第七話 氷の宮殿 ~街道~
敵軍の詳細な布陣が報告され、それを受けて広域殲滅魔法が繰り出される。
地形に適した魔法式を元に依頼通りの属性を付与してマナを染め上げる。
大魔導士と称される四名が中心となって広域殲滅魔法の構築が行われる。
「ドラゴンスレイヤー殿は冷気魔法が殊の外お好きと見える。」
水の精霊と雪の精霊を差し招き術式の構築を開始する。
「誰の事を言っているのかわからぬが、大魔法にえらく細かい注文を付けてきたのは新参者らしいぞ。」
収束と収斂を冷気の射出に付与する考えに氷の精霊の力も引き出して答えを導く。
「名付けるとするならなんとするかが問題だな。」
熱の精霊の方向性を調整し冷気に一定の指向性を持たせて回していく。
「考案者に名付けさせれば良かろう、最前線で命を張っている奴等の頭の中がマトモだとは思わないが、俺たちよりは随分と頭が柔らかく出来ているようだ。」
魔法式を書面化して魔法師団の末端にまでイメージを伝え、細工をする者と、ただ只管マナを供給する者それぞれの班に人員を振り分けている。
精霊たちが寄り集まり冷気を纏った氷精が何故か顕現した。
「想定外の扉が開いたぞ、カムシーン。」
緋色の魔法使いと謳われるノエルが面白そうに氷精を眺めやる。
蒼生の魔法使いカムシーンの顔は信じられないものを見る表情のまま凍てついていた。
「これを解き放てと云うのかドラゴンスレイヤー殿は。」
楽しそうに緑石の魔法使いアウグストは冷気を高め、構築される術式の洗練を始める。
明暗の魔法使いは神妙そうに氷精の裸身を見てポンと手を打つ。
「では本人の意思を汲み上げて適当な衣装を構築するとしよう。」
目を閉じて対話を試みる。
「応えるのかのぅ?。儂は効果範囲に綻びがないか念入りに確認することにするぞぃ、いい加減で済むところはお主等に任せるわい。」
──。
「はは、可愛いのと来たものだ、では我が娘のお気に入りの服でイメージを固めよう。」
「お前さんは常に娘の事しか考えておらんからのぅ、ご愁傷様ぢゃ。」
呵々と笑うとアウグストの顔から静かに表情が消える。
御喋りは御仕舞とばかりに魔法式で周囲が飽和状態を迎え、周辺のマナを貪るように吸い上げていく。
初めて姿を見た氷精にどのような現象を望んでいるのか?、どれだけのマナを提供できるのか?を伝えながら、カムシーンは冷気魔法の到達点への道標と対峙する。
「私は、根源そのものの力……濾過などしなくて大丈夫よ、子供達。」
そう言うと氷精は示された沼地をぼんやりと見つめる。
───。
極短い詠唱で氷精は跳躍んだ。
工程は驚くほど強引且つ、傲慢な干渉力で道理を破壊して結果を生じさせるものであった。
沼地の中空に佇み、環境に力づくで干渉を始める。
水が勢いよく空に向かって凍結しながら天に向かって聳え立ち、沼が水分を失って干上がって行く。
アウグストの精密な指定通りに土が盛り上がり道が造られていく。
聳え立つ氷に水と熱と氷と風の精が集い何やら遊び始める。
予定通り道は造られたが、予定外の構造物が着々と建築されている。
氷の宮殿
完全なイレギュラーである宮殿についてはさておき、構築された道を使わない手はない。合流した歩兵達に先行して騎馬隊が進軍を開始する。
魔法師団に感謝しつつ僕は宮殿を見あげた。
氷で出来た人影が手を振っている。それに軽く答えると、手綱をしっかりと握り前を向く。
自分が言い出した戦場への道だ。
進んで、至って、殺るしかない。
想定外の方角から殺到する騎兵を迎え撃つ敵兵の心情など知らない。
敵兵団の横腹に穴を開けんとばかりに僕達騎馬隊は突撃を敢行する。
四千騎が蜂矢の陣を形成して敵陣へと突き進む。
槍先を揃えて激突した先は弓箭兵の群れであった。馬で轢き殺し、槍で突き殺し、剣で頭を、首をざっくりと斬り殺す。
敵陣を突破し終えたら馬首を返し、乱れた陣へまた突撃を敢行する。
飛来する矢を受けて落馬し死んでしまう者、槍兵の抵抗に合い、馬を殺され落馬し殺到する歩兵に殺される者。
双方が死者を出し、生存者が幾度も殺し合う。
敵軍も陣を構築し迎え撃つ姿勢を見せるも、魚鱗の陣形で再再度の突撃を行う僕を含む騎兵隊は、敵側から駆けつけてきた騎兵隊を瞬く間に飲み込んで蹂躙し殴殺する。
地獄絵図と呼ぶには一方的に過ぎるが、虚を突かれた集団が統制を取り戻すのは至難の業だ。
味方の歩兵が到着し騎兵隊がその後方に退くと、堅牢に槍兵を前に押し出し歩兵が後詰を果たす、戦況は敵軍と密着した戦いへとシフトした。
互いの耐久力勝負となったところで度重なる突撃を受けた敵は士気の低下を避けられない。
双方の息を合わせて互いに兵を引き闘いを中断する時期を測る場合もあるが、自軍の指揮官は攻めの手を緩める事を選ばなかった。
騎兵隊は馬の治療と水やり、自身の治療と武器の交換などの準備を整え暫しの間馬を休める。
乱戦となりかけた戦況を覆さんと敵騎兵が横撃を試みるが弓箭兵達の矢を雨のように射込まれて馬足は鈍っていた。
陣形を整えて騎兵隊が敵騎兵隊へと殺到する。
突き殺し、突き殺され、斬り殺し、斬り殺され、轢死体を踏み越えて生存者を殺す。
血と泥濘に数多の死体を撒き散らして、生存者は尚も動くものを許さないとばかりに殺し合う。
メイスに伝わる手応えが敵の死を伝えてくれる、そして同時に生の実感を与えてくれる。
タキトゥス公国軍の兵士達の装備は、お世辞にも良いとは言い難い。
奴隷兵の割合が多く、武器はあるが防具がお粗末だった。
布製の鎧は軽装過ぎにも程がある。
十数度目の突撃で追撃戦、暫くして掃討戦、そして殲滅戦へと移行する。
一人も逃がすなと叫ぶ者が居て、狂気に染まった形だが、ここから敵本隊の後背を突こうというのだから、伝令など出されたり生存者など居ては堪らない。
何のために戦場を離脱する伝令を追いかける部隊を配置したのかわからなくなる。
ノットは徹底した殲滅作戦を提案した者の姿を見掛け、馬を寄せて声を掛ける。
彼が武勲の泉を持つ者なのかは判らなくとも、結果を既に出している事は疑う余地もない。
返り血に塗れた者同士労い合う、時刻は夕暮れ。
死体に隠れた生存者を突き殺す時刻であった。