表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

「俺の仲間なんだ」

 

 我の消失(フェード・アウト)により、俺が奇術師アベルだということは認識できていないはずだが、自らに魔法をかけていることは確実にばれている。


 どうする……逃げるか。

 まあ、魔法を解いたところで、顔を見られなければ気づかれることは無いだろう。


 決死の覚悟で我の消失を解除する。すると、怪訝な顔をしながらもジークは俺から目をそらした。

 今しかない。


(ジャシー! いったん外に出るぞ)


(はへ? ちょっ、引っ張るな! アベル!)


 俺はきちんと代金を机に置いてから、ジャシーの手を掴み颯爽と人混みの中に消えていく。

 ある程度の距離まで離れなければ、ジークの魔力感知内からは出ることができない。


 なるべく遠くへ行かなくては。


「どうしたアベル! 離せ!」


「ぶほっ」


 無我夢中に歩き続ける最中、ジャシーの猛烈なビンタを受けてバランスを崩してしまう。

 どうやら相当な強さで腕をつかんでいたらしい。


「悪かった」


「ふん! まあいい。状況を説明しろ!」


「ああ。あの中に魔力を感知できる奴がいてな。そいつに警戒された」


「なるほどな! それはそうと逃げないとだぞ! 誰かにつけられてる!」


「わかってる」


 酒場からおよそ100メートルは離れただろうか。

 途中から間違いなく誰かに追われている。ジークなら堂々と魔法を使って追ってくるはずだ。ジークではないにしても今この状況で俺たちを追うのは、俺たちにとっていい相手とは言えないだろう。


「逃げながら、阻害魔法を仕掛けまくる。うまくついてこいよ」


「誰にものを言ってる!」


 それから数十分、俺たちはひたすらに逃げ続けた。

 ゲートもいくつか仕掛けたし、さすがにここまではついてこられないはずだ。


 ひたすら逃げ続けていたから現在地がよくわからないが、どこかの路地裏のようだ。ここなら人目に付かないし、いったん休憩するのにもちょうどいい。


「しつこかったな。まったく」


「ん! アベルって器用なんだな!」


「そりゃどーも」


 思わず本音が漏れてしまう。それくらい、撒くのに時間がかかった。

 地面に腰を下ろして、一息つく。


 しかし、その油断が間違いで。


「そんな小細工、私には効かないよ」


 突如、頭上から落ちてきた影がそんなことを言いながら、俺たちの前に姿を現した。


 そうだ。どうして忘れていたのか。

 勇者の仲間に一人だけ、魔法が一切通用しな奴がいるんだった。


「ジャシー逃げるぞ!」


 俺は咄嗟に声をかけ、奴の反対方向に駆けだす。

 こいつに捕まるわけにはいかない。とにかく逃げろと本能が言っている。


「なー! こいつ、やっちまえばいいじゃんか!」


「無理だ! 俺が勝てる相手じゃない!」


 奴は勇者の次に攻撃力の高いアタッカー。そのうえ俺の小細工が一切通用しないとなれば、俺は雑魚同然だ。

 通用しないとわかっていながらも、ひたすらゲートを仕掛けつつ逃げ続ける。


「待って! 逃げても無駄だよ!」


 そんなことを言いながら、奴は何事もなかったかのようにゲートを破壊してくる。

 

 考えろ。奴から逃げ切る方法を。


(ジャシー、お前って今何ができる?)


 俺が一生懸命走っているというのに、余裕な表情で空を飛ぶジャシーにそう質問する。


(んー、消えるとか?)


 何故に疑問形。てか、そんなことできるのか。


(それは俺にも使えるのか?)


(わからん! 多分!)


 俺の魔法にも姿を隠す魔法ならあるが、それでは意味がない。

 しかし、ジャシーを含め、魔物が使うのは魔術であって魔法じゃない。その理屈が通用するのかは定かではないが、通用する可能性に欠けるしかない。


(次の曲がり角を曲がったら、すぐに使ってくれ!)


(ん! 仕方ないな!)


 俺たちは奴と一定の距離を保ったまま角を右に曲がり、そのすぐ内側でジャシーの『消える』力を発動した。


 遅れて角を曲がってきた奴は、俺たちを見失って走ることを止める。

 どうやらあの理屈は通用しているようだ。

 後は、そのままどこかに行ってくれればいいのだが。


「……!」


 今、完全に目が合った。これ、本当に見えてないよな?

 俺は息を殺して身を縮める。


 それから奴は辺りを見回すと、回れ右をして元来た道を……戻ることはなく。


封魔(アン・アンデット)!」


 暴風と共に、俺たちにかけられた魔術がきれいさっぱり除去された。


「見つけた。もう、逃がさないよ」


 くそ……これまでか。

 いやいや、おかしいだろ。なんでこんなところで終わらなくちゃいけない。まだ始まったばかりだろ。

 諦めてたまるかよ。


「くそが!」


 俺は再び逃げようと走り出す。しかし――


「待てぇ。アベルぅ。わっちはもうだめだぁ。力がでないぃ」


 さっきまで余裕そうにしていたジャシーが地面に倒れ伏し、俺に助けを求めていた。

 おそらく先ほど奴が使った封魔の影響だろう。封魔は魔物の力を極端に抑える能力で、魔法とは少し違う特性のようなものだ。


 万事休すか――


「この子、魔物だよね。殺すよ」


 奴の手に握る鋭い刃が、ジャシーの首元に突き付けられる。

 そしてその刃がジャシーの喉を――


「待て! わかった! わかったから! そいつに手を出すな! ローサ!」


 柄にもなく、俺が出せる限界の声でそう叫んだ。

 ジャシーが殺されてしまっては、何もかもお終いだ。それだけは、絶対にダメだ。


「……え」


 俺たちを追っていた勇者の仲間の一人、聖騎士のローサはそう漏らすように呟いた。

 それから、手に握る剣を鞘に納めると、真剣な顔つきで俺の顔を見て言った。


「もう、逃げない?」


 違和感を感じる言い方だが、何がと言われると言葉にしずらい。

 ただ、もうこれ以上逃げるのは無理そうだ。


「ああ、逃げない。おとなしくする。だからそいつには手を出すな。俺の仲間なんだ」


「……仲間」


 ローサはそう言うと、俺の元へやってきて突然――


「……? ……は?」


 思い切り抱き着いてきた。


 甘い香りが鼻をくすぐる。あまり大きいとは言えない胸を押し付けてきて、吐息が直にかかる至近距離。

 抱き着かれて初めて気づく軽装に、不釣り合いな刀剣。


 いや、待て。そんな感想を述べている場合じゃない。なんなんだこの状況は。


「おい、なんなんだ。離してくれ」


「嫌だよ! 死んじゃったかと思ったんだから! 本当に、本当に……うぅ、生きててよかったよぉぉ」


 ローサは涙を流しながらそう言って、強く俺の体を抱きしめた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ