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黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
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思い立つ

 もう少し話を聞いてみようという気になった翌日、早速エアリス領主館へ足を運んだ。すぐに伯爵自ら出迎えてもらいながら中へ通される。

「いやあ、思ったより早かったな。それで、どうだ?」

「いえ、もう少し話を聞きたくて」

 そう断りつつ、肩を落とした彼と話し合う。本当に身寄りも身分もない人間を独断で一家に入れてよいのかどうか。もし養子になったとして、学院はともかく、その先はどう考えているのか。前から熟考していたのだろう、彼は淀みなく答えていった。

 まず、養子の件については本来は勧められていないが、慣例として一族を存続させるために貴族の間で行なわれることがあるそうだ。位の低い貴族の次男、あるいは、平民の愛人……娼婦との間にできてしまった子をその母親ごと使用人として囲い、時期を見て子供を養子縁組することも、またあるいは神官になった元貴族の子息を派閥争いの補填として引き取ったりと、様々な事情から思っていたより頻繁に行なわれるらしい。

 半眼になった自分に咳払いしつつ、貴族とはそういうものだと言った。その顔に不快感や何か思い入れた様子はない。本当に当たり前のことなのだろう。

「うちはまだマシな方だぞ。何せ最北端の山脈を守護する領地だからな。中央付近の陰謀とは縁がない、田舎だ」

「それはまあ、街を見ていると納得しますが」

 恐らくだが、領主館の前を昼寝スポットにできるのもここだけではないだろうか。

「完全に無縁とも言えんがな」

「まあ、あなたったら」

 たおやかに手袋をはめた手に扇子を広げて口元を隠す妙齢の淑女。

 アデリーヌの治療をした日に初めてお会いした伯爵夫人、アンジェリーナである。

 彼女は公爵家の第二夫人の長女として生まれ、国王からの推薦もあり早々にこの辺境伯へ嫁ぐ予定が決まっていたそうな。その当時、彼女はまだ生まれていなかった。

 中央としては、辺境領地で独自の軍事力を育み疎遠になっていくことに危機感を抱いており、繋ぎの目的として先代伯爵と約束をしたそうだ。そう明け透けに喋るドナードに対し、ふふと上品に笑っているものの少し咎めるような視線を向けるアンジェリーナ夫人。なるほど、これが気品というものかと、感心しながら眺めた。

 人質のようなものではないか、そう思ったが、それも読んでいたのか彼女の方から話しかけられる。

「母は体が弱く、私と長男をもうけてすぐに他界されたわ。弟と違って私には中央に後ろ盾も何もない、別邸で匿われる日々……ここに来てからは毎日空気が美味しくて心地が良いのですもの」

 裏表のなさそうな微笑みを浮かべて目を細める夫人。隣では彼が満更でもなさそうな顔をしてそわそわしている。夫婦仲が良くて何よりである。

 歳が二十ほど離れていると聞いたときは驚いたが。

「母譲りなのか私もあまり体が強くなくって。ルカにも弟か妹がいてあげられたらよかったのにと思っていたのよ。まさか上の子が増えるとは思わなかったけれど、私はオニキスなら大歓迎だわ」

「そうか。そうか」

 うんうんと大きく頷きながら夫人の肩を抱き込むドナード伯。気立ての良い、若くて美人な奥方なのだ、これくらい惚気ても仕方ないのだろう。少なくとも中央政府と辺境伯との仲は暫く安泰なのではなかろうか。

「家族間のトラブルがないのは理解しましたが……」

 その先はどうするつもりなのかと尋ねたら、どうもしないと彼から返ってきて面食らった。

「どうもしない?」

「無論だ。君を養子にしたいのも、アデリーヌについてほしいのも、ルカの魔法の教師役も、全て私の、我々の我儘だ。その上で君の将来に口を挟める権利などない」

「いや、養子になればあるのでは」

「そんなものは君が嫌になったらいつでも切って構わないものだ」

 勿論、家族の一員になるのだからアデリーヌとルカと同じように接するし、色々と便宜も図るという。

 思わず凝視してしまっていると、ごめんなさいね、と夫人が眉を下げて謝ってきた。

「この人、直情的なのよ。貴族らしくないってしょっちゅう言われるわ。けれど、あなたにとっては悪くないと思うの」

 はあ、と生返事が出る。

「では、学院を出た後にまた冒険者に戻ってもいいのですか」

「良いとも。寧ろそれくらいなら貴族のままでも構わないが」

「何処かに嫁ぐとかそういった話は断っていいのですか」

「構わん構わん。それで指さされても私の責任だ。まあ、今更落ちる評判もないがね」

 はっはっは、と笑っているがそこは笑っていいのだろうか。若干心配になる。

「これといった特産品もない、領民の数はそこそこ、ほぼ自領で自給自足し、山から降りてくる魔物を間引く。魔物退治くらいしか義務がないのだ。その代わり他領より税が緩和されているが、この地の価値を正確に見ているのは中央と公爵家くらいなものだろう」

 だから学院を出たとしても他の貴族から絡まれることはそうそうないと踏んでいるそうだ。旨味がない、と思われているらしい。

 確かに魔物退治なんて冒険者に任せておけば問題ない。金塊のない土地には魅力を感じない、ということか。

 聞いているうちに呆れてしまい、肩から力を抜いて紅茶をお代わりした。気持ちは、なんかもういいかな、という気分である。

 そこまで言うのなら、もう暫く面倒を見てもいいかもしれないと。

 そう思っていることを淹れたての紅茶を口にしながら言うと、伯爵は諸手を挙げて喜び、隣の彼女を揺さぶった。やや困ったような顔をしつつ、彼女の方も嬉しそうにしている。夫人の方とも問題なくやっていけるなら貴族でも問題あるまい。礼節など何も知らないが。

「それは大丈夫だろう、君なら」

「それは大丈夫よ、あなたなら」

 しかし二人同時に否定されてしまった。そんな訳ないだろう。

「いや、下手すると成り上がり貴族よりも落ち着いているぞ」

「周りから見て品があれば問題ないのよ。勿論、節目の行事とか、慣例とか細かなものもあるけれど、それは追々覚えればいいだけだわ」

 流石は元公爵令嬢、作法には自信があるらしい。縁組したあと暫くは彼女から教養を教わることになりそうだ。

「構わないわ。それより、本当に良いのね。もうこの人は決まったも同然みたいに話を進めてしまうでしょうから、確認なのだけれど。そうよ。まだ暫定の話よ、あなた。それで、やり残したこととか、今のうちに済ませたい予定があれば言ってちょうだいな」

 えっという顔をしている伯爵を二人で睨みつつ、そう確認しあう。だが済ませたいことと言われても特にない。何せ身寄りがないのだ。挨拶すべき家族がいない。

 ああそういえば、家族については問題ないが、ダルとヒュースのことはどうしようか。今の段階で二人を放置するのは、いけるか。最近の腕を思い出しながら考え直す。学院生活で自分が抜けても、彼らなら問題なく生活できるまで力をつけた。それなら慌てる必要もないだろう。

「身内は特に―――」

「オニキス?」

 口を半開きにしたまま止まってしまったこちらに訝しげに呼びかけられる。特にいないし、気にすることはない、そう言おうと思ったのだが。

 再び口を閉ざして考え込んだ。

 悩んでいる間、じっと黙っていた彼らに向けて顔を上げる。

 暫くして、躊躇いがちに、答えた。

「ひとつだけ、やり残したことが」






 北方第六支部。

 狼のマークと木製の扉を潜ると、スーシュの町にある冒険者ギルドとそう変わりのない景色が広がっている。この街に来た当初以来、一度も足を運んでいなかった場所だ。

 他の冒険者の腰の位置くらいしか背のない自分に気が付いた人々が怪訝そうに眺めたり、全く気付かれなかったりしつつ、奥のカウンターによじ登る。

「すみません」

「あら、何かお困りですか?」

「はい、依頼を出したくて」

 にこりと人懐っこい笑みを浮かべている女性を見上げる。どちらかというと更に上の部分、ぴこりと動いた犬耳の辺りを。

「どんな依頼をしたいの?」

「こういう依頼を」

 す、と懐から出した紙をカウンターから差し出すと、驚いたように目を丸めて耳を広げた。感情表現がそこにも出ているらしい。獣人の様子を近くで見たのはこれが初めてだ。つい気になってしまうが、失礼になってはいけないと視線を外す。

「え、ええと」

 まさか幼児が正式な書式で依頼を提出してくるとは思っていなかったのか(当然だ)、慌てたように両手で取り上げて顔の近くで読み込む。エアリス伯から道具を一式貸してもらい、書き上げたその足でやってきたのである。

「え、ええと?」

 しかし、三周ほど目を走らせた彼女から漏れた声は、決して納得したような雰囲気ではなかった。どころか物凄く困惑している様子が伺える。

「何ですか、これ?」

「探し物と、護衛の依頼、ですかね?」

「どうしてあなたが疑問形なんですか?」

 こてんと首を傾げた自分に彼女も同じ方向へ首を傾げる。

 カウンターに戻された紙にはこう書いてある。


 旅の護衛求む。旅費負担、報酬応相談。

 護衛対象 六歳児 一人。

 期間 探し物が見つかるまで。応相談。


「滅茶苦茶な内容なんですけど……」

「やっぱりそう思いますよね」

「分かってて出したんですか? もう、遊びじゃないんですから」

「勿論です。ではそれでお願いします」

「……え?」




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