第九十六話 冬の庭に鳴く梟
クリスマスで賑わう市街とは別に王城の式典を一手に行う大講堂ではタケル以下新設の部隊の任命式が執り行われていた。爵位の階梯を昇る事を辞したタケルに国王は笑い望みを問う、ここまでは貴族への配慮で、次回は断れないと言う罠でもある。
タケルが望んだものは国王の虎の子ともされる魔法師団から一隊貰い受ける細やかなモノであった。
貴族にとっては軍隊の編成など些事であり、下賤な奴隷出身の下等国民の叙爵こそ国王陛下の独断で行われた事で防ぐ事が叶わなかったが、陞爵だけは許す訳には行かなかった。ただし立てた功績が大功過ぎる。ノットと、イスレムという国王側近に収まっている、ダン・シヴァの直属の配下だけの功績にしてしまうとどうしても権力を持ちすぎてしまうのである。
ノットとイスレムも一万騎を率いる将からこの度二万騎を率いる将に昇格し陞爵を辞して軍馬の獲得や輜重隊の増強を願い出たばかりである。
誰が見ても陞爵を辞する事を強要した何者かの存在があるようにしか見えず、貴族達は軽い疑心暗鬼に囚われる事となる。
「国王陛下の面子に泥を塗らずに、見えない何かの顔に泥を塗る。この場合は貴族社会の不平不満に泥を塗って見たってところですね。」
ノットの盃に酒を注ぎながらタケルが種明かしをはじめる。
邪魔臭い爵位なぞ何時でも断るノットには余りそのあたりは理解できないし、理解する気も更々無い。
「儂はもう跡継ぎに何時でも譲れるから今更だのぅ。」
美味い酒と美味い肴で城下を見下ろしながら盃を傾ける。
「三人揃って陞爵を辞する不自然さを演出するだけで色々と王国貴族の膿が滲み出るので一役買って頂いた訳ですが、その分は僕が集めた美味い酒の数々で穴埋めして頂きたい。」
「タケル、この酒は何処の国の酒だ?。」
「陛下、そちらはイルテンシアの酒で果実酒として仕立てたものでございます。女性への土産にしても喜ばれると思います。勿論余分に用意させて御座いますのでご安心の程を。」
「潰された面子分は飲ませて貰うぞ。」
笑いながら新しい酒を自分で開けようとして執事に慌てて止められている。これでは御館様もさぞ心労が耐えない事だろう。
国王陛下との会食は随分前に済み、今行われているのは只の酒宴である。
御館様も異国の酒を毒味役を挟まずに飲もうとするのでメイドも執事も大わらわだ。勿論鑑定済みの酒ではあるが慣習として念のためやらねばならない。万が一どころか億が一すらあってはならないからだ。
各地に送り込んだ諜報部隊は基本的には旅商人として路銀を稼ぎながら或いはその地に溶け込み、或いは諍いを起こして反応を見て見分したり、手口は様々である。
酒の収集はタケルの趣味として通っており、極自然なものとして貴族達にも武官たちにも知られている。
将軍来訪時には懇親会の後の打ち上げとして酒が振舞われるが、それを目当てに誼を結ぼうと考える者も少なからず存在する。
国王陛下もまた、その一人である事を知るものは、タケルとダン・シヴァの二人だけである。
そして無類の酒好きは国王陛下本人ではなく、王妃様であったりする。つまり王妃様への点数稼ぎに協力すると言う事が今回の陰謀への対価なのだった。
タケル直属の諜報部隊、通称”忍び”の者達は、各貴族から放たれた諜報部員を調べ上げると言う離れ業を続けている。タケルの編み出した忍法と呼ばれる特殊魔法は微妙な業から危険な業まで今も開発中の新魔法達である。故に秘匿レベルは最大、一子相伝のものは部隊の長にしか使えない。
部隊名はハン・シヴァの遺した著書から引用されたもので、御館様の収める領地より外の者は誰も知らない可能性が高い。但し、日本人なら大体判るものである。
王都警護諜報部隊、別名、御庭番”梟”今宵一番の功労者は彼等であった。
貴族達が子飼いにしている諜報部隊を丸裸にする作業は、普通ならば不可能に近い。
現代に生きるタケルがそれを可能にしたのは偏に未成熟な魔法しかない世界であったことだ。だが、遥か過去にはもっと強力な魔法があった事は否定しない。失伝したこの世界の人間たちが阿呆なのだ。
隠形、分身、空蝉、言葉で書けば只の創作忍術の数々は、イメージを形にするこの世界の魔法に、途中経過を素っ飛ばして結果を齎す概念が素晴らしくマッチした。
トンデモ忍術は只の魔法で再現出来るので、そちらは好きに名付ければ良い。
気配を完全に遮断して姿も完全に晦まして貴族の諜報員を諜報する。難易度は易しい。
尾行を撒く為に分身を幾つか作って逃げる。相手の人数が少なければ少ない程難易度は易しくなる。
発見され攻撃された場合身代わりが地面に転がる。グロくてリアルな死体が。勿論身代わりにしたい対象も選べる。
変装で好きな姿にもなれる。開発された忍術を駆使して仕事が果たせない、結果が出せないのであれば、腹斬って死ぬべきである。
タケルの期待以上の成果を齎した梟の面々には十二分な褒賞を約束し、彼等からの要望を幾つか容れる事とする。
ダン・シヴァに国王陛下に仇為す意思のある者達のリストを提出し、不足している聖歌隊の増員を陳情して王都での仕事を完了したものとして国王に報告を上げる。数日後国王陛下からの正式な任官と辞令を受けて、アバネス砦へと増員を引き連れて帰還する事となる。
肩書が一つ増えたがこの程度のものはシルナ王国とデモルグル国を、手中に納めたら別の名前に変わる程度ものだった。
アバネス砦防衛司令官。正直春までの肩書である。
では、春まで出陣することも無い、この身の上は何をすれば良いのか?と言う事になるが、馬車の前に立ち出迎えてくれた二人と久しぶりの王都での休暇を楽しんでから考えれば良い事でしかない。
飴玉程度しか買えなかった財布から、今は大した出世をしたものだと感慨深いものがある。
「先ずはマシな服を三人分仕立てようか。」
ド平民な三人組が、せめてマシな平民程度に見える程度には成りたいものであった。




