第七十一話 ティータイム
退路を破壊されて塞がれ、漸く登った瓦礫の山の向こうにトリエール軍の兵隊は一人も残っていなかった。
忽然と消えた二万の騎兵と二万の歩兵、併せて四万の兵士が行方不明になっていた。
退路を塞がれトレバシェットで石を投げつけられ水魔法でズブ濡れにされ雷魔法で感電死させられ爆裂魔法で爆死させられる。
全部極普通の石に付与された魔法だった。石にクズ魔法で魔法陣を書き込みマナを高濃度で充填したものだ。
原理は分かる、だが再現したところで投石機が無ければ意味が無い。
情報が持ち帰れない、退路が無い。
連携を取るはずの味方に伝令すら送れない。中央都市への連絡の為に長城の中で放った連絡員すら街に撃ち込まれたのだ。恐らく一か月の間シルナ軍北部守備部隊の連絡は全方位遮断されていた筈だ、それにしても一番妙なことがある。
長城の中に居て外に出る必要のない内側の連絡員を、どうやって生きたまま長城の外に運び出したのか?である。
誘拐の対象としては無謀、誘拐の方法は神業、捕虜の扱いとしては外道。
タケルの行いに対して質問をした者にタケルは歴史書を開いて丁寧に答えた。
「僕が外道で非道で無慈悲でイカレてるのは自覚してるから其処は諦めて聞いて欲しい。まずはタキトゥスとの関係は、王国から公国までの間常に戦争が絶えない遺恨と因縁と妄執と憎悪が渦巻く確執の強い相手だった、互いが互いの国の国民を戦争で奪い合って奴隷紋を刻み、奴隷化しようと躍起になっていた歴史が続いていると読み解ける。どうかな歴史書の読み解きに間違いはあるかい?。」
短い沈黙の後で、タケルに疑問をぶつけた兵士と将官が歴史書を読み間違いが無い事を確認する。
「宗教的にかなりいがみ合っていた点はアクの強い宗教同士の諍いに過ぎないから今は割愛するとして、国同士、民間人同士どうしようもないぐらいに優位性の確保に旗を立てて、砂の取り合いをしていた。だから僕は敵国民全てを奴隷化することによって戦争を終わらせる道を無理矢理押し込んだ訳だ、現在はその甲斐あってか知らないが、まだ奴隷化されていないタキトゥス人でも争う気が無いと判断されれば殺される事は無い。国も無くなって優位性も保障されたから皆心に余裕が出来たんだろう。」
パラパラと歴史書と公文書を捲り幾つかの資料を掻い摘んで説明する。
「次に八氏族と蛮族による長い長い戦いと、その背後にいたシルナ王国との戦いの歴史だ。蛮族がこれまで八氏族の被害者達に何をしたのかという報告書を一年ごと、十年ごと五十年、そして最終的に七十七年間どれだけの野蛮な扱いを受けたのかと言う魔法報告書を中心に纏め上げてある。魔法契約によって真実しか記せない公文書の信憑性については今更説明の必要も無いとは思うが、国王陛下に上げる報告は命が対価となっているので諸君達もこの書類に嘘が記されていると思うのならば誓約の確認を魔力を当てて確認して精査するように。」
蛮族との戦いは恐ろしく長く、八氏族の殆どが三代に渡って殺し合いを続けた負の歴史そのものであった。
その内容は凄惨を極める。まず彼等蛮族は人型の魔物を食う。その流れで人も食う。蛮族の部族間闘争でも他部族を食う。
己より強い者を食べる事によってその強さを継承しようと言う儀式である事を突き止めたが何の慰めにもならなかったと言う報告書があった。魔力精査で青く輝く文字に嘘は無かった。
八氏族トゥーレーンの長、拠点を蛮族に襲われ妻と子を煮られる。
八氏族オルメクの長の配下バヤダツ、蛮族の食料として加工され持ち運びされる。
八氏族………。
状況のみの羅列がなされた書類では読むものが嗚咽を漏らすものが多かったようだ。
「僕はこれらの蛮行に対して、彼等を人間として扱う事を放棄し獣を狩る形で戦闘を行う事を決意した。まず蛮族の文化、痕跡を跡形も無く消滅させることを軸に彼等の住処を唯の景勝地ないし観光地にする計画を立案し実際に行動に移した。拠点としての平地を確保するために大魔石を用いた更地化など詳しい話はそちらに積まれた報告書を見て貰いたい。」
ぞろぞろと報告書を持ちより円卓で回し読みをする。
「土木工事の報告書と記載は同じだがこれは戦争の報告書ではある。蛮族相手に新兵器を試しはしたが、スタンピードを起こしてあのあたりを危険地域にした責任をとって貰った形だ。疫病が発生した地域は戦後隔離し、焼却滅菌し更地化を行い軍用温泉地として縄張りは済ませてある。今は現地の者達が建設などを行っている事だろう、予算については王国保養地予算の枠に入っており資材は現地の木材を大量に確保出来ている為、非常に低予算で建設される。こちらが一時的に収容できる人数は全保養地併せて六万人前後、住民は今の処十五名との事だが、麓のクルトゥ氏に不幸があったため転居願いが、かなりの量提出されているようだ。雇用の創出についての報告書は青のファイルを見てくれ。」
保養地が元々蛮族の村落があった場所であり、その数は二十を超える。建設ラッシュを控えた大投資地である事のアピールも兼ねた書類である事は将官クラスになると流石に興味が沸くようだった。
幾つかの質問に答え、最終的に何故あのような戦闘になるのかをシルナ王国との戦争の歴史書を紐解きながら報告書を交えて答える事となる。
「蛮族の背後で蠢動し武器、物資の提供を繰り返してきたシルナ王国にそのツケを七十七年分支払って貰わなくてはならない。これは僕の主義で悪いのだけど、やられたことはちゃんとやり返さないと釣り合いが取れないと考えている。シルナ王国はトリエール軍との戦闘で捕らえた兵士たちを遊戯のような処刑方法で、玩具を扱うように殺し続けている。対して我々トリエール王国側は重罪で無い限り処刑せず苦役か労役でその罪は贖われる。決して悪い事では無い、寧ろ不満の出にくい裁きであるとも思う。でも僕の視点からは釣り合いが全然取れていないと、そう考えている。だからシルナ王国はツケの完済をしなくてはならない立場であると僕は結論付けた。」
そしてシルナ王国の地図を広げて全員を見渡してこう言った。
「全領土を没収する事が妥当と結論付けたので皆さん頑張りましょう。」
困った顔のイスレム領主代行と深い溜息を吐くノット軍務代行が窓際で紅茶を嗜んでいた。