12話
その後しばらく経ってお開きとなった。
席を立ち店を出る間際、橘は「ホントはお礼にコーヒーを奢るだけのつもりが、個人的なつまらない話を聞かせてしまってごめんなさい」と言っていたが、ノー問題である。
俺がそう告げると、「そう........なら良かったわ」と言ってまた不意に軽く微笑んできたので、何故か少し気恥ずかしい気持ちになった。普段橘の笑顔なんて見るこがない、というより笑うなんて想像出来なかった人物の笑顔が新鮮で若干照れてむず痒くなったのかもしれない。
照れを隠くすように顔を少し背けて「いえいえ」と言った俺はお互い帰る準備が出来ているのを確認した後、先に歩きつつマスターに軽く会釈をして、店を出た。
店を出た後、橘の「駅まで行きましょうか」という声を合図にして並ぶようにして歩いた俺達は先程降りた駅に着く。お互い乗る電車が違うのでここでお別れだ。
別れ際俺が橘にコーヒーのお礼を言えば、橘は「こちらこそ」と返してくる。お互いまた明日と言い合って解散した。
「ただいまー」
そう言うと母親のお帰りなさいの返事が返ってくる。
包丁とまな板の音が聞こえてくるから今は晩御飯の支度でもしているのだろう。
手洗いとうがいを済ませた後、水を飲みに冷蔵庫に向かう。
コップに水を注いでいると、ご飯を作る手を止めず、視線は包丁を握る手と具材に向けたまま母親が話しかけてきた。
「景生にしては遅い帰りね?しかもこう短い期間に二回もなんて珍しい…寄り道?」
母親がそう言うのも無理ない。基本的に学校が終わったら普段何となく話すクラスメイトや去年のクラスメイトからの放課後の誘いもほぼ全て断り、直帰してる俺は常に帰宅時間が早い。
何なら毎日如何に早く家に帰れるかワクワクさんしてる身である。
まぁ、早く帰ったからといって特にやる事はないのだが……
敢えて云うなら、その時思いついた事をダラダラする。これが何とも至福の時間なのだ。
そんな俺がこんな短期間に二度も普段より帰りが遅いとなると気にもなるだろう。
「ん〜?まぁね」
こと具に話すのも面倒なので適当に返事をする。
そんなペラペラ話す程の事でもない。
そんな俺の空返事を聞いた母親は
「まぁ、羽目外さないなら何だっていいけどもね」とだけ言ってそれ以降黙々と料理を作ることに集中している。
聞いてみたものの実際俺が何をどうこうしてるかについては然程興味はないらしい。
もう話は終わったと判断した俺は水を飲みほし自分の部屋に向かうのに二階に移動した。
俺が二階に着き、自分の部屋の前まで到着すると、すれ違う様に妹が自室から出てくるところでばったり鉢合わせた。
「あ……」とだけ言ってこちらを見てくる。
普段は無愛想にすぐ通り過ぎて行くのに珍しいことがあるもんだ。
「何、どした」
「……いや、なにも」
俺の問いかけにはしっかり無愛想100万点で返してくれる妹はそれだけ言って俺の横を通り過ぎ、一階へと下がっていった。
昔はお兄ちゃん、お兄ちゃんとピクミンの様に俺の後ろに引っ付いていた妹も今や立派な思春期。俺と距離が空いたことで引っこ抜かれて、投げられて、ほっとかれることもなくなった。
いや、引っこ抜いたことも投げたこともないんだけども…。まぁ、いいか
宿題等々やるべきことをすればもういい時間になっていた。
漫画をとか読んでもいいが…寝るとしますかね。
いつもより若干早いが床に着くことに決めた。
ベッドの上で布団に包まり、ふと今日あの喫茶店で橘と会話したあの時間を思い出していた。
意外と橘は喋るんだな
存外表情あるんだなとかそんなことを。
無表情と愛想笑いしか見たことがなかった自分には新鮮だった。
これまで普段の自分と橘との関係だったら知り得ないことだ。
人を寄せ付けない雰囲気を醸す橘と自ら積極的に人と関わりを持つ気がない自分では当たり前だが…。
ま、今日で自分の貸しと橘の借りは相殺されたので明日からはこれまで通り。
これで自分のささやかで何気ない毎日の繰り返しが戻ってくるかと思うと心が安らぐ気がしてきた。
今日はいい一日だったね!
明日もいい一日になるかな?
ね?ポム太郎♪
へげっっっ‼︎
咄嗟に浮かんだくだらないことを頭の中で思い浮かべたあと、徐々に来る睡魔に意識が遠のくを感じた…。