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神水

 孤児院に立ち寄ってみると、子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。てっきり暗い雰囲気になっているのかと思ったのだが。

 目を丸くするヘルバを、オリーヴが笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、ヘルバ様」

「美味しそうなチョコレートを買って来たんです。よかったら子供たちにと思ったんですけど……」

「まあ……ありがとうございます。皆喜ぶと思います」

「……大丈夫ですか?」


 ヘルバが恐る恐る訊ねた時だった。たくさんの荷物を抱えた子供が孤児院の中に入って来た。


「今の子は近所に住んでいる子供です」

「何かいっぱい持ってましたね……」

「念のために今日は一日孤児院にいることになったのですけれど、それを知った子たちが先程のように買ったものを持って来てくれて……」

「よかったですねぇ」

「はい! なので、その子たちと一緒に小さなパーティーを開くことになりました。屋台の料理やお菓子、それとクリスティラの花びら入りのゼリーも用意しています」


 ゼリーが食べられる。羨ましい。食べたい。ヘルバはうずうずしたが、あくまで子供たちが楽しむためのパーティーなのだ。ゼリーを食べるという目的だけで自分が参加するのはよくない。

 ヘルバは「パーティー楽しんでくださいね」と、チョコレートを渡して孤児院を後にした。一応院内を回って毒の匂いがしないか確認してみたが、もう大丈夫だろう。

 院の入口には強面の兵士が二名見張りとして立っており、やって来た子供たちに「お菓子食べる?」と聞かれ、無表情で首を横に振っていた。ヘルバだったら元気に頷いてお菓子を貰っていた。




 さあ第二回戦だと気合を入れ直し、屋台巡りを再開しようとしていたヘルバは奇妙な光景を目撃した。

 白い紙で顔を隠した不審者達が人々に何かを手渡しているのだ。


(えぇ~何だあれ……)


 ヤバそうな連中だと判断してヘルバがその場から立ち去ろうとすると、「あっ、待ってください~!」と呼び止められてしまった。紙のせいで顔は分からないが、意外と若い声だった。


「はい! こちら今年の神水ですよ~!」


 手渡されたのは紙で作ったコップだった。その中には無色透明の水が入っている。

 どうやら彼らが青果店の奥さんの言っていた錬金術師なのだろう。コップを受け取った人々は、嬉しそうに頬を緩めている。


「………………」

「いや~今年も素晴らしい出来になったかと! あ、飲むのはまだ待ってくださいね。正午を知らせる鐘の音が鳴ったら……」


 ヘルバに話しかけていた錬金術師は、途中で言葉を止めた。

 ヘルバが貰ったばかりのコップを地面に投げ捨てたのだ。ばしゃん、と水音のあとに石畳の色が一部だけ濃くなった。


「え、あ、あの……ひゃっ!」


 困惑する錬金術師だったが、目の前にいる美少女に強く睨み付けられて思わず悲鳴を上げていた。まるで獰猛な魔物と対峙しているような迫力に、腰を抜かしてしまう。


「これのどこが神水よ?」


 桃色の唇の奥から発せられた声には、怒気が込められていた。


「し、神水です……一年お手入れをし続けた水の魔石から生み出した……」

「これは毒だ、馬鹿! こんなのを神水だって王都の人たちに配り歩いてるって冗談だろ!?」

「毒!? 何をおっしゃるんですか!? 聖なる水を毒呼ばわりなんて……!」


 その時、鐘の音が王都中に降り注いだ。この瞬間を待ち侘びていた人々が一斉に水を飲み始める。

 ヘルバの言葉を聞いていた者たちは、戸惑いながらコップに口を付けるか迷っていた。

 ヘルバが鋭い声で叫ぶ。


「その水を飲むな!! 毒の匂いがする!!」

「いい加減にしないか! ゴーニックの神水を冒涜するとは……」


 錬金術師たちがヘルバを制止しようとする。


 だが、その足元に空になったコップが転がってきて、彼らの動きが止まった。


「うぅ、ぐ……っ!?」


 老人が口元を押さえ、小刻みに震えている。連れ添っていた彼の妻が心配そうに声をかけるが、男は目を見開いた状態でその場に倒れ込んだ。


「ママ!? ママどうしたの!?」

「ぐっ、がぁ……」

「いき、息がくる、しぃ……」


 苦悶の表情で異変を訴える人々。彼らの足元には中身が入っていない紙のコップがあった。

 まだ水を飲んでいなかった者は、怯えた表情でコップを投げ捨てた。


「そ、そんな……そんなはずは……」

「これは何かの間違いです! 私が飲んでみますから……」


 錬金術師たちはその場に立ち尽くしていた。そのうちの一人が血相を変えて水を飲もうとするが、横から伸びてきた手によってコップを払い落されてしまう。

 手の主は烈火の如く憤るヘルバだった。


「だから飲むなよ!! これ以上治す人間増やされても困るんだけど!?」

「な、治すとは?」

「まずはあのおじいさんか……」


 質問に答えずヘルバは地面に横たわり、苦しそうに喉を掻き毟っている老人の下に駆け寄ると、彼に手を翳した。

 掌から溢れた白く温かな光が老人を照らす。

 すると、苦悶の表情を浮かべていた老人は、落ち着きを取り戻していった。


「く……苦しいのが収まった? 何だ、これは……」

「ふむふむ。解毒魔法なんて久しぶりに使ったけど、効いてよかった」


 魔法。ヘルバのその言葉に周囲がざわつくが、それを掻き消すように叫び声を上げる者がいた。


「あんた、聖女なのか!? だったら、うちの子を治してやってくれ!」

「私は聖女じゃ……ああ、もうそんなこと言ってる場合じゃないか」


 ヘルバは眉間に皺を寄せながら腕捲りをした。





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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく作品を読ませて頂いてます。これからアーヴィン様のデレが見れるのかと思うとにやけてしまいそうです(笑)妹ちゃんも健気で可愛いですね。ヘルバちゃんの拳が唸るのも楽しみにしています!強い(笑…
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