第七十三話 ザイニンの扉
鰻漁を終えてふと森の中を見ると、厭に怪しげな扉が其処に在った。
全身が総毛立つその威容と異様な雰囲気に思わず槍を構えて身体を半身にして避ける。
開いた扉から蔦の絡まる槍が突き出され、一撃で俺の心臓を抉らせるかよぉ!。
金属同士が油も差さずに擦れ合う猛烈に嫌な音と色々とダメな方の魂がこびり付いた絶叫が蔦の絡まる槍から溢れ出す。
扉に手が掛かる、ヤバイ、何だか知らんが猛烈に危険なヤツがこちらの世界に顕現する。その後ろに二人ほど精霊が通り過ぎたが、今はどうでもいい。
不意に足元の土が爆ぜる。爆音と轟音が轟くこと四度、俺はその全てを六度防いで七度受け流した。
見えている攻撃と視えている攻撃にブレが生じ、次元を掻い潜って身体の正中線を的確に突いて来る。
完全に受け止めようとすれば螺旋の動きを交えて繰り出される槍の蔦に絡めとられて死ぬ。
されては堪らないと突き込みの爪先を何度か刺したが止まる気配が微塵も無い。人型は唯の添え物かと思えば回し蹴りが飛んで来る。油断も隙も無い。
距離を取る、助走の隙を与える。
距離を詰める、槍捌きの極意を濃縮したような突きに何度も仰け反る。
跳ねる、躱す、弾く、流す、横薙ぎを受け止めて蛇のように追ってくる穂先を予測して躱す。
何度刺しても堪えない黒い影自体には圧倒出来ている筈だが速度も圧力も膂力も衰える気配が無い。
無尽蔵のスタミナを前に若干気圧される訳には行かないっ、そのままあの世に送られそうになる。ギリギリで踏ん張った、あぶない。
奥義か何からしいものがノーモーションでブッ飛んで来る。これはっ?!!。
込み上げる吐き気と頭痛に、真後ろに爆裂魔法付与の槍技で吹き飛んで躱す。魔法を使った槍技は好みじゃないから使わないのだが今は緊急事態だ、猛烈な既視感で酔いが半端じゃない。
「今の一瞬で十七連撃って人間かよ。」
黒い影がピクリと動いた。爪先に込めた力だけで此方に突っ込んでくる。いちいち────癪に障る歩法使ってるンじゃねぇっ!。
ガキィンと情けない槍同士の衝突音がする。打ち上げと突き込みがダメな角度で当たった音だ、体制不十分だったから見逃して欲しいところだが防がれたことが大層御立腹らしい、いやさっきのヤツを躱された事がだろうか?。
既視感のせいで全部視えた、どう打ち込まれてもアレは脅威じゃない。アレは所謂、初見殺しの奥義なのだ。
無拍子で十七連撃、一つでも当たれば後の戦いが有利になる。そういうものだ。タネがバレればもう使えない。
此れからは互いの技の勝負と行きたいがあっちは体力無尽蔵、こっちは有限で最近は運動不足だ、長くは保たない。良く分からないが何故か、黒い影に近しい何かを感じる。
わかってる、今、楽にしてやるよ。
一合、二合、突き合い続けて二十二合。
止まれば負ける当たればこっちだけ負ける。やらなきゃいけない相手はこの槍だ、黒い影は使い手の残滓、ならば解放してやらねば同じ槍使いとして男が廃る。
石突に魔法を付与して突きと引き戻しの速度を倍速にする。やるな、着いて来るか。
黒い影も動きがコンパクトになりよりシャープさが増していく。では更に筋力強化と速度を上げよう。
魔法は余り使いたくない。堕落しそうだから。でもまぁ、相手が人外なら解禁してもいいだろう。
トンと後ろに飛び、着地と同時に爪先に強化を発動し五倍速で突きを捻じ込み槍を絡めとる。
魔力の糸で槍を結び黒い影から奪い取り地面に突き立てる。
そして、黒い影に向かい槍を構えて影の奥義を放つ。
それは見取り稽古で奪ったもの、素手の相手に放つような阿漕な技ではない筈のもの。
黒い影はその身体からもう一本の本当の槍を取り出した。否!薙刀を取り出した。
払う、薙ぐ、突く、斬る、掛ける、振り回す。新たな攻撃を互いに繰り出す。俺は、限界を迎えた狩猟用の槍を投擲し、奪った蔦の槍を手にして振り回す。
避ける振りすらもうしないか。
黒い影がふわりと舞う。日本最強の単独兵装である薙刀相手に何処まで戦えるか不明だが、蔦の槍が少しは使える武器である事を祈るほかない。
風に戦ぐ柳のように流麗に、軽やかに刺突を躱される。さっきよりヤバい。
強さの桁が段違いだ、こんなの相手にアイツら戦いを挑んだのか?誰の命令でも厭だぞこんなの、物の怪とか謂われても首を縦に振っちまいそうだ、泣きそうだからやらねぇけど。
受け流すんだっ。
やりたいけど手応えが無い、空気を薙いでいるように薙刀を併せられる。来るッ!。
仰け反った所に刃による縦の斬撃がやって来る。どうやって躱せっちゅーんじゃい!!。
マトリックスのような体制での後方へのスライディング飛びと言うぶっちゃけ魔法無しではどうにもならない回避方法で辛うじて躱し、異常な速度で追尾してくる黒い影を横っ飛びで回避、回転しながら立ち上がり三度幅広い突きを入れて凌ぐも、全部刃が合わされて逸らされ、心臓目掛けて突き…を半身で躱し月を描いて疾って来た頸動脈を狙った刃を躱したが、追い駆けるような突きが咽喉を狙って来たので後ろに爆発魔法で吹き飛んで回避する。だがその爆風の中から新たな斬撃が振り下ろされ槍で受けて逸らす。
その逸らした流れに沿って弧を描いた刃がまた頸動脈を斬り裂きに襲い掛かって来る。
勝てるか馬鹿っ、なんだよこんな、踊る様に戦うなって。
楽しそうに遊ばれている、俺の命で遊ばれている。なんて強さだよ、と男の子が弱音吐いちゃいけねぇな、叔父さんに蹴り飛ばされかねん。
申し訳ないが人智を超えた強化魔法をスポーツ科学に則って付与させて貰う。卑怯とか言わないでくれ、俺はまだ、ご飯を完成させていないんだ、ジャポニカ種の最高峰コシヒカリの再現が叶うまでまだまだ死ねないんだよ。
踏み込む…其処に薙刀が薙ぐようにやって来る、爪先に爆発的なマナを乗せて薙刀の速度を上回る。
人外の領域、つまり黒い影と同じ領域に侵入する。これで漸く互角。
槍の穂先の蔦にマナを通わせ薙刀を絡めとろうとするもあっさりと雲が戦ぐように躱される。わかってるよそんなの、横薙ぎを正確に横薙ぎで弾き返す。
まだまだこれからだ。
恒例の読み直し修正です。慌ててUPするもんじゃないね。