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吸血鬼討伐後

 

 隕石の直撃を思わず衝撃が地面へと振るわれた。

 おれの存在に気づいていたのだろう。吸血鬼の奴は攻撃を受けることなく、その場から蝙蝠へと変化しておれから離れた場所で元に戻った。

 解放されて地面へと崩れ落ちるアメリア。喉を抑えて疼きながら、涙と涎を垂らしておれを見上げる。


「よく、来ましたね。まずはありがとうございます」


「……」


 何を言えばいいのか分からない。

 大層な大見え切っといてあの様だったからなぁ……。

 バツが悪くなって、おれはそっとアメリアから目線を外す。

 そんなおれに対してかアメリアは立ち上がって横に並び立つ。

 からかう様に頬を突いてきて呟く。


「あれっ? 俊さん。今更恥ずかしがってます? やっぱり可愛いですね」


「うるさい」


「いつものキレがないですよ? 可愛い可愛い。何度でも言います。可愛いですよ、俊ちゃん。ほらっ、こっち見て」


「……うるさい」


 さっきまで喧嘩してたろうに。こいつの切り替えの早さは何なんだ。

 あと指で突きすぎだ。いい加減痛いし、表情がウザいし、もう存在がウザい。

 なんでこうアメリアは楽しそうなんだ……。年の功か。

 おれは頬を摺り寄せようとしてくるアメリアを押しのける。


「もうそれでいいので俊さんを弄らせてください!」


「真祖の部下である我を斬り、さらに無視するとはいい度胸だな」


 さっそく乳繰り合い始めたおれとアメリアの空気を冷やす声が、彼方から放たれる。

 何か言ってる吸血鬼が、服に着いた土を払いながら立ち上がった。

 おれはすかさず軽口を叩く。


「真祖の部下ー? 真祖じゃないのかよ。主人を真似して我って一人称使っているのか? よっぽど子どもな奴がいたようだ」


「殺す」


 吸血鬼は短い言葉をつぶやくと、顔が狂気で歪んだ。

 おれに向かって飛びだし拳を振り上げる。

 やられる前に何とやらだ。

 おれは真正面から立ち向かい、先に相手の顔面を思いっきりぶん殴る。


「ぐぅ!」


「おっと悪い。部下だもんな。もう少し加減が必要だったか」


「おのれ、食料の分際で!!」


 コケにされたからだろう。吸血鬼はなおもがむしゃらな攻撃を仕掛けてくる。


 うん、遅い。


 動きが止まって見えるは言いすぎだけど。

 だけどすんごいスローに見える。

 おれは大剣を薙ぎ払う。

 吸血鬼は大剣が当たる直前に全身をコウモリにして飛び去り、距離を取って一匹を中心に元に戻る。


 気付かれたか。


「今の……異様な感覚は……」


「俊さん……。俊さんの種族でなんでそんなものをメイン武器に?」


 吸血鬼だけじゃなくアメリアまでもが疑問に思ったようだ。

 宵闇小悪魔は吸血鬼特攻の、言わば黒魔銀と呼ばれる黒いだけの銀を用いて作られた特殊武器だ。

 なんでメイン武器にしているかと問われれば、そんなのロマンだからだ。

 あえて自分に対して特攻が働く武器を使用する。

 自分の種族に勝てない圧倒的弱者とも取れるし、弱点などものともしない圧倒的強者とも取れる最高のロマンだ。

 吸血鬼特攻の威力は自分で試したから折り紙付きだぞ。

 などとあえて懇切丁寧に説明してやるほど優しくない。どのみち、アメリアには説明できているから問題なしだ。

 ついでに邪魔だから離れて置いてほしいと念を送っておく。


「いったい、……その異様な気配はな、何なんだ!」


「さて、何だろうな」


「図に乗るなよ! たかが食料の分際で!」


 吸血鬼は背中から翼を出し、表面上キレているが目はしっかりとした理性を宿しおれに立ち向かってくる。

 こいつおれの動きにもう適応しやがった。

 おれの振りかざした刃を寸前で躱し、懐に潜り込んできた。


「身の程を弁えろ死にぞこないッ!」


「ぐっ!」


 吸血鬼はうねりを上げて俺の顔面にこぶしをお見舞いしてきやがった。

 骨が折れる、いや全身へと均等に伝わっていく破壊力。脳を揺さぶれる打撃力。

 おれははるか後方に吹き飛ぶ。

 吸血鬼は止まらない。

 吹き飛び自由を奪われているおれに一瞬で追いつくと、さらに拳を叩き込んでくる。

 連続で、連続で。

 おれの紙装甲を何度も何度も貫いてくる。


 痛くはなかった。

 多分、アドレナリンが出まくっているんだと思う。

 むしろこの空中連続コンボを食らっている状況を打破しないとと、頭の中は酷く冷静でいた。

 隙をついておれが振り上げた宵闇小悪魔を吸血鬼は数秒顔を逸らして躱す。

 止めと言わんばかりに吸血鬼は大きく足を振りかぶり、


「食料が逆らうんじゃない!」


「ごはッ!」


 今までの恨みを晴らすかのように、狂気的な叫び声で俺を踏み潰してくる。


 背中を伝う骨が全て粉々になりそうなくらいの鋭い痛みと衝撃。

 緑の大地にひび割れが侵食し、徐々にその領域を拡大していく。

 俺が人間のままなら確実に死んでいる。そう考えればやっぱゲームキャラってチートだわ。


「どうだクソガキィ! 我はあの方に忠誠心を! ……あの方、誰だ? あの方って誰だ? そもそも我はなんでここに居る。いや、そんなのはどうだっていい! 今はこのガキを!」


 なんだこいつ。

 いきなり呆然とし始めたかと思いきや、また足に力を込めやがる。

 食料のために来たんじゃないのかこいつは?

 徐々に俺の右手から力が抜け、……大剣が落下していき、カランと地面に金属の音を鳴らす。


「食料の分際で我に逆らうからだ。お前の血は入らん、この場で消し飛ばしてくれる!」


 吸血鬼はとどめだと言わんばかりに天高く飛び上がる。

 おれの首めがけて自由落下の威力を加算させてキックを放ってくる。

 その一瞬の隙をおれは見逃さない。

 腕の力だけで身体を持ち上げ、宵闇小悪魔の柄を蹴って吸血鬼へと飛ばす。


「何ぃ!? ぐっがぁ!」


 墜落した吸血鬼に近寄ったおれは、宵闇小悪魔を引き抜く。

 慢心などない。する余裕もない。少なくとも今は。

 だからおれはうずくまっている吸血鬼に何度も何度も振り下ろす。


「おらぁぁぁぁ」


「まだだ!」


 吸血鬼は大剣の効果があまりにも脅威と感じているのか、すぐにコウモリに変わり後方に下がってしまう。


 ちっ! ほんとめんどくせぇ能力だな! 単純で強いとか。

 だがコウモリから戻った吸血鬼は足をふら付かせ、嗚咽を吐き出し、腹を抱えて完全に弱り切っていた。

 あと一押し!


「我を散々コケにしたお前に、冥土の土産に見せてやろう」


 その言葉とともに吸血鬼は体を大の字に広げ、俺の視界を埋め尽くすほどの、黒いコウモリに変え飛び上がる。

 その赤い双方携えた絶望の闇から、一切の慈悲なく赤い業火、緑の風で出来た鎌などの色とりどりで、確実に俺を殺すための魔法が放たれる。


 その光景はさながらどこかのシューティングゲームのようだ。

 すごい目がチカチカする。


「負けるかぁぁぁ!! こなくそぉぉぉぉぉ」


 おれは宵闇小悪魔を使って防御する。

 あまりの威力に周囲から爆心地か! とでも突っ込みたくなるくらい爆音が鳴り響き、地面にはクレータがいくつも出来上がっていく。

 捌けなかった分の魔法が通ってくる。

 威力は小さい者の、おれの神経を何回も何回も揺さぶってくる。


 ここからやることはただ一つ!

 おれは真正面からコウモリたちに突っ込――まないであえて逃げる!


「逃げ出すか、だがお前だけは絶対に許さん! 必ずぶっ殺してやる」


 全コウモリから発せられる偉そうな声。まだ優位な立場にいると思ってのかあいつは。


 つーか、魔法をバカスカ撃ちやがって! ふざけんな! 自慢かクソが! 

 俺も魔法撃てたらあんな奴、隕石振らせて終わるのに。


 魔法使いなのに魔法が使えないとか欠陥だよほんと。

 大剣で挑むとか、ほんとおれってば頭上がってんな。


 それでもようやく決着をつけるときが来たようだ!


 おれはインベントリを開き、回復アイテムを取り出して容器を壊す。

 流れ出る液体が俺の皮膚でジュワジュワと音を立てながら焼いてくる。


 ――だが、それがどうした。これぐらい屁でもない!


 いくらコウモリになっているからとはいえ元は吸血鬼。

 俺にはゲームとしての知識しかないが、青白い見た目からしてアンデッドのはずだ。

 それがコウモリに変わった瞬間、生き返るなんてあるはずがない!


 俺は手から流れ出る回復アイテムの液体を、絶望の闇に投げつける。

 瞬間、空間が震えた。

 一斉に聞こえてくる体が焼ける音。

 あまりの痛さに耐えきれなくなったのか、吸血鬼は一匹のコウモリを中心にして元の一つの体になる。


「散々手間取らせやがっていい加減やられろっつーの!」


「小癪な!」


 おれが大剣を一閃する。

 吸血鬼は背中から翼を生やして躱す。

 そのまま飛び立ち、上空に逃げようとする。


「逃がすかよッ」


 おれは吸血鬼のちょうど下から出ている影をテープ状に伸ばす。

 お前のおかげで燃えているんだ。影を作り出す光源は十分に保たれている。


「何ぃ!」


 吸血鬼の驚いた顔を見る限りあまりに予想外の光景だったようだ。

 おかげで簡単に全身を縛り上げる事が出来た


 そうだろうと思ったんだよな。


 こいつ、俺が転がっている時、自分の足で宵闇小悪魔を持つ手を何度も踏んでくれやがった。

 そう、影を使わないで力をそぎ落とそうとしたんだ。

 影で縛ればたとえ抜け出されても、使われることはないなずなのに。


 つまり、この世界の吸血鬼は影を使えないどころか、知らない可能性が高い。


 だからあいつは影に対応できなかった。

 きっと影という拘束手段を知らなかったからだ。


「グォォォォオオオオ!!」


 吸血鬼は血がにじむくらい真っ赤な表情にする。

 力で拘束を破り抜け出ようとするが、おれの大剣はすでに振り下ろされている。


 吸血鬼は咄嗟の判断なのか、一種の戦闘経験によるものなのかは分からない。

 コウモリになって体積を減らし一匹ずつ影の拘束を抜け出ようとする。


 ほんと、相変わらず単純に強く厄介な能力だ。けどな、そんなのは百も承知だ。


「なっ、これは!?」


 おれは影をさらに広げ、飛びだされる前に全てのコウモリを覆い隠す。

 これで吸血鬼は完全に逃げられなくなった。


 あんだけコウモリになって逃げられたら、誰だって警戒ぐらいする。


 完全に影で囲まれ黒い塊となった吸血鬼を、おれは粗末な動きとはいえ何度も異常な速度で斬り刻んでいく。


「グアアアァァァ」


 影を解除すると、おびただしい量の血液が吹き出す。吸血鬼はコウモリから元の姿に戻っている。


 今までのえらそうな態度を取っていたのにもかかわらず、今ではみじめに地面を転がる。

 何度も何度も血を吐き出し、苦悶の声を上げる。


「なんでだ。そもそもなんで我がここに居る。あぁ、思い出した。我はあの転移人に命令されて……。ナゼか逆らえなくて……。くに……と……」


「なんだっておい!」


 何か遺言を呟いた吸血鬼は二度三度小さく動いた後、完全に動かなくなり体を灰にして消滅した。

 戦闘後の静けさだろうか。それとも最後に不穏な置き土産をしてくれやがったせいだろうか。

 突き抜け風はおれの白く長い髪を巻き上げる。同時に吸血鬼の灰を奪い、夜空を幻想的に光らせるのだった。



 おれは吸血鬼を倒した後、余韻に浸ることもなく宿に帰った。 

 吸血鬼が討伐された件については誰もが知らなかった。

 あの時、あの場に居たのはおれとアメリアだけだったから。

 町ではいつの間に居なくなっていた。いつかまた襲撃してくるんじゃないかってちょっとした騒ぎになっている。

 この状況で討伐したって言っても、子どもの戯言で処理される可能性の方が遥かに高いだろう。

 あまり公にする必要も無し。ほとぼりが冷めるのを待っていよう、って宿屋で療養をしていた日々だった。

 民衆の前で馬車が止まる。

 きざったらしいレッドカーペットが道を横断し、その上に使者らしき男が降り立つ。


「私はジュリアンと申します。あなたを城に招待しに来ました」


 まさか国からおれ当てに使いが出されることになるとは。

 非常にありきたりで詰まらず、吸血鬼討伐に関して公になっていないのにも関わらずこんな事態になっているのには理由がある。

 これはそう、だいぶ前のことである。


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