らはそのゴキブリを退治できなくて、右往左往してるんだっつうの」
その言葉通り、『cockroach』は動きを再開して、高速で体育館の中を飛び回っていた。サーチライトの光の外で激しく動くドローンは、本気になればゴキブリ並みに凄い速さで動けるらしい。しかも捜査官たちの間を飛び回るものだから、危なくて撃ち落とすことも難しく、捜査官たちはネットを手にして追い回すことしか出来ていない。
あのドローンの機能停止スイッチは、どこにあるのか。少なくとも、外部にそのような部分は無いように見える。
(中枢であるなら、周囲の音を感知するような集音装置も内蔵されているかもしれません)
空は、そんな事を考えた。
(機能停止は、もしかしたら音声?)
『cockroach』が近くを通過するその時、空はそのドローンに声を掛けてみた。
「・・・カナブン、おやすみなさい・・・」
黒いドローンは動きを止め、一瞬震えると静かに床に降りて機能を停止した。
その様子に、博が駆け寄ってくる。
「空、何故その言葉を?」
「嫌われているゴキブリではなく、虫辺はあれを1番好きな昆虫の名前で呼んでいたのかもしれない、と思いました。可愛がっていたのなら、休ませる時にはそんな言葉を掛けたのかな、と」
いつも彼の腕の中で、眠りにつくとき掛けられる言葉。
『空、おやすみなさい』
それを聞きながら、眠る時に感じる彼の想い。
大切で大事で、自分を愛しくて可愛いと思ってくれる相手に優しく囁かれる言葉は、空の大好きなものの1つなのだ。
「・・・まさか当たるとは思いませんでしたが」
空はそう言って、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
体育館の出入り口を大きく開け放って外に出ると、太陽は西に傾き、美しい夕暮れを迎えていた。
それからの時間、1番忙しかったのは小夜子と春だっただろう。
積んできた救急用の医療品をすべて使いきる勢いで、満身創痍の6人の手当てをする彼女たちを見ながら、博は体育館内での空の動きを思い出していた。
灯りが煌々とつく明るい空間で、ドローンの動きを見ながら動く彼女は、しなやかで無駄がなく美しかった。暗くなり非常灯だけが投げかける光の中でも、素早く身をかわす彼女は、翻る髪が弾く淡い光までもが幻想的だった。
アイカメラのAIは、そんな空の動きを凄い速さで音声変換して博に伝えていたが、彼はその全てを覚えていた。
『戦乙女が舞うように』とか
『演武のような動き』とか
彼の分身のように育てられたAIは、情景的で抒情的な表現も多用して、その手足の動きや表情までも、背景と共に事細かに伝える。それらを脳内で整理して想像すれば、博は眼に見えるように彼女の姿を思い浮かべることが出来た。
(昔、真がそう言っていましたね。・・・こういう時、空は一番美しい、と)
彼女がA国でSkyと呼ばれていた頃、真の研修の最後になった任務で彼が見た空が戦う姿。
真はそれを、少し寂しそうに、けれど誇らしげに博に語ったのだ。
そんな弟の言葉を、どれほど羨ましいと思った事か。自分では見ることが出来ない彼女の姿を、どれほど見たいと思った事か。
けれど今、博は育てたアイカメラを用いて、漸くその姿を鮮やかに脳裏に浮かべることが出来た。
博は静かに、空に歩み寄った。
手当をしてもらった後、彼女は体育館前の石段に腰を下ろしている。流石に疲れた様子だったが、彼の気配に気づき直ぐに顔を上げた。
博は黙って、その右手を彼女の前に差し出す。溢れる想いを言葉にすることは出来なかった。
空は微笑んで静かにその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
そんな2人の周りに、捜査官たちが全員集まって来た。
空は姿勢を正し、博の眼をしっかり見つめると、凛とした立ち姿で右手をこめかみに当てる。
「任務終了、報告します」
その言葉に、捜査官全員が唱和して敬礼する。
「任務終了、報告します!」
博も答礼し、長かったドローン事件はこれで終幕を迎えたのだった。
夕焼けが辺りを染める中、ジーナは敬礼の手を下ろすと、周りの仲間たちを促すように顎をクイと動かした。そしてクルリと踵を返し、博と空に背を向けて歩き出す。メンバーたちもそれを見て、あぁと言うようにサッと2人に背を向けた。
(皆の気遣いが、ありがたいですねぇ)
博は彼らの様子に気づくと、心の中で礼を言う。
空の方は、意味が解らず取り敢えず自分も仲間の後を追おうと足を踏み出すが、その身体は博の腕に抱き止められた。
「空、愛しています」
博はそれだけを囁き、抱き寄せた彼女に唇を重ねる。
奇跡のように傍にいるこの存在に、凛として美しく愛しくて大切で何物にも代えがたい愛する人に、言葉として伝えきれない想いを、そのひと言に乗せて。
ジーナは数歩歩いて、肩越しに彼らを見た。
夕焼けの中を落ちる夕陽を背景に、1つになったシルエットは、泣きたいほど美しく目に映る。
空港から離陸した旅客機が機首を上げ、同じようにシルエットとなって夕陽の中を飛んでいた。
FOI日本支局は8人の捜査官を抱え、今後も様々な任務や事件を解決してゆくことだろう。
メンバーたちの様々な想いを孕みながら・・・
と、いうわけで、『空 Atmosphere』はこれにて完結ですが、まだまだ、空の話は続いてゆきます。