表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
41/44

鍛冶師と剣士

「なんじゃあこりゃあ!」

 野太い声が往来にまで響き渡った。

 数日前に買って粉々になった破片を、職人の指が震えながらつまみ上げる。

 彼の店で購入した六本全てだ。それが台上で、刃をぼろぼろにし、あるいは根元から粉砕され、見るに堪えない無残な姿を晒していた。



 私が闘っている間、実はここでも水面下の熾烈な闘いが勃発していた。

 鍛冶師と剣聖の腕前勝負である。

 初めて使い物にならなくなったナイフを見せた時の彼の顔が忘れられない。どうしたらこうなるのかと詰られ、大岩を殴ったのかと怒られ、しかし刃こぼれの仕方を見て苦虫を噛み潰したような渋面で黙り込んだ。

「養成所に行っとるんじゃなかったのか? 辻斬りにでも逢ったか」

「手合わせしたのは確かですが、どこを見て判断しているのですか?」

「黙れい。こちとら武器職人よ。物は言わんが跡は残る」

 そう言いながら撫でた刃から欠片がこぼれ落ちた。

「……こいつを使え。ちったあマシになるだろ」

 それ以上詳しく聞いてくることはなかったが、新しく出してもらった武器も有難く買わせてもらった。

 しかしそれも次の週には使い物にならなくなる。時には根元からぽっきり折れてしまうこともあり、そんな時の彼の表情は噴火する火山の如し。

 酒が入ったわけでもないのに鼻から額まで赤黒く燃やしながら、だんっとソレを机に叩きつけた。

「てやんでえ! これでどうだ!」

 既製品ではなく彼が打った業物だった。抜群の斬れ味を保証するそれに感動し使うのが惜しいほどのものを貰う。

 だが剣聖の腕の方が上だったのか、それとも剣そのものが特別だったのか、はたまた頑強になっていく得物に嬉しくなってしまって手加減を誤ったのか、呆気なく逝ってしまった亡骸を返却したら文字通り泡を吹いて倒れた。

 武器を新調する。ディアクにのされる。武器を駄目にする。繰り返すごとに私は謝り、ウェス氏の熱意は高まっていく。

 髭をぶち抜きたいほどの悔しさと表現していたがドワーフ族ならではの慣用句だろうか。いや、ちゃんと日毎に破壊されるまでの日数は延びていたのだが、彼はそんなことでは満足しない。もういい、充分だと言ったら余計にやる気にさせてしまったのも悪かった。

「ふ……ふっふっふ……だが、こいつを見ても冷静でいられるか?」

 冷静でないのは貴殿だが。

 ある日、血走った眼で鼻息荒く取り出したのは、いつもと同じ形状の、普段より白みのある銀製のナイフ。丁寧に包まれていた布を開け、持ってみろと言われたので取り上げてみて、おやと眉を上げた。

 す、と水平に持ち、目線の高さに掲げて確かめ、したり顔で笑う男を見る。

「重みが」

「どうだ、たまげたか」

 いや、重いことは重いのだが、どう変わったのかまでは素人目には分からぬ。

「何が違うのですか」

 そう聞くとくわっと開眼して唾を飛ばしてくる。

「純正ミスリル銀じゃわい! ひとかどの剣士でも中々持っとらん火精霊の加護付き、刃先から柄尻まで混じり気なしの一級品! いいか、これで刃こぼれしやがったらそいつは古代竜以上の鱗に違えねえ。それかお前の腕がエルフ以下ってこった!」

 古代竜にエルフ。これも慣用句だろうか。

 後で調べたところ、エルフ族というのは弓矢や魔法に長けてはいるものの近接格闘術には疎く、そして何故かドワーフ族とは犬猿の仲らしい。

「それは、結構な値が張るのではないですか? これくらいで本当に足りますか」

「お前さん、知らないっつうのはある意味勇者だな」

 呆れた目を向けられる。代金は上げなくていいと言われた。鍛冶師の矜持だとか何とか。本当はいくらしたのだろうか……。

 代わりに自前で燻製した魔物肉を束で、ついでに酔い醒ましの薬草茶をあるだけ渡しておいた。いずれ彼好みの酒が手に入ればいいが。あるいは良質な材料があれば優先的に回しに来るしかないか。

 あ、とそこで思いつくことがあった。

「ウェス殿。常に魔物の素材が入る戦闘員だらけの村があるんですが」

「あん?」





 しかし、ウェス渾身の逸品がここで使われることはなかった。

 なんと、彼の異動が先に決まっていたのだ。

 使い切ったメニュー表を持ってきて指示を仰ごうとした矢先にそう告げられ、思わず口が開いてしまった。

「いやあ、ここまで間に合ってよかった」

 晴れ晴れとした笑顔で空を見上げているが、説明してほしい。

「ああ、実は君に会った時、ちょうどここでの赴任期間が半年を切っていたんだ」

 なんと。

 ディアクは元々正式な教師ではなく、冒険者ギルドの要請で各養成所を巡回していただけだった。

 王都に召集されることも、各国に招かれることもあり、ひと所に留まるのは難しい。だが後続の冒険者たちの生存率を高めるために快く請け負ったのだという。

「まあ、ほとんどゼンメルの請け売りだけどね」

 ゼンメルとは昔、パーティーは異なるが互いに切磋琢磨し合う間柄だったそうだ。その彼が冒険者を引退するにあたり故郷で教育に力を注いでいるとのことで、少なからず感化されたらしい。

 ああ、道理で。以前ゼンメルが「あいつはあれでも大分丸くなったほうなんだが」と慰めてくれた意味が理解できた。

「教育はついでかな。僕自身、まだ目標に到達できていない半端者で」

「目標ですか?」

 珍しいことを口にするものだと目を丸くする。彼はいつものように穏やかに笑うが、そこに少しだけ少年らしい無邪気さを感じた。

「ずっと小さい頃だけど、凄い剣士を見てね。あの純粋な一筋。あの幻影を、僕はまだ超えられていない」

 私を真っ直ぐ見ながら話していたのに、その目は違う場所を映しているように見えた。

 そこそこの良家に生まれて騎士の道を約束されていたのに、研修先でその剣士に出会い、憧れて主も決めずただ修行に明け暮れたのだとか。僕にはこの生活の方が性にあっていたみたいだしと笑う。

「だから、剣聖だとか、先生だとか、身に合わないと思っていたよ。でもこの半年間は結構楽しかった」

「はあ。生き生きしていたように感じますが」

 いつも心底楽しいという表情を浮かべていたように思うのだが。

 口角を上げて頷くディアク。

「打てば響く。その意味がこれ以上ないほど理解できた半年だった。君は、どうだろう。僕は先生になれていたかい」

 そんな殊勝なことを言うので耳を疑いたくなった。

「貴方は私の剣の先生です」

 でなければ何だというのだ。この使い切ったメニュー表が、腕の中で主張しているではないか。この男にはこれが見えていないのだろうか。

 最終的に書かれていた訓練内容以上のことまでやっていた気がするし、肉薄する時間も長引いたし、命の危機を何回と実感したこともあったが、概ね優秀な師であったように思う。

「そうか。……僕にとっても、君が初めての生徒だった気がするよ」

 ディアクはこれから支度を整えてすぐに次の街まで移動するらしい。今度は海沿いの領地のギルドへ行くのだと言っていた。この世界の海はどうなっているのだろう。魚が魔物化していたら食べる時の処理方法が気になるところだ。川魚は平気だったから海も同じだろうか。

 湿っぽい話も合わないと思ったので今度会えた時に時間があれば稽古をつけてもらう約束をした。結局一撃はまだ入れられていないのだ。そう言ったら、

「着々と隠し技を増やしていっているように見えたけどね。殺し合いでもなければ披露しないか」

 などと看破されてしまった。いや、何となくディアクには正攻法で勝ちたいと思っているので。

 速度は追いついてきた。彼の言う時間制限がある、というのも何となくこの辺りかなというのが分かってきたところだ。修行を怠らなければいずれ叶うに違いない。

「皆が可哀想だからこの養成所で昼間から訓練するのは控えてね」

「何故ですか」

「胸に手を当てて考えておきなさい」

 実際に胸に手を当てて考えてみるも納得いかない。あれか、最年少だから周りの自尊心を傷つけるとか、そういうことだろうか。

「ゼンメル、気をつけたまえよ」

「お前、こんな爆弾をこしらえてどうする気だ」

「僕の生徒だ。こうなるのは当然じゃないか」

 隅の方で彼らがぼそぼそと話しているのが少し聞こえてきた。爆弾とは私のことを指しているのか? 何か釈然としないのだが。






 領主館に行くと庭先でルカが手を振って迎えてくれた。相変わらず護衛の影もない。

 駆け足で寄ってきてそのまま腹に突撃される。衝撃を受け流し頭を撫でながら庭を歩いた。

「オニキス、ぼくね、ライトうまくなったよ」

「それは凄い。見せて頂けますか?」

「うん!」

 いつもの屋敷の裏手に出てから披露してもらう。彼には本当に初歩の魔法しか教えていない。だがその代わり無詠唱で、魔力操作も丁寧に教え込んでいる。

 魔石の移し替えはかなり難易度が高かったようで、ルカは苦戦している。それならやる気が続くようにと最初から魔法の練習に切り替えた。ドナード曰く、学院に行く前に初級魔法が使いこなせるなら優秀な方だと言っていたのもある。

 すうはあと深呼吸をして目を閉じ、手のひらに意識を傾けている。この雑念を払うまでの時間が短ければ短いほど構築時間も短く済む。ルカは幼いゆえの純粋さからか比較的早く身につけた。

「ほら! 見て、見て」

 完成した光は柔らかく手を包み、綺麗な球体を維持している。ほう、と息を抜いた。

「これは素晴らしい。ルカ様、よく頑張りましたね」

「へへへ」

 照れたのか片手で頭を掻いて視線を逸らしたが、集中が途切れた様子はなく、光は安定している。

 初級魔法で彼が覚えたのは【ライト】【水球】だ。風魔法も出来なくはなかったが、勝手が違うのか想像力の問題か、前者より維持ができない。火魔法に至っては本人が怖がってしまって発動すら難しかった。

 相性があるのだなと納得したが、教えるために一通り見せてしまったので私が全属性を使えるのがばれてしまっている。ルカは尊敬の眼差しを送ってくれたが、その時一緒に見守っていた執事長の愕然とした視線が印象的だった。

「光と水なら、ルカ様は腕の良い治癒士になれそうです」

「ちゆし?」

「癒しの魔法で傷を塞ぎ、病を治す人のことです」

「神官さま?」

「いいえ、神に祈るのではなく、ルカ様が病気の人が治りますようにと、ご自分で祈るんですよ」

 どう説明したらよいものか。何やらこの世界、神への信仰心が高まると『奇跡の力』を行使することができるようになり、浄化の光や回復魔法を操るのだそうだ。大抵は神官が扱う魔法なので、お布施をして受診するそうで、ドナードも娘のために何度も呼び寄せていた。

 光と水の複合魔法は単に自己再生能力を向上したり人体に働きかけることで治癒力を高める、普通の回復魔法である。

 奇跡の力とは、いったい何が含まれているのか。気になるところだが私は使えた試しがない。教えてくれた屋敷の使用人たちの中でも、使える者は一人もいなかった。

「なる!」

 考え事をしていたところに威勢の良い声が届いた。

 ふんすと鼻を鳴らしそうな様子でルカが意気込んでいる。

「ルカ様?」

「ちゆし、なる。そしたらアデリーヌもみんな、ぼくがなおすっ」

「……おや、おや」

 病を治すという言葉が気に入ったらしく、予想以上にやる気になっているようだ。それ自体はいい事のように思う。魔法の練習も、目標があった方が分かりやすいだろうし。

 今日も水魔法と光魔法の練習を見て、一緒に屋敷へ戻る。この勝手に上がり込むのも慣れたものだ。

「オニキス! ルカ、おかえり」

「汗へいき? お花?」

「へいきよ。お花もありがと」

 ルカが水換えのため花瓶を抱えて部屋を出ていく。アデリーヌも練習したあとだったのか、額に髪が散らばって張り付いていた。

 少々失礼して髪を整えながら様子を見る。相変わらず支えがないと歩行は難しいが、立つこともできなかった以前に比べたら物凄い進歩だ。訓練もしていない普通の少女があの激痛に耐えているのだから、大した忍耐力である。

「オニキス、お父様が待っていたわよ」

「ドナード様が? 何かお困り事でしょうか?」

 くすくすと笑い声が響く。

「お父様ったら、何かあるとオニキス、オニキスはどこ〜って。大人と子供が入れ替わっちゃったみたい。今日は違うそうよ。伝えたいことがあるとか……あ、ちょうど来たのではないかしら」

 廊下から少しずつ足音が大きくなっていく。足音はこの部屋の前で止まり、ノックのあと静かに開いた。

「おお、アデリーヌ。体調はどうだ」

「とってもいいわ」

「そうかそうか。おおオニキスよ。探していたぞ」

 嬉しそうに目を緩めて両手を広げられる。

「ドナード様。私を探していたというのは、何かあったのですか?」

「もう知っていたか。いやなに、特別なことはないのだが」

 ごほんと咳払いして襟を直すが、なかなか言い出さない。不思議そうなアデリーヌと目を合わせる。

「お父様、オニキスも忙しいんだから早く言わないと帰っちゃうわ」

「む、そうだなアデリーヌ」

 再びおほんと咳をしてそわそわしている。どうしたのか、悪い事が起きたならもっと早く切り出すはずなので、問題があるわけではなさそうだが。

「あー、その、オニキスよ」

「はい」

 名を呼ばれて姿勢を正す。

「君は身寄りがないと言っておったな」

「そうです」

 この間そのような話になって打ち明けたのだが、それがどうしたのか。

「そう、それでだな。オニキス。私達の養子になる気はないか?」

「は………はい?」

 返事をしかけて聞き返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ