身分証作成
声を出せば変声期が訪れていない高い声。
口の中に手を入れて触ってみると、鋭く尖った吸血鬼キャラ特有の歯。
おれは改めて自分がゲームキャラの吸血鬼になっていることが分かるとうなだれる。
「能力は使ってみるまで、本来分からないんですが俊さんのは分かりやすいですね」
アメリアはまるで子どもをあやすような瞳でおれの頭を撫でてくる。
その手をおれは払いのけて睨みつける。
「止めろ! そんな目でおれを見るな! おれは男だ」
おれまだ、あれを捨ててすらいなかったのに。
いや捨てる予定がなかったから、多分賢者確定だと思うけど。
いやこの姿だという事は魔法使いにはなっているのか、ってそうじゃねぇよ!
「その見た目だと、憎まれ口といいますか、かわいく見えるので睨んだって意味ないですよー。可愛いなぁ。ハーレム要因のひとりになってあげまちょうか?」
くっそ。こいつ完全に舐め腐っとる。
アメリアはおれを後ろから抱きしめると、這うような手つきでおれの顎辺りを擦ってくる。
まぁその分……、魔物と戦うときはやりやすいからむしろいいが。
俺は手鏡でアメリアの手をぶん殴る。
衝撃でパリンと鏡が割れる。鏡に映らないから持っておく必要もない。
「ステータス」
おれは一般ラノベの当たり前とも呼べる言葉を口に出すが、それらしいものは一向に出てこない。
こういう時出て来そうなもんなんだが……。
「俊ちゃん、この世界にステータスはありませんよ?」
「俊ちゃん言うな!」
アメリアの言う通り、ステータスが無いのは当たり前っちゃ当たり前か。
ゲームじゃないんだから。
とりあえず、おれの能力は分かりやすい。
やっていたゲームのキャラになっているからな。戦い方も同じで平気だな。
とりあえずダンジョンがとか、怪しい場所がどこにあるか情報収集したいし町に繰り出す必要があるな。
おれとアメリアは森を出る為にどこかに続く一本道を歩き始めた。
ゲームキャラになったおれは、どんなことができるのか道中試していた。
まずログアウトが出なかった。
むしろログアウトが出てこられたら困るけどな。
インベントリは唱えると、空中に四角形の枠の中に入っているアイテムアイコンが出てきた。
どうやらゲーム画面のままのようだ。何と分かりやすい……。
倉庫がないせいで、やっている時に手に入れたアイテムや武具がぐちゃぐちゃだ。
見なかったことにして、試しに卵を取り出そうと手を入れてみる。
すると、卵のアイテムアイコンの右下についてる数字が一つ減り、俺の手には実物大の卵が握られていた。
握り割ってみると中からオレンジ色の黄身と白身が出てきた。
食べてみると殻が入って不味い。
こんなの好き好んで食うのは、たんぱく質を使って戦うやつくらいだろう。
余った卵の殻をインベントリに入れてみると、卵の殻のアイコンが新しく追加された。
インベントリの中には大量の回復アイテムと食料アイテムがぶち込まれている。
当分この女神と二人でも生きていけそうだ。
なおこの身体は、日光が効かない。
月光を吸収して結界のようなものを張っているのだ。
代わりに夜の超強化特性を捨て去っているので、強さ自体は昼夜問わず変わらなくなっている。
他にも吸血鬼特有の妖術、影操作。
こちらは近くに居た褐色肌で筋肉質の魔物であるオーガに犠牲となってもらう。
イメージとしては自分自身の影が伸びて、相手を拘束する感じである。
黒い半透明の布に拘束されたオーガ。
解除されるまで決して動くことができず、簀巻きに状態で地面の上を跳ねまわっていた。
おれはオーガに腕をまっすぐ伸ばし手を向ける。
「メテオレイン」
……
…………
………………何も起こらない?
おかしいな、この身体なら打てるはずだけど。
「発動しませんね?」
アメリアの言葉通り、空は未だ白く曇ったままだ。
いつまでたっても魔法らしきものが発動しない。
魔法についてはアメリアから後で教えてもらうとしよう。
今はとりあえず、おれは背中から大剣、宵闇小悪魔を抜き放ち、吸血鬼の神速で踏み出す。
大地は砕かれ、空気が弾ける。
一瞬にして最高速度に到達したおれは、そのままオーガの胴体に突き刺す。
筋肉質な身体は大剣を拒むことなく飲み込んだ。
……これ、やっぱ現実なんだな。
手を伝う肉を引き裂く感触。オーガの絶命した目。そして今まさに命を絶ったんだという実感。
死体は消えるわけでなく残ったまま。
異世界である時点で闘争は避けられない。早く慣れる必要があるな。
「ところでアメリア、おれは吸血姫なんだけど、……吸血衝動ってあるのか?」
「分からないです。でももしあるんでしたら俊さん……私の敵になるかもしれないですね」
さらりと怖いことを言うな。あっても無くても敵対する気はない。
戦う力はなくても、アンデッド相手なら戦えるってことか。
流石、人間に手助けすることはある。
「ところで俊ちゃん自分から吸血姫って言っちゃうんですね」
「そういう種族だからしょうがない。あんまり気にしてくれない方が助かる」
吸血鬼よりうえの存在だからね、一応。
ちなみに吸血姫はアンデッドの中でも上から五番目くらいの強さだったりする。
おれのキャラってアンデッド全体で見たらそんなに強くないって言うね。
すごく触りたくないが、このオーガ達は全てインベントリに入るようだし、死体に慣れると言う意味合いを含めて入れておこう。
おれ達が森を抜けた先に広がっていたのは、天へと向けてそびえ立つ頑強なる灰の大壁。
周りは堀になっており、魔物の侵入を防ぐ二段構えになっているようだ。
隣にいるアメリアは「うわぁ!」と感嘆の息を両手で押さえている。
門の両脇には槍持ちの兵士。
通行チェックをしているのだろう。
商人らしき人、兵士の鎧とは違う軽装をしている冒険者らしき人が並んでいた。
アメリアがおれの肩を小突いてくる。
「そういえば身分証はどうしましょうか?」
「持ってないのか?」
「天上暮らしの女神ですよ?」
つまりは持っていないと。
……どうするんだよ、もう並んでしまったじゃないかよ。
かといって、ここで何もしないのは問題の先送りにしかならないか。
男らしく腹を括るしかない。
「俊ちゃん、女の子でしょ?」
「やめい!」
あれをロストしても心までは男で居たいんじゃい!
おれとアメリアは町の中に入っていく人達の列に並ぶ。
そうして30分ほど、やがておれ達の番がくる。
「身分証を提示してください」
槍持ち兵士は手を差し伸べてそう告げる。
ここは正直に言うほかないな。
アメリアはおれたち二人とも、身分証を持っていないと正直に言う。
すると槍もち兵士は少しばかりおれとアメリアを交互に見やった後、こう答えてくれる。
「ひとり銀貨2枚でも大丈夫でしょう。冒険者証は身分証の代わりになるので、町に入ったら取得しておくと良いですよ」
「銀貨か」
これまた、よくある異世界設定だ。
だがどうしたものか、やはり金なんて物は持っていない。どの道は入れないのか。
俺は一筋の希望にかけてアメリアに目を向けると、考えを読み取ったのか首を振る。
ですよねー。
おれは先ほど狩ったオーガをインベントリから出した後、この場に横たわらせる。
無からいきなりオーガの死体が登場したからだろう。
槍もち兵士たちは一斉に槍を構え、オーガの死体へと向けた。
「……死んでいるのか?」
「そうですよ。気になるなら槍で突いてもらっても。……それでなのですが」
と、おれたちが現在金に該当するものを持っておらず、これが代わりにならないかと提案する。
代わりになるはずがないけどな。
けど中で換金することができれば、多少は懐事情が潤うだろうし。
その金でここを通してもらうことができないだろうかと、おれは両手を合わせて頼み込む。
槍持ち兵士は困惑する。
「それは構わんが……、お前たちは何者だ? 空間魔法だろう? これは」
何それ?
空間魔法というと、収納魔法的な何か?
おれはアメリアへと目をやると、大方この認識であるのか首を縦に振った。
まずったな……。
ここで見せるものではなかったかと、おれは後ろ頭を描く。
といっても、少女がオーガの死体を片手で運ぶ絵面になるからどう転んでも不自然になるのは間違いない。
上手い言い訳が無いかおれは人差し指を回す。
兵士は槍の尻で地面を叩いた。
「特に問題はございません。ですが、身分証などが無い状態で、問題ごとを起こされると町を追い出されるので気を付けてください」
そう言って、槍持ちの兵士はこの場でオーガの死体を換金してくれた。
手に入った分を引き算して、おれたちの手元に残ったのは銀貨が2枚である。
「分かりました。気をつけます。行きますよ、俊ちゃん!」
警告に対してアメリアが頭を下げてお礼を言うと、慌ただしくおれの手を引っ張ってくる。
その様子に門番の男性は軽く手を振ってくれた。
通り際に「可愛かったなぁ……。あの姉妹」という、兵士の呟きが聞こえてきた気がした。
……ゲーム内なら嬉しかった褒め言葉でも、自分がなっている状況だと大して嬉しくないのが複雑である。
いや、嬉しいっちゃ嬉しいんだけどね。
おれとアメリアは改めて町に足を踏み入れる。
そこに広がっていた景色は正しく、ファンタジーというほかない。
木造の家や店、噴水広場に舗装された道。
陽気な音楽が流れていそうな活気溢れる人々を情景を見ていると、自然と気分が高揚しそうである。
しかして、これが異世界召喚にて得た有益だと思うと少しとはいえ怒りが込みあがる。
そして隣のアメリアはといえば、
「俊さん俊さん、いい匂いしませんか!」
っと、暢気にもアメリアは焼き鳥のにおいが漂う屋台を指さしている。
「その前に冒険者登録だろ。金ないんだから」
今にも駆け出そうとするアメリアの手首を握ったおれは、そのまま冒険者ギルドとやらまで連行する。
青い3本の旗が目印の大型木造建築物。
道行く人に冒険者ギルドの目印を聞きながら進み続けて25分ほど、おれたちは辿り着いた。
中に入る前からでも、冒険者の喧噪が伝わってくる。
……気分が全く上がらない。
元々身分証を創るのと財布にするためだけだから、当然と言えば当然なのだけど。
「もっと笑いましょうよ! こんな風に」
アメリアはおれの口角を指で引き上げる。
……邪魔なんだけど。
通れないし。
「性格やさぐれました? 可愛くないですよ?」
「はぁ……知ってる」
自由に見えて自由でない。
冒険者らしくないんだよ、今のおれたちは。
普通なら帰る手段を探すためにやるんだろうけど、おれたちの場合は全くの逆。
むしろ二つの繋がりを断つためだけにいるんだから。
やらなきゃならない。期限なんて最初から切っているようなもので、引き摺れば引き摺るほど勝手に利息が増える。
……クソゲーだよ。本当にさ。
アメリアは若干申し訳なさそうな顔で、おれの手を引っ張り先導する。
冒険者ギルドの扉を叩いて中に入れば、荒くれ共が一斉に視線で出迎えた。
圧倒されるアメリアに話しかける者がひとり。
「おう、嬢ちゃん達。ここは嬢ちゃん達のようなか弱い子が来るような場所じゃないぜ」
酒が入ったグラスを豪快に煽るは、全身筋肉の鎧に身を包んでいるのではないかと思うほどの男性。
まんま細かいこととか気にしない、気のいい先輩って感じのイメージである。
こんな状況じゃなければ、良い返事をしたいところなのだけど。
「忠告ありがとうございます!」
アメリアが苦笑いを浮かべながらおれの背に隠れた。
……こいつ、人を盾にしやがった。
「いいってことよ、依頼でも出しに来たのかい」
ポージングを決めてかっこつける男性に、アメリアがここまでの経緯をかいつまんで説明する。
もちろん、身分証が必要になるだとか、身元が不明になりそうなことは話さない。
アメリアが心を読めるからこそ、この男性の内面を完璧に読み取ったからだろう。
それは分かったから、人を盾にしないでほしい。
「あれ見てください、俊さん」
アメリアが指さす方を見ると、今のおれとそう変わらない体系の子どもたちがいた。
カウンターらしき所で白髪のじいさんに、薬草を買い取ってもらっている。
なんだ、子どもの冒険者いるじゃん。
特におかしなことではないんだな。
ところでなぜに子どもが冒険者をやっているのだろうか?
「お小遣い稼ぎのようですね。……へぇ~、良いですね~。青春ですね~」
「心を読んで親戚のおばちゃんみたいな感想を抱くの止めろ」
「誰がおばちゃんですか! 失礼しちゃいますね!」
じゃあ、おねえさんで。面倒くさい。
青春感じている時点で既に自分は青春を味わった、もしくは終えた後みたいな状態になっているとなぜ分からないのか。
おれはひとつ「フッ」と息を漏らす。
「ほんと、可愛くないですね。元の姿の方がまだ可愛げありましたよ」
おれの手を引っ張るアメリアは明らか機嫌悪そうに冒険者カウンターまで歩いていく。
知らんよそんなの。美的センスを疑う。
冒険者の受付をしているのは、ハーフエルフの少女のようだ。
容姿は萌えと美人の中間に位置していて、ふんわりとした笑顔は非常に可愛らしい。
金色の髪を少女らしく腰のラインまで伸ばしており、服の上からでも分かるほど細くスリムな体形をしている。
そんな少女から、冒険者の説明にいくらかされたけどどうでもよかった。
魔力検査して異能力持っているかの診断をして名前書いて注意聞いて終了。
それだけで簡単に冒険者の証は発行され、これで国や町を通れるようになった。
ザルとしか言いようがない。
ハーフエルフの少女はおずおずとした態度でおれを覗き込んでくる。
「何かご不満な点はありましたでしょうか?」
「気にしないでください。この子は普段からこんな感じなので」
アメリアはおれの頭を軽く何度も叩いてくる。
別に何も不満な点は無い。単純に虫の居所が悪いだけ。
それを他人にぶつけるのはお門違いか。
心の中で反省したおれは頭を下げ「悪い」とだけ謝った。
ハーフエルフの少女はただ一言、「いえいえ」と手を振り冒険者の証を手渡してくる。
手渡された冒険者の証は光り輝き、おれの身体の中へと吸い込まれていく。
見ればアメリアも同様だった。
どうも冒険者は激しい動きをするせいで簡単に落としてしまう。
だから体内に入れておいて、無くさないよう配慮がされているのだとか。
いきなり体内に入ってきたらびっくりするだろうが。
その後、出そうと思ったら念じれば勝手に出てくると説明され、やることも無くなったおれとアメリアは冒険者ギルドを後にする。
依頼を受けることもなく外に出てきたおれに、アメリアは訪ねてくる。
「どこに行くんですか?」
「その質問自体既に意味ないだろ?」
「……俊さん。もうちょっと表面だけでも仲良くしませんか? そう最初から近寄りがたい雰囲気を出されると、二次元ならまだしも三次元ならすぐに孤立しますよ?」
アメリアはそう言うと、おれの口角を握り釣り上げてきた。
おれは「ほらっ、可愛い」と呟くアメリアの手を払いのける。
最近の二次元なら同じように孤立するけどな。
それにアメリアが付いてきてくれるなら孤立しないし。
「嫌ですよ! 不愛想な人と一緒に居るとか! 可愛いんですから少しは笑いましょうよ!」
「世界崩壊は笑えない事態なんだよ。その辺分かったうえで笑えって言うなら笑えよ」
「……強情」
はいはい、もうそれで良いですよ。
などと他愛のない話をしているうちに、おれとアメリアは目的の場所に着く。