15 新しい仲間たち
出迎えは不要で、自分がエドモンド捜査官を連れて行く、と言うジーナからの連絡で、翌日の昼頃メインルームで2人の新メンバーを迎えた支局である。
「エドモンド・ホスマー捜査官、着任します」
そう言って真面目に敬礼をする彼は、捜査官兼研究員で研究室の管理者である。
「エディと呼んでください。普段は研究室か医務室の方にいると思いますが、出来るだけここに顔を出すようにします」
ニカッと白い歯を見せて笑うエディは、褐色の肌と黒髪、黒い瞳の若々しい男性だった。やや小柄だが敏捷そうな体つきで、捜査官として実戦でも有能だと解る。
「ジェラルディーナ・ハート捜査官、着任します」
ジーナも型通り敬礼をするが、直ぐに姿勢を崩して陽気な笑顔を見せる。
「出戻ってきちゃいました~」
相変わらずのコケティッシュなムードだか、以前とは少し違うような気もする。
「この前は、色々とお世話になりました。そのおかげで1人前の捜査官として認められたから、ハニートラップ要員は卒業したの。こっちじゃ、それは必要ないでしょ?あ、でももし、そう言う系の任務があったら任せてね。アレが好きなのは変わらないから」
サラッと自分の性癖を念押しするように言うジーナに、捜査官たちはこっそりため息をつく。
「あ、それと、心配してると思うから先に言っとくけど・・・」
ジーナは博に向き直り、にんまりと笑って続けた。
「本人の許可も取らずに、あんな事はしないと誓うわ。本気で愛してるのは変わらないけど、2人の邪魔はしないから安心して。・・・で、空は?」
届かなくても追うことは出来る。
手に入らないと解っていても、追うことに喜びを見いだせるなら。
青い空に手を伸ばすことは、ただそれだけで気持ちよく感じるのだから。
そんな風に思い定めて、そのために出来る努力を最大限にして、そんな時間さえ楽しかったジーナは、ただ早く空の姿を見たかった。
いささか不安ではあったが、博はいつもの穏やかな笑顔でジーナに答えた。
「さっき連絡したので、もう来ると思います」
その言葉も終わらないうちに、空がメインルームに姿を見せた。肩にビートを乗せて入って来た彼女は部屋で過ごしていたが、もう大分回復しているようだ。けれどそれまでを知らないジーナは、目を丸くして驚愕する。
「ちょっと!どうしたのよ、空!こんなにやつれちゃって・・・まさか毎晩、アイツに苛まれているんじゃないでしょうね」
博はとんだ濡れ衣である。彼女が完全回復するまでは、と自制心を総動員して毎晩耐えているというのに。さすがに笑顔が消えて、額を抑えてため息をつく。
「お久しぶりです、ジーナ」
そう言って、穏やかな笑みで挨拶をする空に、ジーナは飛びつかんばかりの勢いで近づく。
その腕を避けようとして後ろに半歩下がった空だが、やはりまだ完全では無いようで足元がふらついた。そんな彼女を、サッと動いて守るように腕の中に囲い込む博である。
「僕のです」
40男が何やってんだよ、と思いながらも、やはり今後のジーナの行動には気を付けないと、と真は本気で思う。
「あ、あの・・・これは」
彼の腕の中に閉じ込めながら、空はチラッとその顔を見上げる。
「・・・無茶で馬鹿なことを、自分でした結果ですので」
こう言う風に答えるしかない空だが、ジーナがそれを信じたかどうかは解らない。それでも彼女は、肩をすくめて1歩下がった。
「解ったわ、早く完全回復して復帰してね。愛してるわよ、空~~」
結局それか、と捜査官たちは溜息をつくが、エディだけはやたらニコニコとその様子を眺めていた。きっと来る途中で、ジーナから色々と聞いていたのだろう。
捜査官が8人に増え、ドローン事件の解決に向かって気持ちを新たにする支局だった。
ウェルフェアについての調査を進める日々の中で、空は内勤に復帰しメインルームに出勤するようになった。今まで午前中にこなしていたデスクワークは、エディとジーナのお陰で半分くらいに減っている。空は数時間で自分の仕事を終わらせると、残りの時間はトレーニングにあてコンディションを整えることに専念した。
そんなある日の午後、空がトレーニングを終えてメインルームのドアを開けると、入れ違いに小夜子と春が出て行った。『シラヌイ』のトップ達が逮捕され、支局の戒厳令も解けて自由に外出できるようになった今、我慢していた秋物セールに戦いを挑むつもりらしい。忙しい合間ではあるが、少しくらい息抜きは必要だ。
部屋の中に入ると、留守番をかって出たらしい博が、1人掛けソファーに座ってこちらを向いていた。
「お疲れ様でした、コンディションはどうですか?」
入って来た気配と空気の流れと、微かな音と匂いで、それが空だとすぐ判る博である。
「そうですね、まだ70%くらいですが、出動できるレベルにはなっています」
彼女の答えに、無理はしないでくださいね、と言いながらチョイチョイと手を動かす。おいでおいでをするようなその手の動きに、空は彼の元へ歩み寄った。
「・・・何か?」
問いかけると、博は更に近づくようにという素振りをし、片手を口元に建てた。
(・・・?誰もいないのに、内緒話でしょうか)
疑問に思いながらも、更に彼に近づき前かがみになったところで、あっと言う間に身体は抱き取られる。気が付けば彼の膝に乗せられて、キスを与えられていた。
「・・!・・・っ・・・んっ・・・」
ねっとりと甘く深いキスに力が抜けて、空はそのまま彼の膝の上に身体を預けてしまう。
そんな真っ最中に、リビングスペースに入って来たのは、エディだった。
流石に博は彼女の唇を開放するが、空の方はそう簡単には立ち直れない。乱れた呼吸のまま、トロンとした眼でぼうっと博を見ている。
「あ、どうぞお構いなく~。お2人の事は、ジーナから全部聞いてますから、大丈夫ですよーー」
エディは屈託のない明るい声を掛けて、また後で来ますからと言って部屋を出てゆく。
「うん、なかなか気が利く新人ですね」
博が大喜びで、続きを再開したのは言うまでも無かった。
真はその頃警視庁にいて、ウェルフェアの動向について新しい情報を聞きつつ、以前の同僚たちと話をしていた。そこに橋本警部補がやって来て、こそっと耳打ちをする。
「おい、何時でもこっちに戻って来て良いんだぞ。何だか、向こうは凄く乱れた職場みたいじゃないか」
「は?」
「いや、そういう噂になっててな。まぁ職場に住んでるわけだから、そう言うこともあるのかもしれんが、愛欲入り乱れる淫乱な職場だとうちの刑事たちが・・・」
「ぅわ~~!」
真は頭を抱えて蹲ってしまった。博を拉致監禁した『シラヌイ』たちが、尋問で洗いざらい話したのだろう。朦朧とした彼から、情報と得ようとしたときの事を。
この誤解は、どうすれば解けるのだろうと苦慮する真だが、同じ頃、支局のリビングスペースで行われていることを知ったら、頭を抱えるどころの騒ぎでは無かっただろう。
けれど、支局だって真面目に仕事はしているわけで、春・豪・ケトルのゴローンAI解析班は、しっかりと成果を上げていた。
「虫辺が製作したドローンたちは、それぞれが特化した性能を持っているわけですが、今回『centipede』を解析したところ、ムカデのように動ける仕組みを持たせる途中だったようです」
おそらくまだ完成前だったのだろう。取り敢えず毒液を搭載する所まで作って、急遽使用することにしたのだと思われる。そんな豪の報告に、春が付け加える。
「最終的には、地面を這い回るようにしたかったみたいですけど、そうなるともうドローンじゃないですよねぇ。虫辺としては、別の名前を付けたかったけど、他に思いつかなかったっていうところかな。でも、そのくらい拘りがあるみたいです」
例えば、と春は報告を続けた。
『centipede』の機体には、動く物に対する高性能なセンサーがついていた。ムカデが動く物に対して攻撃するという習性を、再現したかったのだろう。そうすると、今まで遭遇した他のドローンたちも、同じようにそれぞれの昆虫に相応しい習性をプログラミングされている可能性が高い。
また、虫辺はドローンを生物のように思っていたようで、基本的な行動は自動化されていた。つまり、バッテリーが残り少なくなると、自分でドックに戻り充電を行うことを優先する。
お掃除ロボットと同じね、と小夜子が呟いた。
ウェルフェアの手元にあと何機ドローンがあるのかについては、真が直に虫辺と話をして、その数と種類を聞きだしていた。
「虫辺が言うには、12機だそうだ。以前も見た『cockroach』と『mantis』が1機ずつ、他に5種類が2機ずつあるらしい。基本的に同じものは2機しか作らないそうだ。次々と新しいドローンを作ることだけに、興味があるようだな。まだ見たことが無い5種類については、口を噤んじまって聞き出せなかったんだが、警察の方で、それを聞きだしておくように頼んでおいたぜ」
『hornet』2機はどちらも今までの事件で自爆していて、『ladybug』は1機が同様に自爆し、もう1機は解体してしまったという。また空を襲った方の『mantis』も破損個所が見つかったので同じく解体したと言っていた。
そして自爆型のドローンはもう無いと、虫辺は話した。こちらが知らない5種、10機はそのタイプではないと言う事も確認できた。
真の報告が終わると、博も空から引き継いだ形で薔子と連絡を取っていて、そこから得た情報を全員に伝える。
「ウェルフェアは、『シラヌイ』のトップになって勢力を維持したいと考えているようです。ですが、彼に出来ることは限られているでしょう。手元にあるドローン12機は、全て売り払って資金に充てるのではないでしょうか。先立つものは何とやら、ですからね。後生大事に持っていても、彼にそれらを活用するような手腕は無さそうです」
新メンバー2人は、手元のノートパソコンを見ながら話を聞き、これまでのドローン事件の情報を全て頭に叩き込んでいた。
「ドローンの保管場所の特定を急ぎましょう。ウェルフェアの発見も同時進行で行います。ゴールが見えてきましたが、気を引き締めていきましょう」
博は最後にそう締めくくって、ミーティングを終えた。
方針が決まり、次は役割分担になる。警視庁に詰めて緊密に連絡を取るのは、慣れている小夜子が行くことになった。空も今日から完全復帰なので、そうすると聞き込みで動く捜査官は5人になる。基本的に2人1組で任務にあたるのがセオリーなのだが、どういう風に組むのだろうか。
メンバーが考え始めた時、博が手を挙げた。
「今回は僕も行きますね。少しでも多い方が良いでしょう。真はジーナと、豪はエディと組んでください。僕は空と組みますが、聞き込み捜査で組むのは初めてなんですよ」
「・・・そう言えば、そうですね」
博と空が、聞き込み捜査に2人でコンビを組むのは、初めてかもしれない。そもそも普段は、博は指揮官として支局や作戦本部にいるのだ。
(俺が、ジーナとか・・・)
空とジーナが組むのは、やはりまだ宜しくないだろうとは思うが、自分が組むとなるといささか不安でもある。そんなシンの様子に気づいたジーナは、可笑しそうに笑って言った。
「大丈夫よぉ、変な事はしないから。小夜子まで敵に回したくないし」
そしてウインクを投げると、真の腕を引っ張ってドアに向かう。
「空と組みたかったけど、まだ信用無いから仕方がないかぁ~~」
明るい声と共に姿を消したジーナと真に続き、豪とエディも立ち上がる。お互いにヨロシクと言い合いながら支度をする男2人も、任務を通じて親しくなりそうな気配があった。
9月とは言え、まだまだ暑さは厳しい。
そんな中、今までの立ち回り先を避けて、潜伏しているウェルフェアの消息を掴むのは厄介な事だった。それでも幾つか予想を付けた場所で、勢力が衰えた『シラヌイ』を見限りつつある男たちと接触できる。もうすっかり夜の帳が降りた頃の、繁華街の裏通りだった。
彼らから数日前にウェルフェアを見かけたという情報を得たのは良かったが、話の流れで男の1人が、空の腕を強引に掴もうとしたのだ。咄嗟にそれを避けて、ついうっかり反撃してしまい、男が地面に転がると他の2人も掴みかかってくる。結局博も手伝って、3人の男たちを叩きのめしてしまった。
そこに表通りの方から、彼らの仲間たちらしい複数の足音と声が近づいて来る。それを聞き取った博は、彼女の腕を掴んで走り出した。
「逃げますよ」
これ以上、彼らとの摩擦は避けたいし、余計な乱闘も免れたい。
「あ、はい・・・すみません、穏便に済ませる筈が・・」
情報だけ得るつもりだったのに、つい過激な対応になってしまったと走りながら謝る空だが、意外にも博の方は何やら面白そうな顔をしている。
「いえ、寧ろ好都合・・・あ、あの公園に入りましょう」
博の言葉に一瞬怪訝な表情になるが、空は指示に従って小さな薄暗い公園に入り、彼に促されてベンチに座る。見回せば、数組のカップルが木立の陰や他のベンチで愛を囁いている真っ最中らしい。
「ここはやっぱり、王道を抑えておかないと」
「・・・・え?王道って・・・んっ!・・・ん」
博は隣に座る空の身体を抱き寄せると、彼女の質問はあっさりと無視して、いきなりディープキスを仕掛けてきた。つまり、追手を欺くキスシーンである。確かに映画やドラマなどでは、王道の展開かもしれない。好都合とつい言ってしまった博は、彼女とそう言うシーンを実践したかったとみえる。
そこに追ってきた『シラヌイ』の男たちが公園に入ってくるが、辺りをザっと見てカップルばかりだと解ると、走り去ってしまう。それを知った博は、1度唇を離して彼女の顔を窺った。
空は、小さく呟いた。
「・・・つまり・・王道を実行するために、好都合だったわけですね」
何となく納得できない顔つきだが、眼は潤み唇は濡れているので文句を言っても効果は無さそうだ。
「ええ、まぁ・・・」
そう答えた博は、再び彼女の唇を塞ぎにかかる。
「えっ・・・もう、その必要は・・・」
「彼らはきっと、戻ってきますよ」
言葉と同時に、キスが再開され更に服の前ボタンまで外されてゆく。
「・・・んッ・・・・ぅん・・・」
こんな場所で、いったい何をするつもりなのですか、という言葉は彼の口の中に飲み込まれた。そして更にその手が下着の中に潜り込み、優しくそれでいて煽るように動く物だから堪らない。
「・・・ぁん・・・ぅん・・・ぅ・・」
彼女の鼻から漏れる甘い声を聞いていると、博の耳に戻って来た男たちの足音が聞こえた。そのままの体勢で彼は左手でポケットから折り畳み式の白杖を取り出すと、伸ばして脇に置く。
どうやら追手たちは公園内の人間を、全部確かめに戻って来たらしい。手に懐中電灯を持ち、1番公園の入り口に近かった恋人たちを確認すると、次は博たちの元にやって来る。
けれど博は、懐中電灯の光の中でも、キスや胸元に潜り込ませた手の動きを止める気配はない。
「おい、ちっと聞きてえんだ」
男はとうとう博の肩を掴んで、無理やり注意を引いた。
「・・・え?・・・ああ、すみません」
漸く彼は顔を上げ、傍に置いた白杖を手に取る。
「見えないもので、気が付きませんでした」
「ナンだ、めくらかよ。・・・ったく、イイご身分だぜ」
妬ましさMAXで台詞を投げ捨てると、男は2人の傍から去っていった。そして、彼らが諦めて公園から出てゆくのを確認すると、博は漸く空を開放する。
彼の腕と唇から自由になり、空はベンチの背もたれに背中を預ける。荒くなった呼吸と身体の中の熱を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸を繰り返した。
「・・・ふぅ・・・すみません、治まるまでちょっと待って下さい」
そんな彼女の、はだけてしまった胸元を整えてやりながら、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべて答えた。
「無理に治めなくても、良いですよ。ホラ・・・」
博は彼女の視線を誘導するように、ベンチの背後に顔を向ける。
ベンチの後には低い柵があって、その向こうは細い道だ。その道の向こう側には、ずらりと並んだピンクが主体の色とりどりなネオンが瞬いている。
需要あれば供給あり、ということなのだろう。今も公園から出たカップルが、そのうちの1軒に入ってゆく。これも彼が言った、好都合の一環なのだろうか。
振り返って見た空は、それらがラブホテルであると言う事を見て取った。
「どうです?・・・初めてでしょう?何事も経験ですよ」
けれど、そんなあからさまな博の言葉に、空は平然と答えた。
「いえ、今までに2回、入ったことがあります」
「えっ!」
ちょっと待ってください、と博は心の中で叫ぶ。
空が日本に来る前、A国でどう過ごしていたのか確かめたことは無い。当時の彼女は、金銭的な理由でかなりの節約生活をしていたと言う事は知っていたが。
(僕たちと出会う前に、恋人がいたという可能性も無いとは言えません・・・)
いや、だが、彼女はひたすらお金を稼ぐために任務をこなしていたはずだから、そんな時間は無かったのではないか。そうなると、思考が飛躍して妙な方向に進んでゆく。
(・・・そう言うコトをシて、お金を稼いでいたなんて事は・・・)
今もそう言う傾向はあるが、空は自分の事については関心が無い。
身体についても同様で、怪我さえしなければレイプだってただの事故という程度の認識だったのだ。
(まさか・・・)
彼が絶句したまま考えを巡らせている間に、空の方は何とか自分の状態を元に戻した。
「すみません、もう落ち着きましたので・・・行きましょう。あれらのラブホテルですね」
「・・・え?」
「聞き込みですよね。以前2回行ったことがあると言いましたが、どちらも任務でしたので慣れています。1度は緊急逮捕だったので、片っ端から部屋を確かめて回りましたから、中の様子も知っています」
博は、夜空を仰いで脱力した。
「・・・いや、もう良いです。・・・帰りましょう」
酷く疲れた気分になり、彼は帰局することを選んだ。




