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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第八十一話 燃える村

 見渡す限りの大平原に横たわる様に存在する王都カラコルム。遥か昔の騎馬民族の聖地であったこの場所は、魔人による世界戦争の際にあらゆる民族が攪拌されてルーツそのものが滅茶苦茶にされた名残が残されている。イグリット教がここにあった瓦礫と化した寺院を手作業で修復しながら住みついた事から人々が集まり現在の大市街地が建設され、後にここを拠点としてトリエール王家の始祖がカラコルム城を建設した。



 トリエール王国は魔人に追われに追われて元居た人間の殆どを食われて失った西の果ての民族であると言う。

 ただ、魔人戦争が起こる度に追われ続けたせいで文献も遺物も殆ど残されていない。命からがら二十日間逃げて辿り着いたオアシスで村落を起こし、また何処から現れた魔人に追われて東へと百日逃亡を繰り返し…。

 何処にいたのか分からない。故に遡り様が無いのである…ああ、地中ソナーがあるから遡れるけど魔力枯渇で倒れるよ。



 遥か西の隔絶した島に聖剣を手にした王、聖槍を手にした御子に数々の伝承が口伝で残っておりそれを文章に起こした本があった。

 著者は、ゴールディ・ナイル。

 この人、ザン・イグリット教の失踪した司教だ。ザン・イグリット教の内部の事情を知っていてこの様なものを編纂して遺すとは、どういう人間だ、ますます判らない。

 ちなみにゴールディの弟の名は、ハルザ・ナイル。遥か南にあるザン・イグリット教徒だらけの軍隊の軍事指導者だった男である。唐突に死が発表されて後に、後継者が現れる事無く彼の所属していた国は諸外国に食い荒らされ消滅した。

 ザンの輝ける星とまで呼ばれた男の死因が判らない、と言うのも魔人の軍との戦いが原因とされている。

 曖昧だが魔人の危険性を後世に伝えられるだけマシだ、後から魔人の記述を消してしまえばそりゃ唐突な死にもなるだろう、改竄の証拠である疑いが濃厚だ。



 割とこの世界の文献や書類は、ザン・イグリット教の手によって大なり小なり改竄されている。流石は影の大宗教だ恐れ入る。でもおかしい、何時からザン・イグリット教は大宗教になった?意味が繋がらない。

 誰かが何かしたのだろうか?、一々過去に霞が掛かって腹が立つ。



 本を読みながらメモを取る。合間合間に熟考を重ね、不明朗な他の文献と重ねて照らし合わせて真実を読み解いていく。過分に主観が混ざっているが、概ねゴールディ・ナイルの著書が解答を与えてくれる。

 ”大いなる神の書庫に招かれた司書達の記した文庫の内、数冊が真実に至った者に与えられる。”

 最後のあとがきを一定の法則で読み解くとこの人の著書には大抵この文言が隠されている。

 怪しいものだが、秘匿されたものを暴くその手腕は驚き以外のどの様な感想も相応しくない。

 ザン・イグリット教徒がイグリット教徒から奪い取った古書や経典、学術書に日誌に至るまでその職権をフル活用して集め続けて所在不明にした、その張本人では無いのだろうか?。

 泥棒宗教家に改竄される前に奪い去って隠してしまう…なんだろう、”獅子身中の虫”と言う言葉がパズルのピースのように嵌った気がする。

 数十冊以上の彼の著書を読み込み、幾つかの私書を発見し、精査した彼の人生を想起する。

 少年時代に家族を失いザン・イグリット教の教会で暮らし、大凡二十五年、修道士から神父、司教と勤め上げて教化されずに果たして生きて行けるものであろうか?。まだ何か見落としは無いかとタケルは思う。

 気が付けば、このゴールディと言う司祭の過去と人物像に興味が湧いて本を読む手が止まる。





 ある日、僕は母の使いで村の市場へ既に注文してある野菜を受け取って家まで運ぶ日課をこなすために家を出た。

 あの日、何故、僕は妹を連れて出掛けなかったのだろうか、そう思うと悔しくて悔しくて仕方が無い。

 普段通り家を出て村長の家の前でお婆さんに挨拶をして、背負子を背負って黙々と歩いた。何時も通り木札を見せて受け取った野菜の個数を確認して名前を書く。その時に後ろを走って行った馬車と兵士に市場は大層混乱させられた様だったが、僕は書き終えた羊皮紙と鳥の羽のペンを返却し、背負子を担いで家へと歩き出す。

 足元にあった馬の足跡を目で追いながら真っ直ぐに歩く。村長さんの家の前でお婆さんが斬殺されていた。

 村長さんの家が燃えていた。

 早鐘を打つ心臓を押さえて、縺れそうな足元を堪えて僕は歩き続けた。背負子を捨てて、一心不乱に走り出すべきだった。そうすれば少なくとも僕は家族と一緒に死ねた、一緒に死ねたのだ。

 夕暮れの空の赤さが、家と繋がっていた、赤々と燃える家が恐ろしかった、だけど僕は妹の居る僕の部屋まで背負子を投げ捨てて駆け出した。両親はもう燃えている壁の下に居た、母を庇って斬られた父は無残な斬殺体であった。僕は妹を探した、だけど、妹は僕の部屋の扉の下敷きになっていて既に事切れていた。

 背負子に気付いた誰かが騒いでいる、多分持ち主を探しているのだろう、破れた窓から外に出て、僕は駆け出す。草むらの中を、必死に…必死に…。逃げなければ家族と一緒に死ねたのに、僕は生きようとしたのだ。

 忘れない、父と母の最後を、忘れない妹の顔を…僕は忘れない。



 そこは村はずれの川から山に登った中腹にある古い洞窟だった。これを見つけた友達も生きていればここに来るかもしれない。

 洞窟の入口から見下ろせる村の至る所が燃えていた。何もかもが燃えていた。

 あの兵隊達は村を出て行った兄さんの部下じゃないだろうか……膝を抱えて僕は兄さんの部隊の紋章を思い出すように地面に描く。ダメだ涙が止まらない。



 泣き疲れて朝を迎えた、結局ここには誰も来なかった。洞窟の奥には村の子供だけが知る秘密基地があり、多少の食料の備蓄があった。皆の冥福を祈り、神様への祈りを捧げてから味はしないけれど栄養のあるクルミを食べる。甘い食べものは女の子が来た時に怒られるので口封じに必要なのだ。

 この部屋にはちょっとした仕掛けがあり、道はまだ奥に続いている。カンテラも武器も無いのに洞窟の奥へと進む訳には行かない。

 この部屋にあるものを一纏めにして鞄に詰め込む。松明の明かりが洞窟を目指してやってきているように見えたからだ。

 彼等に土地勘は無さそうだが探し物があるようだった。

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