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黒石の魔女  作者: ku
2章 新たな家族
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模索

 翌日、いつも通り早朝に起床し、薄暗いうちに床に石を並べる。ここ最近は足元に置くだけなのも芸がないと思い机や棚、天井近くの家具の上などにも配置していた。

 部屋の中央に立ちじっと目を閉じる。この精神統一をしておくかどうかで精度が変わるのだ。

 十分に頭がすっきりしたと感じてから瞼を上げ、最初に視界に入った石ころへ意識の焦点を合わせる。

 一粒の取りこぼしもないよう一気に中身を抜き取り吸収する。魔素のない、分かりやすく言えば真空状態と化した容器に自分の魔力で慣らした魔素を戻し、さらに被せるように隙間へ自分の魔素も注入していく。

 およそ1秒半。

 焦りは禁物だ。完全に異物と化した石の隣に並ぶ次の対象から魔素を抜き出す。

 床が終わればベッドに置いた石へ、それが終わればサイドテーブルに置かれた石、棚に置かれた石……休みを入れず移し替える。体内を巡る魔素が激しく流動し質量を変えていく。急激に減っていくそれを補えるほど空気中の魔素はなく、魔力で均等に薄めて最低限の量を維持するしかない。

 石の外部に魔素を漏らすような無駄をしてはならない。しかし、同時に体内を管理するのは集中力が問われる。27個目で指先が凍えるほど冷え、感覚を喪っていた。

「ぅ、ぷ」

 胃が反転するような感覚を味わった瞬間にすぐ操作を打ち切り腰を屈める。

 すぐ側に置いていた桶は引き寄せずに済んだようだ。

「およそ47秒で31個」

 新記録達成の感動は無い。まだ成長期なのだから容量が増えるのは当たり前だ。

 それに、どんなに膨大な魔素、強力な魔力があった所で全部使えないなら宝の持ち腐れである。魔素が激減するときの体調不良さえなければひと息に大魔法を使えると思うが、そう上手くはいかないものだ。ここは練習あるのみである。

 十分ほど休憩を挟んだ後、ナイフを取り出して構える。ディアクは何も言わなかったが少しでも特訓しておいた方が絶対に良い。

 あの時教わった型を繰り返し、陽射しが窓に差し込んできたところでやめた。

 朝食を貰い、再び部屋に戻って作業に入る。

 取り出したのはいくつかの乾燥植物だ。

 念のため手帳を取り出して該当項目を確認しておく。

「ペクチが……やはりイランイランと同じような効果か」

 ほか、ラベンダー、カモミール、リンデンと近いもの、胃腸の増強や香りづけとして柑橘系の皮や赤く色づく花の乾燥させたものも。味の好き嫌いも別れるだろうから数種類ブレンドしておく。乾燥ハーブも冷暗所代わりの影収納があるので劣化が遅くて助かる。

 手持ちの乾燥ハーブでは六種が限界だった。まあ、有り合わせで作ったにしては上出来だろう。

 因みに試飲第一号はなんとシズであった。

「飲めるんですね」

 試しに呼んでみたが今まで飲食をしていた記憶がないので、本当にできるとは思わなかった。

《必要はない。でも、これ良い匂い》

 無愛想ではあるが、カップの中身の減りが早いので気に入ってはくれた、のだろうか。

 彼女は風味が柔らかく、酸味のないカモミールなどが好きらしい。今後は積極的にハーブティーを作ろうと決めた瞬間だった。






「どうでしょうか」

「わあ、冷たい」

 彼女は目を輝かせ、恐る恐る器に触れていた。

 動かなければ痛みもないらしく、警戒の解けかけた彼女はよく喋る。

「ね、ねえ、この上のは?」

「これはあの庭園にあった花の摘みたてをよく洗ったものですね」

「それは分かるけど、食べられるの? お飾り?」

「勿論、食用として問題ありません。香りが苦手でしたら外して構いませんから」

 氷魔法で予め用意していた林檎のジュースをゆっくり固め、練り混ぜていく。器に盛り、甘さを足すためこの家の台所から拝借した樹木のシロップを垂らす。さらに差し色として薄く黄色や桃色に色づいた花びらを散らして完成だ。甘味に目がなかったご長男様が写真をSNSにアップしそうな出来栄えである。

「オニキス……すごーい」

 一緒に台を覗きこんでいたのは彼女の弟君、名前をルカという。

 花を摘んだのは彼の仕事だ。というよりもここに来た時に昨日と同じように花摘み中だったので声をかけ、一緒に作ろうと提案したのである。

 ぱちぱちと手を叩いて褒めてもらえた。

「ルカ様のお陰です。では、どうぞ一口」

「あ、は、はい。えっと」

 突然指名されて戸惑う使用人。

 毒見係として侍っていたのだが、ジュースを凍らせるところからずっと停止していたのでかなりの挙動不審だ。早くしないと溶けてしまうので何とか食べてもらうと、冷たっと小さく悲鳴が漏れた。その様子をそわそわと眺めるアデリーヌ嬢。

「………。美味しい……」

「本当か?」

 背後から声がかかる。

 こちらもついてきたはいいもののずっと固まっていた領主様とお付きの侍女だ。

「はい、冷たく、優しい口当たりで……」

「ね、ねえ、いいでしょ?」

「あっ、お嬢様お待ちを」

 慌てて使用人が器を支えながらスプーンを彼女に渡す。さくりと軽い音とともに救い上げた欠片を口に含んだ彼女が、ぎゅっと目を閉じた。

「んっ、……っ、おいしい!」

「そうですか、それは良かった」

「オニキス、これ凄く美味しいわ!林檎と、シロップと……あとお花が凄く可愛い!」

 これでもかと眼をきらきらさせて一口、二口と運ぶ。

 暫くはにこにこと嬉しそうに眺めていたルカが、段々と物欲しそうな顔をしてきた。

「ではお二人も食べますか」

「いいの?」

「私もか?」

「すぐ作りますので」

 使用人に用意してもらった予備のジュースを同じように冷やし器に移し、弟君の分だけシロップを垂らす。あとは残りの花弁を散らして終わりだ。魔法を使えばこれくらいの荒業も数分で完了できる。

 急遽この部屋で試食会となった。

「つめたーい。林檎の味だー」

 姉弟は素直にはしゃいでいるだけだが、伯爵は難しそうな顔つきでゆっくり咀嚼していた。口に合わなかっただろうか。甘味は抑えたつもりなのだが。

「というかだな、君が魔法使いだったことが驚きなのだよ」

「ああ、そちらですか」

「なぜそんな淡白な反応なのかね? こちらは驚きすぎて開いた口が塞がらなかったというのに」

 料理を冷やすだけの魔法がどれだけ凄いのかという話だ。

「この街には養成所に通う魔法使い見習いもいますし、本職の魔法使いだっていらっしゃるでしょう」

「少しはな。だが発動した気配すらなく、ああも見事に使いこなすのが、このような幼子だとは……」

 そう言いながらこちらを眺めている間もスプーンは皿と口を往復している。この御仁もどうしてか締まらない性格だなと、他人事のように思うのだった。






 明日は渡したハーブティーの感想を聞く日と約束して屋敷を後にした。

 馬車の送り迎えは一切やめてもらうことにした。あんな調子で出迎えを受けていたら目立って仕方ない。

 とぼとぼと歩きつつ、目当ての店に入る。

 看板には剣と防具のマークが描かれていた。

「やあ、坊主。御遣いか?」

「私の背丈でも扱えるナイフと、防具をいくつか見させて頂きたいのですが」

「え、あ、おう。お前か。まじか」

 軽いノリで挨拶してきた店員が戸惑いつつカウンターから出てきてくれた。

 頭からつま先まで検分してきたかと思うと、仕方なさそうに首を振った。

「悪いな、このサイズの型は置いてない。小さめのナイフと盾ならあるぜ」

「では一応」

 そう言って出してきてもらったが、玩具のように切れ味の悪い、それもすぐ折れてしまいそうなナイフと、やたら重い丸いシールドを見て諦めた。

「この辺りでお前くらいの丈のは無いんじゃねえか。採寸して特注しないと」

 そう言われてしまい何も買わずに店を出た。

 まさか値段云々の前にサイズがないと言われてしまうとは……。

 このままだと明後日に予定している訓練は現在の装備で挑まなければならなくなる。せめて貸出し用の武器ではなく自前のもので慣らしておきたかったのだが、仕方ないか。

 いや、もしや。

「すっかり失念していました」

 慌てて街の外へ出る。

 門の周辺は人々で賑わっているが、道を逸れて丘をひとつも越えれば人気がなくなる。

 辺りに人目がないのを十分に確認したうえで、魔法式を書き出す。

 真っ直ぐ飛ぶだけでいいのでノルン式ではなくあの竜式を採用だ。

 簡素だが頑丈な作りの魔法式に足元から取り出した魔石を使って魔力を補充する。

 ふわりと浮かび上がった体に風の結界を発動し、風圧から身を守る。

 地上から二十メートルほど離れただろうか。結構高いが誰かに見られるよりはましだろう。

 景色を楽しむ余裕もなく超速度で飛行する。





「あっという間ですね」

 移動時間、一時間半。

 飛行していけばエアリスとスーシュはそれくらいで移動できてしまった。

 離れた場所にスーシュの町を捉えて着陸した。魔力の消費は多いが一日飛ぶわけではないので問題ないし、余らせまくっている魔石があるのでいくらでも飛行できる。

 数日振りに町の門を潜って目的の場所へ急いだ。

「ウェス殿、いらっしゃいますか」

「ん? オニキスじゃねえか、さっそく壊したか?」

 扉を開けると、昼間から酒を煽っていたドワーフが陽気に笑っていた。

「ああ、良かった。いえ、修理ではなく、私でも扱えるナイフと追加で防具が欲しいのですが」

「おっと」

 仕事だと思ったのか、グラスを置いて立ち上がる。室内にはアルコールの香りが充満しているのだが彼の足取りはしっかりしていた。

「急だな。ナイフはともかく、防具は前に作った分じゃ足りねえのか」

「それが、エアリス養成所で訓練に参加することになりまして」

「何? がっはっは、お前がか。ここの冒険者ギルドから推薦でもあったか?」

 天井に向かって豪快に笑う。

「そいつはいい!あそこは基本から学べるらしいからな、きっちり教わってこい。適当にやるんじゃねえぞ」

「それは勿論。ですので準備を」

「ああ、ああ。任せろ。型はあるから簡単なものでよけりゃ一晩、しっかり作るなら一週間くれるとありがたいが」

 初心者用か中級者用くらいの違いはあるとのこと。二度も支払うのは御免なので後者を注文する。明後日は間に合わないがその次くらいには用意できるだろう。

「篭手に胸当てだな。前に残っている素材があるからそれを使うか」

「お任せします」

 彼に任せておけば上等なものを仕上げてくるに違いない。先程の店とは違い、この自信満々の態度を見ていると安心できる。

「ナイフはこの辺りだな。いくつだ?」

「なるべく頑丈なもので、六本」

「投擲用じゃねえのか。堅実だな。だとすると多くねえか?」

「いえ、これでも不安が募るくらいです」

 『剣聖』の肩書きが果たしてどれだけのものなのか、想像がつかない。

 ゼンメルは『銀剣』だったが、過去に功績を残したのか、それとも通称名として通ったものなのか。それは分からないが、彼の剣の腕を肌で感じた上で次はディアクの番である。あのどす黒い笑顔の対策として武器くらいは準備しておかねばという気にさせられるのだ。

「なあに、お前さんなら想像するほどキツい訓練じゃねえさ。ほれ、これだとどうだ」

「握りが難しいですね」

 柄が余ってしまい、ぐっぱっと掌を広げて見せてみる。

「じゃあこいつだな。ここに凹みがあるだろ」

「あ、いいですね。重みも中々……ありがとうございます」

「いいってことよ。お前さんくらいのまともな冒険者相手だと楽しくなってくるな」

 少し雑談をしてトンボ帰りでエアリスに戻ってきた。

 そういえばウェス氏には数日前からエアリスに滞在していることを言っていなかったなと宿に着いてから思い出す。あの様子だと少し勘違いしているかもしれないが……まあいいかと夕飯を頂きに食堂へ向かった。


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