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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第八十九話 決死!北狄潜入

 その日は寒い一日だった。部族の会議に寝起きで呼び出され、半ば強引に密偵として選ばれた俺は北側の関所を越えるルートでトリエール王国に入る事にした。

 今まで通ってきた鬱蒼とした森は途中から切り株だらけの木材伐採地と化し、活気に満ちた大工と樵達の熱気で満たされた臨時の村落を通るころには新設された砦の様な関所に舌を巻く。

 かなり昔に作った冒険者登録証で通れるものかと思いもしたが、通れなければ山越えをするまでだと肚を括り、夜になっても明るい宿屋に一泊を頼むと食事と手足を洗う水代で銅貨四枚という破格に驚く。


「温泉景気で国から援助が出ていて宿代も上限が決められているのさぁ、はい、おまちどお。」


 良く冷えたエールと温かい食事、お?これはハーブが入ってるな、この値段でこれは嬉しい。こんな山奥で生鮮食品も充実しているのは驚異的だ。旨いピクルスを齧りながらもう一度エールを流し込むと大工たちの陽気な歌が聞こえてくる。最前線から少し距離があるとは云え彼等に怯えなどは微塵も無かった。


「関所の向こうにゃ交代で大軍が控えてるんでさぁ、いやはや慰安と防衛を兼てのローテーションとか軍人さんは能率的だねぇ。」


 顔で笑いながら心は動揺する。南の砦よりも下手をすると此方のほうが士気が高いのではないか?。

 旨い食事を食べているにも係わらずまるで砂で出来たものを食べているような気分で満たされて部屋に入り鍵を締める。



 翌朝、樵と大工が起き出して今日の打ち合わせをしている所に朝食を食べに赴く。荷物は既に足元にあり、即座に出された水を片手に目覚めの一杯を呷る。


「はい、お待ち。あとこれは温泉宿の一割引き券ね、朝食を頼んだお客様だけのサービスだよ。」


 見れば樵も大工もその券を財布に大切そうに仕舞っている。


「休暇は皆、上で温泉さ、兄さんも旅の疲れを落して行くと良いぜ。」


 大工道具を担いだ気風の良い親父さんが数人連れ立って宿の外に出て行った、そろそろ仕事の時間であるようだ。

 肉料理にサラダとスープで寝起きから力が漲るような職人メニューであったが、旨さに負けて平らげてしまった。いかんな、太ってしまいそうだ。


 関所で冒険者カードの更新手続きを行い、生存報告と同時に登録時の合言葉を魔法文字で書き込む事となり多少手間取ったが割とスムーズに通過できた方だと思う。馬に揺られ山を見れば蛮族の聖なる山ジルシェルは半分ほどの高さになっており、そこには広い敷地を更地にする作業を行う作業員達が魔法を用いて作業をしているようだった。

 道には石畳による舗装が施されており、山際には水を流す側溝が整備され、山肌には整然と魔法による壁面崩れを防止する処理が施されていた。

 以前訪れた光景とは全然違う。大型の馬車が行き交える道幅に崖際には転落防止の柵があり、曲がり角には良く磨かれた曲面鏡が設えてあった。盗難防止の魔法が施されているとは言え鏡である。贅沢にも程がある設備だった。

 更に道を進むと関所があり、冒険者カードを確認されて速やかに通される。他の国の関所とは違い金を取られてはいない。関所を抜けると谷と崖の面影は無く緩やかな坂と階段、整備された広場と土産物屋、そして馬も入れる温泉と厩舎に更に山の上には高等国民用の旅館があるようだった。

 至る所から湯気の上がる峡谷温泉場を愛馬と共に闊歩していると石畳の細工が細かく丁寧になっていく。

 人用と馬や馬車用で道が分けられており、人用は段差も傾斜も緩く作られている。兵士たちも警備するものと湯治するもので班分けが行われているようであり、どちらも生き生きと勤務と骨休めを熟しているようだった。



 温泉街を一頻り廻り宿泊する宿を決め、馬用の温泉に馬を預けて土産物屋を冷やかす。

 蛮族の根拠地であったとされるこの場所は、天嶮要害として大陸中にその名が轟く難所であり屈指の未開地で合った筈だ。壁のような崖も急峻な岩山も入り組んだ鋭利な岩の迷路も無くなっており、全て更地の上に石畳が敷き詰められてそんな険しい場所であった過去など信じられない有様であった。

 蛮族の痕跡も土産ものには無く、一つの文化と民族が丸ごと葬られた場所であると言う事実しか其処にはない。

 そして、後世の者には下手をすると、そんなモノありましたか?と言われかねないくらいの完璧で高度な観光地になり下がっていた。


「尚、この手紙や書類を破り捨てた場合、手加減は一切しない事をイグリット教の経典に於いて誓うものとする。タケル・ミドウ。」


 きっと、手加減の意味はこれかもしれない。民族が在った事も文化があった事も何も残さない。恭順するならば今は兎も角、後の世に名前程度は遺るだろう。


「これは、ただ滅亡させられるよりも、恐ろしい。」


 温泉街に漂う蒸気の霧の中、俺は早くも心にまで霧が掛かった気がしていた。

 温泉に入る方法が壁画に描かれ、一つ一つ丁寧に指導を受ける。軍人達に混じって教わり入浴を果たす。

 全身を掛け湯で流し、身体を洗い、髪を洗う。備え付けの石鹸と頭髪用の粉石鹸を溶かしたモノとの違いを教わり全身を洗い上げると、いよいよ湯船へと進む。

 全身に染み入るような湯の心地良さに兵士たちも深い溜息を漏らす。


「我慢出来なくなったら出ても構いませんよ。」


 そう言われると兵士たちの目の色が変わった、彼等はそう言う競い合いが殊の外、大好きなのである。

 我慢比べの会場と化す事など、旅館の従業員一同は心得ていたようで、水の入った桶やタオル、良く分からない風を送る魔法など諸々を支度する。


「一般のお客様は露天風呂へご案内いたします。」


 笑顔で我慢大会の会場から速やかに連れ出される。手慣れたものであった。



 開けた空の下、岩で囲んで作られた風呂場に岩を掘って作られた湯船、そして一面に敷き詰められた石畳。

 綺麗に角が取れて丸くなっているので足裏には程よい刺激しかやってこない。その広い浴場に、(ひさし)が据え付けられており、見渡す限りの大パノラマと、喩え天気が崩れても入浴を楽しめる素晴らしい設備と環境が其処にあった。

 湯船に入ったまま景色を眺めてエールを頂く。最早言葉も無かった。

微修正。フリガナなど

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