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放り出されたセカイの果てで  作者: 暇なる人
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第七十八話 告解より至る

「これは脅迫…なのでしょうか、タケル殿。」


 そう、イグリット教教主に問われ、タケルは教主の目の奥を覗き込む。


「道を選ばない、と言う、選択肢もありましたね。」


 静かに音も無く立ち上がり、歩き出すタケルを追ってイノも静かに扉へと向かう。

 これは最初から交渉でもなんでもない、唯の茶飲み話であったかのような態度で、主従二人揃って扉を開き頭を深々と下げる。


「どうぞ今までの日常にお帰り下さいませ、ザン・イグリット教の件については、教主様方のご努力にお任せすると致しましょう。」


 最後の一言に、私は俄かには立ち上がる事すら出来なくなった。

 ザン・イグリット教徒の情報は疎か、その動向も把握出来ていない、今の状況を嘆いた。そして、これからの対策もトリエール王国の助力無しに。何とかできる(など)と甘い妄想を抱ける呆けた慮外者はこの場には一人としていない。

 タケルが手を引く、と言う事は、トリエール王国の誰が、ザン・イグリット教と矢面に立って対抗するというのだろうか?。


「もし────。私がこの場を辞してザン・イグリット教と戦う事になった時、私には誰が協力すると思うか、一つ推測を聞いて宜しいでしょうか。」


努めて落ち着く事を心掛けて尋ねるも、反応は予想を大きく外れた。


「協力?、貴方の両脇を固めて、和解を(こいねが)うターナヴィ伯爵の一派でしょうか?…或いは…。」


 全身に怖気が走る、よりによってターナヴィ伯爵は、先日タキトゥス公国との戦いで、消極的戦闘と遅参の限りを尽くした貴族だ。意図的でなくとも既に国王陛下の御不興を買い、時期後継者の擁立が成るまで閉門・蟄居の身の上であった筈。

 古くからザン・イグリット教と親交があり、この国に於いてのザン・イグリット教徒の筆頭とも言うべき大物。ザン・イグリット教徒追放の際も多くの教徒を匿い、彼等が立て篭もる山へと逃がし続けていた張本人であり、彼の地を秘密裏に提供した者であると、誰もが知っている背教者だ、其処へ私の身柄を渡すと言うのか…。

 全身の毛穴と言う毛穴から嫌な汗が吹き出てくる。無表情で冷静に、澱み無く答えを紡ぎ出す目の前の男が心底恐ろしくなる。


「タケル様、先頃ターナヴィ卿は既に兵権の剥奪と領地替えが御済で御座いましょう。」


 イノが小さな声でタケルに注進する。囁いているが丸聴こえだった。


「世を儚んで出家して山に入る決意を固めたらやると思うがな。」


「既に其処まで追い込まれて御座いますか彼の御仁は……。」


「精神的に追い詰める誰かが現れなければ、の話だ、だがターナヴィ卿の周りにはザン・イグリット教徒が犇めいているからな、全く何をするのか読めぬ状況ではある。」


 空気が固体化したような身動(みじろ)ぎすら許されないその重苦しさを教主が静かに割り始める。


「持ち帰っての検討は出来ない……か。」


「イノ、言うべきだと思うか?。」


「私は、この御方には余り世俗の垢に塗れず在って欲しいと思っています。」


 タケルは一つ溜息を吐くと衛兵の下へと歩み何事か伝えると一人のイグリット教の修道衣を着た男を引き摺って連れてきた。


「なっ、何事だこれは。」


心の底から驚く、見知った顔どころではない、私の布教を行う先を常に警護する総責任者であった。


「本日貴方を害そうと画策し、寝所に忍び込もうとしたザン・イグリット教徒の間者です。」


「残念な事では御座いますが、教主様が此方にお越しになられてよりの間で、この者が百人目の暗殺者という次第であります。」


 場が凍り付く。

バルコニーの外から見下ろした広場にぞろぞろと連れ出された人間たちは何れも知らぬ顔では無かったのだ。

信じて選び連れてきた側近までもが暗殺者として拘束されており、一人一人に聖刻印による 真実の告解(コンフェション)が施されていた。



 真に傍に置いて良い者達は今後ろに控える五名のみという事を教主は理解した、いや、理解せざるを得なかった。


「何も選ばないと言う選択肢をお選びになれば、あれらは私が、私の責任で殺します。ですからご安心を。」


「今まで通りと言う事で御座います、ささ、王都まで私が護衛いたします故。」


 今まで通り。

 イグリット教の教えを信じ民衆を説教し布教する。正しく静謐な日々…間違いは無い筈だ、間違いは無い筈なのだが、ならば何故(なにゆえ)に私は国王陛下の命と言えど、この者の元に向かう事に応じたのであろうか?。

 何故にこのような最前線に百人を超える信徒を連れてやって来たのだろう。

 国王陛下の意向に従えば軍事力による庇護が保障される。イグリット教は歴史は古くとも今や小さな宗教でしかない。聖痕を持った生まれついての奇跡の体現者が細々とその命脈を保ち、辛うじて繋いできた清貧なる宗教だ。


「タケル殿は、何故、国王陛下を動かしてまで私の身を此処に置こうとなさったのですか?。」


 逆だったのだ、目の前の男が私を、国王陛下(・・・・)と云う権力を使ってでも此処に呼び寄せたのだ。


「放って置けば殺される状況で、日々呑気に布教活動を続けておられたので、敵しかいないその身辺の内情を一度、お教えして差し上げようと、…ただそれだけです。」


 では後の事は全て余膳なのであろうか?、否だ、この男はそのような意味や意図の無い言葉を紡ぐような無警戒な人物とは異なる。私の無警戒を戒めるだけであるならわざわざこんなところでシルナ王国を肴に語る事などありはしないだろう。


「それだけであるのならば私は唯の愚か者、だがこの先を知らねば、私はもっと愚か者になるかもしれない。そのような予感がするのだ。」


「タケル様、やはり教主様はお困りです。」


「イノ、控えよ。教主猊下はもうお気付きだ。」


 そもそも何故酷いモノばかりを並べて選べと言ったのか?。それは、今まで私が何も選ばずにいた臆病者だと教えてくれただけではないのか?、そしてそれが、タケル殿自身も又、私と同じ臆病者であったという告解であり、間違う前に気付いて欲しいと言う、気遣いなのではないだろうか?。



 なんと迂遠で、なんと解り辛い…、だが面と向かって愚か者と言えない立場からの困難なアドバイス、私が常に目を背け続てきた、辛く苦しいものに目を向けて、己が進むべき道を定めて後ろに続く者を教え導けと…。今まで学んだ教義までもが、それを切っ掛けにして私を責め苛む。



 ほんの一部に切れ込みを入れられただけで私の”今まで通り”の生活がどれだけお飾りであったかを思い出す。



 私は、何かを決めた事があるかだろうか?。



 唯一つ間違い無い事は、目の前のこのタケルと言う男だけは「お前は何一つ自分で決めた事が無い。」と、そう言っているのだ。


そして、はたと気付く。

 ────私はもしやこの男に期待されている?。

フリガナ忘れ

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