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黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
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昇級試験

 スーシュとエアリスでの活動が続いて数ヶ月。やや汗ばむような気候も落ち着き、涼しい風が吹き始める頃。

 渡されたカードには狼の絵柄と、黄色から薄緑に変わった線が引かれている。

 それを確かめて手早く懐に仕舞い込んだ。

「あっという間にランク3ですね。討伐依頼に手を出さずに昇級するのも珍しい」

「そうなんですね」

「報酬額が比較的良いのと、最初は技能もあまり必要ないですから。製薬なんて専門の店を開いてもいいくらいですよ。それか商業ギルドを通すか」

「それもあったんですが、知り合いの方からもう少し様子を見た方が良いと言っていただいたので」

「まあ、向こうは金勘定に長けていないと足元掬われますからね……。でもオニキスさん、この次は試験がありますから、薬草ばかり摘んでいては上がりようがありませんよ」

 だらだらと会話しながらも手は動く。この場で精算するもの、奥に詰めているジェーンに確認してもらうものとで分け、小銭を受け取る。昇級の感動など毛ほどもない。

 ついでにランク3の内容について再確認した。

 ランク1が雑用、ランク2が小物の討伐とくれば、ランク3は二人以上のパーティーで討伐が推奨される頃合いだ。とはいえこの近辺での相手はラビットやスライムなど、規模も小さいものばかり。一人で討伐できるならそれでも良い。

「ああ、それですが、今度は早くする予定でして」

「はい?」

 手元からこちらに視線を上げた彼女にさらに注文する。

「ランク4の試験について、詳しく教えてくれませんか」






 試験は簡単な面接と実技で構成される。

 ランク3など入れ替わりも多く監督官を付けるまでもない。という事情から達成条件の部位を持ち帰れば実技の方は完了する。面接と実技の順はどちらでもよく、都合のつく日に予定を合わせる。

 討伐対象がホーンラビット、スモールボア、スライムで拍子抜けした。

「【影収納】に格納してあるんですが、一から狩った方がいいですよね?」

「また食用に取ってあるんですか? スライムなんて食べられます?」

「いえ、核の使い勝手が結構良くて……試した人はいるんでしょうか」

 スライムの粘液体は蒸発させてしまっているので分からないが、味見した猛者はいるのだろうか。

 核は石の代わりに利用中だ。その辺の石ころより染めやすく溜めやすい。効率が良くなったので見かける度に狩り集めている。

「まあ、後からズルとか言われたくもないので」

 念のため三人で新しく討伐に出掛けた。

 外壁から離れ、魔物の気配のするエリアで採取をしていれば向こうから勝手に襲ってくるので、交替で狩りつつ薬草を集める。

 ダルは片手剣と丸盾で危なげなく倒すのに対し、ヒュースは短剣に、投石や弓も打つ。剣を使えなくもないが、そんなに上達しなかったのだとか。悪いほど下手でもないし、投石はかなり筋がいいのにと言ったら照れていた。

 自分は相変わらず射程圏内に入ったら氷の杭で頭部を貫通させるだけの仕事をしている。気配がして、ちら見して、魔法を構築してドスッと。採取の手が止まるほどでもない。

 結局、いつも通り採取を終えて、ついでに必要数より多めに魔物を討伐してしまった。

「呆気ないというか、やはり本命は面接なのでしょうね」

 そう推測したが、二人の反応は鈍い。

「いや、別にそんなことはないと思いますが……」

「実際こんな森の奥まで来て無傷って時点で、試験とかどうでもいい気がしますよ」

 実力は問題ないと太鼓判を押されたということだろうか。

 昼時になったので町に戻りギルドに報告しに行った。三人揃って魔物の納品をしたのは初めてだっただろうか、受付がにわかに慌ただしくなった。

 今朝対応してくれた女性が奥から駆け足でやってきた。

「オ、オニキスさん? もうですか? 試験の面接は三日後で……」

「納品だけ済ませにきたんです。正午ですよね、覚えてますよ」

 納得したのか頷き、しかし同時に首を傾げる。

 討伐部位を人数分揃えて出して見せると驚きはしたものの何か言うことはなかった。






 面接をした。特筆すべき内容はなかった。

 と、言ってよいのかどうか。

 当日、二人と合流して受け答えの予行練習をしておいた。身だしなみも特に問題なく、収入も以前より安定しているし大方問題はなさそうだと話していた。

 実は試験自体、一人ずつ行うものなので三人一緒に受ける必要はなかったのだが、ここまで待ってくれていた手前もあり急いで受付したのである。詳しく分からないが、間違いなくその辺の低ランク冒険者よりは実力もあるはずだし早く受けろとせっついていたのに、ことごとく流されていたので、私が受けるからまとめて申し込めと背中を押して今に至る。

 討伐の方は問題なくクリア。面接も長くかかるようなものではなく、これまでの経歴の確認をして、人格の審査を通して問題がなければ通過できる。二人の以前の素行がやや気掛かりだが……そこは冒険者ギルドに任せよう。私の関わるところではない。

 試験会場はギルド二階の応接室だ。私の方が先なので、廊下の腰掛けで順番に待つことになった二人から激励を送られた。

「ちょっとだけ幼児らしい口調にした方が好感度上がると思います」

「ここの職員連中、いや女性陣からは十分上がっていますよ。最後の方で甘めに笑えば一発じゃないですかね」

 参考にならなかったので無視しておいた。良い感じに脱力したので効果はあったのかもしれないが、狙ってやったわけではないだろう。

 時間になり呼び出しを受ける。

 室内はとくに目立つものもなかったが、よく対応してくれていた受付嬢と、なんとジェーンも並んでいた。手が空いていたのだろうか。私が気付いて眺めていると、にっと笑った。

「ここまで順調でしたね、オニキスさん。私たちの間ではもっと早く上がると思っていたんですよ」

「十分早い方だと思うのですが」

 挨拶から始まり、最近の調子、困っていることなど、当たり障りのない質問が続くのでいつもの会話みたいになる。気負いせずに答えているが、ジェーンは隣で頬杖をついて眺めているだけで参加していない。

「えー、討伐実績はほとんど無しですが、実技試験は最速で達成していますし、調査の結果、不正をした様子もありません。悪い噂も聞きませんので、特に問題もないでしょう。むしろ納品していただく薬品の質が高いので感謝状が寄せられているほどですから」

 そんなところまで調べているのかと感心する。ハロワのような施設なのにやることが役所並みに細かい。

 感謝状……そういえば先日、隣村から御礼をしたいと代表の方がいらしていてと言われたことがあった。薬の件らしかったので、手習いでやっているだけだと辞退して会わなかったが、代わりに渡されたのかもしれない。

 そこで、今まで一言も挟まなかった彼女が口を開く。

「凄いわよねえ。あの仕事の丁寧さ、もう専門家になっていいレベルよ? ここに詰めてるときな臭い話しか入らないけどさ、君のお陰で最近気分が良いわ」

「はあ」

「なに、その煮え切らない反応。この子って本当に頓着しないよね」

 私の方を指差して隣に座る受付嬢に同意を得ようとする。彼女はあはは、と愛想笑いを返していた。うむ、指差しは失礼である。

 しかし空気が完全にだらけてしまった。私がしたのではなく、彼女らの気の抜き方が酷いせいだ。最初は手元の書類に何か書き記していた風なのに、いまやペンすら机に置いて横を向いている始末である。

「あの、もしや面接は終わりですか?」

「あっ。あっとね、うん。実はさ」

 思わず問いかけると、はっとした二人のうち、ジェーンがなんの気なしに答える。

「え? 最初から受かっていたんですか?」

「うん。うちらもね、優良物件は確保しておきたいわけ」

 何と、ギルド側で見込みがあると認められた冒険者は裏ですぐに昇級できるよう手回しされているのだという。ただ対外的な意味もあり、試験はきちんと執り行う。

 道理で最初からやる気がなかったわけだと白けた視線を向けるが、恐縮しているのは受付嬢の方だけだった。

「聞いておいて今更ですが、そういうことを冒険者に暴露するのは問題がありませんか」

「本当に今更。ええ、その辺はちゃんと見極めてるわよ。だってあの辛口評価のリナが君を推薦するんだもの、本気で驚いたわよ」

「あれは耳を疑いましたね」

 リナ?

 あの資料室でいつも暇そうにしている彼女が何をどう推薦したのだろうか。

「なぜリナさんが……」

 が、の形で口が止まった。

「……………」

 ギイ、と音を立てて開いた扉に視線が集まる。何かあったのかと二人も顔を上げ、硬直した。

「は」

 誰かの口から間抜けな音が漏れる。


「あれ。試験、終わってしまったのかな」


 緩やかな髪を後ろに撫でつけた、優しい面立ちの青年が小首を傾げてこちらを見ていた。

 なぜここに居る。

 そう思うまでにタイムラグが生じた。正直、少し混乱していたように思う。

 ぽかんとしている我々のことなど気にした様子もなく、我が物顔で中に入り、そして試験官役の彼女らの背後に回って窓辺に背を預けた。

「さあ、僕のことは気にせず続けて」

 そんな訳にいくかと全員の心が一致した気がする。

「………剣聖、さま……?」

 背後に立つ男を上目遣いに見やりながら、受付嬢が小さく呟く。剣聖様か。様がつくほど偉いのか、いや有名税というやつか。しっかりお隣のスーシュでも有名らしかった。

「な、なぜこんなところに」

 思っていたことを言ってくれたジェーンに、彼はにこやかに微笑む。

「噂を聞いてね。何せ、やっと昇級する気になったっていうんだから、駆けつけない訳にはいかないだろう?」

 そう断言した彼から、今度はこちらをゆっくり見返すジェーン。

 視線だけなのに「どういうことだ」と訴えてきているのが伝わってくる。

「……。……えー、試験は終わりましたから。ヒュースを呼んできますね」

 ここは空気を読んで、何も知らない振りで逃げ出そう。二人分の訴えかける気配も気づかない、気づかない振りである。

「残念だ。だがまあ、おめでとう。次の訓練からはもっと実戦的に近付けていこうか」

「お待ちください。それについては話し合いが必要でしょう」

 思わず振り向いて止めてしまった。こんなどさくさに紛れて難易度を上げられても困る。

 大体、街からここまでそれなりの距離があるのによく間に合ったな。馬車ではなく馬で早駆けしてきたのだろうか……そこまでして追いかけられた事実にぞっとする。

「大丈夫だよ、君なら。真剣で傷を与えにくくなってきたから、次の段階へ移るだけさ」

「手足への刺し傷が浅くなった程度ですよ。それは傷のうちに入らないのですか?」

「いや、君の『刺され癖』が無くなっただけでも随分な進歩なんだよ。ここまでが長かったから、今度は本格的に殺傷力の問題を解決しなくてはね……」

「貴方基準の殺傷力って何ですか」

 言葉の応酬が続き、部屋から出るまでさらに時間を要してしまった。






 疲れ果てて出てきた自分を心配げに見遣った二人に、ぐ、と拳を上げてみせる。

「合格しました」

「流石リーダー!」

「そんなに大変だったんですか? ここで休みます? あと、途中で誰か入ってきましたけど見かけない顔でしたね」

 そんなに大変ではなかったはずなのだが。

 何故だろう。精神的疲労が積み重なって今すぐ宿に戻って寝てしまいたい。いや、美味しい食事をとって綺麗さっぱり忘れてしまいたい。

「お二人が無事に終わったら食事にしましょうか」

「お、いいですねえ」

「ヒュース、落ちるんじゃねえぞ」

 嬉しそうに破顔するヒュースと、最後に試験を受ける予定のダルが彼の肩を叩く。

「大丈夫ですよ」

 安心させるようにそう言う。多分大丈夫だろう。今なら試験官の二人も闖入者の騒動で抜け殻のようになっているので、有耶無耶なうちに終わらせてしまえるに違いない。彼は暫くこのギルドで挨拶回りをしてからエアリスに戻るそうだ。そして私との関係は伏せつつ、パーティー仲間の二人を見ておこうという算段らしい。本当に何をしに来たんだか。



 そして無事、三人揃って試験に合格できた。その日は町の中でも評判の食堂で好きなだけ食べた。さすがに今日くらいはマナーをうるさく言うことはなかったのだが、

「あら、あんたら、品があるわね。こんな所で珍しい」

 追加の皿を持ってきた女性が目を丸くしてしげしげと自分たちを見てきたので、テーブルを汚さず綺麗に食べていた二人が恥ずかしげに、しかし何も言わず笑っていた。


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