「できるできないの話じゃない」
(なんだそれは! 人間!)
邪神もといジャシーは、テレパシーを通して俺に訴えかけてくる。激おこのようだ。
それよりも気になるのはテレパシーで会話できているこの現状。前にも言ったが、テレパシーによる会話にはある一定以上の関係値が必要なはず。俺とジャシーの関係値がその基準を満たしているとは思えないが。
(悪い。そういうことにしてくれ)
(はあ? まあ、嫌いじゃないけどな! その名前!)
(そ、そうか)
あれ、なんだか少し気にいってる?
「そうかいそうかい。精霊術士とは驚いた。最上位職じゃないか」
そう。キャメラの言う通り精霊術士は最上位職だ。
職業には下位職、上位職、最上位職の三段階が存在する。奇術師も一応は最上位職なのだが、何分特殊な職業なためなりたがる者は少ない。
「まあ、一応」
「はあ~。あんたすごいんだねぇ。どうしてサキュバスが人間といるのかと思ったけど、精霊だったのかい、その子」
「むっきー! お――」
「あー! そう思いますよね! わかります」
キャメラの悪気のない発言に、ジャシーが目を引ん剝いて宙を回り始めようとした。
強引に尻尾を掴んで言葉を遮る。
危ないところだった。やはり俺でなくても似てると思うよな。
「どうかしたのかい?」
「あ、いや。キャメラさんはジャシーをサキュバスだと判断して、どうして何もせず家に上げたのかと思って」
唐突ではあるが気になることではあった。
普通、魔物が現れたら冒険者を呼んだりして対処をするものだ。
質問にキャメラさんは「ああ」と続けて。
「それは簡単なことさ。私は心優しい魔物がいることを知っているんだよ。あれは、二年前だったかね。ゴブリンが怪我をした孫を助けてくれたことがあったのさ」
「そう、なんですか」
「そうさね。だから私は魔物が必ずしも悪だとは思わない。敵意のない魔物は魔物じゃないとさえ思ってるよ」
そんな魔物がいるのかと、素直に感心した。
確かに、敵意のない魔物をただ魔物だからと殺すのは気が引ける。ジャシーだって実は魔物だが、今のところは無害だからな。
「まあ、私のことはいいのさ。それはそうと、お二人さんはあんなところで何をしていたんだい?」
「あーそれは……」
この質問も慎重に答えなくてはならない。
まさか馬鹿正直に、勇者を裏切ろうとしたら裏切られて地下に落とされ、邪神に出会って契約結んで洞窟から外に出たら腹減って倒れた――なんて死んでも言えない。
ここは――
(わっちにませろ! 人間!)
「は?」
思わず声に出てしまい、キャメラさんに怪訝な顔をされてしまった。
いやいや、ジャシーに任せるとか不安でしかないのだが。
恐る恐るジャシーを見ると、ジャシーは胸を張って言った。
「こいつはひ弱だからな! わっちが鍛えてやってたんだ! したら途中で力尽きて倒れやがった!」
精霊術師が自分の精霊に倒されるというのも不思議な話だ。
これで変に勘繰られなければいいが。
「そういうことだったのかい。熱心なもんだねぇ」
あれ、普通に受け入れてる?
「はは。まあ、そういうことなんです」
まあ、それで納得してくれるのなら言うことはないが。
一通りの説明をすると、キャメラは一息ついてから片眼鏡を上げて言った。
「あんたたちのことはよくわかったよ。それで、これからどうするんだい?」
これ以上ここに長いするわけにもいかない。
俺たちの戦いはまだ始まったばかり。ひとまずミニャルで身支度を終えてから王都に向かうつもりだ。勇者一行はおそらくまだ馬車でミニャルに向かっている最中。なるべく接触しないよう、身長に行動しなくてはいけない。
「ひとまず、ミニャルに宿をとるつもりです」
「そうかい。ま、ゆっくりしていっていいからね。出ていくときに一声かけておくれ」
「あ、もう行きます。あまり、長いするわけにもいかない」
「もうかい? なら、送っていくよ」
そう言ってキャメラさんは立ち上げると、ゆっくりと玄関のほうへ向かっていく。
その後を追う最中、突然ジャシーがテレパシーで一言呟いた。
(臭うぞ)
え、俺が臭うってことか? 確かに魔王戦の前夜以降、体を流していなかったが。
そう思い、俺が自分の体の臭いを嗅いでいると、ジャシーが脇にあった階段を颯爽と上がっていってしまった。
「おい、待て!」
「あんたたち! そっちに行っちゃいけないよ!」
咄嗟に止めようと階段を駆け上げる。
キャメラさんが静止をかけるが、ジャシーが何かをやらかしてしまうほうが問題だ。申し訳ないが、俺はジャシーを追って扉の開かれた部屋に入った。
そこは光の閉ざされた部屋で、一つのベッドが置かれていた。
そして――
「こいつは……なんだ?」
ベッドに横になる異様の存在に、俺は言葉を詰まらせた。
そこにあるのは、人間とは程遠い物体で、この世のものとは思えない存在だ。
「見ちまったんだね」
背後からキャメラの声が響いた。
それでも、俺たちはそんなことはお構いなしに、目の前の物体に見入ってしまう。
「キャメラさん……こいつは一体」
幼い少女の頭部に、その頭部にふさわしい胴体。しかし、両手と両足が、およそこの世のものとは思えない異形のそれになっていた。あえて言うなら、悪魔の四肢だ。
「まあ、見られちまったもんは仕方ないね。この子は……孫のチェルシーだよ」
孫? てことはこいつ、人間なのか? どうしたらこんな醜い姿になる。
「どういうことだ?」
そう問うと、キャメラさんは部屋の隅に置かれた椅子に腰を下ろし、一つため息をついていった。
「鬼病ってのは聞いたことあるかい?」
「鬼病?」
聞いたことないな。
病というからには病気の一種なのだろうが、病気でこんな姿になるなんてあり得るのか?
「そう。ここ数週間の内に広まった流行病でね。どういうわけか、ミニャルの子供たちが次々に感染してる」
「ただの流行病なら、何故隠した?」
「鬼病ってのはね、段々と体を蝕み、最終的にはその子供を……魔物にしちまうのさ」
「――!?」
そんな病気、ただの流行病だと思っていいのか?
そもそもそんなことあり得るわけがない。ただの人間が魔物になるなど、18年生きてきて一度も聞いたことがないぞ。
「驚くのも無理はないさ。でも、事実なんだよ。それに、この病気はどんな薬もどんな回復魔法も効きやしない。だから国は命じてきたのさ。鬼病発症者の速やかな排除をね」
なるほど。それがこの子を隠した理由か。
「事情は把握した。安心してくれ。俺は国にこのことを伝えたりしない」
そう言うと、キャメラさんは心底安堵したように胸を撫でろした。
「そう言ってもらえると、助かるよ。さ、そういうわけだ。もうこれ以上ここにいても仕方ないだろ――」
「この子に」
「ん?」
俺は決めた。
まずはこれから始めようと。
子供を魔物に変えてしまう狂気の病『鬼病』。そんなものを解決したとなれば、間違いなく大きな功績になるし、少なくともミニャルの民の支持は得られるはずだ。だから――
「この子には後、どれだけの時間がある?」
それに、キャメラには助けてもらった借りがある。
「どれだけって……多分だけど、もう一週間もすれば、魔物になっちまうだろうね」
一週間か……やってやろうじゃないか。
俺はキャメラの肩をポンと叩き、部屋の外へと歩いていく。
ジャシーも黙ってついて来るのがわかる。
「キャメラさん。パン、うまかった。そいつは俺がどうにかする」
「ど、どうにかするって、あんたにそんなことができるのかい?」
信じられないといった様子で、階段を下る俺に声をかけるキャメラさん。
もしかしたらできないかもしれない。だが、こんなことができなくて、勇者を潰すなどできるわけがない。だから俺はやる。やってみせる。
「できるできないの話じゃない。やるのさ。だから―—」
俺がこの問題を解決した後のことを考えて、ここは念入りに。
「その子が治った暁には精霊術士アベルを、どうかよろしく頼むよ」
そう、捨て台詞を残して、羊飼いキャメルの家を後にする。
「なあ、人間」
「なんだ?」
外に出てようやく、黙りこくっていたジャシーが口を開いた。
ジャシーは不敵な笑みを浮かべながら、どこか楽しそうに言った。
「あれは病気なんて甘っちょろいもんじゃねえ。呪いだ。しかもお祓いなんかじゃどうにもならない。相当強烈なやつ!」
「呪い、か……」
なんだ、そっちの方が楽じゃないか。
呪いなら、ただその呪術師をぶっ潰せばいい。
「やるぞ、ジャシー」
「命令するな! 人間!」
その決意を胸に、俺たち二人は歩き始める。
ただ一つの目的を見つめて――