第八十話 最初から教えられた結末
デモルグル国と冬の間隠れ潜む様に草原を移動する彼等を的確に追いまわして外交を続ける。ストーキング外交を春まで行う事にした。足跡を消したり家畜の糞も残さず片付けるなど彼等も徹底して痕跡を消す努力をしていたようだが、ソナーとレーダー魔法に死角はない。
手土産の生鮮野菜と煙草や酒、干し魚や塩漬けの魚などの手に入り憎い土産を携えて御機嫌伺に向かわせる。
雪が降ろうが季節外れの大移動を行おうが正確に顔を出す。
馬鹿でも気づく、何処に行こうが居場所は判っていると。
外交と言うよりも親交を温める意味合いしか提示していない。そんな外交であった。
デモルグル国にはデモルグル国の事情があるのだから先ずは互いを良く知ろうと言う思惑だ。
何故と問われた際に外交官はこう答えた。
「トリエール王国を取り囲む国々の中で貴方達の国だけは虐待や虐殺を我々の国の国民に行った事が無いと言う事実からです、ならば対等な友としての付き合いができるのではないかと。」
彼等から振舞われた酒を呑み、毎度一品風変わりな土産を子供達に贈って去って行く。
それは楽器であったり唄であったり絵本であったり、国家の自己紹介のようなものばかりであった。
裏を返せば精強なる軍事力としてのデモルグル国を欲しているわけではないと、あからさまに語っているようにも見える。
ますます外交の意図と意味が解り辛い。一体誰がこんな外交を指示しているのか?。
見渡す限りの大草原に雪が降り、以前トリエール王国の外交の使者と会った場所よりも遥かに山に近い、過去多くの戦いが会った際に誰にも見つからなかったとされるこの場所に、トリエール王国の外交官は何事も無かったかのように現れて丁寧に一礼する。
「今宵も一夜の宿をお借りに参上致しました。」
長老達は半日して戻ってきた若者たちから外交官の旅程を聞いて項垂れていた。
脇目もふらず真っ直ぐに砦からここまでやって来た。恐ろしい事に一度たりとも地図を開かずにである。
土地勘があるなどと言う確度ではない。最初から此処に居ると知っていないと迷わず辿り着けるものではないのだ。
「嘗て、魔人より逃げ出して篭ったとされる、竜の顎、この場所に移動なされる事は判っておりました。」
長老の一人オブスレが目を見張る。何故そのような古い伝承を知っているのか…と。
「我らが主よりの手紙をそちらの木の下に半年ほど前に埋めております。我らが帰って後、お読みください。」
掘り返したような後すら残っていないこんな場所に手紙が…と若者たちが掘り始める。
「掘って確認するまでは宜しいのですが、我々はその手紙の内容を知ることを許されていないのです、申し訳ありませぬが開封は我々が帰った後に願います。」
確かに手紙はあった。金属の箱に草原と炎の剣の意匠が施されている。蓋を開けて中身を改めると一枚のメモと油紙に包まれた手紙が一通と銀色の印鑑が一つ豪華な箱にしまわれていた。その手紙にはメモが貼られていた。「外交官が帰るまで読まない事。」硬く締まった土の下から現れた手紙には薄く魔法障壁が張られている。
手紙が気になって仕方が無い。それが顔に書かれた状態の大人達の心ここに非ずな宴会と、子供達への風変わりな土産物で夜は盛り上がった。外は寒いが彼等のテントは温かく、そわそわし通しの大人達だけは眠れない夜が明ける。
夜明けと共に外交官達は出立し、子供達に見送られながら彼等は迷う事無く崖際の洞穴に姿を消した。
一晩中障壁を破らんと奮闘し続けた若者たちの熱気でテントは蒸し暑かったが、外交官に耳打ちされて障壁破りの方法を伝授されていた長老は銀のハンコを障壁に当てて力強く押し込んだ。
霧散するハンコと共に障壁も消え去り手紙が手元に残った。
今溶けて消えた銀のハンコはそのまま売れば半年は食っていける銀の量だった。長老とてその意味は分かる、それをふいにしてでもこの手紙を読む、その価値があるのだと信じて読むしかない。
それは戦う前から明示された戦後処理と二国間合意書であった。
辛うじて民族の独自性と自治が認められる旨を記された戦後処理。シルナ王国滅亡後の二国間合意についての覚書と合意書。どちらもサインするだけの状態であった。
そして添えられた手紙にシルナ王国との密約とトリエール王国の領土割譲の密約、シルナ王国からの貢物に隠された危険な薬物についての詳細。秘密の贈り物についてなど他部族にバレては困る秘密が子細に書き連ねられていた。
戦う前であるのに手紙にはこう記されていた。デモルグル国が敗北した後北東と北西から山越えで二つの国が攻めてくる、その際に援軍を送りたいので国防の合意書を取り交わしたい。
戦う前から戦後処理について幾つかの半放置された砦の領有権によって賠償金相当と為す等の、領土外縁接収について事細かに指定されていた。
外縁は頂いて戦うので内側については自治を認める。国防についてはその都度援軍を出し合い国土を維持していこう、と言う馬鹿げた要求であった。
「尚、この手紙や書類を破り捨てた場合、手加減は一切しない事をイグリット教の経典に於いて誓うものとする。タケル・ミドウ。」
そう締めくくられた手紙の最後には、デモルグル国内よりもトリエール王国内で不安と焦燥を招いて余りある人物の名前が記されていた。
恐れて暮れる筈の敵には名と行状が鳴り響く前に文字通り全滅され、頼もしく思ってくれる筈の味方から恐怖される。破竹の勢いと言うか破滅の勢いで迫って来る生きた災厄として軍関係者から熱いまなざしを受ける男。
だがデモルグル国の者達は知らない。そんな事知る由も無い。
「王都に人を潜入させて評判を探るのだ、このタケル・ミドウと言う男を。」
態と見逃される間者達が、その朝三名トリエール王国王都カラコルムへと派遣された。彼等には魔法でマーカーが撃たれ、タケル麾下の諜報員たちによる厳重な監視の下、必要な情報以外与えられずに帰る事になるだろう。
但し、その結果デモルグル国はシルナ王国への援軍を予定よりも出し過ぎて窮地に陥る事となる。
恐怖は其れを跳ね退ける為の力加減を間違えると、より痛いしっぺ返しを喰らう事があるのだ。