覚醒
タイトル回収……
「……嘘、巨大化した!?」
窓の外を見て、驚愕の声を上げる香澄先輩。
見れば、先程光が降り立った場所に、巨大としか言い表しようのない女性が立っていた。
『みんなみんな、ホモになってしまえぇぇぇぇ!』
再び、頭が割れんばかりの大音量が鳴り響く。
一瞬で平衡感覚が失われ、立っていられなくなって、その場に座り込んでしまった。
ぐわんぐわんと視界が揺れ、眩暈と吐き気が同時に襲いかかってくる。
「大丈夫!?」
「……ごめん、あんまり大丈夫じゃないや」
情けない事に、一歩も動く事が出来そうにない。
これがBL波の仕業だというのなら、俺はこのままホモになっていまうのだろう。
せっかく憧れの香澄先輩と付き合えたというのに、ホモになってしまったら俺達はどうなってしまうのだろうか。
「しっかりして!このままじゃホモになっちゃう!!」
香澄先輩の声がとても遠い。
まるで夢の中から聞こえてくる声のようで、全く現実感が無い。
段々と思考が曖昧になっていき、現実とそれ以外の境界線が不確かな物になっていく。
そして男と女の境界線も曖昧になっていく。
何故男は女を愛し、女は男は愛するのだろうか?
そこには『X』と『Y』の一文字の差しか存在せず、人間の愛はたった一文字の差を越える事が出来ない程、愚かな物だったのだろうか?
ああ、男を好きになるという事は、真実の愛に近付くという事だったのか……
混濁した意識の中で、俺はそんな事を思い始めていた。
「こうなったら……えい!」
どこからか、そんな声が聞こえてきた。
すると、唇にやわらかい感触がして、俺の口の中を何かが蹂躙するように暴れまわる。
口内から鼻へと抜けていく誰かの吐息。
それは異性の匂いを残して、俺の雄の部分を強烈に刺激した。
血が昂ぶり、下半身に血液が集まっていくのが感じられる。
俺が香澄先輩と唇を重ねている事に気が付いたのは、それからしばらくしてからの事だった。
「……あの、香澄先輩もう大丈夫です」
いつの間にか床に倒れていたようで、香澄先輩は俺に覆いかぶさるようにしてキスをしていた。
香澄先輩の顔が遠ざかり、その愛らしい表情の全貌を視界に収める。
「良かった、正気に戻ったのね!」
正気に戻ったというか、現在進行形で正気を失いそうだというか……
体調はすっかり良くなっているのだが、現在別の部分がとても大丈夫なので、このままの態勢でいると、大丈夫が大丈夫ではなくなっていしまいそうだ。
「すいません香澄先輩、ちょっとどいてもらっていいですか?このままだと、その……」
「え?……あっ、そそそそ、そうね!」
何がとは言わないが、香澄先輩もそれに気が付いたようで、顔を真っ赤に染めて慌てて俺の上からどいてくれた。
「……」
気まずい空気が、再び俺達の間を通り抜ける。
しかし、それを先に破ったのは香澄先輩の方からだった。
「ねぇ、さっき『私は契約者がいない半人前』って言ったの覚えてる?」
「え?えぇまぁ覚えていますけど、それがどうしました?」
「実はあれ、半分本当で半分嘘なの」
「どういう事ですか?」
急に何を言い出すのだろうか?
香澄先輩の言いたい事が掴めず、俺は首を傾げた。
「実は、貴方と私は既に契約状態にあるのよ」
「えっ、契約って言ったって、俺はそんな物した覚えはないですよ?」
「ううん、既にしてるわ。契約は魔法少女に好意を持った異性との……キ、キ、キスを以って交わされるの」
どうでもいいが、『キス』という単語を恥ずかしそうに言い淀む香澄先輩が可愛い。
「えっと……それで契約するとどうなるんですか?」
「契約者の身体の一部を、魔法の武器に変える事ができるわ」
そ、それじゃあ、俺の身体が魔法の武器になっちゃうって事か!?
……うん、何だか現実感がゼロで、それがどれ程の事なのか全く理解できん。
えっと、取り敢えずこういった場合は驚けばいいのだろうか?
「だからお願い、貴方の魔導兵器を私に貸して!!」
俺がどう反応していいのか困っていると、香澄先輩は真剣な眼差しを向けてそう言ってきた。
「えっと、どうしてそんな必要があるんですか?他の魔法少女がいるから大丈夫なんでしょう?」
これまでの話から察するに、魔法少女は魔導兵器を武器にして、並行世界の奴らと戦うらしい。
という事は、俺の魔導兵器(?)を渡したら、香澄先輩は戦いの場に飛び出してしまうという事だ。
俺は、誰が何と言おうと、香澄先輩が危険な目に遭って欲しくない。
「それはさっきまでの話。巨大化した相手に対抗できる程の魔法少女は、今は出払っていていないのよ!もう、貴方の魔導兵器に賭けるしかないの!!」
マ、マジか……
確かにさっきのBL波はかなりヤバかった。
俺も一瞬で薔薇色の世界の住人になってしまいそうだったので、その危険性がどれ程の物かは分かっているつもりだ。
だけど、見ず知らずの百人の人間がホモになるのと、俺の大事な香澄先輩の身が危険に晒される事を天秤に掛けると、間違いなく香澄先輩の側に傾くだろう。
だが……
「だから、お願い!」
……お願い、か。
それなら仕方がない。
どうやら俺は、好きな異性に真剣な『お願い』をされて、それを断れるような人間ではなかったようである。
「分かりました、だけど条件があります。魔導兵器は俺が使うので、俺を連れて行って下さい」
しかし、香澄先輩を危険な場所へと送り込んで、自分は安全な場所でのうのうとしているなんて御免だ。
魔導兵器が何かは知らないが、俺の身体一部だって言うぐらいだから、俺が使うのが一番良いはずだし、香澄先輩を守る事だって出来るだろう。
戦いとは古来より男の役目であり、香澄先輩が戦うより俺が戦った方が向いているはずである。
「……でも」
「悪いけど、そこだけは譲れないよ」
俺は意思をもって、香澄先輩の目を見据える。
「……」
「どうやって、俺の身体を魔導兵器にするんですか?」
「……もう既に変化しているわ」
「そっか……」
それじゃあ、後はそれを確認して現場に向かうだけだな。
……しかし、見た限りでは、どこかが兵器に変わったような感じはしない。
取り敢えず俺は立ち上がって、身体の確認をする事にした。
と、その時――
――ゴトリ。
ズボンの中を通って何かが落ちていき、床に重たい音を立てながらそれは姿を表した。
圧倒的な重厚感を誇る、黒光りした鋼の塊。
詳しい種類は知らないが、音速を超える鉄の礫を吐き出すその武器の名前は知っている。
『銃』
それが俺の魔導兵器らしい。
「……凄い、こんな立派なモノ見た事ないわ」
余程凄い魔導兵器なのか、感嘆の声を上げる香澄先輩。
だがしかし、俺の思考は別の事に捉われていて、それどころではなかった。
もっと早く気が付けば良かったのかもしれない。
何故、魔法少女が異性と契約をしなければならないのか。
そして、身体の一部を魔導兵器とすると言ったその意味に。
『銃』の形をした魔導兵器。
魔導兵器は身体の一部であるという事実。
それが出現した場所。
……そして、どこかスースーして納まりの悪いズボンの中。
そこから導き出される答えは一つ。
「と、取れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
俺は人生で一番の悲鳴を上げた。
【今日のQ&A】
Q これは酷い……
A これは酷い……