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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第九十七話 暗夜に蠢く外道

注意、グロと不愉快な表現があります。

 それは雫であった。ポタリポタリと点で道を、その人が歩いた道程を示す雫であった。

 零してはいけないもの、毀れてはいけないもの。

 不意に冷気が吹き込み、傷ついた身体を否応なく責め苛む。

 私が何をしたというのだろうか?、私が如何(どう)してこんな目に遭うのだろうか?。

 水音がする、どこかから細く水の流れる音がする。視界の半分が赤く染まっていてハッキリとは判らないが、確かに水の流れる音がする。



 キリキリと鳴くような音が胃から聞こえてくる。満足に食事も摂らずにここまで辿り着いた、でも此処は何処だろう。吐くものも無いのに吐き気が込み上げてくる。記憶が腹の中を無差別に殴り散らしている。

 泣いても、謝っても、拝み倒しても、頼んでも、怒っても、事情を話しても、アレを噛み切っても、結局私は許される事なく、より酷い場所へと、より凄惨な場所へと追い落とされて行った。

 目が虚ろな裸の男達が煙草を燻らせる密室で数えた日付は三日以上覚えていない。

 ある日鎧を着た男達が、何処の世界に行ったのか判らない男達を連行する為に拘束していた。

 私はこの世界に来て初めて幸運に巡り合えたのだろうか?、この空腹と打撲で満たされた身体では未だそれを実感出来ているとは言い難い。



 私が居た場所は孤島であった。チエもユミコも此処に売られた筈だけど見当たらない。其れらしい死体はあったけれども、認める気が起きない。

 逃げても無駄と知っている、隠れても無意味と知っている。奴隷になった者は所有者からは逃げられない、隠れられない。

 何故か奴隷紋が消えている事を知ったのは手厚くは無くとも保護されていたからだろう。過酷な日々から解放されて陽の当たる場所に出された私の左肩に奴隷紋は無かった。それを女性兵士に伝えると奴隷を支配する人間が死んだと言う事が解り男の兵士たちが死体を並べてどれが主人だったか聞いてくる。

 腹の下にある傷を確認してこれだと言うと、兵士たちは首謀者を死なせたことを嘆いているようだった。

 稼ぎに直結するのだろう、溜息の長さがかなり長い。それでも彼等は家庭のある者達であるらしく、私への乱暴狼藉は無かった。それでも、男に近くには居て欲しいとは思えない。



 思い出した様に胃液を吐き、私は怯える。鎖の音は特に私から正気を奪い去る。

 女兵士の保護が無ければ私はここから森の中に逃げてしまう。手間のかかる保護対象者であっただろう。

 ロープで足を括る括り罠に友達が掛かっていた。既に絶命している。

 彼女はクラス分けで一番安いクラスに居たはずだ。陰気な子であったが決して悪い事をするような子では無かった。こんな死に方が彼女の生き方の果てであって良い訳が無い。



 黒翼の魔爪団と云う名前の冒険者ギルドのメンバーが此処に転がる死体と薬漬けの肉塊の正体であるという。

 そんなものは知らない、知る由も無い。厨二病でも患っているネーミングセンスだとは思ったが、ここはそう言う世界だった。ギルドを創設した時のコイツ等に言ってやりたい、人間のクズだと、男の中のクズだと、殺人者だと、強姦魔だと、粗末なモノだったと!。

 薬物中毒の集団に何をされていたかなど私には解らない。怪しげな薬と魔法が暴れる部屋で、壊れた人間が壊れた人間を殺して食っていた事くらいだ。



 ガリガリと削られて齧られて、中身が露出する、それを美味そうに食う悪魔がいたり、天使が居たり、良く分からない形の無い者がいた。

 決まって壊れた人間を食うのは可笑しな生き物達だった、アレは食料だったのか、薬漬けの食料に提供された私は、薬に嵌める為の道具だったのか。

 思い出すだけでまた吐く、何も吐くものが無いのでえづき続けるだけだけど、何も食べられたモノじゃない食べればまた間違いなく吐く。太っていた頃の私を知るクラスメイトは、今の私を見てどう思うだろうか?デブとは流石に言わない事くらいは解っている。不細工は不細工のままだと思うけれど。



 砂糖水を少しづつ飲まされていた、塩も入っている。脱水症状が強く出ているのでそうしないと死ぬそうだ。

 それはいい、あそこと、あそこと、あそこで、腐って朽ちていく友達(ともたち)を見て私はずっと羨ましかったのだ。死んでいる友を”解放されている”と心の底から羨ましく思っていたのだ。

 女兵士に必死に懇願して見たけれど、彼女も私の望みを聞き届けてはくれなかった。

 その腰の剣を抜いて胸を刺してくれるだけでいいのに。



 私が求めた安息は与えられる事無く、森の夜は更けて行く。

 あの時殺して貰えたならばあんなものと再会せずに済んだのにと、逃げ切れた訳でもないのに思った。

 人喰いの異形達は実質野放しだった。奴隷紋で縛っていたあの男が死んで解放されたなら、食事を求めて何処かから出て来る筈なのだ。私は恐怖する事なく、苦しむ事なく死にたかった。

 あんなものに喰われるのだけは真っ平御免だった。それでも、アレも元は人間、生物であるならば必ず腹が減る。

 どんなに温厚な人物でも空腹だけは耐えられない。限界が高い位置に存在する人間でも飢餓にだけは怒りが湧き起こる。怒りを通り越した後には冷酷な食欲に魂まで侵される。

 山奥に金属音が激しく響き、アレが檻を破壊しようと試みている事に気付く。

 私は空腹が酷く声も力も余り出なかった。経口保水塩と呼ばれる水を啜っていたお陰で力が出せるようになった私は静かに、夜闇に紛れて楽に死ねそうな崖を求めて歩き出した。



 早く死なないと、死んだ後なら痛くも痒くもないはずなのだ、死んでしまえば解放されるはずなのだ。

 中国の猿料理のように生きたまま脳を喰われる事だけは、絶対に、絶対に、絶対に、嫌だ!、嫌だ!、嫌だ!。



 どれくらい歩いただろうか?、どれくらい坂を登っただろうか?。

 崖は見当たらないが坂の向こうには港が見える、船が見える。

 生きていたい訳じゃないのに、どうして人間は生存の可能性に心が騒めくのだろう。

 どうして人間は安堵を求めてしまうのだろうか。



 私は崖を目指す事を忘れてフラフラと港へと足を向ける。下り坂だ、さっきよりも足取りが軽い。

 潰れた視界に朝日が少し昇る。

 助かった…助かった?、生きていたいのだろうか?。

 そんな自分の中に沸いた疑問を吟味するより早く、何かが拳を握って私の背中を打ち据える。

 倒れる訳には行かない、転ぶ訳には行かない。



 追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!追い付かれた!。

 縺れそうな足を、懸命に、走る事を意識して、走れと命じて、必死に動かす。

 牙の並んだ顔が見えた、乱杭歯が頬を突き抜けた酷い顔が見える。不愉快な顔が見えた。



 私は助かりたいのだろうか?。それを放棄すれば死ねる。でも生きたまま喰われるのは嫌だ。

 何も判然としないまま私は走った。

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