第七十五話 変則営業
板前が倒れたと言って店を休みに出来るのは精々一日二日であるが、鰻以外の食材であれば切って焼いてタレか塩で味付けて、炊き立てご飯に乗せるだけの素朴なメニューである。何らかの付け合わせとして一品小鉢や小皿料理が付くがそれはそれ、一つランク上の鰻はそれなりに収入が無いと食えない料理なのだ。
うなぎと描かれた提灯と幟旗を片付けて「板前急病により鰻はお休みします。」と書かれた貼り紙を貼る。
間違いなく売り上げは三分の一になるだろう。利益率が物凄い鰻に、鹿や猪や魔物肉が太刀打ちできようはずもない。
「鞆絵ちゃん回復魔法替わるから眠りなよー。」
そう言うとパタリとその場で倒れて寝た。そんな限界までマナ使ったら死んじゃうよ?。
「店長~ちょっと来てお布団敷くの手伝ってー。」
鞆絵ちゃんを運ぶのも、ちょっと場所を移動させるのも私一人では無理だ。
ん?そのまま隣で寝かせてしまえば動かさなくてもいいって?……店長もいないみたいだし仕方ないよね。
押入れから毛布を一枚取り出して鞆絵ちゃんに掛けてあげる。よし、これで風邪…ひくかな、掛け布団も掛けておこう。
私の治癒魔法は独特だ、倉橋君曰く、より魔法チックなのだそうだ。
イメージで引き寄せた一枚のカードからイメージから取り出した杖で癒しの天使を召喚する。
「二人とも疲れてるみたいだし大丈夫だよね。」
畳みもどきが敷き詰められた六畳間に魔法陣が描き出される。全部本に描かれていた魔法陣の丸暗記、憧れた魔法が使える世界で私がどれだけ嬉しかったのかを知る子はもう居ない、エセルちゃん逃げ切れたかな…。
魔法陣を囲むように十二個の珠が浮かび上がりゆっくりと回り出す。世界を構成する要素の全てが此処に顕現する。
「大魔法使いユリ・ニシダの名において命ずる、癒せ癒しの天使。」
六枚の翼を持った輝ける天使が二人を癒していく。これ使ったのエセルちゃんが麻疹に罹った時以来だね。
「え?私まで回復してくれるの?、ありがと。」
笑顔には笑顔でお返し、セラフも上機嫌で二人の治療にあたっている。ふと壁際をみると槍と薙刀からドス黒い瘴気が昇って行く、アレってそんな危険物だったの?セラフを見上げるが微笑まれた、もう大丈夫みたい。周囲が清浄なもので満たされ倉橋君からメキメキと骨が動いて再生される音が聞こえる。変な繋がり方をしたところは大体そんな感じで修正される。倉橋君のする治癒は何時も乱暴だからね。
「繋がれば良いってものじゃないでしょ。」
ペシッとおでこを叩いておく、セラフも笑っている。一頻り治療を終えるとセラフは又カードに戻って私の中に帰る。魔法陣も結界も消えて何時も通りの六畳間だ。
さて、お店にもどろう、今日は、きっと鞆絵ちゃんも動けないから忙しくなるはずだからね。
無邪気な笑顔で眠る鞆絵ちゃんと、再治療で全身の骨を治されてピクピクしてる倉橋君を確認してドアを閉める。しっかり休んでね。
普段は鰻の常連客に占拠されているカウンター周りまで丼のお客様で一杯になる。
倉橋君がブレンドした七味唐辛子と一味唐辛子が何度か容器ごと盗まれそうになるが魔法でテーブルと存在が紐づけされている為、ちゃんと帰って来る。はい、おかえりー。
店長が一人で肉を切り、肉を焼き、ご飯を盛りつけ、肉を乗せ、丼に蓋を閉めて私を呼ぶ。
私はお客様の所に丼を届けて料金を頂き、倉橋君謹製の木製レジにマナを流し込んで金額を入力して投入する。多ければお釣りが出る優れモノだ。
店長横の御盆に小鉢を一つづつ乗せて、今日の付け合わせを盛り付けて置く、今入店したのは六名様だね。手早く小鉢を六個並べて御盆を重ねておく。今は広げておくスペースが御座いません。
注文取りに窺う前にコップに水と氷魔法でブロック氷を三つ、ありがとう氷精さん。
熱いお茶は食後のお客様、温めのお茶は食中のお客様、食前は水かお茶を選べる、先ずはお冷で様子を窺うのが常だ。
初めてのお客様も多いしリピーターになって下さるお客様も多い。
市民権を獲得したあの日に店舗併設の物件だった此処を見た時に凄くわくわくしたけど、今これだけお客様が来ているこの光景をあの時の私は想像できなかった。お陰で毎日ご飯が食べられる。
度々店長を応援する。二人が居ないとやっぱり捌き切れないけど何とかするしかない。夫婦経営の飲食店ってお爺ちゃんとお婆ちゃんでもちゃんと切盛り出来てるもんね、ん、負けてらんないや。
良い風が窓の隙間から吹いて来ている。
ちょっと布団を跳ね退けてしまったせいで寒い。……あったかい。
冷え性と言う程ではないが寝ている時はやはり冷える、普段はこうして西田さんの足元で暖を取る。ぬくい。
脱力して二度寝に落ちる。
階下が騒々しい…ん?営業中?…いやいやまさか、西田さんも寝ていると言うのに営業している筈が…。
凍り付く。いや寒さにではない。
暖を取るために絡めた足の正体に気付いたからだ。はい、男の人の足ですね。ちくせう、やられた。
光魔法を屋根からぶら下がる裸電球に似せた照明に掛けて布団を跳ね退けると、あはは倉橋君だ…。
これは寝ているのだろうか…白目向いて気絶しているような気がしてならない。
試しに治癒魔法を通して見るが異常が全然見当たらない…西田さん何をやったの?。
いやー、足が温かい。こたつかあんかの様な扱いをしながらフニフニと横腹を足裏で踏む。潰れてた肝臓も治ってるよ。
名残惜しい掛け布団を畳み、毛布を断腸の思いで畳み押入れに戻しておく。
ふと壁に掛けてある薙刀を見た。意識が囚われる何かが踏み込んでくる、静かにそしてすんなりと。
私が使えって事かな…。手に馴染む其れを壁に戻して部屋を出る。
今はそれよりも修羅場になっている階下の方が死ぬほど重要だった。
寝癖が酷いので鏡の前で水と櫛で何とか整え最近流行している生活魔法ドライヤーで癖を整える。いやーホント、御堂君いい魔法開発するわね。
顔も洗って準備万端、メーク道具が全然ないのが辛いけど出陣だ。
「おかみさん!。」
「だぁれが、おかみさんだぁ!。」
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