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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第九十四話 発禁ノ書─紫龍納王国ノ正史─

 シルナ王国中央都市チキン、北部都市リンネ、西部都市イース、東部都市アンヅ、南部都市カポ。これら五つの都市をぐるりと囲んだ長城と言う名前の城壁の向こう側をシルナ王国と呼ぶ。

 彼等は魔人襲来以前はゴミに囲まれた都市に住み、ゴミによる防壁で果敢に戦った民族である。

 今は長城をゴミの壁の替わりに築いて戦う国となった。

 ゴミの山を盾にするその絵面は最悪であるが、頂点に立つもの以外は貧民しかいない国家であった為、そのような戦い方で生きる道を模索するしかなかったようだ。



 都市一つ一つに防壁のあった時代、魔人の襲撃によりその防壁は打ち砕かれ、瓦礫となった。

 瓦礫を障壁として前へ前へと領土を回復するにつれて五都市を囲む長城となったと歴史書には記されている。

 形は均一でもないし場所によっては高さにも差が大きいが城壁としては上等な部類に入る。

 魔人撃退の実績があるのだから払った犠牲に見合ったものを獲得したとも云える。



 ただし、前述の歴史は語る事を禁じられており、素晴らしい勇者が戦った武辺者の物語として劇が遺る形で美しく語られている。──ゴールディ・ナイル著、シルナ王国の正史より──



 シルナ王国の歴代の王による、えげつない王族同士の殺し合いなど事細かに記されているこの著書はあらゆる言語で翻訳され、今も各国で流通している一般的な歴史書である。

 今でもこの本が流通している理由は、歴代のシルナ王達が行った処刑法のレパートリーの豊富さが理由の一つであり、全てでもある。

 世界各国の処刑法の手本、教本とまで呼ばれるものが歴史書であると言う強烈な皮肉のお陰で彼等の過去の汚点は何時までも消される事なく遺り続けていると言う訳である。

 シルナ王国が最も用いた刑罰とは何か?、それは凌遅刑(りょうちけい)と言う可能な限り長く存命させながら延々と苦しめて殺すという極めて残酷な処刑法である。

 特に凄惨を極めたのは国王や王族の命を狙った者達への処刑であったが、彼等の残忍さは非戦闘員に対してより強く発揮される。

 トリエール王国との国境に村落がまるで無い理由がこれである。全員玩具のように様々な処刑法で殺害されて誰一人生き延びる事無く全滅したと公文書には記されているし、正史にも記されている。



 トリエール王国が今よりもっと小国で、アバネス砦が未だシルナ王国領であった頃からずっと、彼等に囚われた捕虜や村人は勿論旅人に至るまで、惨たらしく殺され続けてきた。

 その屈辱と汚名を雪ぐには並みの報復では最早足りないであろう事は疑いない。



 アバネス砦の前にあった二つの小高い丘は巨大な櫓となって生まれ変わった。

 シルナ王国側から攻め上がる事が困難な、頭上から只管攻撃される地獄の通路と化したのである。左右の丘は垂直な崖となり、土質を変化させての登坂が困難なコンクリート塀のようなものとなっている。

 梯子をかければ登れなくはない。払う犠牲を考慮しなければの話ではあるが。



 金属製の弾体を用いたドラゴンスレイヤーの試打が行われ、そのついでに隘路の拡幅工事に用いた際、ローラとディルムッドはその実験と工事を目撃する。

 発射時の轟音と着弾時の爆音で粉々に吹き飛ぶ隘路の壁、土煙が巻き上がり岩石が木っ端微塵に吹き飛ぶその威力にローラの目は大きく見開かれ、ディルムッドの眉根は顰められる。


「これでドラゴンを倒したのか。」


「精確に言うならば……丸太で地面に縫い留めてから決死隊を編成して腹掻っ捌いて心臓を抉り取って止めを刺した、今よりも完成度も威力も精度も低いドラゴンスレイヤーで─────。尤もアレはウナギだ、ドラゴンとは認めたくはない。」


 無言のまま固まったローラと、しかと見分しているディルムッドが対照的だ。


「ウナギとは聞かぬ名だが、成る程。」



-***-



 春までに攻め上る兵を整える事すら不可能なシルナ王国と、騎馬隊のみで構成された冬季の戦争に向かないデモルグル国。基本的にはシルナ王国の補給や支援が無ければ広大な草原を利用してヒットアンドアウェイを繰り返す、機動力をフルに生かした騎兵である。

 砦の大外に流れる大河を削り高低差の高い場所から河を氾濫させて滝を作り、シルナ王国とデモルグル国の間に水を流して新たに運河を整備する。

 遥か昔の地図を参考に元々水の流れていた地であった事を確認してから行った行為ではあるのだが、見れば見るほど田圃を造る場所に適した土地であると見受けられる。

 つまりは流れ込んだ水が大地を潤し、騎兵が駆けるには全く適さない泥沼が点在する地に変わろうとしているのだが、タケルはそこに”魔法で耕す”と言う悪辣な作業を冬の間行う事にした。

 人工的に浅い沼地を広大に造って戦後は農地にしようと言う軽い考えであるが、それはデモルグル国にとって最大の悲劇の舞台装置として春に花開く事となる事をタケルは兎も角デモルグル国は知らない。



 工期は大きく十年掛かりになりそうだが運河の護岸整備も細々と行う。

 治水に失敗すれば河の大氾濫の直撃で折角の農地も台無しになってしまう。最後まで完了する頃にはシルナ王国は微塵も存在していないだろう。

 大河の大氾濫の被害を今から考えても詮無き事ではあるが、その対策を怠っては統治に瑕が付く。



 今はあらゆる雑事を気に掛けるよりも、春の戦争に備えて街道と護岸を整備しながら冬を過ごし、雪解けに合わせて長城を崩壊させる軍を支度する。今はその準備に専念するだけで良い。

 歩兵の訓練は物資の輸送とその護衛が殆どで後は命を掛けての都市陥落作戦である。

 マスク着用で浄化薬剤と浄化聖法を撒き散らす防疫隊と魔人を炙り出す聖歌隊、それらを護衛する親衛隊とイグリット教のシスター、司祭、神父、教主、そして新たに王都からやって来た信徒達の団体である。



 教会の者達は攻め落とした都市に蔓延する疫病の対策を教育される医療隊のようなものとなる。

 ようなもの(・・・・・)と言う理由は、奴隷化したのち入信させて治療するタケル発案の命を秤に乗せての布教活動が漏れなくセットで行われるからである。

 タキトゥス人もそうであるが、シルナ人とも相克は深い。今後の労働力として確保するために奴隷化は必要不可欠な作業であった。そうしなければシルナ人は種としての存続すら許されない事態に発展することは想像に難くない。



 元居た世界ではあり得ない”奴隷紋”の存在が滅亡を防ぐ抑止力になる事が、果たして喜ばしい事であるのか否か、タケルは疑問に思いながらも国有財産である奴隷に与える仕事の幾つかを既に思案している。

 新設したと言って良いのかは、さて置き新たに設けた運河の護岸整備の作業員の確保に事欠かないのは素直に喜ばしい事であった。

 何しろ必ず犠牲者が出る工事で、使い捨てと酷使が出来る労働力があると言う事実は、工期短縮の実益を齎す要因に他ならないからである。

訂正。

2021-02-16

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