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ボッチミーツガール(1)

君を待ってた

 チャイムが鳴ると、俺は幽霊になる。


 教室を出て階段を駆け上がり、立ち入り禁止のバリケードを突破して屋上に出る俺を見る者はいない。

 後ろ手に扉を閉めると、出迎えるのは夏の陽射し。眠りかけていた全身の細胞が、暑い暑いと目を覚ます。


 はあ、自分を八月と勘違いした六月は始末におえない。


 錆びた手すりに腰を預けると、額は斜光の一斉攻撃を喰らう。

 否応なしに顔は下を向き、細めた目には運動場で談笑するサッカー部の姿が入る。


 季節外れのセミの声かと思ったら、これはアイツらの笑い声か。


 身を乗り出すと、拭いた風に巻き上げられた砂が蜃気楼をうつした。サッカー部たちの笑顔の白い歯が揺れている。


 ここから飛び降りれば、あの輪の中に入ることができるだろうか?…なんて、馬鹿な考えはよそう。俺は幽霊じゃないのだから。

 ただ、休み時間になると誰も俺に声をかけなくなる、それだけのことだ。俺が口を開くのは1日で数回。授業中先生に当てられた時だけ。しかもそのうち半分は「わかりません」。こんなに顎が軋むのは、丸一日動かしていないから。まあ、もう慣れたけど。


 今俺が入ってきた屋上の扉から、ガヤガヤと声がする。


 ちっ、もう来たのか。


 手すりから離れ、俺は屋上の隅に向かう。そこには、かまくら程度の大きさの茶色く薄汚い建物がある。風が通らず、太陽の熱を閉じ込めた窯のようなその中に入ったところで、屋上の扉が開いた。


「…でさ、ソイツが結構な美少女らしいぜ。」


「マジ?ああー、俺彼女できたばっかりだ。」


 下衆な笑い声の6人組。見るまでもなく、その下卑た顔が脳裏に浮かぶ。『モンク・アルカナ』と呼ばれるアイツらの顔が。


 この学校の仕組みを象徴する、俺とは真逆の存在達。

 ここ、『聖キリステ学園ヨモスエ町校』は、世界宗教キリステ教系の進学校。数十万平米もの広大な土地に美しく豪華な建物を見ればわかる通り、地元では難関として名を轟かせ、全国的にも有名大学合格者を輩出する優良学園。その理由は、キリステ教の最も重要な教えにある。


「才なき者に救いなし」。才能ある者だけが絶対的な正義であり、それを持たない者に価値はないとする、自然界もびっくりな弱肉強食。


 これに基づいた徹底したエリート教育。アルカナシステム。学年の成績下位三名には重い学費を課す代わりに、上位七名の《聖徒(モンク・アルカナ)》には学費の免除、立ち入り禁止エリアの利用、購買の優先権など多くの利益が与えられる。

 どれくらいの利益かというと、三年生の普通の生徒が、一年生のモンク・アルカナであっても敬語を使うレベル。

 銀色の腕章はこの学園のカーストで最高の勲章であり、生徒たちはそれを掴み取るために普通以上に勉学に励む。


 他の学校で言うところの生徒会のようなものだが、決定的に違うのは、彼らには学校を良くする義務はないということ。生徒会のように教師と生徒の間を奔走する労働のために権力が与えられるのではなく、あくまで勉学ができる者への報酬として与えられる権力なのだ。


 つまり一言で言うと、モンク・アルカナは性格が悪いだけの暴君だということだ。


 勉強ができない者を先生ぐるみで虐げるのは勿論、平気で体育のバスケのチーム分けを取り仕切り、購買の幻のクリームパンはモンクの胃袋にしか入らない。


 たまったもんじゃない。ただ勉強ができるだけのアイツらがここではまるで聖人のごとく振る舞っている。俺が折角見つけたこの人気のない屋上も、奴らのたむろスペースにされてしまう始末だ。俺のようにクラスに居場所のない者こそ、この場所は必要だというのに。


 俺がこんなところにいるのが見つかれば、ただでは置かれないだろう。なんといっても敵は六人。


「喋れないくせに臭い息吐いてんじゃねーよ。」


「お前がいると学校の、いや人間の格が落ちるわ。」


 という視線をクラスにいるだけで向けられているくらいだ。何をされるかわかったもんじゃない。


 まあ、別に構いやしない。どうせアイツらはここには来ないんだから。


 屋上にありながら誰も近寄らないこの場所は、トイレだ。低い天井と茶色い壁に囲まれた中で、白い大便器が胸を張っている。

 屋上にトイレなどおかしな話だが、昔、津波などで避難した際に使うために作られたのが忘れ去られたものだ。


 お高く留まったモンクの連中は、多分、ここがトイレだということも知らない。お高くとまったアイツらは、自分から汚れた場所に近寄ることはないから。

 汚いといっても今まで誰にも使われず放置された結果の汚さであって、トイレ特有のしょんべん臭さがあるわけではないが。まあ、前に俺が尿検査の採尿のために使ったが、あれはノーカンだろう。半分以上検査の方に回ったのだから。


 あの時は、水がきちんと流れて驚いたっけ。


 俺は額に浮いてくる汗を拭いながら、便器に腰掛けた。俺専用の玉座だ。

 立て付けの悪いドアの隙間から、モンクの会話がまだ聞こえている。


 ええい、いつまで喋っている気だ。さっさと帰れ。


「明日なんだろ、その転校生が来るの。」


「楽しみだな。頭悪かったら最高だよな。アルカナ権限で命令し放題だ。」


「バーカ。せっかく転校してくんだから、丁寧に出迎えてやんなきゃダメっしょ。」


「そういうお前が一番ひでーことしそうだけど。」


「ひっど。ちょっと丁寧に序列ってもんを教えとくだけだしぃ。」


 あの声は、モンクの紅一点、猿飛 楊花だろう。俗に言うギャルでありながら、幼少期を海外で過ごしたおかげで英語、世界史に強い。入学式の一年代表挨拶を英語で読み上げたのも彼女だった。


 髪を腰まで伸ばし金髪に染め、ネイルをしているのは、女子の中でも彼女だけ。アルカナ特権は服装に関する校則すら乗り越えるのだ。

 俺からしたら見た目は悪くないだけに、もっとおしとやかに振る舞っていれば可愛いのにと残念でならないが。


「頭が良くてもいいよ。そうすれば、モンク・アルカナは完成する。だろ?」


 静かな声で意味ありげな発言をするのは、確か笹宮 司とかいったっけ。

 男のくせに真っ赤に染めた髪を肩まで伸ばしたカッコつけヤロー。モンクの奴らは大抵髪を染めてチャラチャラした格好をしているが、俺はコイツが一番嫌いだ。

 特にその後ろ姿は、乾涸びたタコに頭を食われているようで気持ちが悪い。見ていると胃酸が逆流してくる。


 これ以上くだらない会話を聞いていても仕方がない。確か、カバンにイヤホンが入っていたはずだ。ゲーム実況でも見て落ち着くとしよう。


 カバンの中をまさぐって、その手がふと止まる。

 外の会話が止んだんだ。


 なんだ?


 ガチャン、と屋上の重いドアの音。それから、遠慮がちな「あのぅ・・・。」という馴染みのない声。


 誰かが来た?でも、誰が?


 先生という感じじゃなさそうだ。先生なら、成績上位者のアイツらとはもっとフレンドリーに話す。かといって、そこら辺の生徒でもないだろう。一般生徒立ち入り禁止の屋上は、普通、近づくこともない。


「見ない顔だな。ここはモンク・アルカナの腕章のない者が来ることは禁止されている場所だぞ。」


 ラグビー部員でもある草間 九楽が、ドスの効いた声を上げた。銀色の腕章を自慢気に掲げているのが見なくてもわかる。でも、声が少し震えている。


 なぜだ?普段、先輩にも物怖じしないくせに。


「あ、いえ。それは分かっています。」


 答える声はか細いながらも、堂々としたもの。


 ほう。普通の生徒なら、腕章を見ただけで声が裏返るものだが。一体どんな奴なんだ。


 俺はどうしても外の様子が気になって、音の無いよう気をつけながらトイレのドアから顔を出した。屋上の中心で立ったり座ったり、くつろいだ姿勢のまま固まった6人の横顔が見えた。


 こっちの様子に気を配る余裕はないらしいのはありがたいが、なんで間抜けな顔をしてるんだ。シャッター音さえ消せるなら、しっかり写真に収めておきたいところだ。


 肝心の来訪者の姿は、屋上入り口の陰になっていてよく見えない。


「そのモンク・アルカナさんに話があってきたんです。」


 俺は静かにトイレから抜け出し、屈んで屋上の端を回る。


「私、人を探しているんです。同い年なんですけど、顔がわからなくて・・・。先生に相談したら、学年の代表であるあなた達なら何かわかるだろう、ということでしたので、お願いに来たんです。」


 人探し。いや、嘘だろうな。よくいるんだ。憧れのモンクにお近づきになりたいがために、相談に乗ってもらって話題を作ろうとする奴が。

 この学園の生徒は二種類。モンク。アルカナになろうと奮闘する者と、諦めてモンクを信奉する者。彼女の場合は後者ってわけだ。


 それにしても酷い。


 小学生が隣の席の人と仲良くなりたくて消しゴムをわざと落とすなら可愛いもんだが、露骨に媚びを売る姿は見ていていいもんじゃない。そんな見え見えの作戦、すぐフラれるのがオチだろう。

 そもそも、顔もわからない奴を探そうという事自体不自然だ。


「俺たちでよければ、力になるぜ。」


 そうそう、そうやって軽くあしらわれるのが・・・ってなんだって?


「ああ。人探しなんてお手の物さ。」


 バカな!モンクが、人助けなんて。喋る狐の方がまだ信じられるぞ。


 6人の後ろに回った。あと少し首を上に上げれば、この奇妙な来訪者の姿が見える。一体、どんな奴ならモンクに頼み事ができるというんだ。


「ありがとうございます。あっ私、まだ名前を言っていませんでしたね。」


 ソイツは素直にペコリと頭を下げて、そして…

「私、転校してきたエマ・シェルピンスキーといいます。」


 上げられた顔を見てようやく、俺は事態の全てを理解した。


 なぜ、モンクが固まったのか?なぜ、頼みをすんなり受け入れたのか?なぜ、楊花が慌てたのか?そしてなぜ今、俺まで固まったのか?

 そこにいたのが、神話から抜け出してきたのかと思うほど完璧な美少女だったからだ。

あなたがこの文章を読んでいるということは、私はもう書き終わっているのでしょう。

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