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珍妙異次元冒険譚

作者: 藤原有理

 「ABYSSDIVERアビスダイバー」。それは好奇心旺盛な有志によって設計され、宇宙中を旅し続けてきた宇宙船である。長い年月の中で、乗組員は世代交代を繰り返してきた。現在のメンバーは、リーダーのリラ、サブリーダーのラクシャ、そしてプリム、ギリアム、シオンの5名である。

 ここは会議室である。リラを始めとし、乗組員全員が席についていた。彼らは今日も新たな刺激と冒険の旅を求めて、次の目的地を決める為の会議を行っていた。


「さて、次の目的地の候補があれば挙げてくれ。」


リラが全員に問いかける。


「とはいっても俺たち、殆どの銀河文明、惑星を行きつくしたからなぁ。」


プリムがぼそりと呟いて肩を竦めて苦笑した。


「うむ…。」


ラクシャは重々しい口調で頷く。言われてみたらそうだ、と他の乗組員達も口々に囁きながらお互いに顔を見合わせた。


「リーダーはどうする?」


そう言うとラクシャは、リラの顔色を窺った。

 リラは端正な顔を顰めると、ため息をつき、重々しい口調で切り出した。


「この宇宙で我々が行くべき場所はもう残されていない。そうとなると、この宇宙の外に出るしかないだろうな。」

「まさか、この宇宙に隣接すると言われている別の宇宙に出るという事!?」


乗組員のうちの一人のシオンが驚愕して若干上ずった声を上げた。


「うむ。」


リラは頷いた。

「噂はどこぞで聞いたことがあるが、実際に存在しているかどうかを確認できたものはこの宇宙に誰一人いないというではないか。」


ラクシャが肩を竦めた。


「だからこそ、我等が赴いて真偽を確認しに行く価値があるというものではないか。」


リラはそう答えると、鋭い眼光をギラリとさせて右の口角を微妙に上げた。


「異議のあるやつは手を挙げてくれ。」


ラクシャが全員を見渡して問いかけた。少々ざわつきはあったものの、誰一人と挙手した者はいなかった。


「なら、この宇宙の外に行くって事で決まりだな。」


リラは大きく頷いた。


「いや、待てよ。リーダー、ちょっと。」


突如、ギリアムが立ち上がって発言した。


「なんだ?」

「行かなかったのではなく、行けない訳があったのかもしれないって事さ。寧ろたどり着けない理由がどこかにあったのかもしれないって事なんだが。」

「ふむ…。」


リラはそう言われると、あごに手を当てて俯いて呻った。


「言われてみたらそうかもしれんな。この船の技術力でもってすれば、宇宙の境界をまっしぐらに目指していれば何世代かであっさり到達できた筈なんだ。我々以外にも、境界を見たくて目指したものはいるのかもしれない。だとしたら、たどり着けない理由はなんだ、空間の捻じれか何かのメカニズムが絡んでいるのか…。」

「地球って惑星の物理学者の一部の人が色々な形の宇宙があるかもしれないとか言ってたけど、それなんかなぁ?ほら、あれだ。宇宙は球体とは限らなくてドーナツ型かもしれないし、穴が2つ以上あいた物体かもしれないし、いろんな形が有り得るっていう。紐なんとか理論って言ってたねぇ。宇宙の形が変な形してたら、我々の船の技術では行きたくても行けない領域がでてくるかもしれないし。」


プリムはおちゃらけた口調で、某惑星の謎の理論について語り始めた。


「そりゃ、地球って惑星の人たちには申し訳ないけど、あくまで地球からみた宇宙の描像じゃねえのか?それは兎も角、宇宙の中身の問題もあるかもしれないぞ。」


シオンが意味深に返した。それに対してリラは心あたりがあるかのように低く唸りながら考え込む。


「中身…か。ふむ………。」


 一呼吸おいてから、リラは確認するようにシオンに問い直した。


「つまりは我々の宇宙で通用していた事が、全く通用しない世界である可能性があるという事だな?」

「ええ、あくまで可能性の話ですけどね。概念そのものが異なった場合は、分子や原子間を繋ぎとめる力の定義すら異なるかもしれませんし。そうしたら、別の宇宙では我々という生き物が存在できずに消滅する可能性もでてきますし。あくまで仮説ですけど。」


シオンはリラの問いに対して返した。


「なるほど。概念そのものを固定しておかねば我々が宇宙の外に存在できない、という話になる訳か。」

再びリラは顎に手を当てて何やら考え込む。

「概念を固定…。そういえば、かつて訪れた事のある銀河文明に用途不明なアーティファクトが眠っていたのを思い出した。」


リラはぼそりと呟いた。


「ああ、そんなのがあったっけな。古代文明由来の何かが発掘されて保存はしておいたものの、存在意義が不明すぎって言ってたっけ。何のために設計されて、誰が使用したかすら不明。使用されたかどうかすら不明な装置だよな?」


プリムが両手を打ちあわせた。


「ヘンピー星雲の第4946恒星系惑星カイナでしたっけ。まあ、戻って政府関係者に話をつけて譲ってもらうしかなさそうですね。」


プリムの発言を受けて、ラクシャが頷いた。


「まあ、俺が予め話つけとくわ。」


ギリアムは通信装置に向かった。そして何やら交信を始めた。リラは頷いた。


「よろしく頼む。では、我々は惑星カイナに向かう事にしよう。」


一同は、概念固定のアーティファクトを求めてひとまず辺境惑星カイナに向かった。


 惑星カイナの政府関係者はあっさりと、しかも快く遺物を譲渡してくれた。アーティファクト発掘以来、長きにわたって現地の研究者が調べつくしたものの、何の進展も得られなかったそうだ。そこでこれを外の宇宙に持ち出すことで何かの変化が得られるかもしれないという事で、研究成果を取引の条件として件のアーティファクトを譲り受ける事が出来たのだった。


 かくして宇宙船ABYSSDIVERは宇宙の境界線を目指して再出発を試みた。通り過ぎる銀河系は全て彼らにとって既知の宇宙文明であり、真新しいものは何一つなかった。だが、これから待ち受ける旅は未知の領域である。宇宙の境界線に近づくにつれ、乗組員一同は好奇心の炎でその身を燃え上がらせていたのだった。


「さて、これから先は全くもって何が起こるか分からない。今のうちに概念固定をしておくことにしよう。」


リラはアーティファクトの起動を促した。それを受けてギリアムはアーティファクトの起動スイッチを押下した。

 この概念固定アーティファクトだが、惑星カイナの考古学博物館に展示されていた間は何の変化も起きず、スイッチを押してもうんともすんとも動かなかった代物である。長い年月を経て故障して使い物にならないと思われてきたが、いとも簡単にギリアムの手によって修復されて起動するようになっていた。

 アーティファクトを使用し、乗組員を含む船内の生き物全て、そして宇宙船そのものから、思いつく限りの概念を登録し、概念固定の作業を完了させた。

 そして彼らはついに宇宙の境界線に到達した。一歩踏み出せば、そこから未知の領域である。リラは操縦室からモニター画面を通じて皆に呼びかけを行った。


「今から境界線を突破する。皆、覚悟は良いか?」

「YESSIR!!!」


各自はそれぞれの持ち場より意気揚々と合図を送った。

 宇宙船は境界面に接触した。慣性にて船の本体は前進をつづけ、境界面を通過し、その姿はどんどんと、前方に広がる虚無の空間に飲み込まれていくかのように見えた。そして、宇宙船ABYSSDIVERは、これまでそれが存在していた宇宙から完全に姿を消したのだった。


 宇宙船を迎え入れた先は、虚無の空間だった。一切の概念という概念を相殺する空間でもあり、その先に続く別の世界への繋ぎ目でもあった。宇宙から宇宙を繋ぐこの虚無の空間は、地球という惑星におけるワームホール的な意味合いなのかもしれない。しかし、彼らの文明における理論では記述ができない、一切の常識が成り立たない空間でもあった。何故なら、概念という概念がそこでは相殺されてしまうからだ。

 一方で、メカニズムはいざ知らず、概念固定のアーティファクトの作用によって宇宙船ABYSSDIVER本体、そして船内の装置や器具、食料なども無事に形を留め、機能もしていた。船内の乗組員を含め、実験用に飼育されている生き物達も依然と変わらぬ姿形を留めた上で、体質が変わることも無く、無事に生命活動を維持し続けていた。彼らの旅は順調であるかのように思われた。まさかの想定外のアクシデントに見舞われようとは誰も疑ってはいなかった。船が推進力を失い急停止するまでは。

 船内を襲った衝撃。慣性の法則により、彼らは急停止した船の中で進行方向に押されるような衝撃を受けて慌てふためいた。どうやら隣接する別宇宙内部へ突っ込んだ瞬間に、とある概念の欠落によって船が推進力を得られなくなった結果のようだ。ここにきて、まさかの考慮漏れである。その欠落した概念とは…………宇宙船そのものを動かしているエネルギー源そのものであった。


「しまった!なんという失態!何が宇宙船を動かすエネルギー源かの定義が変わってしまったのだよ、ここでは!」


ラクシャが頭を抱えた。


「何か代替え案はないのか。定義が変わってしまったのなら、手あたり次第試すしかなかろう。」


リラはパニックになる乗組員に対し、冷静に言い放った。乗組員たちは平静さを取り戻し、推進力の代替えについて試行錯誤し始めた。


「元の宇宙では、石油などの化石燃料は燃えてエネルギーを供給するものとされてるけど、どうだろう。うちの船ではそんな原始的な原動力ではないけど…念のために試す?」


プリムが、資材置き場からどこぞの惑星で入手した化石燃料を何種類か持ってきた。ギリアムが機関室であれこれ試すが、船のエンジンは止まったままである。


「ひょっとしたら、あらゆる概念が我々の常識から外れているのかもだぜ。水は火を消すものだし燃えもしないけど、ここでは水が燃える世界かもしれない。」


そう言うとシオンは水の入ったタンクを機関室に持ってくる。だが、水はここでも燃料という概念ではなかった。それからも、乗組員たちは知恵を絞り、アイデアを出し合い、様々な方法を試した。


「音とか何か振動か?これも違ったか。摩擦か?ダメだ。」


ギリアムはメインエンジンの前でスパナどうしを叩き合わせて音をだしたり、それらをこすり合わせたりしたが無駄に終わった。

 それぞれが難儀して頭を抱えていると、「ン~!ンンー!」と押し殺したかのような生き物の鳴き声が聞こえてきた。


「おや、“あいつら”が呼んでるみたいだけど。俺見てくるわ。」


シオンは慌てて動物の飼育エリアに走って行った。


 彼が飼育エリアに入ると、細長い謎の生き物が5匹、腹を減らしてケージ越しに歩み寄ってきた。半分寝ているような寝ぼけ眼のアルパカに似た、脱力系で癒し系の顔立ちに、細長い胴体、そして4本の脚を持った生き物だ。全身はモフモフした柔らかな純白の体毛に覆われている。ハグしたらオキシトシンホルモンが全身から迸りそうな程の、柔らかな触り心地が特徴である。彼らは「プープープー」と呼ばれる生き物で、惑星カイナに立ち寄った時にシオンが気に入って購入した動物だ。カイナの住民によると、プープープーはその惑星の古代種らしく、太古の昔から存在していた化石のような生き物とのこと。人懐こく過酷な環境下にも強く、環境の変化にも対応するタフな種らしい。


「ン~!ン~!ンム~!ンァ~ン!」

「ンァ~ンァ~ン~ンンン~!」


彼らはシオンの顔を見ると、口々に鳴きながら短い尻尾をぱたぱた振って長い首をぐいっと伸ばして餌をねだった。


「よーしよしよし!ごめんなー。いま餌やるからなー。」


シオンが固形の餌をトレイに入れてプープープーのいるケージの中に置いた。彼らは激しく尻尾をパタパタ動かしながら、嬉しそうに餌を頬張った。


「本当こいつら可愛いなぁ。癒されるなぁ…………。」


バフッ!!!バフバフッ!!!プヒーーーーッ!ブボッ!!!

ぷすー!プププププスー―――ッ!プヒュッ!ブボァ!!!

ププププーーーーッ!プリプリプヒューーーーーッ!プヒッ!

ブリブリブー!バフッ!プヒュプヒュプ――――!!!

プリプリプー!ププー!プっプっプっププププ―――――!


「そう、これさえなければ、だけどね。」


シオンは苦笑した。このプープープーだが、放屁の頻度と排泄ガス量が桁違いに大きいのも特徴である。名前の由来はまさしく彼らの放屁特性からきていた。


「うっ、くさッ!!!」


 シオンは逃げるように飼育エリアから立ち去った。乗組員用のエリアに通じる区画隔離用ドアを開けた瞬間、プープープーの放屁ガスの圧により、彼は半ば押し出されるように前方になだれ込んだ。


「シオン、どうした。ウッ、くさっ!」

「げほげほっ!くさッ!」


逃げるように機関室に駆け込むシオンの後を追って侵入してきた放屁ガスは、その場に居合わせたギリアムとプリムをも容赦なく襲った。


「プープープーはこれさえなければ文句なしに可愛いんだけどなぁ~。」


プリムが肩を竦めた。


「ゲホゲホっ!同感だな。」


ギリアムもむせながら苦笑した。

その時だった。突如、メインエンジンが動き出したのだ。三人は顔を見合わせた。


「まさかと思うんだけど、屁か?屁で動いたのか?」


プリムが素っ頓狂な声を挙げた。


「いや、まさかな。そういえば屁の主成分ってなんだっけ。水蒸気とメタンか?」


ギリアムが首を傾げる。


「そういや、化石燃料試した時、メタンって試したっけ?」


シオンが思い出したかのようにギリアムに問うた。


「いや、やってなかったかな。ちょっと試すか。」


残念ながら、結果はNOだった。メタン単品では動かないらしい。エンジンはすぐに止まってしまった。再び三人は顔を見合わせた。

 そこへ、操縦室よりリラとラクシャが降りてきた。エンジンの動きに気付いた為だ。


「おいどうした。先ほどエンジンがほんの一瞬だけ動いたようなのだが。」

リラが駆けつけるや否や、身を乗り出すようにメインエンジンを覗き込んだ。

「君たち何を試したらそうなったんだ?」


ラクシャも続いて駆け込むや否や、彼らに問うた。


「それが…よくわからないっすよ。」

「な。」


プリムとギリアムが顔を見合わせた。


「なにを試したというよりは、俺はプープープーに餌やってきたんですけどね。あやつらの屁が凄まじいのでここに逃げ込んできたんですよ。そしたら一瞬だけ、前触れもなくエンジンが動いて、すぐ止まったんです。」


シオンはそういうと肩を竦めた。


「まさかとは思いますけど……。」


ぷう~~~~っ!!!


「あっ、すまん!すまんすまんすまん!失敬!」


今までの緊張状態が緩んだのが原因なのか、ラクシャが突如、一際高い音で大きな放屁をした。


「サブリーダー、緊張に弱いのと糞真面目だからなぁ。野郎だけの船だし気にしないでいいっすよ。はははっ!」


プリムが可笑しそうに笑った。


「そうだな。ラクシャはたまには肩の力抜いた方がいいぞ。」


リラが可笑しそうに笑った。


「肩の力が抜けないから、かわりにケツの筋肉が緩んだんですよ。」

「シオン!お前なッ!」


一同はお互いの顔を見合わせて可笑しそうに笑った。


ガタン!シュッシュッシュッ!!!

カシュン…。


刹那、再びエンジンが一瞬だけ動き、すぐに止まった。


「動いた、動いたぞ!」

「はて…これは一体………」


リラとラクシャが驚愕する一方で、ギリアムとプリム、シオンの三人は顔を見合わせた。


「まさかとは思うんだけど。まさかだよな?」

「いや、そうかもしれねーぞ。だってほら。」

「そうだよなぁ。さっきと共通する要因って言ったら。でも、まさかだろ?」

「じゃあ、それを確認しようぜ。シオン、飼育スペースのアレ、こっちまで流して来いよ。」


ギリアムが目で合図をした。


「おい、そこの三人。何をこそこそと…」


ラクシャが怪訝そうに三人を見やるが、シオンは踵を返してエンジンルームから出て行った。振り返りざまにリラとラクシャに敬礼する。


「すんません!ちょっと確認したい事があるんで!」


 シオンは程なくして戻ってきた。プープープーの飼育スペースから続く通路に沿った区画隔離用の扉を全て解放した状態で。時間差で、件の放屁ガスが彼らをふんわりと包み込みながらエンジンルームの奥の隙間に流れ込んでいった。乗組員たちが、その臭いに悶絶しながらむせたのは言うまでもない。だが、次の瞬間には奇跡が起きたのだった。エンジンが再び動き出した。先ほどのようにすぐ止まるのではなく、安定した動きを刻み始めたのだった。

 宇宙船ABYSSDIVERは、再び動き出した。未知の領域を、漆黒の闇をかきわけるように、着実に進み始めた。あまり認めたくはないが、この宇宙におけるエネルギーの定義は放屁ガスのようだ。実際にエンジンが放屁ガスによって動き出した訳だ。屁ガスに含まれる可燃性分でもなく、屁ガス成分を模した混合気体でもない。生き物の体から排泄された放屁ガスという定義をもって、エネルギーと見做されるのだ。


 未知の宇宙を彷徨う中で、宇宙船ABYSSDIVERは謎のパルス波を受信した。どうやら近くに銀河文明があるようだ。信号の出所を辿って、彼らは隣接する宇宙において初めての宇宙人と遭遇を果たした。この宇宙を旅していた交易船、ASSTARISKの乗組員達だった。宇宙船ABYSSDIVERの乗組員達が隣の宇宙から来たという事を知って、彼らは非常に驚くと同時に、心から歓待してくれた。


「君たち、よく生きてここまでたどり着けたものだ。隣の宇宙から来たという人には、未だかつて出会った事がないからね。もしよければ我々の拠点としている会社のある惑星があるが、立ち寄っていかないかね。」


 交易船の船長、ララボーはABYSSDIVERの乗組員達を彼らの惑星ナラオに招待した。ララボーは彼らの為に居住区の一角を無償で提供してくれ、ガイドもつけてくれた。彼らは、ララボーの好意に甘えて暫くの間この惑星に停泊する事にした。


 惑星ナラオの環境はリラたちの出身惑星フェアリーランドに類似していた。大気の構成も、窒素が約8割、酸素が約2割となっている為、彼らは特殊な宇宙服を装着する必要もなく外を出歩くことが出来た。食べものもフェアリーランドのものと近く、彼らの文明にあった概念も共通するものが多かった。エネルギー源が放屁ガスという事さえ抜かせば。

 ナラオはそんな訳で、彼らにとって居心地が良かったが、一つ致命的な問題点が存在した。トイレという設備がどこを探しても存在しないのだ。その為、用を足す時はわざわざ母船に戻らなくてはならないのだった。

 ある日の出来事だった。ララボーと会談中に便意を催したプリムは、うっかり人前で放屁をしてしまったのだった。すかしっ屁にしようと肛門括約筋を頑張って調整したものの、限界まで研ぎ澄まされた便意の前では何の足しにもならなかったらしい。小走りに、肛門括約筋に力を入れつつ走りゆく中、「ブッ」という割と大きな破裂音は、彼の努力と気配りの全てを台無しにしたのだった。しかし居合わせた異次元の民は、別の意味で彼の放屁に釘付けになった。


「君っ!!!なんで…なんで自力でエネルギーを生み出せるのだね!?!?」


ララボーは興奮気味に頬を紅潮させて、のしかかるようにプリムに迫った。


「いや、エネルギーって、その、えーと。ちょ…うんこ漏れるううううう!!!」


プリムは必死にララボーを振り切って母船のトイレに駆け込んでいった。

 そこで分かった事が幾つかあった。ナラオにはトイレを設置していないのではない。トイレという概念そのものが存在していないのだ。何故なら、ナラオに住む生き物たちは、知的生命体を含めて排泄行為を行わないからだった。よくよく見ると、その辺をわが物顔で闊歩している野良ヌコですら肛門がついていないのだ。排泄を行わないので肛門がついている必要性がないのだ。この惑星の生き物たちの腸内細菌は特殊で、摂取した食べ物全てを分解し、可燃性のガスに変えて呼気から排出している事が分かった。稀に体調不良で固形物を分解しきれずに消化不良物として嘔吐する事があるが、液状のドロドロスープという訳ではなく、ごろっとした黒光りする小石のような塊がぽろぽろと口から出てくるのだ。信じられないが、それは自分たちの住む宇宙におけるところの石炭そのものだった。しかし、石炭そのものの概念がこの宇宙では異なる為、燃焼する事はなく、特殊な生態系の消費活動によって惑星に必要な元素に還元されるだけの存在でしかなかった。彼らの呼気であるガスも同様な扱いだ。この地の植物が気孔から取り入れて、炭素固定をし、酸素を大気に排出するのに使われる程度だった。

 ララボー達によれば、彼らの住む宇宙はエネルギー枯渇問題に苛まされているという。ララボーの会社でも、残存する屁ガスを採掘場から掘り出しているが、枯渇するのは時間の問題だという。そこに、普通に消化やら排泄の一環として体内から屁を放出する別の宇宙から来たというABYSSDIVERの乗組員達が登場した訳だ。彼らは屁ガスを出すだけではなく大便もした。この大便だが、こちらの宇宙では滅多に手にはいらない、それは宝珠のような、超レアかつ超高級な代物なのだった。宇宙船の中のトイレに用を足している事を知ったララボーが、トイレの浄化槽の中身を高額で取引したいと申し出た時には、驚きのあまり、今まで乗組員にすら隠し通していたリラの地元訛りがうっかり滑って出てしまった程だった。


「かむへんかむへん!ララボーたん、わすらに良ぐしてくれもふ……あっ、……色々とお世話になった訳だし、私どもにとってはこれらはただの排泄物でしかなく、とっても恥ずかしい代物。しかし、こんなので喜んで頂ければ無償で差し上げよう。」


 ララボー達は殊の外喜んでくれた。そして、可能であればリラたちに永住してほしい旨を申し出た。生きているだけで資源を無尽蔵に生み出せる隣の宇宙の住人達は、ナラオの民にとっては至宝の如き存在だったからだ。


「居住スペースも、食事も全て完備で、働かずにも賃金を払わせて頂くので、是非とも我らが宇宙のこの惑星ナラオに留まって頂けないだろうか。」

「せやけど………。」


 申し出は有難かったのと、永住の条件も一般的に考えたら相当魅力的な内容ではあった。しかしABYSSDIVERの乗組員たちは冒険者気質であったが為、ひとところに留まるという価値観を持ち合わせてはいなかった。


「条件も申し分ないものばかりで有難い限りだ。しかし…我々としては好奇心を満たし続ける限り旅を続けたい。そして元の世界にも戻ってあわねばならない朋もいる。家族や恋人がおる者もいる。一方で、資源枯渇問題に向き合わなくてはならないあなた方に協力をして差し上げたい気持ちもある。だが、ご希望に沿えず誠に申し訳ない………。」

「いえいえ、こちらこそ無理を承知で不躾な事を言ってしまい、申し訳ない限りです。どうぞお気になさらず。」


 残念そうに肩を落とすララボー氏の姿を見て申し訳ない気分になった乗組員達だが、ふとある生き物の存在を思い出したのだった。その名は”プープープー”。餌を食うと激しく放屁をする、見た目と人懐こい性格が愛くるしいだけに非常に残念な生き物だ。彼らは、プープープーのつがいを一組、ララボー氏に譲る事にした。シオンは慎重にプープープーの健康状態をチェックしながら、最も健康で元気なものを選んで手綱をつけると愛おしそうに宇宙船から外に連れてきた。そして手綱をリーダーのリラに委ねる。好奇心旺盛なこの生き物は、長い首を前後左右に頻繁に動かして辺りをきょろきょろ見渡したり、首を上に真っすぐに上げて「ンアーン、ン、ン、ン、ンァ~!」と、遠吠えをしたり無邪気に動き回っている。ララボーは、初めて見る謎の生き物に釘付けだった。


「この生き物は………?」

「プープープーと呼ばれている動物だ。餌を食うと頻繁に放屁を行う珍獣だ。私どもはここに永住するわけにはいかないが、代わりに彼らを置いていくことにしよう。彼らがあなた方のお役に立てる事を心から祈っているよ。」

「そっ、そんな!!!とても貴重な生き物を……!!!あまりに…あまりにも素晴らしすぎて、何をお返ししたらよいのか思いつきませんが…!!!」


ララボーは興奮と驚愕と喜びのあまり無意識に激しくヘドバンしながら、リラの両手をがっしりと握ってブンブンと激しく握手を交わしながら言った。そして何か思い出したかのように小さく「あっ」と叫んだ。


「そうだ!!!私どもの宇宙文明ではありきたりなものが、ひょっとしたらあなた方の宇宙文明にとってお役に立てたり高価なものがあるかもしれません!!!思い当たるものを用意いたしますから、何卒数日間だけお待ちください!」

「お気遣いに感謝致します。」


リラは深々とお辞儀をした。そして、プープープーの手綱をララボーに委ねた。


「どうぞ、これを。可愛がってやってください。基本的に雑食ですが、干し草を与えると放屁量が増えます。たまに生の果物を与えてください。病気にかかりにくくなります。」

「お、おお!!!なんと愛くるしい………!!!」


 ララボーが手綱を握ると、プープープー達は状況を理解しているかのように彼の顔をじーっと見つめて「ンアーン、ンアーンアー」と口々に鳴いた。宜しく頼む、と言っているかのようだった。シオンは、プープープーの生態や扱い方、病気にかかったときの対処等を詳しく纏めた資料の予備をララボーに手渡した。


「こいつらの取り扱い説明書となります。人懐こくて賢い奴らなので、扱いは割と楽ですよ。」

「おお!これはこれは、ご親切に有難うございます!!!」


ララボーは取扱説明書をうやうやしく受け取ると、深々とお辞儀をした。


 数日後、旅立ちの日。ララボーは、ABYSSDIVERの停泊所まで使用人とともに挨拶に来た。謎の生き物のつがいを一組伴って。豪華絢爛な黄金の光を纏いつつも黒目がちで愛くるしいつぶらな瞳の猫のような羊のような顔立ちの毛足の長い動物だった。大型犬ほどの大きさである。勿論、肛門は存在していない。


「どうも、みなさん!この子たちをプープープーのお礼に差し上げます。皆様の旅のお供に連れて行ってください!」

「これは…忝い!有難く頂くとするよ。」


リラをはじめとし、乗組員一同深々と一礼して感謝の意を示した。

 ララボーによると、この黄金の動物は偶蹄目で、「モフモフキラリン」という種だそうだ。非常に知能は高く好奇心旺盛かつ食欲も旺盛で、活発な性格だという。愛玩動物として家庭でよく飼われているそうだ。体毛は、オスが金でメスは白金だという。雑食だが、たんぱく質を与えると毛並みが良くなるそうだ。前歯と犬歯がないので噛まれてもさほど痛くはないらしいが、やんちゃな性格で、スキンシップの一環として噛みついてくることが多いとのこと。もふもふで愛くるしい見た目によらず、猫パンチ一撃がヘヴィー級なので、じゃらして遊ぶ際は気を付けて欲しいとの説明も受けた。彼らの生態やしつけの方法などの記された説明書も受け取った。


「お前ら、今日からよろし・・・・・・ブホッ!!!」


 説明を受けた直後。彼らをてなづけようとしたシオンが挨拶代わりの軽い頭突きの洗礼を受け、数メートル後方に吹き飛ばされた。言わんこっちゃない、と皆は顔を見合わせて笑いながら肩を竦めた。

 その後、お互いに名残を惜しみながら挨拶を交わして別れた。宇宙船ABYSSDIVERはゆっくりと浮上した。ASSTARISKの乗組員一同、船が小さくなって見えなくなるまで手を振って彼らを見送っていた。


 リラたちは再び故郷に戻ることにした。先ずは宇宙の境界面の突破に備えて、惑星ナラオにて物々交換したり購入した物品や生き物達の概念固定を忘れずに行った。残った三匹のプープープーにたっぷりと餌をやり、放屁ガスによって宇宙船を進行させつづけた。好奇心旺盛すぎる彼らは、新しく来た珍獣たちの存在に興奮して、放屁に放屁をしまくった。その為、プープープーの個体数が減ったものの、放屁ガスの供給量は依然とさほど変わらずに済んだ。

 宇宙船ABYSSDIVERの乗組員たちは故郷であるフラワーパーク銀河団の中の辺境惑星フェアリーランドに到着し、旧友やら家族たちと暫しの間、安息の日々を送っていた。惑星ナラオで交換した珍獣モフモフキラリン達もすっかり新しい環境になじんだ。そして交配し、次第に個体数を増やしていった。

乗組員達が、そろそろ刺激を求めて隣の宇宙に散策の旅に出ようと考えていた矢先の事だった。突如、上空に謎の飛行物体が現れたのだった。細長く、黄金に輝くその謎の飛行物体は、地球という惑星のとある国の都心部に聳え立つビルの上に不自然に乗せられた謎の黄金のオブジェをそのまま切り取ったかのような形をしていた。

 しかし、ABYSSDIVERの乗組員達にとって、この飛行物体には見覚えがあるものだった。それは、間違いなく隣の宇宙で出会った宇宙船ASSTARISKだったからだ。何はともあれ、リラたちはララボー達と久々の再会を果たしたのだった。

 ABYSSDIVERの乗組員達やその家族たちは、総出で珍しい客人を手厚くもてなし、交流を深めた。

 ララボーによると、もともと宇宙船ASSTARISKはとある銀河文明で使われることなく眠っていた遺物を譲り受けたものとのことだ。通常の貿易船として使用していたが、用途が不明な謎の装置と、機能していないので封印されたままだった謎のエンジンが備わっていたようだ。謎の装置はどうやら、こちらでいうところの概念固定アーティファクトに対応する物のようだ。そしてララボー達にとっては謎のエンジンこそが、フリーエネルギーの概念で起動する、こちらの宇宙で使用できる仕組みのエンジンに相当するものだった。

 お互いの宇宙を行き来する方法が分かって以来、彼らは交易を始める事にした。それと同時に、それぞれの宇宙文明において冒険者の数が増え、お互いの宇宙を冒険しあうようにもなり、交流する機会が急速に増えて行った。


 幾星霜の時が流れ、宇宙船ABYSSDIVERの乗組員も、何度も世代交代を繰り返していった。現在はリーダーのエルを始めとし、サブリーダーのカタリナ。そして研究員や整備担当等としてロックブーケ、サクラ、レナ、といったメンバー構成だ。

 複数の宇宙を股にかけて好奇心の赴くままに数多の冒険を繰り返してきた彼らだったが、致命的な問題と向き合わざるを得ない状況に陥っていた。まさに、彼らがこれ以上旅を続ける事は不可能な状況下にあった。


「リーダー!もう残存エネルギー量がありません!予備のエネルギータンクですら、長時間は持ちこたえません!このまま最寄りの惑星に降下するしか……!どうされましょう!?」


 制御室からモニター越しに、ロックブーケの緊迫した声が届く。エルとカタリナは重苦しい表情で肩を竦めてからお互いに顔を見合わせた。


「もはや、我等もこれまでか。冒険に終止符を打たねばならないようだな。」


ため息交じりに言うと、エルは肩を落とした。


「ああ、いた仕方あるまい。近辺に銀河文明のある惑星はないだろうか?」


カタリナは周囲の惑星の状況をサーチし始めた。


「あったぞ、リーダー。ここしかあるまいな。」

「ふむ……。惑星カイドナ、か。辺境すぎて名前すら知らなかったが。決まりだな。」


エルは苦笑しながら頷くと、制御室に向けて通信を取った。


「ああ、そうしよう。先ほど調べてもらったところ、ここから前方に2.5万光年先に惑星カイドナがある。残存エネルギー量もなんとかここまでなら持つのではないだろうか。念のため、調べてみてくれ。」

「了解しました!」


制御室からほどなく返信が来た。


「リーダー!大丈夫です、行けます!」

「分かった、有難う。では、惑星カイドナに向けて出発だ!」

「はい!」

 

 リラを始めとする一行が隣の宇宙を発見してから幾星霜、隣の宇宙との交流も深まり、互いの宇宙文明は豊かなものになっていくと思われていた。しかし、そうではなかったのである。互いの宇宙内を定義し、構築していた様々な概念は本来交わる事はなかった。しかしこれらが交わり相互作用をしていく中で、互いの宇宙の概念は徐々に変容していったのだった。

 リラ達の活躍していた当初の宇宙文明は、フリーエネルギーという概念によって成り立っていた。しかし、今やフリーエネルギーという概念そのものが、この宇宙からは完全に消え去っていた。

 概念が完全に変り果て、人々の価値観や生活スタイルも変わりゆく中で、人々の肉体にも大きな変化が起きていた。腸内細菌の変容によって食べ物をガスとして呼気で排泄したり、残りを石油たる尿として排泄する体になった生き物たちは、排便の必要性がなくなった事より肛門を次第に退化させていったのだ。結果的には、彼らの体より肛門という器官が消失したのである。

 かつて生息していたプープープー種も、この宇宙の概念の元では生息できなくなり、絶滅してしまった。このような種がいたという記憶すら、彼らの宇宙より消えてから久しい時が経っていた。

皮肉なことに、現在の彼らのエネルギー源は放屁ガスなのだった。古代の生き物たちの放屁ガスが特殊な相互作用のもとで結晶化したものが最もメジャーなエネルギー資源として使用されていた。

 しかし、肛門を持たなくなって放屁をする生き物たちが居なくなったこの宇宙において、エネルギー資源を生産する術が永遠に失われたのである。人々は、深刻なエネルギー枯渇問題に直面していたのだった。そして、僅かに残された資源を細々と使いながら最後の時を静かに迎えようとしていたのだった。ABYSSDIVERの乗組員達も、決して例外ではなかったのである。


 かくして宇宙船ABYSSDIVERは惑星カイドナに着地した。滅多に来客のなかったカイドナでは、野次馬達が押し合い圧し合いしながら物珍しさに押し寄せてきた。

 エルたちは、住人たちに訳を話して居住の許可を求めた。彼らは快く乗組員達を受け入れてくれ、空き家に案内してくれた。生活に必要な物資も無償で分け与えてくれたのだった。

 ABYSSDIVERの乗組員達は、もはやこの地に骨を埋める覚悟でいた。職を探し、賃金を得ては恩を受けた住人たちに少しずつ返済していった。そして、この地のライフスタイルにもすっかり馴染み、完全にカイドナの民と同化していた。

 「屁の理論」を用いた屁力発電にがっつり依存した銀河文明は、エネルギー源である屁結晶や放屁ガスが完全に枯渇すると次々に滅びていった。しかし幸いにも、この惑星カイドナはアナログ型の文明だった。屁力発電には頼らず、手動で動かす道具やカラクリの道具を使用していた。

 元・乗組員達が旅を止めてから、何十年もの歳月が流れて行った。かつて宇宙内外を冒険し続けた宇宙船ABYSSDIVERは塵と埃に塗れて埋もれかけて遺物と化していた。

 一方で、元・乗組員達はというと。サクラとレナは二人で起業し、農園を営んでいた。エルとカタリナはかつての宇宙船乗組員時代に培った知識と技術を生かして製造業の会社に勤務し、カラクリ開発やら生活支援ツールの開発を行っていた。ロックブーケはというと、博物館の館長に就任していた。

 彼らは休暇になると、時折集まってお茶をした。彼らは歳を重ね、昔の思い出話に浸ることが多くなった。そんな中で、ふと宇宙船ABYSSDIVERの話になったのだった。


「もう、あの時は本当に怖かったんですよ!墜落するんじゃないかって思ったもん。」


サクラが鼻息を荒くしながら、宇宙船が初めてカイドナに着地した時の事を語った。


「ほんとですよ。ガブリンたちが大騒ぎするし、他の生き物たちもつられてパニックになって、なだめるのが大変でしたよ。特にモフボン。ただでさえ食欲旺盛なのに、興奮してガブリン用の餌も食べちゃって喧嘩になっちゃって。」


当時、動物飼育担当だったレナがしみじみと語った。


「あったあった。ガブリンはソーセージしか食べないっていうのに、モフボンがそれを全部たべちゃったんだよね。思えば色々な出来事があったなぁ。」


サクラが感傷に浸ってため息を漏らした。


「その宇宙船も今や………。」


当時のリーダーだったエルが深いため息をついた。


「あれだけの最新鋭の技術力を注ぎこんだ船はないだろうよ。しかし二度と動く事はない…。なんだか切ない話だ。我々が外宇宙にまで旅した事が夢か幻に思えてきたさ。」


カタリナが苦笑して肩を竦めた。

 そこに、ロックブーケが思い出したかのように話題を切り出した。


「あのさ、それなんだけど。宇宙船。うちの博物館の展示物にさせてもらえないだろうかって話がでてるんですよ。使う事はないけど、いや、できないけど、せめてどんな技術がかつて存在していたか、何がどんな役目の装置だったか、くらいの説明を付して一般公開したいんですよね。絶対、ここの人たち興味持ってくれると思いますよ。」


一同は息を呑んだ。


「それだ!それは良いアイデアだ!」


エルが興奮して声を荒げた。他のメンバーもこくこく、と頷いて同意する。


「あたいらも準備とか手伝うからさ!」


サクラが力強く言った。


「うんうん!当時飼っていた生き物達の資料も提供するから言ってね!」

「私も、勿論協力するぞ。何なりと声をかけてくれ。」

「前リーダーから引き継いだ資料も全て提供しよう。若しくは、必要な個所だけ伝えてくれれば適度にまとめるくらいはできよう。」


皆の申し出に、ロックブーケは嬉しそうに頬を紅潮させた。


「ありがとう!ありがとう、みんな!」


エルは力強く頷いた。


「よし、決まりだな。さて…“館長”の成功を祈って乾杯するか。」


 彼らはめいめいのグラスに青ワインを注いだ。原材料となるブドゥという果物は、サクラとレナの農場でも生産して材料提供をしていた。真っ青な実を実らせる青ブドゥからは真っ青なワインである「青ワイン」が作られた。青い色素に入っているアオフェノールが消耗した松果体を癒してくれる効果がある為、サイキッカー達に人気の商品だ。元・リーダーの音頭で乾杯をすると、一同はワインを飲み干した。


 一方、宇宙のとある辺境惑星ウンポにて。ここはかつてウン鉱石が豊富に埋蔵されており、屁力発電に依存した銀河文明が栄華を極めていた場所だった。ウン鉱石は、屁結晶よりも屁力エネルギーがはるかに濃密なため、少量でも莫大なエネルギーを取り出すことができたのだった。そのウン鉱石も、もはや埋蔵量が底を尽きかけており、ウンポの民は今にも落下しそうな線香花火の火の玉のごとく細々と暮らしていた。既に滅亡した屁力エネルギー依存の文明同様の末路を辿るのは時間の問題だった。この文明も風前の灯火なのである。

 そんな中、ウンポ宇宙開発センターでは、研究者たちが今日も変わらず成果の上がらない研究を続けていた。かつては宇宙中を駆け巡ってあらゆる銀河の調査で活躍していた宇宙船UNCOはもはや二度と打ち上げられる事はなかった。打ち上げに必要な量の資源が調達できないからだ。ウン鉱石の埋蔵量も、屁結晶の埋蔵量も底を尽きている。一般市民の生命維持設備の運用に回すのが最優先となっていたが、これですら枯渇は時間の問題であった。

 センター長のプーリは、通信機をぼんやりと見ていた。共同研究をしていた民間宇宙船、ABYSSDIVERからの通信が途絶えて久しい。それ以外の銀河文明からも、通信が入らなくなった。他人事ではないな、とプーリはぼんやりと考えた。いずれは我々も同じ運命をたどるのだろう、と。研究に必要な資源もない。動かせなくなった設備も数多。にも拘わらず、我々が研究所に通っている意味がどこにあるのだろうか。プーリは埃っぽい天井を見上げて力なく笑った。

 そこに若手の研究員が血相を変えて駆け込んできた。


「センター長!大変です!センター長!こっちに来てください!!!」

「うむ、どうかしたのか?」


半ばかったるそうに返答する彼は、この直後に目を覚ますようなニュースを耳にすることになる。


「宇宙船が!宇宙船の反応が3万光年ほど上方より!!!」

「なんだと!?一体どこから現れたというのだ…」


 宇宙センターの発着場に、見知らぬ宇宙船が着地した。中から知的生命体と思われる生物がぞろぞろと現れた。見た目は惑星ウンポの人類と変わらないようだ。彼らの代表格と思われる人物が、外で出迎えた研究所のスタッフに語り掛けた。


「我々は隣の宇宙から来た。暫くここに停泊させて頂きたいのだが、代表者はいらっしゃるかな?」


          完


異なる宇宙を旅するとかいうと…ちょっち、エデンズゼロと被るところがあるんですけどね。しかし物理屋さんの視点から色々と考えた結果、異なる宇宙をまたぐって事は、その際に何かリスクを伴うんじゃないのかなーと。その辺の設定を色々考えてSFに落とし込んでみました!

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