「返り討ちにあうだけだ」
作品タイトルが少し変わりました。
俺たちはミニャルの冒険者ギルドに足を運んでいた。
というのも、『鬼病』について情報収集をしようと思ったのも束の間、自分の金や道具を冒険者一行の馬車に置いてきてしまったのだ。つまり、今の俺は無一文。
早急に適当な依頼を受けてお金を稼がなくてはならない。
「間抜けだな! アベル!」
馬鹿にするような声で罵ってくるのは、邪神のジャシー。
先ほど、「お前は俺の精霊ってことになってるから、ご主人様と呼べ」と言ったら「むっきー! わっちがそんな呼び方するわけないだろ! 最悪名前だ!」というやり取りがあり、俺のことを名前で呼ぶようになった。
ちなみに俺は勇者一行の仲間として顔が割れている可能性があるため、一応フードを深く被っている。
顔がばれると、いろいろと面倒なことになりかねないからだ。
とにかく、あまり時間がないので、今日一日で稼げるだけ稼ぐ。
「ミニャルの冒険者ギルドへようこそ。今日はクエストの受付でよろしいでしょうか?」
クエスト受付カウンターに顔を出すと、眼鏡をかけた受付嬢が笑顔でそう言った。
「ああ。できれば今日中に済ませられるものを、なるべく多く紹介してもらいたい」
「かしこまりました。今日中に済ませられそうなものになりますと、こちらになりますね」
受付嬢はそう言って、いくつかのチラシを取り出した。
受け取ってそのクエストの内容を確認する。
『クマキノコ100個の納品』『クロムさん家の草むしり』『ピーちゃんの探し物』『大聖堂のお掃除』『武器屋のコウさんのお手伝い』等々。
その殆どが納品系や探し物系だった。まあ、今日一日頑張れば済む話だ。
「じゃあ、これ全部で」
「ええ?? こ、これ全部、ですか?」
「ああ」
「しょ、招致いたしました」
驚く受付嬢に対して、いたって真面目な俺。
まあ、どうにかなるだろ。ジャシーにもやらせればいいし。
それから俺は嫌がるジャシーを無理やりつれて、数々のクエストをこなしていくのだった。
* * *
「むっきー! なんなんだあのおっさんは! わっちのことをエロい目で見やがって! 復活したら絶対最初に殺す! 殺す!」
クロムという商家の草むしりをしていた時のことだ。
まさにそのクロム本人がいやらしい目で見てきたと、さっきから文句を言っている。
それは放っておくとして。
俺たちはどうにか全てのクエストを終わらし、宿をとることに成功した。報酬は全部で2000ゴールド。まあ、三日は食べて寝ることもできるだろう。
日も完全に沈み、時刻は午後八時頃。
宿舎の一階が酒場になっているため、俺たちはそこで夕食を食べているところだ。
「本当は服も買い換えたかったんだがな。これだけじゃそんな余裕もない」
現在は魔王戦時の戦闘着にローブを羽織っている状態だ。
あまり、快適な服装とは言えない。
あまり贅沢はできないため今晩の食事はサンドイッチに牛乳と、朝食のようなラインナップだ。
そんなことはお構いなしに、ジャシーは俺の分までサンドイッチを貪っている。
「なあ、お前って地下にいたときどうしてたんだ? まさか食事が運ばれてくるわけでもないだろ」
「あーそれはな。あそこにいた時はな! エネルギーが供給されてたから腹は減らなかったんだ! 今はめっちゃ腹減る!」
「あーそ」
こいつが食事のいらない魔物だったら、もう少し贅沢できるというのに……むしろこいつのほうが金使ってるだろ。
まー、とりあえず情報収集は明日始めよう。
忘れていたが、ほんの半日前には魔王と戦っていたのだ。俺、頑張りすぎ。それにめちゃくちゃ眠い。
「おい、アベル! なんか外、騒がしいぞ!」
「ん?」
不意にジャシーが窓の外を見て言った。
それにつられて窓の外を覗くと、物凄い人だかりができていることに気づいた。酒場にいた人たちも次々と外に出て行ってしまう。
なんとなく予想はつく。
「おい! そこのおっちゃん! 外で何やってんだ?」
ジャシーが酒場にいる男にそう質問すると、男は興奮を隠し切れない様子で言った。
「勇者の凱旋だ! 魔王を倒して帰ってきたんだよ! 勇者様とその御一行が!」
そのまま男も外へと出て行ってしまう。
「やっぱりか」
予想よりも遥かに遅い到着だな。
まあ、どうせどこかで道草でも食ってたんだろ。
「なあおいアベル! 勇者だってよ! もう、取り込んでもいいのか?」
ジャシーも興奮した様子で言ってくるが、それは無理な話だ。
「まだだ。まだ、富も名声もなにも手に入れてない。それに今、真正面から挑んだところで、返り討ちにあうだけだ」
「ちっ」
勇者が相手となると、不意打ちでも狙わない限り勝ち目はない。それに、今はその仲間たちが勢ぞろいときたもんだ。一瞬で負ける。
今は相手にはしないが、必ずあいつを潰す。その思いだけは決して変わることは無い。
だがまあ、一応。認知阻害の魔法をかけておこう。
「我の消失」
これは、万が一奴らに見つかったときに、俺が俺であると認識させないための魔法だ。
魔法を使っていることがばれなければ、気づかれることは無いはず。
「ジャシー、念のためこれから俺と話すときはテレパシーを使ってくれ」
「ん? よくわからんが! わかった!」
おそらく奴らは教会に向かうはず。教会に行けば、勇者の力で王都までテレポートができるからだ。
黙っていれば接触の可能性は―—
(おい! アベル! あいつら、こっちに来るぞ!)
は? どうしてあいつらこっちに向かって来るんだ? 酒場に用はないだろ!
(いいか、ジャシー。絶対に声を出すな。あいつらに接触しようともするな)
(わかってるっつーの! いちいち命令するな!)
どういうわけかは知らないが、あくまで他人のふりをする。
俺はあいつらの中で、死んだことになってなくてはいけないのだから。
そしてついに、奴らは酒場へと入ってくる。
勇者フランを筆頭に、聖職者のアーリン。聖騎士のローサ。魔導士のジーク。重戦士のガリオ。銃士のルークが後に続く。
そして、勇者フランは酒場のマスターの元へ行くと、あの偽物の笑顔で会話を始めた。
周りが煩くて何を話しているのかわからないな。騒音除去の魔法を――
「―—っ」
駄目だ。一瞬魔法を使おうとしただけなのに、物凄い圧を感じた。
これは確実にジークの仕業だ。あいつはSSランクの魔導士マスター。ほんの少しの魔力の流れを捉え、反応することができる。
ゆっくりと顔を上げると、険しい形相のジークが俺のことを睨んでいた。