第八話 忌み地
輜重隊より一足遅れて後方から戦利品回収隊が荷車を引いてやって来る。
有体に言えば死体漁り専門の部隊である。
この部隊は国からの代官や働き具合を査定する貴族が指揮を執る最も旨味があり、最も下劣な部隊であるとも言える。
但し、この部隊が無ければ無いで、戦場跡が野盗や食い詰め者達の利権を争う汚い戦場として存在意義を獲得し、死体は放置され疫病の温床と化す。
死体漁りと共に死者の埋葬を担当するこの隊は、別名埋葬部隊とも呼ばれ、国によっては宗教組織が牛耳る専門部署として権勢を振るう事となる。
血染めの鎧や武器をある程度纏めて牛車に乗せて、遅い歩みながらも迅速に片付け、引き揚げていく。
農耕具で土を掘り返し死体を次々と並べて放り込み土魔法で埋めて固める。
血の匂いと遺体に引き寄せられてきた魔物をある程度魔法で牽制し、死体を埋めた大地に聖魔法で形ばかりの浄化を施す。
金目の物を出来得る限り回収し、戦利品を洗い清められる場所まで慌ただしく引き上げなくてはならない。
抗しきれない規模の飢えた魔物の集団などに集られれば一溜まりも無いからである。
そして残念な事に死体漁りを護ってやろう等と言う奇特な戦士などそうはいない。事実として戦場で戦っていた者たちは戦利品回収隊の活動などに一瞥も呉れず野営に適しそうな場所まで進軍しており姿形も見えない。
輜重隊も既に部隊と合流を果たし、その姿は既に見えない。
無言で荷車に人間を乗せた牛馬の混成部隊が戦利品回収隊の前を通り過ぎていく。
今作業をしている彼等とは別の隊である。
同じ兵士であるのに扱いには天と地の差がある、それでも必要な隊である事に疑いはない。
彼等があまり歓迎されない理由など唯一つである。
誰が死んでも彼等が自分達の死体を漁る。それが確定しているからである。
野営地として選ばれた場所は一方的に見晴らしの良い鋭角な丘であった。
タキトゥスの言葉で貴族の処刑場と名付けられている。
由来については普段は声のデカいノットが小声で教えてくれた。
「御館様の御父上が、此処で処刑されたからだ。」
成る程、それは大きな声では語れない。この地で何か恩返しを企図するならばこの忌み地の呼び名を覆し、その上で御館様の御父上の声望を高められる形の何かを成し遂げる事が必要になるだろう。
そういった奈辺の事情を知る者達が丘の麓に集まり祈りを捧げる。
一頻り先代への慰霊を済ませ、他の部隊よりも遅めの夕食を摂る事となった。
何を為すべきなのかと考えた処で埒は開かない、為すべき事に気付いた時にそれを見過ごして仕舞わぬように心掛ける事が、今出来る最大限の事であった。
夕食後、何もない食卓の上に広げられた周辺地図を眺めながら敵の大凡の位置を頭に入れる。
敵軍の右翼の後背に位置するこの場所は、有利であり不利な位置と言えた。
挟み撃ちの危険性を孕みつつ、奇襲を仕掛けるに最適。
但し、事を達成しても孤立して揉み潰されると言う危険な位置だ。
一歩間違えば死に、もう一歩間違えば再び奴隷に逆戻りだ。
独り僕は僕に問い掛ける。広い平原の、隠された本性。
先代の親方様が何故こんなところで処刑されるに至ったのか?…。
何をして事が其処まで大きくなり、どんな罪を犯して処刑される事となり、名前を残されず貴族とだけ呼ばれているのであろうか?。
ピーシャーブディ二世が執拗にこの国を狙うのは何故だろう?。
隣国だから?。
遠交近攻ならば只の摂理か?。
何故タキトゥスは”公国”なのに王子然とした者が居るのだろうか?。
没落?、だとしたら何故?。
足りない頭で考える、何時しか微睡み、トロトロとした眠気に誘われていく。
温風魔法はマナの限りゆっくりと温風を優しく周囲に振り撒き続ける。
春の陽気のような暖かさが途切れた朝、温風魔法を再度構築して凍てつきそうな五体を温める。
寝ている間に誰かが掛けてくれたのであろう薄い毛布に身を包み、もう一度眠りに落ちる。
懐かしき在りし日の夢の続きを、もう一度見れないか…と、涙の流れた跡の付いた頬を擦りながら……。
誤字修正。