逆転生! 俺以外の全人類が滅亡したこの世界で、たった一人取り残された俺の前に女神が舞い降りたけど!!
近未来。
ありとあらゆるものが全自動化されたこの時代に、都市部の人間はストレスの無い生活を送っていた。
しかし、その優雅な生活はたった一夜にして終わりを迎える。
AIの暴走。
無人化され飛行機や大型トラックが道行く人々を襲い、軍事施設の防衛機能は人々の住まう都市をことごとく破壊しつくした。
ビルは倒壊し、富裕層のシェルターは内部の空気を残らず吐き出した。
そして人類は、たった一人を残して滅亡した。
「ふあぁ、ねむっ」
パジャマ姿でぼさぼさ頭をぼりぼりしながらあくびをしてみる。焦らなきゃならないのはわかってるが、だからといってこの状況はもうアレだ、色々無理だ……。
目の前に広がる荒廃した世界を見て、俺は途方にくれていた。
まるで映画の中からそのまま飛び出してきたみたいに違和感しかないが、頬を抓るとちゃんと痛い。
今も遠くでミサイル降ってるし。
あ、またビルが傾いた。
「ん……そういやオヤジたち旅行っつってたか、大丈夫かね」
スマホは繋がらないので、仕方なく避難所である学校の屋上にやってきたわけだが、まあ天気のいいことでございやす。
絶好の昼寝日和だなと、騒音さえ気にしなければ快適な休日を過ごせるんだが。
「……いやまてまて」
そもそもだ。こんな状況なのに俺以外誰も外に出てねえし、そこらじゅうの家にトラックがブッ刺さってるし、もしかして助かったの俺だけなんじゃね?
とか……。
思ってみたりして。
やばい、心細くなってきたから力いっぱい叫んでみることにした。
「おーーーい! 誰かいねぇかーーー!」
かーー、かー……かー……
声がむなしく響いただけで、返事の一つもない。
だがその時である!
俺の声にこたえて空が唸り声を上げた!
ゴゴゴゴゴ……
「な、なんだ!?」
灰色の雲が渦巻いて、その中央から巨大な黒い物体が覗いていた。
世界の終わりだ!
そう思ってちょっとだけちびりそうになった俺の前に、その黒い物の中から一筋の光が差す。SFものでよくある宇宙人の円盤から伸びる光みたいなアレだ。
「なんだあれ、人か?」
じっと見上げてたら、なんかこう、段々近づいてきて、じろじろ見ちゃいけないような物がゆっくり目の前に降り立った。はっきり言って俺も多感な十七歳だから見ちゃったけど、これだけは言わせて欲しい。
「パンツくらい履けよ」
「ん? パンツとはなんだ?」
たぶん宇宙人だと思う。
パンツのことじゃなくて、この目の前のちんまいガキのことだ。
「この星は騒がしいな」
この星とか言っちゃってるこのガキは、どうやらマジもんの宇宙人らしい。ちょっと未来的なぱっつんぱっつんの長袖シャツと、銀色のタイトスカートを履いていらっしゃるのに、下は履いてないなんてやけにクールビズだ。銀色のシューズの踵にはハイテクっぽい機械の光が点滅してるし、LEDかこれ?
「いきなり来てくれて悪いんだが、お前は誰なんだよ」
侵略者か? パンツの無い国からの侵略者か? バナナみたいな色の髪しやがって。おまけにアンテナみたいなツノまで生えてやがる。ふふんと威張られても迫力がねえっての。
「わらわは外宇宙から来たペラルペフマフフ=ルァフマスミアフーア様だ」
「ぺ……なんだって?」
「今からこの汚い世界を浄化してやろう。わらわのことはペラ様と呼んでよいぞ」
「うるさいデコっぱち。こっちはそれどころじゃねえんだよ」
「いたっ! いきなり何をするこの無礼者め!」
ぺらっぺらな胸で偉そうにふんぞり返った幼女にデコピンをかましたら、なんか涙目になりながら光線銃を構えてきたので潔く両手を挙げてみた。
「すみませんでした、この星の挨拶です。撃たないでください」
「挨拶なら仕方ないな」
どう見てもおもちゃなのに、俺の中の危険信号がビービー鳴ってる。状況がカオスすぎて頭おかしくなってんのかなと思ったら下の階でなんかの機械が鳴ってるだけだった。くそう、驚かせやがって。
「それでえっと、ペラ様だっけ? 世界浄化すんの? その光線銃で?」
「小僧よ、良くこれが光線銃とわかったな」
「いや、まあ」
すっげーちゃちいパラボラついてるし、横に光線って書いてあるし。
「でもそれ、おもちゃなんでしょ?」
「信じておらぬようだな。よし、ひとつそこの山で試してやろう」
そう言って宇宙人はおもちゃっぽい光線銃の引き金を引いた。
ビビビビビビー!
とか、特撮映画ででてきそうな音と一緒に、蛇行する光が山を目指す。光にしては遅いというか、かろうじて目で追える速度で光が山間に消えた。その瞬間、ドゴーン! というまた胡散臭い効果音と共に、標的の山とその直線状にあったはずの街が無くなっていた。
「……マジか」
「驚いたか。だがこれはただの護身用だ。この世界の浄化には宇宙船に詰んである“超巨大爆弾”を使おうと思っておる」
「爆弾って……名前とか無いの?」
「超っ! 巨大爆弾だ! 間違えるな小僧」
「あ、はい。あと鈴木です、俺の名前」
「スズキか。いい名前だ。それに度胸もある。気に入ったぞスズキ。わらわの子分にしてやろう」
「いや、結構です」
昔から幼馴染にいじめられてきたので多少のことではへこたれないし従順だと思うが、さすがに宇宙人から子分にしてやると言われてハイハイと返事をしたりはしない。人類としての尊厳はきちんと持っておきたい。
「そう遠慮するな」
「とりあえずその光線銃を下ろしてもらえませんかね?」
「子分になりたいか?」
「なりたいですから」
こうして俺は宇宙人の子分になった。
一緒に世界を浄化しようなんて言われてもハイハイ頷く俺ではないが、この馬鹿げた威力の光線銃を向けられたらハイハイ言うしかない。
空から徐々に降りてくる黒い物体を眺めつつ、途方にくれる。たぶんあれがさっき言ってたちょーすごい爆弾なんだろ。
「あのさ、ペラ様」
「なんだ?」
「ここに居たら俺等も巻き込まれんじゃねえの?」
「わらわは大丈夫だ。バリア機能があるからな」
「ああそれで……って、俺は!? 俺は死ぬじゃん!?」
「後で蘇生してやるから、そう慌てるでない」
いやいやいや、死ぬって言われたらそりゃ慌てますよ。てかこいつ、このチビ、知らん顔して空なんか眺めてにやにやしやがって。
沸々と湧き上がるこの俺の怒りをどうにかぶつけてやりたい。
しかしあの光線銃をどうにかしないことには話にならない……。
ん? 光線銃?
よくみれば、片手にぷらぷらとぶら下がってるだけで簡単に奪い取れそうだ。しめしめと、俺は忍び足で近づいた。
気付かれていないな。ははっ、上ばかり見ているから足元をすくわれるのさ。やーい、ばーかばーか。
「光線銃いただきっ!」
「なぬっ!? スズキ、さっそくわらわを裏切る気か!」
「へへ、俺がいつお前の仲間になるって言ったよ」
ぐぬぬと悔しがる表情がたまらない。
俺は光線銃を持って後ずさる。ヒラヒラと手の中で転がしながら、この小娘の鼻先に光線銃を突きつけてやった。
「おっと動くなよ。動くと引き金を引いちゃうよ」
「スズキ、何が目的だ?」
「とりあえずあの爆弾引っ込めて」
「断る! この世界の浄化はもはや止められんのだ!」
「じゃあ撃っちゃおっかなー」
「くっ……」
すっげー悔しそう。おまけにすげー楽しい。
なんかこれ、性格悪くなるわ。
「どうすんのー? ほらほらー」
「わかった、わかったから光線銃を下ろせ」
「おろしてください。でしょ? はいもう一回」
「くそ、おぼえておれ……おろして、ください!」
これ以上虐めるのも可哀想なので、言われたとおり下ろしてやった。
爆弾も引っ込んでいったし、空はいい天気だ。
俺、世界救っちゃった?
なんてな!
はははっ!
「隙あり、ブースト!」
「なにぃっ!?」
バシュッと何かが腕を掠めて、手元から光線銃が消えた。
ていうかめっちゃ痛てえ! なんだ、ソニックブームってやつ!? 音速超えちゃった感じ!?
「スズキぃ……」
「あ、すんません。ちょっとした悪ふざけっす。ほら、地球ジョークっすよ」
すっごく不審そうな目で見上げてくるこいつの鼻先を、指でつんと押し返してみる。そしたら、お返しに光線銃の先端でグリグリとお腹を押されて、へっぴり腰になった。このまま土下座してやろうか。いや、なんかプライドが……っていってる場合じゃない。
スピーディーに土下座フォームを取った俺の頭を、幼女のハイテクな靴がぐりぐりと踏んづけた。
くっ、くやしいっ、でもそんなに重くないっ。
「謝罪しても済まさんぞ。あの爆弾を呼ぶのに一体どれだけのエネルギーが必要かわかっておるのか?」
「わかりませんです」
「チャージにあと三年は必要なのだぞ?」
「やったぜ」
「お前、反省しておらんな」
「申し訳ありませんでした」
謝罪に必死になっている間も、グリグリと毛根を攻撃され続けていた。
耐えろ俺。そして俺の毛根。ここで顔を上げたらただの変態……もとい大変なことになってしまう。
悔しさは明日へのエネルギー。
そんな自己啓発番組のキャッチコピーを頭で繰り返しながら、俺はコンクリートに額をこすりつけた。
その時である!
大地を揺さぶる轟音が、この世界全体を包み込んだ!
ゴゴゴゴゴ……
「いて! いてててて! ちょ、足どけて、地面に擦れて痛っ……血、血でちゃうからっ!」
「お前はそのまま反省しておれ」
すりおろしりんごみたいにならないかとハラハラしながら、額をギリギリ浮かせて、俺はコンクリートを眺めていた。何も見えねえけど嫌な予感がぷんぷんする……てかこのパターン、さっきと同じじゃねえか。今度は誰が来るんだ? 地底人か? もう絶対驚いたりしねえからな。
「あれは何だスズキ。お前の知っているものか?」
「あ、はいはいコンクリートですね。地面とか壁とかに使われるやつです」
「……顔を上げろ馬鹿者」
散々頭を踏みつけておいてこの言い草。流石に頭にきて文句の一つも言ってやろうと顔を上げたらスカートの中身が目の前にあって全部ぶっ飛んだっつーの!
「だー! もうお前いい加減パンツ履け!」
「パンツは知らんと言ったであろう。それよりあれを見ろスズキ」
「んあ、もうなんなんっすか……ん?」
光線銃で脅されるがままに屋上から街を見下ろすと、なんかめちゃくちゃちっさい女の子が犬の背中に乗ってこっちに走って来てた。
ビルの合間を駆けて。
どんどん近づく。
どんどんでかくなる。
犬が!
犬でけえ!!
「なんだありゃ!?」
「この星の生物ではないのか?」
「あ、いや、たぶん犬っすね」
でもむちゃくちゃでかい。
背中に乗ってる子がちっさいのは間違いないけど、近くの家にブッ刺さってる乗用車と同じくらいのでかさがあるんじゃねえかってくらい。
とかいってる間に、犬と少女は校庭に入って、学校の壁を駆け上がってきた。
シュタッ!
ぶるぶるっ!
全身の毛は灰色と黒と白で、まんま見た目はハスキー犬なのに、俺をひと呑みにしてしまいそうなくらいでかい。こいつ何食ってこんなでかくなったんだ?
ハッハッハッ……と舌出して顎を下げる犬に見入っていると、その背中からぴょんと少女が飛び降りた。
すかさず宇宙人が前に出る。
「いきなり現れおって、お前は何者だ、名を名乗るがよいぞ!」
自分の事は棚に上げて、ペラ様は光線銃を少女に向けた。すごく自分勝手だが今は頼りになる。
犬から下りた少女は不思議そうにペラ様のツノを眺めて、しばらくしてようやく自己紹介をする。
「わたしはヘル。この子はフェンリル。この世界の魂を取りに来たの。お姉ちゃんも、魂取りに来たの?」
「わらわはお姉ちゃんなどではない! ペラルペフマフフ=ルァフマスミアフーア様だ! この世界を浄化して、わらわのための新世界を築くためにここに来た。ペラ様と呼ぶがよいぞ」
「あれ? お姉ちゃん魂が無いんだね……へんなの」
「魂とはなんだ?」
「あっちの人が持ってる、ぽかぽかする物。胸のところにね、生きてる人は必ず一つ持ってるものなの」
ぎくり!
「スーズーキー……お前また逃げようとしておったな?」
「滅相もございません」
どさくさにまぎれて逃げ出そうとしていたのになんで指差すかね。
ついでに光線銃まで俺の方を向いてるし……。やめて、せっかく一つだけ持ってる魂がなくなっちゃう。
「お友達?」
「こいつはスズキだ。わらわの子分だが、言うことを全然聞かんのだ」
「すずき。可愛い名前」
「あ、どうもっす」
ぺこぺこと頭を下げてみると、ヘルちゃんもぺこぺこしてきた。どうにも締まらない。
そもそもこのヘルって子。良く見たら服着てないな。雪を通り越して青白いくらいの肌にボディペイントと腕輪だけって……また露出狂かよ。長い髪でかろうじて隠れてるのも尻と背中くらいだし、どこの部族だってつっこみたくなる。おまけに魂取りに来たとか物騒なこと言ってるし。
なにこれ、罰ゲームなの?
もうなんか、いいよもう……。
「すずき」
「はい、なんでしょヘルちゃん」
「この世界にはもう生き残りは居ないの?」
「……ん?」
「さっき、フェンリルと一緒にぐるって回ってきたけど、どこにも魂が無かったの。見つけたのはすずきだけだった」
「あ、うん」
いや、世界最後の生き残りがなんで幼女二人に囲まれて、でかい犬の前でパジャマ着て突っ立ってんの? 夢?
「えっと、マジで誰も居なかったの?」
「うん」
「一人も?」
「ひとりも」
俺は両手を上げて、膝を折り、すーーっと両手を地面につけた。
「だあーーー! やっぱ人間全滅してんじゃん! 俺が最後の生き残りじゃん!」
「どうしたスズキ! 落ち着いてこっちを見ろ!」
「これが落ち着けるかっての!」
「では光線銃で蒸発させるとしよう」
「あ、はい。今落ち着きました」
動揺してみせればちょっとは優しい言葉かけてくれるんじゃないかと期待した俺が馬鹿だった。そうだよこいつは魂の無い宇宙人だよ。人情なんて無いんだったわ。
気を取り直してヘルちゃんの前に立つ。ほんと小さい子だ。後ろに居るハスキー犬はくそでかいけど。
「それでヘルちゃん、俺なんかの魂取ってどうしようと思ってたの?」
ヘルちゃんは人差し指を下唇に押しあてて、んーーと考えて、ハッとして、ぽんと手を打った。この仕草だけ見れば可愛いんだけどなぁ……。
「魂を集めて、地獄で一緒に遊びたかったの。向こうにはもう何もなくなっちゃったから」
これだ。
ちょっと油断したらこの幼女どもは、世界の浄化だの魂取るだの物騒なこといってきやがる。こちとらロンリーで絶滅が確約されて地味に傷ついてるってのに、悲しむ暇もないのかよ。
「向こうに連れてくんじゃなくてさ、こっちで遊べばいいじゃん。どうせもう誰も居ないんだし」
「うん、それでもいいよ」
なんかものすごく素直でいい子だなって思えるのは、隣でぐりぐりと光線銃押し付けてくる宇宙外生命体の影響なんだろうな。
こいつなんでイライラしてんだろ。
「お前はわらわの子分だぞ? 勝手なことは許さんからな」
「い、いやでもこのままじゃ魂取られちゃうし」
「魂なんぞくれてやればよかろう」
「死ぬってだから」
むちゃくちゃ言ってるな、この宇宙人。
いや、一応俺のこと気遣ってくれてんのか。子分だしな。
てか、いい加減その子分に向かって光線銃押し付けるの止めてくれませんかね。
「あ、そういえばヘルちゃんさ、地獄ではどんな遊びしてたの?」
「見えるとこ全部凍らせたり、燃やしたりしてた……そしたら、だれもいなくなったの」
そりゃそうだ……。
「ここでその遊びするのはやめとこうね」
「うん」
素直だ。
あ、もしかして俺、また世界救っちゃった感じ?
もうここには俺しか居ないんだけどね! あはははは!
悲しい現実から目をそらすついでに、目の前にあるちっこい頭をぐしぐしとかき混ぜた。なんか野生的な匂いがする。犬っぽいのはフェンリルに乗ってたからかな。
「よーしよしよしよし」
段々癖になってきた。
てかこの触り心地、以前にもどこかで……。
鈍い頭の回転が、俺の記憶を過去に巻き戻していく。
あれは……そう、俺が幼いガキんちょだった頃。三軒先の庭に大きな犬小屋があった。そこで一頭のハスキー犬が飼われてて、俺と友達で何度か触りに行ったことがある。動物を直に飼育してるってだけでも珍しかったし、何よりかっこよかった。
その犬の撫で心地とそっくりだ!
すっげーごわごわしてる!
「よしよしよし、いい子だねぇへるちゃんは」
「うん。ヘルはいい子」
ああもう、なんて愛くるしいんだ。
このつぶらな瞳も、良く見ればあの時のハスキー犬そっくりじゃないか。
たまらなくなった俺はヘルちゃんの顎の下やら耳の裏やらを丹念に撫でて、正面に屈みこんだ。
「へるちゃんお手」
はしっ
「おかわり」
はしっ
「ちんちん」
「ちんちん?」
……
「ちんちんって、なあに?」
「……いやね……うん」
しまったつい反射的に、と思った瞬間、脳天に打撃が叩き込まれて俺の体は後ろにぶっ飛んでいた。
すごく痛い!
一瞬靴底が見えた気がするけど今は空しか見えない。なんか申し訳なくて、痛がるのは我慢して立ち上がった。そしたら変なのが居た。
「貴様、ヘル様になんと言う破廉恥な言葉を……」
「また変なの増えたし」
「変なのとはなんだ。私はヘル様に仕える忠実な僕、フェンリルだ」
「あ、うん」
もう宇宙人とか地獄から来た人とか見た後だから、でかい犬が人間になったくらいで驚いたりしないけど……。
「なんで首輪つけてんだよ変態野郎」
「これは私がヘル様に忠誠を誓った証だ。これを取る時は死ぬ時以外ありえん」
繋がってる鎖をヘルちゃんに持たせてハアハア言ってるし、完全に危ない奴だろ。今時しらふで燕尾服とかさ……顔はいいし背は高いしめっちゃ美形だけどコスプレ会場じゃないんだから。
「その服は変態するときに自分で決められるのか?」
「変化だ……そうだな、この服でなくとも自由に変えられるが、これが一番似合っていると地獄では言われていたのでこれにしている」
地獄って腐界かよ。
あきれていると、変態の袖をくいくいとヘルちゃんが引っ張っていた。
背の高さはまるで大人と子供だ。でかい犬だったときとあんま変わらねぇんじゃねえか?
「ねえねえフェンリル。ちんちんって、なあに?」
「いけませんヘル様。そういうことをみだりに口にしては」
「ちんちん口にしたらだめなの?」
ブッ――
「あ、あのさヘルちゃん、ちんちんってのはあれだ、こうやって前足上げて、体の正面でくいくいっと曲げておねだりすることなんだ」
「ちんちん、おねだりするの?」
「えっと……本当はこれ、人間じゃなくて犬がやる芸なんだよ」
「こうかな? ねぇフェンリル。ヘル、ちゃんとちんちんできてる?」
「できてますよ」
くいくいと顔の横で手を曲げる仕草が、なんと言うかすっげーしっくりくる。もともと犬っぽいからかな。
「じゃあフェンリルも、ヘルといっしょにちんちんして」
「ぷふっ」
駄犬、鼻血でてんぞ。
「そ、そうでございますね。では私も」
「フェンリルは犬になってちんちんした方がいいんだって。そっちが本当だって、すずきが言ってた」
「では犬になってちんちんさせていただきます」
「うん」
でかいハスキー犬に変わった後もなんかすげー息荒いし、立ち上がると怪獣みたいで笑えた。ヘルちゃんもにこにこしてて、ちょっとだけ微笑ましい空気……。
「ちんちん、ちんちん。ねえすずき、ヘル、ちゃんとちんちんできてる?」
「できてるできてる」
「フェンリルもいっしょにちんちんしたよ。見て見て」
「見えてます見えてます」
というか……もう……やめて。
そんなつぶらな瞳でこっち見ないで。
ちんちんって連呼しないで。
「なるほどなあスズキ。お前がどうしてそのように恥ずかしがっているのかわらわは理解したぞ」
よっしゃ!
ありがとう宇宙の人!
あやうくちんちんが頭の中でゲシュタルト崩壊しそうだった。
ついでに光線銃向けるのをやめてくれれば百点満点だ。
「先程この星のデータベースにアクセスして翻訳機で調べておったのだ」
「ああだから静かだったんだね」
「“ちんちん”とはお前が言っておったのとは別に、もう一つ意味があって、この星の男性体が持つ臓器の一部をあらわす単語らしいな。お前も持っておるのか?」
「そりゃもちろんあるさ」
「ではわらわに見せてみよ」
「なんでそうなる」
「わらわには無い臓器のようだからな。一度実物を見てみたいのだ」
「嫌に決まってん……でございます」
くっそだまされた。
何がありがとうだこの痴女……いや待て、こいつ今なんつった?
「お前データベースにアクセスしたって本当か?」
「本当だ。それとわらわを呼ぶときはペラ様と呼べ」
「じゃあぺラ様、パンツってのもわかったんじゃねえか?」
「それも翻訳したが、理解できない単語だと翻訳機は答えたぞ」
「なんでだよ!?」
いや、そうか、パンツと言うものの概念が無い世界から来たんなら、単語と意味がわかっても使い方はわからない!
つまりこういうことか!
「服って知ってる?」
「服?」
「ほら、その上着とかスカートとか。足元の靴とかさ」
「この外皮と脚部装甲のことか? これはわらわの身体の一部だ」
いかん。常識では計り知れないものがある。
いや待て宇宙外生命体だからそのくらい予想範囲内だ。服という単語の意味を新たに教えればいいだけのこと。俺って天才。
「服ってのはな」
「ちんちんもう一回してフェンリル、ちんちんもう一回、今度は犬でして」
「だあーーー! ちんちん!」
くそ、俺の知性的な部分をガリガリ削ってきやがる! なんだよちんちんって、凶器かよ、わけわかんねえよ!
「いきなり叫んでどうした? 思考回路が壊れたのなら宇宙船で修理してやるぞ」
「結構です」
アブダクションもキャトルミューティレーションもまっぴらごめんなので、俺はスマートに立ち上がる。落ち着け鈴木一郎、もう大丈夫だ。こんなことなんでもない。俺はこの星のラストワン賞なんだ。へこたれたって仲間は居ないぞ。
「ヘルちゃん、そろそろ別の事して遊ぼうか」
「うん。次は何を教えてくれるの?」
素直でよかった。
フェンリルも「チッ」じゃねえよてめぇ。
「じゃあ四人居るから、鬼ご……」
鬼ごっこはだめだ。命の危険を感じる。
「だるまさ……」
んが転んだもだめだ。ヘタすりゃリアルだるまになりかねない気がする。
どうすっかこれ。宇宙人は加速するし、犬はでかいし、ヘルちゃんはお利口さんだし。良く考えてみれば人外を相手にしてんだよな俺……。
遊び遊び。ゲームはあんま詳しくねえし。
あぁぁーなんかひらめけよ!
ゴゴゴゴゴ
「今度は誰だよ!」
人が真剣に悩んでたら空が割れて声が聞こえてきた。
『私は世界意思――この世界を司る者です』
「どの世界のことだ」
俺以外全滅して、機械がミサイルぶっぱしてるこの状況を良く見てから言えよといってやりたかったが。とりあえずつっこみだけ返して様子を見た。
『この世界に侵入した異世界の者達にこれより裁きを下します』
「ふん。できるものならやってみよ」
ペラ様は空に向けて、無い胸を晒していた。
ヘルちゃんはフェンリル(犬)の上に跨って、いつの間にか馬鹿でかい槍を握ってた。
「地獄の女王であるヘル様に裁きを下すなど、片腹痛い」
ハスキーなイケボでフェンリルが空に吼えると、ヘルちゃんは持っていた槍を投げつけた。黒くて螺旋状の柄があって、先端はささくれ立っている。非情に痛そうな形状の槍が天の裂け目に吸い込まれて消えた。ついでに光線も吸い込まれてった。
『愚かな……実体の無い私に攻撃など無意味です』
「光線銃が効かぬだと? 顔を見せよ! この卑怯者め!」
『わかりました』
ペラ様のやっすい挑発に、世界の意思は応えた。
そして俺の前にまた一人、意味のわからない奴が増えた。
背は俺と同じくらいか。金髪と白いカーテンみたいな服を足元まで流して、目は緑色で鼻が高い。なんといえばいいか、北欧神話に出てきそうな女神様というか、テンプレっぽい女神というか。そんな感じだった。だから神々しさはあるが……。
「お前が世界意思とやらか。随分とつまらぬ見た目をしておるな」
そんな感じだ。
宇宙人と考えが一致するとは思わなかった。
「先程はふざけたことを言っておったが、本気でわらわを裁くつもりか」
「ええそのつもりです」
光線銃にも怯まない根性はさすがだと思うけど……ちょっとだけ待って欲しい。
「えっと、ごめん、盛り上がってるとこ悪いんだけど」
「なんだスズキ。お前は戦えないのだから引っ込んでおれ」
せっかくペラ様が気遣ってくれてるとこ悪いんだけど、どうしても言わなければならないことがあった。
言うというか、問うだな。
「あの、世界意思さん? だっけ」
「……え? あ、人間?」
そんな、初めて俺の存在に気付いたみたいな驚いた顔されても困る。
「世界意思って、神様みたいなもんなの?」
「そうですね。神様だと思ってください。言いにくかったらセカちゃんでいいですよ」
「じゃあセカちゃん。この状況ってさ、セカちゃんがこうなるように仕組んだの?」
「はい。世界の外から脅威がやってくることは事前にわかってましたので、このタイミングで一旦全ての人を殺……転生させてですね、別の世界に避難させておいて、その間に処理しようかなーなんて」
「……俺は?」
「えっと、鈴木さん? でしたよね。同じ名前の人が多くて、取りこぼしちゃったみたいです」
えへっ、とかちょっと古いリアクションされても困るんだけど。
てか、これまでのこと全部お前のミスじゃん!
「いやいやいや、全国探せば似た名前の人間なんていくらでもいるでしょ。なんで俺だけなの?」
「私、漢字って苦手で……」
鈍くさい。天然っていうのか、こんなのが神様だったんだなってわかると、不幸をいちいち嘆くのが馬鹿らしくなってくる。
「というかさ、世界の脅威だっけ? 確かにこの二人は世界滅ぼせそうな感じだし、実際やろうとしてたけどさ」
「ですよねー」
人の話は最後まで聞けよ。
「……いや、二人が来る前に既に世界終わってるって話だよ。なんなんだこの有様は」
「いえいえ。これは緊急避難です」
もう避難する人間いねえよ。
「山の向こうとか、まだミサイル降ってんっすけど」
「あ、とめるの忘れてましたね。んんーはい、今止まりましたから」
だめだ。
もうだめだこの世界。
「それじゃあ鈴木さんも転生したかったってことでいいですね? 今からサクッと逝っちゃいますか? やっぱり定番のトラックがいいですよね」
「いや、やめて」
流石に死ぬとわかってて死ぬ度胸は無い。
こう見えてもヘタレなんで。
「セカちゃんさ、転生させた人達を後から戻すつもりだったんでしょ? だったらこんなボロボロの世界のままじゃいけないんじゃない?」
「それなら大丈夫です。ちょちょいのちょいで、ほら、元通り!」
指先でくるくるっと光を回した瞬間、騒音がぴたりと止んだ。
山は元通りに、隆起した大地は鎮まり、街の火は消えて、機械達は正常な活動を取り戻した。
文明が、再び息を吹き返す瞬間を目の当たりにして、俺は神の力の偉大さを知った。
「すげえ……なんでもできんのかよ」
「はい。神様ですから。この世界の全てが私の思うがままです」
その思うがままの力から俺だけハブられたという事実を除けば、これほど有能な力は無い。
これは、使えるぞ!
「セカちゃん! 頼みがある!」
「なんですか?」
「そこの二人にパンツと服を着せてくれ」
なにやら空の裂け目を解析しているペラ様の方を指差して「パンツを」と。
それから、フェンリルの傍でちらちらと様子をうかがってるヘルちゃんを指差して「服を」と。
ふたつの願いはすぐに神様の耳に入り、こくこくと頷いていた。
「お安い御用です。それー」
「やったぜ!」
見たか宇宙人! これがこの世界の意思だ!
文化的で衛生的な生活を送る権利を二人に与える力が、この神様にはあるんだ!
「な、なんだこれは!? スズキ、お前一体わらわに何をした!」
「へっへっへ、その腰にくっついてるのが、パンツだ。どうだ、あったかいだろ。安心するだろ」
「う、うむ。確かにこれは。新感覚だな」
もじもじと尻の食い込みを確かめるペラ様。
チラッ、チラッとクマのバックプリントが目に入る。やべえ……丸出しだった時よりなんかいやらしい感じがして、逆効果だったんじゃないかと思っちまう。気のせいか。
チラリズム派の俺は深呼吸で心を落ち着かせた。
「ところでスズキ、この柄はなんだ? こちらからは良く見えんのだが」
「んが!」
ぺらっとめくって尻を出すな! はしたないでしょ!
「そ、それは熊っていう動物だよ。この星の生き物だ」
「クマか、ふむふむ。データベースに乗っておったな」
膝を曲げて地面に光のウィンドウを形成するペラ様。短すぎるスカートのせいで、ギリギリ見えるか見えないかのゾーンが形成されてしまう。意識するとやたらに目の毒だ。
「ねえねえすずき。ヘル、これもらっていいの?」
「え? あ、うん。それはヘルちゃんのだよ」
「ありがと、すずき」
こちらは大丈夫。ロングコートではしゃぐヘルちゃんは、控えめに言って天使のようだ。ヒラヒラと回る仕草がとても様になる。
「フェンリル、これもらった」
「よかったですね、ヘル様」
「似合う?」
「とてもよくお似合いです」
フェンリルは犬の状態だと首輪も全然違和感無いんだな。
って、褒めた矢先に。ブチブチブチっ! コートのボタンを全部引きちぎって、マントみたいにした! 容姿に似合わず野生的過ぎるだろヘルちゃん!
「こっちの方が、ヘル動きやすい」
「うっ……」
やばい。
何がやばいって、コート以外の服が無い。下着もなにもかも。
それなのに前だけ全開にしたコートとか……変態だこれ。
「良くお似合いで……ぷふっ」
犬の状態で鼻血だすなよ!
あーもう。
なんだ、やっぱなんか足りないのか。ここの神様は。
「セカちゃん!」
「あ。お礼ならいいですよ」
金髪の神様は爪の手入れをやめてこっちを向いた。
「いや、なんでヘルに着せた服はコート一枚だけなの?」
「だって彼女はもともと服を着てなかったですから。隠れていればいいかなー、なんて」
「いや、隠れてればいいんだよ」
全然隠れてないから問題があるんだよ。
でもまあ、もしかしたら下着を着せてあげても、気持ち悪いって言って全部捨てちゃうかもしれないし、あんまりセカちゃんを責めるのもよくないか。
「それに、後でどうせ始末するんですし、めんどくさかったので」
「そっちが本音だろ」
「えへっ」
つっこむ気にもなれなくなって、俺は地べたに座り込んだ。
幼女二人は舞い上がってるし、犬は元気だし、空は割れてて、俺の隣には神様が居て。こんな体験もう二度とできないな。
二度とやりたかねぇけど。
「さて、それでは粛清タイムのお時間ですよ!」
タイムと時間が被ってんぞ女神。
とか思いながらぼーっと眺めていた。
「お二人とも、消える準備はいいですか? 痛くないですからねー」
「ふざけるな世界意思! わらわはそう簡単には消えぬぞ!」
「ヘル様は唯一無二の女神だ、貴様のような下等な神風情に何ができよう」
ペラ様もフェンリルも、真剣な表情だ。ヘルちゃんはまだ回ってる。
なんか俺だけ蚊帳の外みたいで、ちょっとジェラシー感じちゃう。でもまあ、いっか。全部終わって元通りになったら、また普通に学校いけるし。
がんばれー、世界意思ー。
「えいっ!」
セカちゃんの指先がくるくる回って、光が二人と一匹を包み込んだ。
しかし、何も起こらなかった。
「あれ? おかしいですねー。えいっ、そりゃっ、たあっ」
何回もチカチカやって、めっちゃまぶしかった。
だけどそれだけだった。
ペラ様もヘルちゃんもフェンリルもきょとんとしていた。
「おっかしいですねー……うーん、私の力は万能のはずなんですけど」
しばらく考え、はっと何かに気付いたセカちゃんは、頭に手をやって、てへへと笑った。いちいちリアクションが古いぞ。
「そうでした、私の力が及ぶのはこの世界のことだけで、あなた達みたいな異物には直接作用させられないんでした。うっかりしてましたー」
ズコー!
とか言ってやるもんかよ!
「どうすんだこれ! この現状! しかも三年経ったら世界浄化するとか言ってる宇宙人放置して!」
「それもそうですけど、物理的にどうにかできる相手でもないんですよねー。それに危険性も薄くなってるみたいですし」
「いや、マジどうにかしてくれよ。あ、ヘルちゃんはこのままでいいよ」
「スズキ。お前は自分の立場をわきまえておろうな」
光線銃が俺をつけねらうので、俺はササッと女神の盾を装備した。
「せ、セカちゃん、せめてアレだけでも無効化できないの?」
「あー、あれも異物ですのでー」
このやくたたずぅ!
すかさずセカちゃんの前に出て土下座した俺。背に腹はかえられない。
その頭に、また軽い靴底が乗る。
いや、脚部装甲だっけ?
しらねえよ! くやしいっ、くやしいっ! でもやっぱり痛くない!
「ペラちゃん。何してるの? ヘルもやる」
「おお、そうするとよいぞ。スズキは踏まれて悦ぶ変態だからな」
「ち、ちがう……ぐへえ」
ぺたぺたと裸足で俺の頭皮をマッサージするのが加わって、痛みじゃなくて気持ちいいになりつつあった。やめて、なんか芽生えちゃう! とか言ってる間に今度はごつごつした物まで加わりやがった。これ絶対肉球だろ! てめえフェンリル覚えてやがれ、いつかパブロフの犬みてえに涎まみれにさせてやるからな。
「おもしろそうですねー、でも私は他の用事もありますので、そろそろ失礼しますね」
「ちょ……おいこら世界意思! 問題放置して帰ろうとすんな!」
「うーん、でも世界の危機はとりあえず無くなったようなので、また三年後に様子を見に来ます、ということで世界中の人間をこちらに呼び戻しまーす」
「あ、ちょっと、おい!」
踏み踏みされている俺にはコンクリートしか見えない! でも後ろの方で「それー」とか聞こえたし、なんかちょっと光った気がした!
そして世界は元通りになったが……
「そろそろやめてくれませんかね」
俺はまだ踏まれていた。
そんな俺に、人々の驚きの声や街のサイレンが届く。
ああ、世界は平和になったんだ。色々あったなぁ。などと感傷に浸っていると、すぐ近くから別の声がした。
「一郎、あんたこんなとこで何やってんの……てか、それ誰?」
「げ、かえで!? なんでここに居んだよ!?」
幼馴染だった。
靴音が段々近づいてくる。
まずい、この状況……絶対誤解されてる!
「いや待て、俺は世界を二度も救った男なんだ」
「……あんたの頭が本気でやばいって事はだいたいわかった」
咄嗟に出た言葉が酷すぎたのは俺もなんとなく理解してるよ。
あと、こいつらもそろそろやめろ!
「ペラ様! ヘルちゃん達もちょっとストップ! 顔上げるから三人とも離れて!」
「わらわに忠誠を誓うというのなら離れてやらんこともないぞ?」
「ちょっとあんた、ペラっていうの?」
頭をグリグリする宇宙人に嘘の忠誠を誓うより早く、かえでの声が耳に入る。めっちゃ不機嫌だ。
「一郎になにしてんの、そいつ虐めていいのは私だけなんだけど」
「一郎だと? こいつはスズキという名だぞ」
「鈴木一郎っていうのよ……ん? 良く見たらあんた異世界人ね。私もさっき異世界に行ってたからすぐわかったわ」
さすが異世界帰国子女。
でも良く見なくてもわかれよ、頭にツノ生えてんだろ。
「よくぞ気がついた。わらわは外宇宙から来たペラルペフマフフ=ルァフマスミアフーア様だ」
「長い、ペラで十分でしょ」
「ふふふ、わらわを前にでかい態度をとりおるわ。なかなか根性の座った小娘だな。気に入ったぞ」
さすが我が幼馴染だ。できれば俺を開放してから一悶着起して欲しいなー。なんて言ったら絶対こいつ嫌だっていうだろね。昔っからいじめっ子気質というか、乱暴者というか。
……一緒に踏んづけてくるかもしれないぢゃん!
それに気付いた時、俺の体は自動的に立ち上がっていた。
空が、まぶしい。
「勝手に立つんじゃない!」
鼻先に押し当てられる光線銃。
やめて、それ山消えちゃう威力だから、鼻の中に光線注ぎ込まれて死亡なんてかっこ悪すぎるから。
「やっと起きた。おはよ、一郎、パジャマで外出して何してたの」
「ここが避難所だからしかたなかったんだよ。てかお前も一回死んだんだからこの状況くらいわかれよ」
「子供二人とおっきな犬に踏まれてたあんたの状況なんてわかるわけないでしょ。馬鹿じゃないの?」
ああそうでした!
あの世界野郎、最悪のタイミングで世界戻しやがってちくしょう!
「まあ元気そうで何よりだわ」
腰に手を当ててふんっと鼻を逸らすこの女は、幼馴染の勇かえで(いさみかえで)、その名前の通り男勝りなやつだ。ツンツン頭で背の高さは俺よりちょっとだけ低い。朝錬の途中でポックリ逝ったのか、服はジャージだった。
「そうじゃなくて、いいか? この世界の人間は俺だけ残して全員一回死んだんだ。それからこいつ等が現れてこの世界を浄化するとか魂狩るとか言い出して、世界意思がそれを止めに来て、無理だったから全部投げて世界元に戻して帰ってった」
「で、あんたは踏まれてた、と。自分で言ってて頭おかしいとか思わない?」
「思うけどマジなの! 聞いてんだろへっぽこ世界意思!!」
空に向かって叫ぶ俺の奇行に、天は応えてくれた。
ゴゴゴゴゴ
『はーい。どうしたんですか鈴木さん、ちょっと今そちらには行けないんですー……あ。こほん。私は世界意思――』
「言い直さなくていいから! こいつに説明してやってくれ!」
『わかりましたー』
こうして全世界に鈴木の名前が知れ渡った。
ついでに世界が滅ぼされる前に自分で滅ぼしたとセルフ暴露した挙句、クッキー焦がしただのなんだのいらんことくっちゃべって勝手に話を打ち切りやがった。
これが、この世界の意思だ。
ていうかさっきクッキー焼くために帰ってったの?
世界よりクッキーが大事なの?
「……聞いての通り、俺だけ生き残ってこいつらの面倒見てやってたんだ。そうしないと世界は滅亡してたんだよ」
「んー、だいたいの事情はわかったけど」
うーむと顎に手を当てて、かえではまじまじと異物達を見比べた。
「じゃあこの、世界滅ぼしに来た奴等さっさと片付けちゃおうか」
「それができりゃ苦労はしねえっつーの。さっきの世界意思も無理だからって帰ってったし、お前がなんとかできるわけねえだろ」
「やってみなけりゃわかんないじゃない」
かえでの目がマジになってた。
やばい、と思った瞬間には宇宙人もやる気で、光線銃向けて足元を光らせてるし、フェンリルは牙剥いてるしで、俺はサッとフェンス付近まで下がった。へたれだからな。触らぬ神にたたりなしだ。
「カエデと言ったか。ずいぶん腕に自信があるようだな」
「そりゃね、異世界で無双できるくらいには鍛えてるから」
両親が武術家だっけ。たぶん才能もあるんだろ。小さいころから新技の実験台にされてきた俺の体は良く耐えてくれたと思う。
「かかってきなさい小娘」
「大層な自信だが、これで終わりだ。後悔するがいい!」
悪人台詞を吐いてペラ様は光線銃を向けた。
そして止める間もなくケミカルな色の光を放つ。
ビビビビビ! しかし、かえではその光の中に平然と立っていた。
不発か? と思って見てたら、光線受けた後ろのフェンスが焼け落ちていった。俺の真横で。
「あっぶ……」
「光線銃が効かぬだと!?」
「転生した時に一つだけ能力貰えるって神様に聞いたから、直接攻撃以外を無効化する能力もらったの。私そういう卑怯くさいのって大嫌いなのよ。それにやりあうなら直接の方がスリルもあって楽しいしね」
まじか!
じゃあなんだ……今この世界では俺だけ無能なの!?
俺だけが無双じゃなくて!?
「くくくっ、面白い。わらわも接近戦は得意だぞ」
この宇宙人もやめときゃいいのに靴から火なんか出してブーストかけていた。手の甲からはビーム剣っぽいの出して、ブンッとか言うSFチックな音残して目の前から消える。光線銃を奪ったときのあの加速で、かえでに迫る。
だけど……。
まあ経験上こいつを肉弾戦でどうにかするってのは、無理だと思うぞ。
「おっそい。なにそれ? あくびが出るわ」
「なんだと!? きゃあん!」
あらかわいい悲鳴。じゃなくてめっちゃ痛そうなんだけど。
宇宙人は見事に半円描いてコンクリートに叩きつけられた……でも死んでないのはやっぱり宇宙人だからかな。見た目に反して頑丈だな。
「はいあんたの負け。降参しないと頭踏み砕くよ」
「くっ、その程度の脅しで屈するわらわではない!」
意地を張って顔の前に腕を交差させるペラ様。それを見下ろして、かえではニヤリと笑った。物騒だ。
「いい根性じゃない。そういうの好きよ、私」
すっげー悪人面なんですけど……異世界でヤのつく職業でもやってたんじゃねえのこいつ? とか思うくらい、はまってる。
黙りかねてヘルちゃんが助っ人に現れた。
というか犬が来いよ、お座りとかしてないでこっち来てかえでにやられちまえよ駄犬。
「お姉ちゃんやめてあげて、ペラちゃんもう戦えない」
「あ、そういえばあんたも居たね。私と勝負したいの?」
「ううん。ヘルは戦いはあんまり好きじゃない」
いい子だ。この子の良心を半分くらい分けてあげたら、この暴力女もおとなしくなるだろうか。半分じゃ無理か。全部でもたぶん無理だ。
「ねえ一郎」
「あ、はいはいなんでござっしょ、かえで様」
すかさず擦り寄る俺に挨拶代わりのゲンコツ食らわせて、この女は尋ねてきた。
痛ってぇぇ……。
「こいつ等ほんとに世界滅ぼす侵略者なの? 全然弱っちいんだけど」
かえでの言うことはごもっともだ。
俺も最初はただの幼女だと思ってたし、てかどう見てもただの幼女だからな。
だが宇宙人は山一つ消した実績がある。
犬はでかいし、ヘルちゃんはいい子だが、それはそれ。地獄を凍らせるとか燃やすとか魂取るなんて物騒なこと言ってたのは覚えてるぞ。
「ほんとほんと。でも今はそういう危険性は薄いって、セカちゃん言ってたな」
「セカちゃんって、あの声? 胡散臭すぎるんだけど」
「同意見だが、あれでもこの世界の神様なんだよ。たぶん間違ってないだろ、たぶん」
とりあえずヘルの頭をなでなでしながら、かえでが宇宙人に手を差し伸べるところを見ていた。
あ、これ友情芽生えるやつじゃん。EーTー、とかって。
「これに懲りたら、この世界で暴れるのはやめることね」
「もともと暴れてはおらん」
うそこけ、お前ちょーすごい爆弾で世界を浄化しそうになってたじゃねえか。
「暴れても今度から私が止めるから、その痛みは覚えておくといいわ。それと今後は私に一言断ってから一郎を虐めるのよ? いい?」
「うん」
いやいじめないでくれる?
ペラ様も頷くなよ。
「さて、じゃあちょっとお話しましょっか。あんた達のこともっと知りたいし。私も旅してた異世界のこと話したいから」
伸びをしたかえでは、地べたに尻をつけて宇宙人と世間話を始めた。
ヘルちゃんも俺の手から離れてフェンリルと一緒に会話に参加する。
俺だけ当然のようにボッチだ。
いや、今はそれでいいや。
なんかもうすげーつかれたし、濃厚な一日だった。
経過はともかくとして、これでようやく俺は普通の日常にもどれるんだ。
「ふわぁあ。なんかホッとしたら眠くなるな」
みんなの輪から少しはなれたコンクリートのうえで、俺は横になった。
暖かい日差しの下で、自分の腕を枕にしてお昼寝だ。
目を閉じてぼんやりしていると、三人の笑い声とフェンリルの犬臭がこちらに流れてきた。
いい感じ。平和だなあ。
「――それでな、スズキがわらわの股をじろじろと見て、パンツを履け履けと言うのだ。だから仕方なく履いてやった。ほれ、このパンツだ」
「ヘルも。この服すずきにもらったの。それとちんちんも教えてもらったよ。ヘル、上手にちんちんできるようになったの」
「へーそう。へー、ちんちんね。ふーん、そうなの……」
やべえ……。
眠気がログアウトしました。
「ちょっと待てお前ら!! 違うんだかえで、これは何かの誤解で……えっと。ちょっと落ち着け。あと宇宙人はパンツ見せんな!」
ゴゴゴゴゴゴ……
地鳴りでもなく、空が割れたわけでもないのに何だこのプレッシャー。
嫌な汗がどんどん出てくるぜ。こんなところに居られるかっつーの。俺は逃げるぜ!
ぴゅーーーー。
「一郎。逃げんな」
ぴたり。
振り返りたくない。
でも振り返らないと明日は来ないような気がする。
「ちょっと裏山に行こっか?」
「いやちんちんってのはだな……」
「この星の男性体に存在する臓器らしいぞ」
「そうそう。じゃなくてペラ様は黙ってて!」
「言い訳は後で聞くから」
もう……だめだっ……おしまいだっ!
かえでは俺の背後に無音で回り込んでチョークスリーパーをかけた。いや、なにこの暗殺スキル、これで魔王もコキッとやっちゃうつもりだったの? せめて無言はやめて、怖いから。てか俺も転生してチートスキルほちい。
「せ、せか……セカちゃ……」
もう神頼みしかない。
そう思って口にした言葉に、神は答えてくれた。
ゴゴゴゴゴ
ああ。
なんという香ばしいにおいだ。
『クッキーが上手に焼けました。香りだけでもおすそ分けですー』
じゃねえよ!!
てめ、俺の状況わかってて言ってんの!?
ほら、なんでもいいからたすけて!
「お、俺……しぬ、助け……」
『あ、この世界に転生した魂を呼び戻すのに力を使いすぎてしまって、今は何もしてあげられないんですよ。えへへ』
じゃあなんで出てきたんだよ!
クッキー見せびらかすためか!?
甘い香りの公害はどこまでも広がりを見せる。
また止めんの忘れてんじゃねえか!
「ぐええ」
この酷すぎる状況の中で、俺は今後について考え始めた。
もしこの先生き残ったとして、無能なのは俺一人で、世界中が転生者だらけで、きっと近所の幼稚園児にも喧嘩で負けてしまうだろう。おまけに人外達はそろって俺の家に居候する気でいるらしい。薄れいく意識の中でそんな会話が聞こえていた。宇宙船停める場所とか無いんっすけど、俺んち狭いから。
てか家の中ですら落ち着いていられないなんて、ああ……なんて不幸なんだ、俺。
いい人生じゃなかったが、色々あったなぁ。
走馬灯が見える。
だけどそこにクッキーが乱入してきた。
「こんなので死ねるかっつーの!! ぐへえ!」
こうして俺はクッキーが嫌いになった。