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親の姿に憧れる 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 おお、こーちゃん。よく来たな。こうして陸で顔を合わせるなんて、何日ぶりのことか。

 ――この船着き場、やけに人夫が多いって?

 ああ、船が出る時、入る時にちょっと警戒しなきゃいけないことがあってな……良かったら、こーちゃんも手伝ってくれないか?

 な〜に、難しい事じゃない。荷の積み下ろしが終わるまでの間、どこからか「ヒヨコ」が紛れ込んでこないかを見張ってもらいたいんだ。一人分でも多く、監視の目は欲しいからね。

 あとでご飯をおごるからさ、この数十分の間だけでいいんだ。頼むよ。


 どうだ、うまいだろ海鮮丼。ついさっきまで生きていた具材をかっさばいて作るからな。ちと時間はかかるが、そりゃもう鮮度抜群のぴちぴちよ。

 ――どうしてあの手伝いで、こんなに本格的に飯をおごってくれるのか?

 そいつはねえ、この船着き場にはちょっとしたいわくが存在するわけよ。それを考えたら、飯代くらいはやすいものだ。

 そもそも取材にやって来たんだろ、こーちゃん? ならタイムリーだったな。記録の準備は大丈夫か?

 

 この話はおじさんがまだまだ小さい子供の時。おじさんの爺さんから聞いた話だ。

 爺さんの友人の一人に、船乗りがいた。七つの海を股にかける、海の男になるんだ、とは小さい時からよく話していて、実際にマグロ漁船に乗って、何年も世界を旅してきた時には爺さんもびっくりしたらしい。

 帰って来てからは、船と商売を結び付けられないかって思った。船のメンテナンスの知識や資格の勉強をしつつ、近海の島々への連絡船を考えついたんだって。

 定期便はすでに存在していたけれど、その時間外を埋めるような形で、昼夜を問わずに船を出せるようにする、という意図があったと聞いたね。

 連絡船は幅広い層に受け入れられて、経営は文字通りの順風満帆だったとか。

 

 ある朝。彼が船の手入れをしていた。その日は波が高めで、陸がほど近いにも関わらず、船体は上下に揺れて、ぎしぎしと音を立てていたらしい。

 不意に背後から「ピヨピヨ」と鳴き声がした。見ると、船を係留するためのロープをつなぐ「ビット」の上に、手のひらに乗るくらいの小さいヒヨコが乗っかっていて、盛んにおじさんに向かって鳴いていたんだ。

 おじさんは追い払おうとしたけれど、ヒヨコは一心にピヨピヨ鳴きながら、熱いまなざしを送って来て、ビットの上を離れようとしない。


 ふとおじさんは、「すりこみ」の話を思い出した。動物のひなは生まれてから最初に見たものを親だと思い込んでしまう、という習性を。もし、このひなが自分を親だと考え、ついていこうとするあまり、この場を離れないのであれば……。

 おじさんはそっと、頭にかぶっていたキャプテンハットを取ると、かぶる部分を上向きにして、ひよこの足元に差し出ながら「来るかい?」と声をかける。

 最初は戸惑っていたようだが、両脚を帽子のくぼみに入れたのを確認すると、おじさんは一気に引き寄せながら、船へ飛び移った。そのまま操縦席まで連れていき、歩き回らないような籠がないか探したけど、すぐに思いとどまった。

 ひよこの成長は早いと聞く。籠の中、船の中にいられるのは何日もなかろう。ならば、彼にとっては広すぎるであろうこの船内を、できる限り歩き回らせてやろう、と考えたのだとか。

 目を離すのは危なっかしい。彼は後から船着き場にやってきた知り合いに、エサを始めとする小鳥が住まう上で、必要になるものを所望したそうだ。

 

 そこからというもの、連絡船の客は、新たにやって来たマスコットの姿を目に留めることになる。バスのように取り付けてある座席の間を、よちよちと闊歩していく様は、子供に笑顔を、大人に微笑ましさを提供してくれたらしい。だが、それ以上にヒヨコがヒナへとぐんぐん成長していく過程は、養鶏に詳しくない船長も驚くばかりだった。

 残業のために、定期便が終わってから島に帰宅する人など、ほぼ毎日利用する人はともかく、週に一回程度くらいしか顔を見せない客は、重く大きくなっていくヒヨコ改めヒナの姿に、本当に同一の個体なのかと驚きを隠せなかったくらいらしい。


 船長はヒナの成長を見るたび、手放す時が近づいてきているのを感じていた。養鶏場の環境とはかけ離れた船の上にも関わらず良く育ってくれたが、まだ鳴き声はピヨピヨのままだ。

 鶏は陸の生き物。それを仲間がいない海の上に引き上げてしまったのは、ある意味残酷な仕打ちだったのかもしれない。ならば、今からでも本来暮らすべき陸の上に、戻して上げるべきなのではないか。

 そう考えた船長は、およそ三ヶ月前に、初めて出会うことになったビットの上へ、彼を連れて行った。

 すでにキャプテンハットは、彼の図体に見合うものではなくなり、船長は両手で彼を抱き上げる。ずっと重くなった体を噛みしめながら、そっとビットの上に足をつけさせた。


「今までありがとう。お前がいてくれて、楽しかったよ。だが、お前は知るよしもないだろうが、俺はお前の本当の親じゃない。あるべき命の姿勢。ゆがめてしまって、済まなかった。お前ももう大人になる。これからは望んだままに生きて欲しい。俺の願いだ」


 船長は頭を下げたが、彼はビットの上でピヨピヨと鳴くばかりで、動こうとしない。

 もう、一人で行ってくれねば困るのだ。そう思った船長は、彼を残して係留のロープを外すと、客が誰も乗っていない船を出した。

 近辺を、ほんの一時間ほどクルージングして帰る。その頃には、あいつもいなくなっているはずだと、船長は踏んだんだ。


 けれども船着き場を離れて、船体を曲げ始めた時、あの「ピヨピヨ」という声が、尋常ではないくらい、大きくなった。船長は思わず操縦室から甲板に飛び出したんだ。

 ヒナはビットの上から落ちていた。それも陸ではなく、海の方へ。生え変わりきらない羽を懸命にばたつかせながら、懸命に浮こうとしている。船長はすぐにとって返そうとしたが、船は水に浮いているから、プロペラ逆回しによるバックはできても、曲がったり止まったりは容易じゃない。

 四苦八苦しながら急行した時には、すでにヒナは無数の羽を水面に残し、海中に沈んでいた。船長は飛び込んで探したが、見つかるのはゴミとヘドロとわずかな海藻たちだけだったらしい。

 船長はその日、連絡船を休航した。事情を知った常連の客たちからは8割の励ましの言葉と2割の浅慮を責める言葉が、船長に投げかけられたとか。

 

 船長は一度、船を手放して新しいものを用意することにした。あいつとの思い出が詰まった船で送り届けをするのは、辛くて仕方なかったからだ。自分勝手な考えで、永遠の別れを作ってしまった、自戒の念もあったらしい。

 あえて海の見えない隣町まで買い物に出かけ、その間に係留している船をドックに運んでほしいと依頼する船長。その足取りも頭の働きも重く、買い物は日が沈んでしまうまで長引いてしまった。もろもろの手続き書類の準備も必要で、一度家に帰ることになる。


 すっかり暗くなる頃に帰って来た船長。船着き場近くの自分の家へ向かったが、ふと自分の前の船が、いつもの場所に係留してあるのを見た。確かにドックに入れてもらえるように頼んだというのに。

 不審に思った船長は、書類を置いた後、船へと向かう。中は今朝がた、別れを告げた時と変わりない。

 最後に別れを告げさせるために、知り合いがつないだ状態にしてくれたのか、と船長はくまなく船内を歩き回り、やがて操縦室にたどり着いた。自分の座席と、そのわきにちょこんと置かれた、大きめの揺りかご。かつてのあいつの特等席だ。

 船乗りに魅入られた以上、あいつはニワトリではなく、船乗りとして生きて死ぬべきだったろうか、と思う船長だったが、すべては後の祭り。

 なつかしさから、思わず揺りかごに手を伸ばして、そっと触れた時。

 

 船がすっかり消えた。足元の床も無くなり、船長は海中へと真っ逆さまに落ちてしまったんだ。どうにか浮き上がった時、船長はすぐ頭上を一羽の大きな鳥が、水しぶきを巻き散らしながら、海の向こうを目指して飛んで行くのが見えた。とさかが見えたものの、その翼は船長が見たいかなる鳥よりも、大きかったという。

 陸に上がった船長は、あいつが親だと思ったのは俺ではなく、船の方だったのだろうと知り合いに話した。

 望んだままに生きる。それは自分の「親」と同じ姿になることだったのではないか、と。

 船長は引退するまで、新しい船と共に経営を続けた。そして、この船着き場にひよこを入れてはならないという掟は、今も続いている。

 命のあるべき姿。ひよこたちが間違えて覚えることのないように、とな。



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