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先程の余韻に浸っていたら気がつけば日は傾き、空は青から橙へと、変わり始めていた。
誰かが歩いてくる。
『カツッ、カツン』というヒールの音。
女の人だろうか。
俺は咄嗟に両手をポケットにつっこむ。
音のなるほうを向くと、そこには美宵がいた。
爪が剥がれた部分の皮膚と布が擦れて、痛みが強くなってゆく。
今はそれさえも心地いい。
そして、さりげなく手すりに寄りかかる。
「どうした?」
少し微笑んで、まるで子供をあやすような優しい口調で俺は尋ねる。
美宵は敬語ではない俺に驚きと喜びを混ぜたような表情を見せた。
「さっきまで、友達とご飯食べたりしてきたの。で、今は帰り」
「そうか」
お酒を嗜んできたのだろうか、頬が少し上気している。
「大丈夫か?女性が一人こんなとこ歩いてて。親に迎えに来てもらえばよかったのに」
「本当はそのつもりだったんだけど、断ったの。ここに来たら旭がいると思ったから。なんとなくね」
なんとなく嫌な予感がした。
「私ね、旭が好きだよ」
やっぱりそうだ。
美宵が真剣な顔でこっちをみる。
「だから、ごめんさない。中学の時助けられなくて」
美宵が悔しそうな顔をする。
まるで善人みたいだ。
「いいよ、別に気にしてないし」
俺があっけらかんと言うと、美宵はぽかんとしている。
俺が、怒るとでも思ったんだろうか?
「そ、そう。良かった。」
許されたことにまだ実感が湧かないみたいだ。
「そうそう、暇なときでいいからさ桜華の家庭教師やってくれよ。美宵、頭良かったろ?」
「あ、うん。いいよ、それくらいなら」
「あと、『おまえのオムライスは世界一だ』って桜華に言っといてくれ」
「? わかった。じゃあ、またね」
そう言った美宵に「気をつけて」とだけ言って別れた。
でも、告白された返事を忘れていたことに気がつき、美宵と叫んで、
「俺も、お前のこと好きだったよ!」
と返事をした。
表情は見えなかったが、
「ありがとっ!!」
とだけ言って帰って行った。