錬金板
冒険者ギルドと似た、二本の旗がはためく建物。
一見、テントにも見える白と赤が交互に混じる三角屋根。
外から見える商会の様子は、正しくフリーマーケットのようだ。
シートの上に商品を載せて販売している。
「旗がはためくって、寒いですよ」
「寒いのはそこに気づくお前だよ。無駄に神聖が薄ら寒いくせに」
「それは俊さんのキャラが死者なのが悪いんですー! 私は何もありません! そもそもなんで死者風情をキャラにしているんですかー?」
「異世界転移、広まる、神隠し、おれの死因。どれもこれもお前が言えたことじゃねぇよ」
「もう嫌ですこの吸血姫。女性にもてないのってそこですよ!」
女性って歳じゃねぇだろとふと思ったけど、争いの引き金になりそうだから止めておく。
思った時点で既にアウト。アメリアはおれに軽い辻ヒールをして商会へと向かって行った。
あっつ。
肌が間違いなく焼けた。
死者に回復系を使ったらどうなるか分かった状態でやりやがったな、あいつ。
……金ゼロなんだからおれがいないと何も買えないだろうに。
さて、商会に来た理由は至ってシンプルである。
インベントリにめっちゃアイテムが余っているから売りに来た。それだけである。
性能は宵闇小悪魔で試し済み。
大体同じくらいだと思う。
そもゲームの能力を現実に持ってきているのだから、どれもこれもぶっ壊れになるのは当たり前なのだけど。
日常生活的に一番役立ちそうなのは錬金板だろうか。
さて、これを売り込みに行きたいところだけど……どうした物か。
……誰かに聞いたところで金取られそうだしなぁ。
なんかいいアイデアは。
「神をお求めですか?」
とりあえずここの商会の主に売り出すとしたらどれだけ値が出るか聞いてみようか。
いや、話にならず追い出されるか。
明らか神威というか神域だしなぁ、この道具。
生命を生み出すとこまで入っていないから冒涜とまではいかないだろうけど。
「隣に居ますよ。隣に」
「とりあえず悩んだら行動するか」
というわけでおれは近くでシートを広げている、見た目奴隷とか売っていそうなあくどい顔の小太り男性商人に話しかける。
「もしもし、商品を売り出したいのですがどうすればいいでしょうか?」
「……その質問の答えにいくら払う」
「銀貨1枚」
「宿代にも程遠い。話にならないな」
商人は帰んなと手を振っておれを追い出す。
普通の反応だな。さしておかしなことは無い。
こういう時アメリアがいない……と頼ろうとした時である。
おれの横からアメリアがぴょこと顔を出したのは。
「いつまで無視するんですか! やっとですよ!」
「……チェンジで」
「……いい加減にしないと大気圏の彼方までぶっ飛ばして太陽の灼熱で燃やし尽くしますよ?!」
「そういうの良いんで水とか光とか出して」
手を出しだすおれに、アメリアは分かりやすくそっぽを向く。
……水か光を出してと頼んでいるだけなのに。
なんやねん、と意思を込めて見ていると、急にアメリアはおれの頬を力任せに引っ張ってくる。
「なんやねんはこっちですよ! 自分の服でも爪で髪でも使えばいいじゃないですか!」
「それもそうだな」
おれは服に手を掛けて黒いゴスロリ服を脱ぎ捨てる。
これといった力のないコスプレ衣装なのではっきり言って今のおれには不要なものである。
脱いだ服を錬金板に乗せて原子レベルにまで分解させる。
おれの行動にぎょっとしたのはアメリアと男性商人である。
アメリアはおれの肩を鷲掴み、
「いきなり何しているんですか!? 変えの服とかあるんですよね!」
と見てわかるくらいあわあわと騒ぎ出す。
男性商人はといえばおれの目を睨みつけながら、
「悪いが俺にその気はない。その手の筋に取ったら嬢ちゃんの身体は喉から手が出るほど欲しいだろうけどな」
やんわりと諭すように言ってくる。
いや、別にそんな気は無いし。
おれは男性商人にトイレの位置を聞きだし、村娘風の簡素な服に着替えてから戻ってくる。
……今更になってインベントリにスカートしか入れなかったことを後悔している。
終わったら服屋よろ。
戻ってきたおれはアメリアから錬金板を受け取り、脱ぎ終えたゴスロリスカートも投げ捨てた。
男性商人の奇妙な視線に晒されながらも、おれは増やしたい物質を銀と指定。
生成した銀の塊を男性商人に突きつける。
「こういうことができる板を売りたいんですが……、どれくらいの値が出ますか?」
差し出された銀を手に取り、目をポカンとさせる男性商人。
反対にアメリアは鬼気迫る勢いでおれに掴みかかってくる。
「馬鹿! ちょっ馬鹿ッ! あなたちょっと! 俊さん何を売ろうとしているんですか!」
「土や服から魔銀合金とか虹神之天上金とか生み出せる錬金板。使い方は簡単、いらないものを元素まで分解、保存。後は増やしたい物質を指定して元素を形成するだけ」
なお動力源は吸収した原子をさらに分解した電子を消費することで賄っている。
なので普通に使っているだけで充電できる。
何だったら太陽光すら原子変換する。原子返還さえすればもう、無機物であれば何だって生み出せる。
そういったことを説明したらアメリアからさらに怒られた。
「なんで板そのものを売り出そうとしているんですか! というかそれあったら食糧事情もお金事情も全部解決しますよね! 無限に資源生み出せるものを売りだしたら余計に戦争とか拡大しますよ! 馬鹿ですか? 馬鹿ですよね! 私は馬鹿だと言ってください!! はい、声に出して!」
……あっ、確かに。
気づかなかった。確かに食糧事情解決するわ、これひとつで。
……あぁ、えっと……、なんだ……。
「こういう板から生み出せるものを売りに出そうとしているんだけど……、どうすればいいでしょうか? あと、わたしは馬鹿です」
「そこのボイン姉ちゃん、馬鹿なまま泳がしてくれればよかったのに」
恨みがましそうにアメリアを睨む男性商人。
素直に謝るわ。アメリアさん、ごめんなさいでした。
そこまで深く考えていませんでした。やっぱりあなたが必要なので一緒に居てください。
と、口に出すのは恥ずかしいので心の中で思うことにする。
どうせ伝わるだろうし、これでいいだろう。
アメリアはおれの首に腕を回して密着してくる。
「あとで二人きりの時に口に出してくださいね」
「口に出すとか何それいやらしい」
「その考えを持つ時点で、ですよ」
せやな。反論できないわ。
そんなこんなで軽い世間話の後、おれは男性商人に呆れた口調で諭される。
「冒険者登録しているなら、ゴミじゃない限り換金カウンターに持っていけば換金してくれるぞ。ほらっ、冷やかしなら帰った帰った」
……マジで?
灯台下暗しやん。
その後、手に入れた金で宿に着くまで、アメリアからじっとりとした目を向けられ続けたのは言うまでもない。