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僕は騎士様の乗り物  作者: 昼歩
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 ウェンズデイは一兎の元の肉体、つまり一兎の死体(あの怪物の死体でもある)に石を積み上げ、簡易な埋葬を行った。

 両立スタンドによって自立した自転車の一兎は、その様子をただ眺めていた。自分の死体が石によって覆い隠されていくのを見るのは、何とも言えない不思議な光景だった。相変わらず死んでしまった実感は薄く、一兎自身は意外なほどあっさりとした気分だった。


 埋葬の最後にウェンズデイは墓の前で跪いて祈りを捧げる。月が照らす夜に祈るウェンズデイの姿は、まさに聖女といった雰囲気だった。


 あの……ウェンズデイさん、聞きたい事がいっぱいあるんですが。


 祈りを終えて立ち上がったウェンズデイに、一兎は恐る恐る話しかける。


「……少し場所を変えようか。それから話をしよう。もう一度確認するが、君はやはり自分の意志では身動きできないんだね?」


 ウェンズデイは自転車の一兎の方を向いてそう言った。一兎はその質問に肯定の意思を示す。自分の体が自転車になっている、という奇妙な自覚はあるのだが、その体を自由に動かすことはできなかった。両立スタンドで自立するのも、ウェンズデイの手を借りなければいけなかったのだ。


「ふむ、そうか。それでは私が君を押して行こう。この後の車輪の仕掛けをまた倒せばいいんだったね」


 ウェンズデイはそう言ってスタンドを倒すと、ハンドルを握り、自転車となった一兎を押していく。

 少しずつ遠ざかっていく自らの墓が、夜の闇に消えていくのを一兎は見送った。


 それから二人はしばらくの間、月明かりが照らす夜の荒野を無言で歩いた。

 相変わらず他の生き物の気配はない。死んだような乾いた大地を歩いていると、一兎は寂しいような、息苦しいような気分になった。

 やがて、ウェンズデイは足を止める。


「このあたりにしようか」


 そう言ってウェンズデイは一兎の自転車スタンドを立てる。

 それからウェンズデイは囁きながら、何かを描くように右手を軽く振るった。すると魔法のように中空から水が湧き出し、玉のように丸く集まって宙に浮かんだ。その水の玉がゆっくりと大きさを増しながらフワフワと浮き上がっていく。

 やがてその水の玉は三メートルほど浮かび上がると、ブルブルと震え出し、そしてパッとドーム状に飛び散って、ウェンズデイ達を中心とした半径数メートルの円を描くように滴り落ちていった。

 まさに魔法としか言いようがないそんな現象が、一兎の目の前で起こったのだ。


「そう、今のは私の水の魔法で、聖水を周囲に撒いて結界を張ったんだ。これで邪悪な者どもはしばらく近づいてはこれないだろう。君は魔法という概念は知っているようだが、直接目にするのは初めてのようだね」


 ウェンズデイは魔法がさもあたり前に存在するようにそう言った。


「なるほど、君は『魔法が存在しない』とされている世界から来たのか。興味深い。ちなみに、私の剣もこうやって魔法で作り出すんだ」


 そう言ってウェンズデイは右手をかざすと、その手に細身の剣が現れた。ウェンズデイはその魔法の剣を持ったまま、すぐ近くにある立ち枯れた小さな木の元へと向かう。


「はあっ!」


 気合いのこもった声を吐くと、ウェンズデイは目にも止まらぬスピードで剣を何度も振るった。そして再びウェンズデイが右手をかざすと水の剣は消滅し、同時にさっきまで立っていた枯れ木が均等な長さで切断されて地面に降り積もっていった。すさまじいほどの剣の腕だった。


 ウェンズデイは剣技で分断した枯れ木を集めると、それを使って焚き火を起こし始める。そのテキパキとした様子から、こういった野営に慣れていることがうかがえた。

 ぼんやりと燃える焚き火を中心に、自転車の一兎とマント姿の旅人ウェンズデイが向かい合う。

 夜の荒野には奇妙なほどの静寂が広がっていた。相変わらず空は雲ひとつないのに、どこかどんよりとしていて、たき火がはぜる音も何故かくぐもって響いた。


「さて、どこから、何から話そうか……。知りたいことはいっぱいあるだろうが、まずは改めて自己紹介をしよう。私の名はウェンズデイ。マルゲディウスの最後の騎士だ」


 マントを羽織った女騎士はそう名乗って言葉を続ける。


「君は『いつ』からやってきた『誰』なんだ?」


 ウェンズデイのその質問に一兎は困惑する。

 自分の名前は丹羽 一兎だ。しかし、『どこからやってきた』ではなく『いつからやってきた』だって? 一兎はそう考える。


「ふむ、ニワ イットか。一兎と呼んでいいかな?」


 ウェンズデイは一兎の心を読んだようにそう言った。そのことに一兎は驚く。


「そう驚かなくてもいい。どうやら君、一兎と私の間には奇妙な繋がりが生まれているようだ。君の考えていることが私の頭の中に直接聞こえてきているんだよ」

(ためしに私から心の中で話しかけてみるが、聞こえるか一兎)


 ウェンズデイは口を動かしていないのに、その声が一兎の中で響いた。

 なるほど、テレパシー的なやつなのだろうか。しかし、心が読まれているというのは落ち着かない気分だった。


「とは言っても、一兎が考えていること全てが私にわかるわけでもないらしい。逆に私の心を読もうとしてもできないだろう?」


 ウェンズデイは再び声に出して語りかける。

 確かに。しっかりとした眼差しで見つめてくるウェンズデイの心の内は、一兎には読めなかった。


「やはりある程度念じたり、感情が動いたりしないと通じないようだな。この奇妙な繋がりのせいか、私と一兎はお互いの言語の壁を越えて意思疎通ができるようになっている、と考えられるだろう」


 最初出会った時は分からなかったウェンズデイの言葉が、自転車になってしまってからは一兎にも分かるようになっていた。その仕組みがなんとなく掴めてきた。


「どうして私と君の意識に繋がりがあるのか、どうして君がその乗り物なってしまったのか。君も気になっているだろうが、残念ながら私にもそれはわからない。一旦その疑問は置いておくとしよう」


 ウェンズデイはそう言って新たな薪を火の中に加えた。


「さて、君は『いつからやってきたか?』という質問に困惑した様子だったが、それも無理はない。君は時間がまだ正常だった世界から、時を超えてこの世界に呼び寄せられたんだよ」


 少し遠い目をしてウェンズデイは一兎を見る。


「ここは時の最果て。全ての時間がたどり着く終焉の未来。時間すらも死にかけている場所だ」


 そして、ウェンズデイは語り始めた。この世界は終わりを迎えようとしているのだと。

 永遠に思える長い時間が過ぎ去り、規則正しい筈の時間が少しずつ狂い始めていた。歯車が狂った時計のように、この世界はだんだんと崩壊へと向かっている。

 大地は裂け、海は干上がり、空が落ちてくる。そして邪悪な存在が次々と深淵からやってきているのだと。

 ウェンズデイはそんな壊れかけの世界を『再起動』させる旅をしている、と言った。


 《世界が終わろうとするとき、七人の旅人が七つの鍵を持って、世界を再起動させるべく中央世界に集うだろう》


「終末の預言書にはそう記されている。私はその旅人の一人で、七つの鍵の一つである『水の鎧』を身にまとい旅をしているんだ」


 ウェンズデイはそう言って立ち上がると、身体に巻いていたマントを脱ぎ捨て、水の鎧を一兎に見せた。


 露わになった水の鎧は……ハッキリ言えば……正直に言えば……なんだかエッチな鎧だった。


 籠手やすね当て、鉄靴は青白い清浄な輝きをしている、いわゆる普通の堅牢な鎧なのだが、それ以外の露出度がすごかった。

 胸当ての鎧は、一兎がいた世界ではビキニアーマーと言われているような感じのものに似ていて、とても防御力があるとは思えない造りになっていた。女騎士の引き締まった腹部は丸見えで、下半身には水で編まれたようなスケスケの前垂れがあった。蠱惑的な踊り子のようなその前垂れの奥に、ローライズの紐下着のような過激な鎧(?)が透けて見える。

 ウェンズデイの鍛えられた白くまぶしい身体と、たわわに実った大きなバストが惜しげもなく晒されていた。

 一兎の目がウェンズデイに釘付けにされる。


「この水の鎧の加護により、私は邪悪を祓う聖なる水の魔法を……って、あれ?」


 ウェンズデイは違和感を覚えたように首をかしげる。

 露出された自身の肌をペタペタと触り、そして気づく。


「きゃあああああああああああ!」


 女騎士はさっきまで歴戦の勇者のように落ち着いた雰囲気を纏っていたが、そのウェンズデイが初心な処女のように顔を真っ赤にし、悲鳴をあげて自らの身体を隠した。


「な、ななな、なんで!? 水の鎧が変化してる!」

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