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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第八十三話 シェナハ・アストリア

 何故、兄と呼んだこの人と戦わねばならないのか。

 一つとして理解出来ない、だが、降り下ろされる斬撃だけは本物であった、本物の殺意が込められている。

 きっといつか、父とは和解するのだろうと思っていた、だがそれが甘やかな現実逃避だとは今日この時まで理解出来てはいなかった。

 兄、シェナハ・アストリアは、僕を殺しに来ている。


「それはっ!まさか本物なのか魔剣クォイスはここにあったのか!。寄越せ!それは神を殺せる唯一の剣!ザン・イグリットの経典に記された最古の魔剣!、私が持ってこそ価値がある!!。」」


 憤怒の炎が両眼が噴出さんばかりに此方を睨み膂力に任せた斬撃が降り注いでくるが身体が勝手に動いて剣の反対側の面の腕を当てて斜めに構えて降り下ろしの一撃を流しシェナハの鎧の胸板にクォイスの一撃が突き刺さる。

 咄嗟に身体を仰け反らせ泥沼に落ちる、シェナハは全身泥まみれになって必死に立ち上がろうとする。

 僕はと言えばルレアとティルチェの力で沼地かやや浮きながらシェナハと対峙している。足場の心配は全く無い。シェナハが先程から撒き散らしている泥水も、汚れるからと言ってルレアが跳ね返している。



 ティルチェからの指導で浄化を習っている様だ、聖法は人間には使えない、人を越えた聖人かイグリット教を信仰し続けて試練を乗り越えた超越者か、生まれつき聖痕を身体に遺した半神や神の子が聖法を扱える。回復聖法(スカルミルダ)は聖痕のある僕には使えるが、シェナハには使えない。

 稀にシェナハの攻撃を受けて深手を負うが、回復聖法の力で即座にシェナハの攻撃に対応する。話をする猶予も無い激しい攻撃の中、飛来してくる矢を躱し、命中しても頭から矢を引き抜くルレアと回復聖法を使うティルチェが僕を戦闘へ復帰させる。



 ダークエルフの女性が悲しそうにシェナハと僕を見て、また矢を番えて僕に放つ、強いマナが乗った銀の矢が身体の至る所に刺さる。彼女に殺意は無いこと位わかっている、シェナハと嫌でも行動を共にする呪いで主従契約を結んでいるエルフだ。

 この地を訪れたエルダーエルフをシェナハの命令で襲い、ダークエルフに堕してしまった、エルフ族からの追放者だ。

 シェナハが良く分からない強さに目覚め、この絶海の孤島トゥレラロウの、妖精鎮護の村より外の世界に追放されたのは、父と大喧嘩をした翌日のことだ、今から遡れば三年ほど前の話になる。

 その時に父が言った言葉は難しいが、覚えておかなくてはならない事だった。


「高位の魂を継承して舞い戻った暗き者共。」


 伝承に残る魔人を率いた高位魔人のその魂を、人の身に宿して転生を果たした者と言う事になる。

 つまり、目の前の優しかった兄は高位魔人の魂が目覚め、妖精の泉に封じられていた成長剣クォイスを求めて外の世界から帰って来たのだ。

 魔人殺しの為の知識が蓄えられたこの地を詳しく知る高位魔人。僕たちはその未曽有の危機に人間と戦わなくてはならない。

 シェナハが軍人となり小国とは言え軍事行動としてこの島を奪いに来たのは明白だった。

 成長剣クォイスを手に入れる為だけに軍を動かし、先駆けとして子飼いの部隊を上陸させて奇襲を仕掛けたのだろう。明日の朝辺り港には軍船がやってきて海上は封鎖される。逃げ道は全く無い。



 だが聖域は既に暴かれ、聖地は燃やされた。この島に遺るものは遺跡と秘跡の扉のみ。

 シェナハはザン・イグリットの経典とやらを行動の軸としているらしいが、原点は何なのだろう。

 妖精王とシェナハは共にこの剣を魔剣と呼んだ。だが剣は己を成長剣と呼ぶ。この齟齬は一体何を意味するのだろう。



 必死にこの剣を持つ正統性を語りながら剣を振るうシェナハからどんどん力が奪われていく。滾れば滾るほどクォイスの力は増していく。

 僕は剣に操られるように戦いを身体に刷り込んでいく、膨大な戦闘の記憶がクォイスから流れ込んでくる。

 使い手を成長させる剣クォイス、使い手も剣も成長する、聖剣か魔剣が成長の先にあるのだとしたら力に飲まれ、流されてはいけない。心の成長だけは自力で無ければ意味がない、そういうことなのだろうか。



 徐々に兄を越えていく、確かにシェナハを越えていく。戦う相手の憎悪と怨念を吸い上げて叶わぬ相手を越えていく。漆黒の刀身の模様から青い光が漏れてシェナハの剣が欠けて行く。

 受けそこなった訳ではない、クォイスから漏れ出る力にシェナハの剣の材質が抗しきれなくなっただけの事。

 防戦一方のラゼルに定期的に回復魔法が掛かり疲れが全て吹き飛ぶ。本来ならばシェナハと剣戟を交わし合ってラゼルの腕前では保って七合である。それが百合を越える斬撃を受け切る姿とその衝撃はシェナハの計算を大きく狂わす元となった、それにただの妖精憑きであっても苦戦すると言うのに二匹も憑いている。


「何故だ!妖精は一人一体まででは無かったのか?。」


 泥濘に足を取られて、顔から落ち、必死に身を起こすまで間、攻めかかる事なくシェナハが立ち上がるまで待っている(・・・・・)、そのラゼルの姿を見て吐き捨てる様に呟く。


「ルレアだよ、お前が殺したルレアが、理を破って此処に居るんだ…。」


 初めて、この戦いに於いて初めてラゼルが剣を構える。己が妖精の女王の現身候補を殺して置いて何故だ!は無い。そんな事知っている筈だろう。

 クォイスにシェナハのマナが吸いあげられていく。ラゼルに放たれたダークエルフの矢が当たる前に数本爆ぜる。

 クォイスが右胸に深々と突き刺さった、シェナハが防ぐ動作も儘ならない速度でクォイスが刺さっていた。

 暴力的なマナの吸引が始まる、シェナハと言う存在を食い尽くすかのようにその命の根源を吸い上げていく。

 辛うじて死なずに済んだ、ダークエルフが魔法で吹き飛んでシェナハの元に飛び、結界を張ったのだ。

 ジリジリとラゼルから距離を置こうとしてシェナハを引き摺りダークエルフは後ずさりを始める。

 何かが割れる音がした。障壁が消滅した。慌てて障壁を張る、また割られた。

 軽くクォイスが触れるだけで障壁が割れる。ダークエルフは魔力枯渇の動悸と眩暈と吐き気を堪え乍ら又障壁を張り巡らせる。


「姉さん、シェナハを見捨てれば、自由になれるよ…。」


 そう言いながら、ラゼルはそんな説得が通じる相手では無いと知っていた。もう彼女の弓はシェナハに捧げられているのだろうから。

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