第八十八話 米
養鶏場、牛舎、闘牛場(ブレイブソードマスターロックとグレイトフルバッファローのタロウとの運動場)、タロウとハナコの放牧は街の外でやっている、付近の冒険者程度ではグレイトフルバッファローに太刀打ちなど出来ないので弱い魔物も寄って来ない。柵など無くても逃げないし、夕暮れには門前で待機して店長を待っている。乗馬ならぬ乗牛が出来るのは店長と看板娘だけである。その内牛車でも造ろうかねと言ったら樋口さんが食いついてきたがそれは別の話だ。
ラボの敷地内に造られた植物園は、今、米の品種改良施設となっている。
ソーダ灰と石灰と珪砂、そして耐熱煉瓦で造った炉、そして便利な魔法で出来た透明度は悪いがそれなりの強度のガラスを造れた事で植物園は完成した。何処かにナフサの沸く井戸があればビニールが作り出せるのだが、無いものねだりをしたところで仕方が無い。
所謂、温室のなかで成長促進を駆使して長粒種を弄っていたのだが、世代を重ねる毎に短粒と長粒が混在する粘りのある米へと進化していた。
単純計算で十八代目の交配を迎えた米ではあるが、本格的に水田で稲作をするには広大な敷地と多くの人員を必要とする。個人でやるには限界があるが、幸い王都の北側の農村では細々ながら水田をやっているようなのでイザとなれば軍人に転身でもして路をつける事に迷いはない。
今日もタロウとブレイブロックが戯れる激突音が凄い。
近隣の農家のギャラリーも多く、その圧倒的な迫力に釘付けだ、生身でグレイトフルバッファローと相撲を取れる人間を俺はアイツしか知らない。
冒険者ギルドから数多くの勇者がタロウに挑戦状を叩きつけてくるが(有料)悉く敗北している。
当然ブレイブロックに勝てるものもいない。稀に剣の勝負をブレイブロックに挑む本物の勇者もいるが、ソードマスターの異名は伊達じゃない、あれで誰の師事も受けていないとか信じられないレベルだ。
ん?…レベル…あ、俺達もしかしてステータスとかレベルがあるんじゃないのか?。
懐から取り出した冒険者カードを取り出して眺める。記述は無い、無念だがどこかにチートスキル鑑定を持ったヤツが居るはずだ、いるよね?。
全、中二病同志の夢、能力の数値化は横に置いておいて、進化と育成の禁忌に触れながら品種改良に挑む。八十八柱の神様に祈りながらあの銀シャリを夢見て作業に没頭する。
最初は登り窯で湯呑みや皿を造っていたのは俺だったのだが、今では樋口さんがろくろを強奪して鼻歌交じりでなにやら作陶に勤しんでいる。器用に足を使ってろくろを回しているが魔法で回せるのに回さない拘りがあるらしい。
「いや、むしろ足裏使って回す、このろくろを造れる倉橋君が色々とヤバいって。」
上機嫌でペチペチと小気味良い音を立ててろくろを回している。凄まじく手慣れているのは完成品を見て知っているがまさか急須を焼いてくるとは思っておらず、すかさず、ぐい吞みと徳利の制作、土瓶の制作と土鍋の制作を依頼した。
「お、そろそろお鍋の季節だし欲しいよね、でも土瓶は何すんの?。」
「アカマツを見つけた…たぶんアレがある。」
「えっ…え?、うん判ったよ薪は宜しく頼めるかな。」
「任せておけ、楢の木とよく似た木なら群生地がある。本当は広げて育てたいから間引きしないといけないし丁度いい、明日はタロウとハナコを連れて伐採してくるよ。」
秋の味覚と言えば栗も欲しいところなのだがもう少し山を歩き回らないと見つからないだろう。
先日の伐採には看板娘と店長も着いて来てタロウとハナコの引く荷車に枝打ちした太い楢の木を積んでいく。まるで人間重機だ。
間違いなく店長だけレベル制な気がする。
沢で鰻を獲り、珍しい川魚を晩飯用に獲り、道半ばで倒れた冒険者の遺品を幾つかとタグを一枚外し所持金を頂く。全部ギルドへの報告が必要だが報告後は所持金の全てが発見者のものとなる。
食べられる魔物と筋ばって食べられないとされる魔物を持ち帰り、食べられる方は店へ、食べられないとされる方は内臓を取ってラボへと回される。
古来日本にはスジ肉ですら美味しく頂ける調理法が存在する。ショウガも手に入れたし味噌も試験的に魔法熟成で安物な味わいのものが出来た。これは作らないわけには行くまい、醤油とは違う魔物スジの味噌炊きを…。
これに手を出すまえに見つけたコンニャク芋の皮を剥く。おろし金を取り出し目の細かい方でコンニャク芋を魔法で掴んですり下ろす、この手を思いついた時に間違えて手をおろさずに済むと気付き小躍りしたのは内緒だ。
鍋の中に摺り下ろしたコンニャク芋をいれて手に障壁魔法をコーティングして粘りが出るまで掻き混ぜる。ゴム手袋のほうが手触りで確認できるがここには無い。
貝殻を焼いた石灰を水で溶いたものをコップ二杯入れる。コンニャク芋が二キロくらいなのでこんなところだ。手早く混ぜて纏めるのだがやり方は蕎麦と似ている。ざっくり混ぜて広げて纏めると言った感じだ。
あとは木型、そっちではタッパーとかバットとか四角くなりそうな容器に流し込んでぺしぺしヘラで押さえながら空気を抜くように敷き詰める。ヘラに水を纏わせて表面を撫でてやればツルツルになる。
その間に硬い魔物肉を魔力を帯びさせた出刃包丁で切り刻み寸胴の中にガンガン放り込む。
牛肉のスジなら四、五回くらいで良いのだが、コイツは魔物肉だ。
煮る、煮汁を全部捨てて水を肉と等しくなるまで入れる、煮る、煮汁を全部捨てて…。
このスジ肉が柔らかくなるまで繰り返す。
その煮込み作業の間に下拵えが出来たコンニャク芋を適当な大きさに切り分け沸騰したお湯の中に入れて茹でる。大体半刻、現代なら三、四十分茹でたらお湯が冷めるまで火を止めて放置。此方は竈なので冷ませる場所に移動。あとはスジ肉が柔らかくなるまでの間、鰻を捌いて、鰻を捌いて、鰻を捌いて…と。
下拵えの終わったスジ肉に水を張り、スライスしたショウガを短冊切りにしたものを片手一杯分入れてニンニクのスライスも片手一杯分投入。刻んだコンニャクも投入し、アクを取りながら、鰻の頭を焼いて…通常業務を熟しながら透き通った煮汁である事を確認してから、味醂、砂糖、そして味噌を投入する。
薬味には葱を添えるか茗荷を添えるかお好みでと言ったところだ。
量が少ないのでアルコールを注文した客以外には出さない事にした。醤油派は味噌の部分を醤油にするといいし牛蒡を追加してもいい。
修正。おろしの向きが逆




