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夢を見ていた
リビングで掴み合いの喧嘩をしている2人の男女
男はキッチンから包丁を持ってきて女を刺した
女の胴体を何度も、何度も
男がこちらを見た
包丁を持って向かってくる
そして、ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ッツ!」
目が覚めた。
酷く悪い夢を見ていた気がした。
額には脂汗がふきでていて、なんとも言えない不快感が、俺の身体を覆う。
なんとも目覚めが悪い朝となった。
呼吸を整える。
すると、部屋のドアが勢いよく開いた音がした。
「起っきろー...って|お兄!?どうしたのその顔。幽霊を見た陰キャみたいな顔してるよ?」
そこには3つ下の妹、桜華が立っていた。
「幽霊を見た陰キャの顔ってなんだよ」
「ん〜、なんか気持ち悪い顔って感じ?見てると悪寒が走りそうなそんな顔」
「ひどくね?」
そこまで言わなくてもよくない?
お兄ちゃん泣いちゃうぞ?
「で、陽キャの桜華様が陰キャの兄に何のようですかね?」
すると、桜華はカレンダーを指さして言う。
「今日、成人式だけど」
「...へ?」
「いや、お兄20歳だから成人式に行いくのかな、と」
「あ〜...」
ヤバい、全く気がつかなかった。
確かに2022年1月9日成人式と書いてある。
時刻は8時30分を回ったところだ。
たしか、10時くらいに始まるんだっけか。
確か先週くらいに桜華と成人式がどうっていう話をした気がする。
そんときは「行こうか迷ってる」とか言って濁したんだっけか。
「...行くか」
「へぇ、珍しいね。いつものお兄なら『成人式ぃ〜?そんなん知るかっ!』とか言いそうなのに」
「うーん、なんでだろうな。強いて言うなら...天気がいいから?」
「うわ、理由しょぼっ」
「うっせ」
人間なんてそんなもんだ。
人生の9割は"なんとなく"でできてるだろ。
そんな会話をしているうちに目が覚めてきたので妹を適当にあしらって起きる。
顔を洗い、母の写真の前で手を合わせ、朝食にコーヒーだけを飲み(朝食というよりかは朝飲である)、手早く身支度を整える。といってもまあ、スーツ着てメガネをかけるだけなんだけどね。
「いってきまーす」
「いってらー。今日の夕飯ははお兄の好きなオムライスだから夜の7時くらいまでには帰ってきてね」
「昼は?」
「私家にいないから外で食べてきてー」
「妹よ、俺に昼飯を一緒に食べる人は居ないのだが?」
「なら、一人で食べればいいじゃん」
「出来れば一緒に食べ...」
「無理です」
「え〜」
なんでこんなにも扱いが酷いのだろうか?
今から祝われにいくのに幸先悪いんだけど。
少し肩を落としながら、外へ出る。
「うへぇ...」
風はないが、とても寒い。
けれども、なんとなく今日はいい日になりそうな気がした。
(ええと、今の時間は9時10分。)
陰キャにしてはだいぶ早めの到着だ。
チッ。普段の俺だったらあと40分くらい遅く着いていたのに...。
桜華め、許すまじ。
辺りを見ると、沢山の新成人で大騒ぎだ。
旧友との再会に積もる話もあったのだろう。
「久しぶり!」や、「元気にしてた?」と言った言葉が飛び交っている。
...かく言う俺は、例に漏れていた。
そう、俺には友達なんてものは存在しないのだ!
なので、早歩きで会場内に入り、端の席に座った。
一人ぽつんと座っているとなんか虚しくなってくるなぁ。
暇なので円周率1万桁を脳内で暗唱する。
そんなことをしてるうちに10時になったみたいだ。
座席はほぼ満員。
市長のありがたいお話と、誰だかよく分からん人のスピーチを約一時間ほど。
成人式はつつがなく終わった。
成人式の終了を告げられたあと、すぐに会場を後にする。
ふぅ、やっぱりシャバの空気は美味いぜぇ。
さて、これからどうしようか。
1人でゲームでもしようかな
それとも家で1人飲み会でもしようかな
いや、そもそも1人だったら飲み会じゃなくね?
「...あの」
いやいや、そもそも両親アルコール弱かったし飲めない可能性があるな...
「旭くん!」
「うぇっっ!」
酒のこと考えてたら、周囲の警戒を怠っていたぜ。
オマケに変な声出たし。
酒に溺れるとはこういうことかぁ。
そんなことを思いながら、声の主の方へ振り返ると、
なんとびっくり。
そこには美人のお姉さんがいた。
「えっと......?」
「やっと、気づいてくれたね。えっと、私、美宵...です。...覚えてるかな?」
名前を聞いた瞬間、肺にヒュッと冷気が流れ込んでくる。
俺はポケットに手を入れる。
そして俺の顔に笑顔を貼り付けて、綺麗な「僕」を創りあげる。
「...あぁ、美宵さん。お久しぶりです」
「うん、久しぶりだねっ」
「今日の格好とても似合ってますよ。」
「あ、ありがと...」
ミユちゃんがぽっ、と頬を朱に染める。
(なに照れてんだよ、社交辞令に決まってんだろ)
「俺」が顔を覗かせる。
「いやー、中学・高校では大変お世話になりました。今の僕があるのはあなたのおかげです。」
そう言うと、美宵は目を逸らして申し訳なさそうな顔をした。
その顔が「俺」を大いに喜ばせた。
そこに、視界の端からから中学時代の同級生が見えた。
奴らは美宵を見つけると「おーい、美宵!」と言って近づいてくる。
その呼び掛けに美宵も気づいて手を振っている。
それを見て俺の中の何かが腐っていくような、それでいて懐かしいようなものを感じた。
心臓が調子を上げ、心拍の上昇を図る。
「どうやら|君の旧友がやってきたようですので、これで私はお暇させていただこうかな。それでは」
美宵がなにか言おうとしていたが、無視して立ち去る。
後ろから、美宵と奴らの会話が微かに聞こえてくる。
歩きながらも足が震えているのを感じた。
足の回転を早める。倒れないように一歩ずつ踏みしめながら。
行き先など考えず、ただ無心になるためだけに動き続ける。
しょうがない。
人に裏切られてきた俺と人に愛されてきた君じゃあ
きっと見ている世界が違うのだろう。
奴らは俺にとって敵でも、美宵からしたら仲間なのだ。
ーーーだから俺たちは、
決して分かり合うことができない。