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黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
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弓の訓練

(お、お久しぶりです……)

「ほいよ、野菜増し増しサンド」

「ありがとうございます。今日もとても美味しそうです」

「まけねえけどな」

 がははと笑った店主から商品を受け取り花壇に移動する。

 頭上に木が聳える日陰がちょうど空いていたので迷わずそこに座り込む。いつものように息を抜き、そよ風に目を細めて景色を楽しむ。領主館の前に広がる広場は相変わらず居心地が良い。



 養子になる気はないか。

 領主館でまさかの申し出を受け、色々話した上で落ち着くために保留にさせてもらった。

 どうしていきなりそんな話に、と思ったら、前々から考えていたのだという。

 私がいつも一人で動いていること、聞いたら身寄りはないということは駄目押しだったそうな。その前から、アデリーヌの治療のために置いておけないかと考え始めていたとのこと。

「お抱え冒険者にすればいいのでは?」

 自分から言うのも恥ずかしい話だなと思いつつ、養子にする必要性が分からずそう提案してみる。

「それがな」

「あ」

 と、そこで父親に視線を送られた娘が口元を隠す。

「やだわ、お父様、本当に考えてくれてたの?」

「こちらにもメリットはあるからな」

 何のことやらと眺めていたら新しい情報が。

「貴族は原則、学院に通わなければならない時期があるんだが、アデリーヌは見送っていてな。だが、このまま回復すれば中等部から編入できる」

「でも、社交界も出たことないし、外のこと何も知らないし……。皆に迷惑かけるなら行きたくないわって言ってしまったの」

「何を言う! 幼少期の社交なぞ辺境の領地が出張ったところで大した意味はない。だが学院は貴重な個人の交流の場だ。一生の友人ができるかもしれんのだぞ」

「って、前にも言われたわ」

 手の平で父を示す娘。なるほど、学院はよく知らないが主張は熱く伝わってきた。

 貴族のイメージで、そういう場はどちらかというとコネ作りとか、政略的な駆け引きとかを想像してしまったのだが、彼の心配はもっと娘自身の方ににあるようだ。皆がそうなのか、ドナード伯だけの価値観なのかは微妙だが。彼が話すと何でもアットホームな印象になってしまうのはある意味特技だと思う。

「気にすることはないぞ。日頃の世話人はヘルマを付けるし、護衛ならそろそろマインケとザロモも戻ってくるから心配いらん。それに」

「オニキスに頼んで学院に一緒に行けば、一人にはならない、でしょ」

「む、うむ、そう言おうと思ってな。どうだ、オニキス、少し考えてみてはくれんか」

 やはりそういう展開か、途中からそんな気はしていた。しかしそう簡単に頷ける内容ではなかった。

「私のメリットが分かりません」

 一言そう告げると、面食らったような顔をドナード伯が見せる。






 肉サンドを頬張りながら往来を眺める。そういえばここで少年達を見かけなければ養成所にも気付かなかったなと思い出す。

 することもないし訓練でもしていようか。そう思い立ち、食べ終えて養成所へ向かった。

 昼間の養成所は夜に見るよりも人の気配があって活気を感じる。相変わらず建物自体は殺風景だが。

 そのまま教室の並びを素通りし別棟へ。中から打ち合う音や叫び声が聞こえてくるのも久しぶりだ。本来こちらの方が普通なんだろうなあと遠い目をしながら扉に手をかけ、そこで別の音を拾った。

 中ではない。この建物の裏手か?

 気になって壁伝いに背後に回ってみると、裏庭のような空き地が広がっており、その周りを木造の塀が囲んでいた。

 そこに小さな弓を構えて壁側に射掛ける人々がいた。そういえば弓の先生がいたのだったか。

 ディルバ村で弓を教えてくれたクルソのいい笑顔が思い出される。ナイフにしようと思ったが、やめよう。

「あの」

「ん?」

 声を掛けて振り返ったのは、二十代そこそこと見受けられる男性だ。先程から訓練中の彼らに教えていたので、彼がディアクの言っていた弓の適任者だろうか。

「どうした?」

「これは弓矢の練習中ですか」

「そうだけど、新入りか? 興味があるならやってみる?」

「いいんですか?」

「的が余ってんだ。練習するだけならタダだぜ」

 そう言ってすぐに余っていた道具を一式貸してもらえた。市販で見かけるものと同じ気がする。木だけで作られた、耐久性の低いショートボウだ。

「手袋は……あー、すまん。サイズがねえわ」

「大丈夫です」

 はやく大きくなりたい。とりあえず滑り止めグローブは自前であるので良しとする。

 角に余っていた的を宛てがわれる。的の数は七、練習者は六人だ。

 隣に並ぶ女性は慣れているらしく、危なげなく的に命中させていっていた。弓も自前の物のようだ。

「お待たせ。突っ立ってないで、ほら」

「あ、すみません」

「経験は?」

「前にやったことがあるくらいです」

「あんの? じゃあこの位置から試してみてくれる?」

 彼が足で示した所に進んで立つ。女性よりも十メートル手前、的からは二十メートル手前くらいだ。

「はい、構えて……」

 言われた通り矢を番え、引く。

「………打て」

 どすっと的に当たった。ほぼ中央である。

 ひゅう、と口笛がして振り返ると、先程の女性がにやりと笑っていた。

「やるじゃんかちびっ子。もっと下がりなよ」

 手招いてくれているが、彼が何も言わない。眉間に皺を寄せて的を凝視している。

「………下がったって結果は同じだろ」

 ぼそりと聞こえてきた言葉に顔を上げる。

「何よカーター、綺麗な構えだったじゃん」

「うるせえ。おい、お前、もう一回構えろ」

 難しそうな顔のまま命令されたので、もう一度構えた。

「打て」

 矢は短い弧を描き、すぐに的に吸い込まれた。

「おお……」

 彼女と、あと何人かの感嘆が漏れる。

「もう一回だ。補助は使うな」

 周りのどよめきなど無視して同じように言われて……番える手が一瞬止まった。

 同じではなかった。今度は明確に指示がある。

 やはりと考えつつ、弓を引く。

「打て」

 手元から放たれた矢は、先ほどの軌跡とほとんど変わらず落ちていき、どすっと音を立てた。

 ちょうど、三本の矢が等間隔に中央付近に並んで刺さる。

「ふ……」

 ゆっくり呼気を吐いた。最後の一矢は“普通に”集中したので緊張感が違ったのだ。

 近くで練習していた人達も手を止めて眺めていたようだが、一様に息を呑んだのが伝わってきた。

「す……」

「ずるい!」

 誰かが何か言うよりも早く、隣で矢が刺さったのを見届けてからぷるぷる拳を震わせていた彼が叫んだ。

 がしりと肩を掴まれ前後に揺さぶられる。舌、舌を噛む。

「何なんだよお前! 魔法捨ててこれとか! 俺の立つ瀬は!?」

「ちょっと、どうしたのさ、落ち着きなって」

「ずりぃ! ずるい! 詐欺だこんなん!」

「す、すみ、ま、せん、ん」

「おい誰かアイツ殴れっ」

 背後から他の男が彼を羽交い締めにし、先ほどの女性が拳で頭を殴って気絶させてからようやく解放された。あと少し遅かったら首を捻っていたかもしれない。

「そりゃ、子供のわりに精度はいいけど、射程が長いわけでもないのに何でこんなムキになってんだか」

 庇ってくれた彼女らが呆れたように彼を見下ろす。

 申し訳なくなったので大人しく意識が戻るまで隅で彼と一緒に休んでいた。

「……っ」

 がば、と起き上がった彼がこちらに気付く。

「頭痛は大丈夫ですか。薬ありますよ」

 彼が何か言う前に話しかけると、開けた口を止め、苦虫を噛み潰したような顔で首を振られる。

「頭痛はねえけど、それより何だあれ。【風】で的まで覆ってたのかよ」

「それだと面倒ですね。私は矢そのものに魔法を固定しましたが」

 確かに魔法で擬似的な「真空管」を作り、矢を輸送するなら確実に的に当たるだろう。だが、拠点から標的まで毎回道を指定するのは骨が折れる。

 もっと単純に、矢そのものの空気抵抗をなくす方向で考えた。

 正確に説明するなら、鏃から羽根までとその前後五センチくらいの空間を【指定】し、外側に向けて空気を押し出す空間を作った。風圧や風向を考慮する必要がなく狙いが容易で、かつ魔法の効果は的に当たるまでなので数秒にも満たなくても十分。矢そのものに魔法を固定するので移動中でも発動を安定させられる……という、要するに魔法込みで飛ばしていたのである。

 ディルバ村にいた頃は何も言われなかったが……もしかして村を出て移動する間、ギーガーに魔法が使えることを気付かれたのはそのせいかもしれん。

「ずるい」

「そうですかね」

 文句に疑問で相槌を打つ。

 便利なのだからいいじゃないかと思うのだが。

 そう言ってみたがやはり首を振り、両手を開く。

「魔法を併せても併せなくても精度が変わんねーとか、俺からしたらやっぱ詐欺だと思うわけ。見た目で騙されたこっちが悪いんだけど」

「あれ以上距離が開いたら分からないですけどね」

 ひどい言いがかりもあったものだ。

 二十メートル程度の距離だったから丁寧に狙えただけで、自分の技量では、この弓で遠方を狙うのは難しい。所用で昔持っていた時期があったのだがあれはコンパウンドボウだったし、自分も体格があった。幼女の手足で弓を引くのはどちらにしろきつい。

「ちっ。お前今日から魔法禁止な。弓使うとき」

 舌打ちが聞こえたが、それはいいとして難題を出されて驚く。

「え……それはもしかしてあれですか、また特訓させられる流れ……」

「そうだ。この俺が見てやるから魔法抜きで百発百中しろよ。……また?」

「百中は無茶ぶりですよ」

 彼の訝しむ声には答えず苦情を述べる。だが、返って怒らせてしまったようだ。

「無茶もクソもあるか。魔法使ったら全部クリティカルになっちまうだろ。練習の意味あんのかよ」

「………確かに」

 むしろ術式を磨くのに時間を割いた方がいいくらいだな。

「どうせ背丈なんか数年もしないうちに伸びるんだから、練習はサボったらだめだ。すぐ鈍っちまうからな」

「何だかすみません」

「あ? ほんとだよ。つーか、何で世話する流れになってんだ。いや、俺が指導員だったわ」

 がしがし頭をかく男に本当だなと頷く。どうもこの青年、口調は粗雑だが普通にお人好しらしかった。






 宿に戻り、ベッドに腰かけた。ふう、と息を吐いて壁を眺める。

《する?》

「ああ、はい。そうですね」

《? 意思が曖昧。どっち?》

「あ、と。すみません。考え事を」

 どうも彼女の前だと気を抜いてしまう。

 突然顔を見せるのに慣れてしまったのと、彼女に全く裏表がないこと、こちらの意思も筒抜けなことがそうさせているのかもしれない。昔なら有り得ない話だ。

 ふうん、という思念が飛んでくる。そのまま帰るわけでもなく、宙空に漂っている。

 とりあえず櫛を取り出して彼女を手招く。

「今後の事を考えておりまして」

《今後のこと?》

 足元に座り直してくれた彼女のふわりと流れる髪を一房取って丁寧に櫛を通していく。光に当たると僅かに濃紺に輝く。銀の装飾が似合いそうである。

「ええ。貴族の養子にならないかと誘われましてね」

《誘われるとどうなる?》

「貴族社会の一員になるんでしょう。上手く馴染めるか甚だしく疑問ですが」

《ふうん》

 貴族というものを恐らく分かっていないまま彼女は相槌を打つ。

 ドナードはああ言ったものの、何処の馬の骨ともつかない下級冒険者を養子に上げて、そして実子とともに学院に通わせるだと。

 恐らく特異な目で見られるに違いない。それが自分だけならどうとでもなるものだが、ともに彼女やドナード伯爵、その領土にまで悪い評判が立ったら目も当てられない。

 それに今更、自分がそんな縦社会、それも上流階級の世界に溶け込めるのかも怪しいものだ。

 この世界でやってきてから、だいぶ経つ。

「村生活とか、冒険者業とか。もうすっかり馴染んでしまいましたからねえ」

《オニキスはどっちがいいの?》

「私ですか」

 次の毛束を取り分けて梳きながら、ううんと空中を眺める。

「元々、安定した収入や身分というのは欲していましたが……」

《じゃあなればいい》

「負うリスクも大きいということですよ」

 それに、と彼女の髪を撫でる。

「こうして二人で話し合えるような自由時間も減ってしまうかもしれません。闇魔法の訓練の時間を作れるかどうか」

《じゃあやめればいい》

「はは。シズは正直ですね」

《ヒトは複雑で奇妙なことをする》

「それは致し方ないことです。群れる生き物の性といいますか」

《ふうん》

 そんな会話を続けているうちに、何だか肩の力が抜けていった。

 アデリーヌの学院編入まではまだ年単位で時間があると言っていた。なら、すぐに答えを出さなくてもいい。もう少し彼らから話を聞いてみようかという気になった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ずるいっていいながら、指導しちゃう人の人柄が好きです。 主人公くん、補助?と思ったら、弓に魔法補助してたとか、その流れに厨二心がうずきます。 [気になる点] しばらく更新があいてたので、あ…
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