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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第八十七話 光の射す方へ

 構築する端から弾け飛ぶ障壁、それを必死で繋ぎながらシェナハに回復聖法まで行使する。

 障壁の隙間から魔法剣が伸び、ラゼルに突き刺さる…事も無く崩れ落ちる。


「おのれっ、奇跡か、奇跡で防いだのか!。」


 腰に佩いたもう一振りの魔法剣でクォイスが砕いた障壁の隙間からラゼルを狙う。シェナハのマナで強化された魔甲付与の斬撃がラゼルの左手の手甲で振り払う様に軽くいなされる。


「聖法付与と精霊付与に妖精付与だっ!、おかしいぞ兄…いや…シェナハ!何故そんな事を忘れているんだ!!。」


 切れ味を増幅するために妖精達の持つ浄化をクォイスに行い、シェナハの魔法剣を受けて重心を崩すように撥ね退ける。

 全部、兄に習った事、全部シェナハに教わった事。なのに何故、そんなことも忘れてしまったのか?。

 不意にシェナハの心臓を蔽う様に漂う黒い靄に手を伸ばし、ラゼルは妖精二匹の力を行使して浄化を行う。



 泥沼を抜け出したばかりのシェナハは、卒倒し叫びを上げながらのた打ち回る。

 経典に施された浄化と共にシェナハの身体は痙攣し、浄化が終わると同時に大人しくなった。クォイスを片手に携えたままシェナハの元にラゼルは歩いていく。

 ダークエルフの姉、初恋の人マルローネ・ディザリがラゼルの前に弱々しい障壁を張り、両手を広げてシェナハを庇い続ける。


「ダメだマルローネ、其処に居たら…。」


 マルローネの背中から肋骨を切り裂き、心臓を経由して胸元からラゼルに向かってシェナハの剣が生える。


「シェナハに殺される。」


 時が改変される、時間が巻き戻る。多重に重なった結果の中からベターなものを選び出して結果を改竄する。

 シェナハの剣がマルローネを貫く前に戻ったラゼルは迅速にマルローネの障壁を割ると、マルローネの襟元を掴んで振り返りもせず妖精二匹が構築する浄化の光の中に投げ込み、シェナハの剣を真っ向からクォイスで受けてマナを吸い上げる。

 マルローネに掛けられた呪いと浄化が激しく衝突しマルローネが悲鳴を上げる。


「マルローネが死を免れた事実を理解する事は永遠に無いだろうけどね。時間改竄までしたんだ、ルレア、ティルチェ、二人とも姉さんを頼んだよ。」


 悲しい笑顔で背後で火花を散らす浄化の残光を浴びてシェナハと対峙する。

 剣を持つ手が異常に膨れ上がり、元の太さの四倍にはなっている。そんなシェナハの剛腕から繰り出される一撃は、文字通り岩をも砕く削岩機のようなものであった。

 持てる限りの付与をシェナハから奪ったマナで行い、致死量まで吸い上げるようにクォイスを振るう。



 在りし日のシェナハの剣技に戻りつつあるが、喩え記憶が戻ろうとも罪は償って貰う。そんな二人の戦いに水を差すかのように地下空洞の聖域が外からの砲撃で崩れ始めていた。

 暗闇で慣れた目が眩む、光に縋るようにシェナハが、逃げを意識した幻惑攻撃に重きを置くようになる。

 闇の靄に操られてはいたが、やはり行動の全ては本人の意思であったようだ。黒い靄との利害が一致していたことで長く連れ添っていたマルローネですらシェナハの異常に気が付けなかったのであろう。

 妖精の里である絶海の孤島トゥレラロウで得た知識や身に付けた技の殆どを忘却していても、ただ普通に生きる分には差し支えない事が仇となったようだ。



 遂にマルローネは浄化の光の中で意識を失いシェナハに付与されていた精霊術と妖精術が解けて霧散する。

 シェナハは一気に失われた付与の分を補うように増速魔法や身体強化魔法を自身の身体に捻じ込むと、練り込みの浅い広域殲滅魔法をラゼルに放った。それを弾幕として光が射す洞窟の裂け目から逃走を果たした。構築したマナが暴走し中途半端に解き放たれた其れを見て、シェナハがマルローネすら捨て石に使った事を悟る。暴走した魔法には味方を保護する力が無い、ただそれだけで術者の心の在り様が理解出来る。


「ルレア、ティルチェ有難う。エルダーエルフの元に行くよ、彼女を家に連れて行かなきゃ。」


「扉を召喚しますわ…それにしても綺麗な肌ですね、このエルフのお姉様。」


「お兄ちゃんの初恋の人だもの、綺麗で当然よ。」


 自慢げにルレアが胸を張る。兄のほろ苦い過去をそう簡単に他人に明かすのは辞めて欲しい。

 だが妖精は悪戯して回るのが本分、生前よりも新しい生涯の方がより兄である僕を困らせる事だろう。

 何も守り切れなかった僕が、二匹の妖精が課せられた使命を果たす事が出来るだろうか…。

 浄化の力でダークエルフから普通のエルフの姿に戻ったマルローネの寝顔を見ながら、幼い頃から守り続けてくれた姉に心の中で呟いた。ありがとう、と。



 トゥレラロウ島は軍の到着より二か月目で陥落した。島民に生存者は居ない。

 世界各国から遺跡や洞窟での一攫千金を狙って人々が押し寄せる、イザと言う時に島民を助けなかった妖精王オベロンのお気に入りの場所や遺跡、遺物は全て荒らされた。

 妖精達の多くが妖精王オベロンの元を離れ妖精の女王ティターニアの元へと逃げ出した。トゥレラロウ島に住んでいた多くの人間たちの加護をし続けていた妖精達が、道半ばで命を落とした彼等の死を悼み、妖精王オベロンの治世に疑問符を投げ掛けたのである。



 妖精の泉は妖精王オベロンの求心力が失われるにつれ、水の量もその透明度も失われていき只の地底湖と化した。妖精王オベロンは嘆いた、私が眠っている間に何があったのか?と。



 妖精の女王ティターニアは流れ着いた妖精達と精霊達を率い、新たな妖精の泉を産み出せる地を求めて世界を巡ったとされる。その旅程は不明であるが新設された妖精の泉に一人の男が辿り着いた。



 男は疲れ切った姿で泉に辿り着き水を一心不乱に飲み服を洗い、身体を洗い、陽光に身を晒して眠った。

 時折起き出しては水を飲み、一息吐くとまた眠りに落ちた。

 丸一日眠り疲れを癒した所で泉の傍を巡って枯れ枝や薪になりそうなものを集めて食事を作り始めた。

 好奇心を刺激された妖精達が久しぶりに人間の作る食事を見て遥か昔を思い出す。

 ガチガチのパンをナイフで切り、水を張った飯盒に入れてこれまたガチガチに硬いチーズを削って入れる。胡椒をガリガリとペッパーミルで削って入れて最後に干し肉を数本入れて蓋をした。

 干し肉を水で戻している間に彼は服を着用し。鞄の中から汚れた服を取り出して黙々と洗濯を始めた。

 飯盒の傍には妖精が集まってなにやらしていたが、男は気にする事もなく空を見上げた。


「いい天気ですね。絶好のお洗濯日和です。」



微修正

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