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黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
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模索2

 数日ぶりに会った彼らは、目を点にして立ち尽くしていた。

 ぺこりと挨拶してみる。

「どうも」

「え、早くないですか?」

 怪訝そうに聞いてくるヒュースに首を振った。

 昨日、わりと簡単に行き来できると分かったので、朝からこちらに戻ってきた足でギルドに出向いた。そうしたら二人がいつもの森で採取と討伐をしていると聞いたので追いかけてきた。

 ギルドの受付はいつもの青年だった。女性陣が自分の姿が見えないことで心配していると言っていたが、そうですかと謝って退散した。捕まると長いのだ、ここの女性陣は。

「ずっとエアリスにいる必要がなくなったので、こちらの町で稼ごうかなと」

「へえ。すると、エアリスのギルドの依頼を見てきましたか」

「はい。……何もありませんでしたけど」

「そうなんですよねえ、危険がない分、稼ぎも少なくなっちまいますし」

 知ったような顔でうんうんと頷くヒュースの横で、ぎこちなく固まっていたダルが動いた。

「戻ってきたんですか」

「え、ああ、まあ。ところで今日の依頼、私も途中参加していいですか?」

 少しだけ言葉を濁す。毎日町を往復するなんて言ったら心配されそうだし、どうやって移動しているのか聞かれて正直に答えたら、また常識を〜などと言われそうだ。

 わざと話題を変えると、変な顔をしていたダルがにやりと笑った。

「へっ、リーダーがずっといなかったら、口調が元に戻っちまうところだったぜ」

「……素直じゃねえなあ」

 呆れたようにぼやいたヒュースを睨み黙らせる、その二人の掛け合いもなんだか懐かしい気分だった。

 ところでこれくらいの日数離れただけで口調が戻ってしまうほどなのか。もしや、勉強の効果が薄いのか。もっと丁寧に時間を割き、あるいは内容を倍にした方がいいかもしれない。

 そう考えて後日教え方を変えたら、その後で珍しくヒュースが本気でダルに怒っているところを目撃してしまった。しかも、ダルが非常に申し訳なさそうに縮んでいる。

 あんなこと言うからとか、一体何があったのだろうか……。






 アデリーヌ嬢の様子は相変わらずだ。治療の特効薬は見つからないし、その原因すら分からずじまいである。

 自分はヨーラの弟子で通っているので特に咎められたりはしていない。ただ、このままだと本当に彼女を連れてきてしまう。準備することが多いから時間はかかると言っていたが、その期日が迫っていることも事実だ。

「この街に来てからやる事が多い気がしますね」

 誰に聞かせるでもない問いを漏らす。

 朝にスーシュで活動し、昼に領主に会いに行って経過観察、宿に戻って午前中に集めた薬草を煎じる。早朝や夜にはシズと訓練をするので、空き時間はほとんどなかった。

 まあ、暇よりはいいかと、本日もアデリーヌと話をした後にルカに手を引かれて庭へ出る。

 アデリーヌとルカは人懐っこく、話をせがんだり庭で遊んだりしている。子供の物怖じのなさは凄いなと感嘆する程だ。それを笑顔で放任できるドナード伯も呑気であるが。

 庭でルカと追いかけっこに興じていたら、街の人々が数名やってきた。

 彼らは建物には向かわず、手前に広がる花壇の中へ入っていく。途中、私達の前で挨拶してきた。ルカも気にした様子はない。

「あの方々は?」

「お花を植えに来るんだよ」

「雇っているのですか?」

「違う。えっと、コウイでやってるって言ってる」

「ご好意で? それはまあ」

 驚きを含んで感嘆する。

 遠目に眺めていると、背負ってきた籠から花を取り出し植え直す者、雑草を抜く者、土に肥料を撒く者とそれぞれ作業を分担しだした。どうやらルカの言っていた通りらしい。

 涼しげな水色の小花が一角を染め始める。どうして無作為に造られている気がしたのか判明した。それと先日、迎えにきた従者が言っていたのもこういうことだったのか。

「屋敷の使用人達も少ない気がしますね」

「あっ、それはねー」

 思い出したように顔を上げて説明してくれる。

「ぼくが生まれる前はもっといたんだって。でも、どんどん減ったって言ってた」

「誰がですか」

「サーシャ!」

 サーシャとは侍女長の名前だ。年配の女性だが、彼女が言うなら間違いない。

 憶測として考えられるのは、アデリーヌの治療のために取り寄せたと聞いた特級回復薬やギルドに提示した賞金だ。貴族でさえ手が出しにくい回復薬に、嘘の情報も持ち込まれたであろうギルドの依頼。それ以外にも各地に私兵を派遣して探していたようだが、たった数年で使用人を減らすほど財産に手をつけたのか。

 街の住民が庭を整備し始めたのも三年前くらいかららしい。ルカが生まれ、その祝福として、住民側が提案したそうだ。

 とうさまは凄く嬉しかったんだって、と言っているところを見ると、何度か同じ話を息子に語って聞かせているなと想像出来る。

「子煩悩の典型ですよねえ」

「コボンノウってなに?」

「ドナード様は、お二人のことが大好きということです」

 ふーん、と生返事を返される。よく分かっていないのだろう。

 花植えはまだしばらく掛かりそうだった。

 そろそろ引き上げるかとルカの服についた砂埃を叩く。

 わさりと頭に何かが乗った。

「オニキスの髪、まっくろ」

 両手も砂が付いていなかったか。まあいいか、払えば済むことだ。

 諦めて服を綺麗しにつつ、されるがままになる。

「ねえねえ、オニキスは、アデリーヌを治せるの?」

「分かりません」

「何で? とうさまが呼んだんだよ。アデリーヌも嫌がってないし……」

「私は見習いなので、詳しいことは分かりません。アデリーヌ様が明るいのは、私と歳が近いからではないでしょうか」

 その証拠に、彼女の口から病気のことは一切上がらない。端から治るなんて期待していないのだろう。

 そう言って立ち上がると、不貞腐れたような顔で口を尖らせていた。

「………」

「ルカ様も心配されているのですね」

 屋敷内の花瓶のほとんどは彼の手によって取り替えられており、瑞々しく保たれている。

 私がいないときは一人で集めていたというし、歳の近い兄弟でもいれば遊び相手になれたがそれもいない。伯爵も姉の方の治療を優先している。たとえ悪気がなくとも、幼子には伝わるものだ。

 心配半分、心細さ半分といったところか。

 俯いてしまった彼の機嫌をどう取ったものか。その場しのぎの慰めなど信用を失うだけであるし、元からそういった気遣いが上手くできるタイプではなかった。

「……ですが、一度関わっておいて途中で投げ出したりは致しません」

 彼の顔が上向く。

「それに、私は見習いです。最悪師匠に診てもらえば何か分かるかもしれません」

「ほんとに?」

「さあ、それは何とも。薬師としてできる限り尽くすのみです」

 あまり良いことは言えなかった。ルカの機嫌も直ったか分からないまま、その日は解散した。






 繰り返し同じところで躓く。

 小刻みに震えそうになる体を抑え、熱を失った手を握りこんで床に突く。

 日没の後の部屋に暗い影が浮かんでいた。

《下手くそ》

「……まだまだ」

 構築する属性を決定、時間を指定、状態維持、範囲を定め、合図の代わりに式を完成させる。

 ぴったり室内と同じ空間が黒い霧に包まれる。

 問題なく完成したことを肌で感じ、呼吸を整えて次の段階に移った。

 撹拌していく意識。

 夢を見ていること自覚し続けなければならない。

 いま受け取っている視覚映像が本当は誰のものであるのか、この音はどこで聞いているのか、このわくわくとした感覚は───


 広げすぎ、オニキス。


 ざぱんと水面から顔を出すような勢いで意識を引き戻される。

 呆然と壁を見つめる。

 数秒か、数分か、時間の感覚が戻るのをゆっくり体感する。脈も少しずつ安定してきた。

《この部屋から出ていった》

 咎めるような声に隣を見ると、いつものようにぼんやりとした目がこちらを眺めていた。

 また失敗したか。【黒霧】に【闇感応】を合わせるには、私の腕が足りなさすぎる。

 先程は意識を広げすぎて制御から外れ、体調を崩した。今度はその手前で彼女が止めてくれたようだ。

「また制御から外れてしまいましたか……」

《むしろ、同調が早い。だからオニキスの体が置いてけぼり》

「早く周囲と同調できるということは、上手い証拠では」

 そう言うと、少しだけ間を置いてきっぱり告げられる。

《成功できないんだから、下手くそ》







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